第11話


 魔術学校の教師は忙しい。


 生徒の面倒を見なければならないし、教材や実験設備の管理もしなければならない。会議も多く、資料も作らなければならない。魔物が暴れたり精霊が怒ったりという異変があったときは国に協力しなければならない。


 ならない、ならない、ならない。義務ばかりだ。

 本来やらなければいけないのは自分の魔法の研究であるはずなのだが、魔法の研究の実績が認められれば認められるほど学内での身分が高まり、研究に費やせる時間が減ってしまう。まったくもって矛盾している。私の貴族のはしくれだが、それでもがんじがらめの生活を送るとストレスが溜まる。


 そして仕事が増えると当然プライベートにも支障をきたす。外に出て気晴らしすることさえできない。ようやく帰宅しても、妻からは「帰るのが遅い」などと苦言を呈される。私だって休めるものなら休みたい。


 私、占星術研究家にして魔法学校教師ラーディにとっての癒やしの時間は、こうしてパイプに火をつけて紫煙をくゆらせているときくらいだろう。


「……ふう」


 テラスのイスに遠慮無く体重を預けて一服する。

 今日は学生達も居ない。

 普段の雑然とした雰囲気は無く、静けさを十分に堪能できる。

 寂しい光景だが、これはこれで居心地が良い。


 ……と思っていたときだ。

 若干の喧噪がやってきた。


「いやー楽しかったですね! まさかあそこからピットブルが抜け出して勝つだなんで!」

「騎乗している人も堂々としていましたね」

「そうよ、ダディ・ザ・アークは国一番のドラゴンライダーだもの!」


 少女と男の二人組だ。

 話しぶりから察するに、競竜でも見物に行ったのだろう。


「こら、誰も居ないとは言え学校なのだから静粛にな」

「あっ、すみません先生」


 少女と男が素直に頭を下げる。

 確か、この二人は……


「テレサくんと、その召喚獣だったな。

 こっちは研究や入試の準備で忙しくて競竜にも行けない、羨ましいもんだよ」

「お忙しいのですね」

「学生が休みの内に雑務を片付けなければならないしな。

 これが終われば羽を伸ばしたいものだが」

「ラーディ先生は、賭けたりしてるんですか?」


 と、テレサくんが私に問いかけた。


「ま、遊び程度だがね。そこらにいる博打狂いほどではないよ」

「先生……ちょっと相談がありまして」

「なんだね?」


 と、自分で言いかけて思い当たったことがある。

 今年の学生の誰が進級したかは多すぎて把握していないが、「誰が進級できなかったか」は少数なので覚えている。留年対象者の中に彼女の名前が、確かにあった。


「……すまないが、留年については便宜は図ってやれないぞ。

 同情はするが、今年の成績は確定してしまった」

「いえ、それは私の不勉強のせいです。納得してます。相談はそこじゃないんです」


 テレサくんが、言葉を被せるように否定してきた。

 てっきり単位が欲しいという頼みかと思ったのだが……。


「先生のかわりに、私達が竜券、買ってきましょうか?」

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