第10話

「こんにちは」

「はいどうもー。竜券の払い戻しですか?」

「いえ、少々お尋ねしたいことが」

「はぁ……」


 アキラさんはまず、竜券の窓口のお姉さんに話しかけた。

 長い金髪を編み込んだ美人さんだ。いかにもナンパをあしらうのに慣れていますと言わんばかりの、ツンととりすました雰囲気。

 それに加えて今日は既にレースも終わっている。

 窓口のお姉さんはそろそろ店を畳むつもりなのだろう、めんどくさげな空気を醸し出している。実際、アキラさんに話しかけられたときも不機嫌さを隠しきれてなかった。


「いえね、物売りとして来たのですが新参者でしてね。

 ここで商売するルールなどがあれば教えて頂きたいな、と」


 と言って、アキラさんは腕を女性の方に伸ばす。

 お姉さんは何かに勘づいて手を伸ばす。


「あら、すみませんねぇわざわざ」


 アキラさんは、ごくごく自然な流れで袖の下を受け渡した。

 お姉さんは一目でわかるほどに態度が軟化している。

 わかりやすい……。


「ルールと言っても別に場所代とかは無いですよ。場所代をせびるような人がいたら私ども運営ではありません、通報してもらえればすぐに騎士が向かいます。

 物売りも観客も規則は同じで、ゴザを敷いて場所を独占したり喧嘩したりはどんな人であってもつまみ出します。それと当然ですが、会員用の屋内席や貴賓室も入らないように。平民には基本的に許可が出ませんので」


 つまりもらうものはもらっても助けてあげませんよ、ということだ。

 お姉さんはさっき渡された袖の下を返す様子もないし、ちゃっかりしている。

 だがアキラさんは、不機嫌になることもなく話を聞いて頷いた。


「なるほど、気をつけます」

「客の居るところから離れてるなら、何を売ろうが私達は関知しません。

 ただ違法なブツを売ってたら騎士様が飛んできますよ」

「人目につく場所です、悪さはしませんとも」

「それと、出走前の竜やライダーには接触しないでください。関係者以外は控え室なんかに入れませんし、無理に入ろうとしたら出禁もありえます」

「なるほど、なるほど」

「月末が近いと客も増えますけど、ガラの悪い連中も増えますから気をつけて。

 懐の温かい客を狙うゴロツキも居ますから」


 窓口のお姉さんが色々とアキラさんに説明している。

 内容としてはごくごく常識的な話ばかりだ。

 まあ、競竜の歴史は浅い。

 難しい規則もあまり無いのだろう。


「何か質問はあります?」

「そうですね……出走前のライダーに接触禁止と仰いましたが、出走後は良いんですか?」

「控え室に入らない限りは構いませんよ。ファンサービスで観客席の近くに来る人も居ますし、そういう人と話をしたり物を売ったりする分には構いません」

「ああ、そういうのは嬉しいですね。距離が近付いた感じがして」

「今は丁度、ドラゴンライダーのダディアークがファンと話してますよ。でも……」


 お姉さんが言いよどむ。

 ダディアークと言えば……。


「どうしました?」

「あー、アキラさん。その、ダディアークはここでは一番のドラゴンライダーですけど……」

「酒癖も女癖も悪いんですよね。トラブルも多いし」


 お姉さんが、はぁと溜息をつく。

 だがそれに反して、アキラさんは心なしか嬉しそうだった。


「なに、間近で見れるだけで嬉しいものですよ。ありがとうございました」



 次に私達は、レース場と観客席の境界線あたりでだべっているドラゴンライダーのところへ向かった。どうも自慢話で盛り上がっているようだ。


「どうもこんにちは。一着おめでとうございます」


 アキラさんは私を置いて、一人でダディアークの元へ向かった。

 ダディアークは、筋肉質の中年男性だ。

 金髪の角刈りで精悍な顔つき。わかりやすいほどに男臭い。アキラさんとは正反対に近いタイプだろう。受付のお姉さんは「女癖が悪いならテレサさんは待っていてください」と注意してくれたが、アキラさんはああいうガラの悪いタイプの人を怖がったりしないんだろうか。


「ん? なんだぁお前。見ない顔だな」

「ええ、物売りとしては初めて来るので」

「ふーん」

「いかがですか? 勝利の美酒ということでサービスしますよ」

「おっ、そりゃあ悪いな」


 アキラさんがダディアークと、彼が騎乗する竜を褒め称えまくる。

 ダディアークは気を良くしたのか、饒舌に自分の竜を解説する。

 アキラさんは合いの手を入れながら話を聞き出し、ダディアークが手にした酒が無くなると、すぐにおかわりを注いだ。


 話が終わる頃にはすっかり気に入られたようで、ダディアークは「また来い! 今度は間近で竜を見せてやる!」とぶんぶん手を振っていた。


「よし、目標達成しました」

「はぁ……。けっこうな量のタダ酒を配っちゃってましたけど、大丈夫ですか?」

「ええ。問題ありません。それに酒と飴の利益も大したものじゃありませんからね」

「まあ、それは確かに……」


 目標は60万ディナ。

 それに対して、今日の売上は銀貨1万ディナというところだろうか。

 これはあくまで売上で、材料費やら何やらを差し引いた利益ではない。

 今日の酒や飴の仕入れはアキラさんが負担してくれたが、ずっと仕入れ分を自腹切ってもらうわけにもいかない。なによりアキラさんに報酬を渡さなければならない。純粋な利益を考えると2、3千ディナ……つまり銀貨2、3枚程度のものだろう。これでは自分の生活費を賄うだけでいっぱいいっぱいで、とてもじゃないが学費を稼ぐには足りない。


 だがそんな私の心配を余所に、アキラさんは私を連れて物売りを続けた。

 一週間、採算を重視せずにサービスしまくった。

 ドラゴンライダーや警備をしている騎士達に遠慮無く袖の下を渡し、たった三日で竜舎を見学させてもらえるくらいになった。アキラさんが競竜場に入ると誰かしら「よう」とか「やあ」とか挨拶するくらいだ。この人のコミュ力ちょっとおかしい。

 だが気付けば私も慣れきった。

 子供達の小遣いでも買える安くて甘い飴を売る、子供達に人気のお姉さんだった。


「アキラさん、今日はどうします?」

「ええ、ご主人様。そろそろ本題に戻ろうかと思います」

「本題?」

「学費稼ぎです。それで少々相談があるのですが……」

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