上手く笑えていますか?

 卒業式の朝、咲奈と交わした笑顔はきっと酷かった。


 クラスの男子たちが騒めきだしたのは、退場を待つだけになったタイミングだった。

 最後の祝辞の直後に男子と共に直樹が動き出した。


 会場は騒然と戸惑いの渦に飲まれ、直樹がマイクをひったくた時点で我に返ったように先生たちが止めに入るけど、ステージ前に出来上がった男子たちのバリケードに阻まれている。


「今から! 告白しようと思います!」


 うるさいぐらいのマイクの声が会場に広がって、声は震えている。


 馬鹿だなあ。


 そんなことを思いながら、私はステージを見ていられない。

 ほころんだ心が目元から熱い雫となってこぼれてしまう。笑顔で祝福しようって決めたのに、どうしようもなくわたしの心の奥底に眠らせたはずの気持ちが蠢いてしまう。


「その人は! 小さい頃から一緒の俺の幼馴染で、いつも見ていられないくらいの可愛い笑顔に惚れましたぁ!」


 可愛い笑顔? 咲奈はどんな顔をしているんだろう。


 わたしは二人の良き幼馴染として居続けられるだろうか。

 駄目だ。無理だ。

 ぼろぼろと涙がこぼれる。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したい。どうか神様、もう少しでいいからわたしに時間をください。

 二人を祝福するために。



「奈々穂! お前のことが好きだ! 付き合ってください!」



 え?

 確かに今。ううん、でも。いつも一緒にいたのは咲奈で。わたしのことなんて。

 きっとおかしくなったわたしの幻聴。

 でもさっきから、先生に捕らえられそうに「奈々穂ー」と叫ぶ声は確かにわたしの名前で。

 でも、わたしのはずじゃなくて。

 そんなの分からなくて。わたし、ずっと二人を祝う気でいたから。

 でも。でも。


「……おねがい、します」


 自然と言葉は口から零れていた。か細い呼吸のような返事は聞える筈もなく。

 でも代わりに、まわりにいた誰かが「OKだってー」って叫んでくれた。


 「愛してるぞー」という直樹の恥ずかしい言葉と共に、周りが祝福してくれているようだった。


 わたしの恋ははじめから、悲運の恋なんかじゃなくて。

 ずっとずっと、どうしようもなく幸せなものだった。

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