第35話 お産に立ち会いました

 村人の一人が発した言葉を発端にとたんに人々が集まり騒がしくなる。

「異国の方なだけに独特な衣装ですな」

「ありがたやありがたや」

「噂通りの美人だ」

「昨日のあの炎を浴びてから体の調子がすこぶる良いんですよ」

 ヒカルを取り囲んでそれぞれが言いたいことを言う。

 そんな中にものすごい勢いで割り込んでくる一人の男が居た。

「ん? ナナジじゃないか、奥さんはいいのか?」

 村人が場所を開けながら男に話しかける。

「せ、聖女様というのは貴女でしょうか?」

「は、はい」

「ああ! なんとお礼を申し上げたら良いか!」

 突然跪いて拝みだす男にヒカルはただ戸惑うしか無かった。

「えっと、あの・・・・」

「おい、いきなりそんな事言われてもなんの事だかわからなくて聖女様が困ってるぞ」

 困惑するヒカルの気持ちを村人の一人が代弁する。

「あ、そうか。失礼しました聖女様、自分はナナジといいます。

 オレ・・・・いや、私には身重の妻が居ますが、連日の異常な寒さで弱っていて医者に『このまま産気付けば母子ともに危険なことになる』と言われていました。

 ですが、先日の不思議な炎のおかげで雪が無くなるだけでなく妻も回復しました。それで、是非聖女様に直接お会いしてお礼を言いたいと思っていたのです」

「そ、そうなんだ」

 ナナジの勢いに若干引き気味で応えるヒカル。

「聖女様、是非妻にも会っていただけないでしょうか?」

「はあ、わかりました」

 食い気味に迫るナナジの勢いに圧されてヒカルは承諾した。


「こちらになります」

 ナナジの案内を受けて村のとある一軒家にたどり着く。

 一家族が暮らすのに必要最低限の大きさの一般的な『村人の家』である。

「いま帰ったぞー、あと聖女様をお連れしたぞ」

「おじゃまします」

「わうぅ」

 ヒカルはナナジの後に続いて入ったがユキは入り口を通れずにそのままドアの前で待機となった。

「おかえりなさい、貴方。え、お客様? 聖女様?」

「あ、そのままでいいですよ」

 明らかに妊娠してると分かる長い銀髪の女性がベッドから立ち上がろうとしたのを慌てて制する。

「ああ、あの雪を消し去ってお前を元気にしてくれた聖女様だ。お茶はオレが入れるからお前はそのまま休んでてくれ」

「すみません、大したもてなしも出来ずにこんな格好で」

「いえいえ、気にしないでください」

(とりあえず来ちゃったけどどうしよう・・・・)

「貴方が雪を消し去って元気にしてくれたとのことですが一体どういう事でしょうか?

 すみません、昨日までまともに動けなくて何が起こったのか理解出来ていなくて・・・・」

「えーと、どこから話したらいいのかな・・・・

 まず村を雪に閉ざしてた元凶を倒して、その後紅蓮の洞窟に行って火の神様に会って力をもらって、その力で雪を消し去りました。

 悪いものだけを消し去る炎で辺り一帯を浄化しました。

 あの雪には微量だけど身体を冷やす成分が混ざってて、それで通常の雪よりも人の身体に負担をかける質の悪い雪だったので浄化の炎で消えましたし、冷やされていた身体もその影響で良くなったんだと思います」

「そう、そんな事があったのですね」

「あの奇跡は実際に目の当たりにしないと信じられんだろうけどな」

 ナナジが二人の前にお茶を置いた。

「急に火が燃え広がってきた時はびっくりして思わず目を閉じて縮こまっちまったよ。でも熱くもなんとも無くて、目を開けたら火は消えててついでに積もってた雪もみんな消えててさらにびっくりだったな。

 何事だと、慌てて家に帰れば嫁さんは元気になってるし、あん時はわけが分からずも嬉しくて思わず泣いちまったよ」

「ええ、あの時は本当に色々と・・・・うっ!」

「どうした!」

「・・・・う、産まれる!」

「な、なんだって! 大変だ産婆を! イコんとこのオババを呼ばねえと!」


 あおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉん!


 ドアの前で待機していたユキが突然遠吠えを始める

「え、ちょっと、どうしたのユキ!」

「一体どうしたんだ! それよりも早くオババを!」

 ナナジが外に出ようとした時、それは現れた。


 たたたたたたっ、ずざぁぁぁぁ!


 イコの祖母を背に乗せて駆けてきたムーンライトハウンドがナナジの家の前にドリフトを効かせて停止する。

「おいおい、なんだい急に。年寄りは大切に扱っておくれよ」

 どうやら問答無用で連れてこられたらしい。

「オババ、大変だ! 妻が産気付いて!」

「おお、そりゃ大変だ! ナナジ、すぐにタオルを用意しな! あとお湯も沸かすんだ!」

「あ、わたしは邪魔になるといけないから・・・・」

 イコの祖母とナナジのやり取りを横にその場を抜け出そうとするヒカル。しかし、ユキとムーンライトハウンドが行く手を阻んでその場を離れられない。

「聖女様も手伝ってもらうよ」

「えっ・・・・」


 他人の出産に立ち会うつもりも度胸も覚悟もなかった。だから逃げようとしたのだが先読みされたかのように道を塞がれ、逃げ場はなかった。

 観念したヒカルは雑用に徹するという形で手伝うことにした。

 赤ん坊を取り上げる方の手伝いも誘われたが、それは必死に辞退した。

 ナナジが妻の手を握って必死に励まし、産婆であるイコの祖母があれこれ指示を出し、ヒカルがそれに従って湯を沸かしたり白湯を作ったりと雑務に専念する。

 奥さんが痛みから錯乱気味になって叫んだりしていたが、陣痛から出産まで順調に事は運んだ。


「よう頑張ったな、元気な女の子だ」

 赤ん坊は無事生まれ、元気な産声を上げる。

 ヒカルは念のために奥さんに治癒の力を発動させている。

(子供は無事生まれたけど母親は・・・・なんて展開にはなってほしくないし、大丈夫だとは思うけど念の為に・・・・)

 淡い光に包まれる母子を眺めながらナナジは泣いていた。

「よかった、二人共元気で本当に良かった」

 昨日まで『このまま産気付けば母子ともに危険なことになる』と言われていただけに不安も大きかったのだろう、母子ともに良好な状態でこの時を迎えられたことにナナジは心底安堵していた。


「聖女様、一つお願いしてよろしいでしょうか」

 役割は終えたと帰ろうとするヒカルにナナジは話しかけた。

「え、何?」

 何かを決意したような表情のナナジとは対象的に疲れ切った表情でヒカルは応える。

(疲れたからもう帰りたいんだけど・・・・)

 今回は他人の事だったが、いや、他人の事だからこそ心労は大きくヒカルはかなり疲れ切っている。

「この子の名付け親になっていただけないでしょうか?」

「ええぇ!」

 突然の申し出にヒカルは疲労も忘れて驚きの声を上げる。

「聖女様が居なければこの子も妻も無事この時を迎えることは出来ませんでした。

 それで妻と話したのですが、この時の喜びを忘れない為に聖女様に名付けてもらえればと」

「え、でも、お二人が予め考えてた名前とかもあるんですよね」

「いや、残念ながら妻の体調が芳しく無くてそれどころでなかった上に予測よりも早い誕生だった為に十分に考える余裕もなく・・・・」

「あ、でも、わたしのせか・・・・故郷は言語が違うからこっちの人と名付けのセンスが合わないと思うし、急にそんな責任重大な事頼まれても・・・・」

「おやおや、聖女様はお困りのようじゃの」

 困惑してなんとか辞退しようとするヒカルと引こうとしないナナジの間にイコの祖母が割って入る。

「ここは一つ、英雄の名前をいただくっていうのはどうだい?」

「英雄・・・・ですか」

「急に英雄とか言われてもこっちの英雄とか全然知らないし、わたしの故郷の方にしても適した名前なんて思いつかないんだけど・・・・」

 イコの祖母の突然の提案に困惑する二人。

「そんな難しく考えなくてもピッタリの英雄がそこに居るじゃないか、生まれた子供も女の子だしちょうど良いじゃないか」

「あっ・・・・」

「えっ,もしかしてわたしの事?」

「なるほど! 聖女様! この子に聖女様の名を頂く許可を!」

「え、あ、うーん、別にそれは良いんだけど・・・・それで良いの?」

「はい! これ以上の良い名はありません! ・・・・あ、そういえば、聖女様の名は何というのでしょうか?」

「えっ? 良い名とか言ってたのに?」

「皆、聖女様とお呼びするだけで御名前は聞いていませんでした」

「・・・・。そういえば、イコさん以外には名乗ってなかったかも・・・・。

 わたしの名前はヒカル。この子にもこの名前を付けるで本当に良いの?」

「ヒカル様ですね、ではこの子の名もヒカルになりますね。ヒカル、聖女様のように強く美しい女性に育つんだぞ!」

「うーん、いいのかな・・・・」


            ◇ ◇ ◇ ◇


 ヒカルは村での滞在先となっているイコの家に帰ってきた。

 本当は今日にも出発するつもりであったが、あの騒動と疲労からもう一泊することにしたのだ。

 結果、またさらなる面倒事が舞い込むことになるのだった。

「貴方がこの村を救った聖女様ですか! 私の村もお救い下さい!」

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神様に改造されて異世界に送られたら聖女と呼ばれるようになりました 風見鶏 遊 @kazami_you

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