第十八話 柴影参式
わずかな待機時間を経て、二人は次の戦いに進む。
定期大会ローコスト帯、二回戦。
フィールドは
随所に設置された絡繰り罠が侵入者の行く手を阻む、三階建て和風建築の城だ。
城内は漆工が施され、随所に屏風や障子などが設えられたそこは、ロボットアクションゲームとしては場違いなほど
そんな城主不在の絡繰り城を、グレッグが駆ける。
わき目も振らず、西郷は迅速にとあるエリアを目指していた。
対戦相手が判明した時点で、もはや序盤の様子見が成立しないことを彼は理解していたからだ。
相手の名前は、
巳影は過去複数の大会で優勝を飾った経験があり、その彼が駆る機体は忍者やアサシンを彷彿とさせる。
インターステラでは少数派の格闘機を愛用し、影もなく標的の背後をとり暗殺していくというプレイスタイルで有名な実力者だ。
数々の武勇伝と共に彼の機体特性および戦法を把握している西郷は、二回戦では初期の位置取りが勝敗を決めかねないと判断した。
まず、巳影は搭乗する機体すべてにステルス機能を搭載させている。
彼の機体はレーダーに捕捉されず、いつどこから奇襲してくるかわからない。
天井中に
そのため、絡繰り城で巳影と戦うのなら出入り口が一つのみで、不意打ちのリスクを減らせるエリアで待ち構えるのが最適だ。
そこで西郷が選んだのが、道場と呼ばれる区域だった。
この場所は死角もなく、また出入り口も一か所だけだ。
「背後はとらせない」
道中幸いにも会敵を回避した西郷は、無事道場に陣取ることができた。
巳影の機体は奇襲特化の格闘機。
これで相手の強みをある程度抑制したことになる。
だが、これで御せる相手とは彼も思っていない。
「巳影さんは猛者だ。技術、センス、判断力……どれをとっても一級だよ」
「そんな方と二回戦で当たるなんて……」
「まぁ二回戦目にしてもう準決勝だしね、回数が少ない分釣り合いは取れてるよ」
この日の定期大会は同日開催の世界大会に注目を奪われた影響で参加者が少なく、この二回戦が準決勝にあたる。
もっとも、定期大会が惑星ごとに開催され人がばらけやすいこと、ローコスト帯よりミドルコスト帯をとるプレイヤーの方が多いことなど、ローコスト帯の人数不足は慢性的なものではある。
道場を静寂が支配する。
レーダーが機能しない以上、視覚と聴覚だけが頼りだ。
西郷も遥音も神経を研ぎ澄ませて敵を待つ。
なかなか動きを見せない敵に焦らされ、徐々に緊張が高まっていく。
ふと不安になり、背後を見る。
問題ない、敵はいない。
振り向きざま視界に入った遥音は口を一文字に結び、一生懸命に道場の入り口を見つめている。
そんな彼女を見て、西郷の緊張がわずかに解れる。
と、その時だった。
「アットくん!」
声にうながされ前方を向くと、そこに異変が生じていた。
入り口付近が白煙で満たされ、様子がうかがえない。
さらに白煙の中からなにかが三つ、道場内に投げ入れられる。
それは煙玉だった。
床の畳に接触した瞬間に白煙を吹き出し、あっというまに前方の視界を覆ってしまう。
「敵はステルスだ、視界を塞がれたらやばい!」
巳影のトラバースはステルス機だ。
それが煙に紛れてしまえば、レーダーのみならず目視での捕捉も困難になる。
この状態で西郷らが背負う不利は計り知れない。
反射的に西郷はサブマシンガンを抜き、下部接続のグレネードランチャーで煙を吹き飛ばそうとする。
しかし、その寸前で踏みとどまる。
脊髄に直接氷を押し付けられたような、不快な感覚。
仮想空間にもかかわらず、西郷は背中が総毛立つ錯覚に襲われる。
直感を信じ、彼は足元のギミックを作動させる。
それは畳返し。
道場エリアの畳は強く踏みつけることで畳返しが発動するのだ。
これを西郷は、背後に対して使用した。
その咄嗟の行動が西郷を救う。
後ろに直立した畳が即座に両断される。
「あっぶない……!」
巳影は西郷の真後ろに忍び寄り、その首をはねるべく斬撃を放っていたのだ。
自分が煙の中に紛れていると誤認させ、西郷が煙に集中している間に背後をとって死角から襲撃する――。
ここまでが敵の一手だった。
切断された畳越しに、敵の姿が露になる。
脚部は二足型。
黒を基調とした配色。
スリムで洗練されたボディの関節部からは、グレッグと同じく人工筋肉が覗く。
武装では両手に逆手で握られた忍者刀が確認できる。
そして頭部に覗くは紫光ゆらめくクアッドアイ。
巳影のトラバース、その名を――
影を行き、死角を突いて敵を屠るその姿はまさに暗殺者。
数々のトラバースを仕留めてきた強者が、西郷たちの前に佇立していた。
「敵は正面、状況はイーブン!」
脚部の人工筋肉に弾かれたグレッグが、柴影の懐に踏み込む。
繰り出すのは右フック。
しかし、その拳は届かない。
巳影は西郷の攻撃に完璧な反応を見せた。
「パリィ――!?」
クローが命中する刹那、巳影はパリィを成功させる。
二本の忍者刀でそれを受け流すばかりでなく、自分の力を乗せてグレッグの体勢を崩したのだ。
そして巳影は反撃に出る。
グレッグに見舞われる、逆袈裟と袈裟斬りによる斬撃二連。
柴影参式の忍者刀は高周波ブレードになっており、その攻撃は見た目以上の威力を有していた。
西郷もやられてばかりではない。
今度はフェイントで右アッパーの構えをとったのち、膝蹴りを放つ。
しかし、それでもなお巳影は対応してみせる。
西郷のフェイントにつられることなく、巳影は畳返しを起動させそれを盾にする。
畳に阻まれて西郷の攻撃は不発に終わる。
反撃を警戒して西郷はバックステップをとるも、それもまた阻まれてしまう。
垂直に立った畳の左右からワイヤーアンカーが回り込んでくる。
柴影参式の両腕部にはワイヤーアンカーが装備されており、それを射出したのだ。
アンカーはグレッグを捕縛する軌道をとり、後ろに下がろうとする西郷の動きを阻害する。
「まずい!」
このままワイヤーにからめとられた場合、位置的に畳に縫い付けられてしまう。
拘束されてる間に痛打を受けるのは確実だ。
ワイヤーの軌道上、左右および後方への回避は難しい。
前方には畳がある。
「なら、上に……!」
腰部スラスターを吹かせて上昇し、西郷は窮地を脱しようとする。
たとえそれが意図的に作られた隙だったとしても、彼はそうするしかない。
上昇した直後、畳の上から黒い影が覗く。
そして上段から一撃を叩きつけられる。
畳の上に登った柴影参式から踵落としを受けたのだ。
その攻撃を予想していた西郷は防御したため、損傷は軽微で済む。
とはいえ状況は劣勢だ。
近接戦の読み合いや択の迫り方において、巳影は西郷よりも一枚上手だ。
数々の大会を制してきたその実力は本物で、戦況をリードしていく。
「ああ、強いな……ほんとに」
猛者と相対することで、嫌でも格の違いを突き付けられる。
才能、努力、知識、経験……そのどれをとっても自分に勝る相手に、勝ち筋はあるのか。
再び巳影が動く。
両腕部から伸びたワイヤーアンカーを鞭のようにして振るい、西郷を攻撃する。
どうやら柴影参式のワイヤーには切断能力が備わっているらしく、そこには鋭利な光沢が見て取れる。
右腕部のもので胴部を、左で脚部を狙ったその攻撃を西郷は防御で受ける。
金属がこすれ合う耳障りな音が響く。
だが巳影の攻勢は終わらない。
グレッグのガード硬直中にそのフットワークを活かして右側面から回り込み、忍者刀による斬撃を浴びせてくる。
低姿勢から繰り出される逆風二撃。
西郷はそれを防御、カウンターで上段からクローを叩きつける。
されど巳影を捉えることができず、バックステップで回避されてしまう。
そのまま巳影は後方宙返りへ派生させ、距離をとりながらワイヤーを振るい、グレッグを切り刻んでいく。
影のように掴みどころのない巳影の動きは、西郷に焦りを蓄積させる。
西郷の攻撃はかわされる一方なのに対して、相手は着実に斬撃を織り込んでくる。
このままではダメージレースで差が開く一方だ。
「なら……!」
西郷はグレッグにサブマシンガンをとらせる。
それを柴影参式に対して掃射。
爆ぜる銃口。
吹き荒れる銃弾の暴雨が巳影を襲う。
数発被弾しながらも、巳影は相手を幻惑するジグザグ機動でこれを回避、同時に距離を詰めてくる。
高周波忍者刀が甲高い振動音を発する。
このまま格闘戦を挑まれた場合、射撃から格闘へ移行する手間がある分西郷の方が不利を背負う。
ゆえに西郷は敵の斬撃を受けず、後方へのジャンプで距離を取る。
だが、見透かしたように放たれたワイヤーが空中のグレッグを捕らえる。
「しまった――」
そのままワイヤーで引き寄せられ、床に叩きつけられるグレッグ。
仰向けに倒れたグレッグめがけて柴影参式が躍りかかる。
真上からの刺突。
二本の刀が躯体に突き立てられる。
グレッグの装甲は貫かれ、耐久値が削られる。
「離、れろ!」
のしかかった柴影参式を払いのけ、グレッグは立ち上がる。
グレッグの耐久値は早くも残り六割まで減少している。
巳影の攻撃により各部の装甲は損傷。
そして目の前に立ちはだかるのはほぼ無傷の強者。
西郷はぼんやりとこぼす。
「あの頃と変わらないな……」
手も足も出ず打ちのめされる、この状況。
そして道場を模したこの場所。
これらが西郷に昔を思い出させる。
祖父のもとで空手の稽古を受けた、あの日々を。
「『人の傷に寄り添いなさい』……だっけ」
ふとよみがえった祖父の言葉を反芻しながら、西郷は前へ出る。
再度巳影と剣戟を交わす。
軽業めいた機動をとる柴影参式を捉えるのは困難で、グレッグの攻撃は空を切る。
「それと、『人間は傷つけあう生き物だ』……そうだ――」
柴影参式は低姿勢をとり、グレッグを回り込むようにして脚部を刻んでいく。
「打ち倒さなきゃ、勝てやしない……!」
かつて、西郷の祖父は稽古の度、あることを孫に伝えていた。
――痛いか隆則。辛いか、恐いか。
――人は痛みを知らなければならない、傷つかなければならない。
――でなければ、人は他人の傷に無神経になってしまう。
――人間は傷つけあう生き物だ。
――かといって、他者の心や痛みを無視していいわけではないのだ。
――だから隆則、せめてお前は傷つく怖さと辛さを知りなさい。
――他人の傷に寄り添える人間になりなさい。
祖父の教えは優しく、人間の尊厳に満ちていた。
西郷もそれを受け止め、彼なりに人生の指標としてきた。
彼のささいな気遣いが結んだ縁はいくつもある。
遥音との出会いだってそうだ。
しかし同時に、祖父の教えは西郷隆則という少年を縛り続けてきた。
自分、そして他人の傷とその痛みに敏感であるゆえに、彼は勝負に臆してしまう。
己が傷つくのも他人を傷つけるのも、彼は嫌った。
だが、それも今は過去のこと。
西郷は遥音に誓った。
互いのために戦おう――それが二人の約束だ。
「戦うと決めたんだ、億すな、恐れるな!」
西郷は自分を鼓舞する。
強者に勝つため抗うため、己を奮い立たせる。
「傷を恐れるな!」
西郷は、自分が発した言葉にどこか、懐かしさを感じた。
そう、西郷はすでに答えを得ている。
鮮血で塗りつぶされてはいるが、彼はそれを受け継いでいる。
とある人物から命がけで託された、ある言葉。
――傷を恐れるな。
グレッグのクローをかいくぐった柴影参式が、忍者刀を腹部に刺し込んでくる。
装甲を抉ると同時に火花が散る。
その光景は、西郷にいつぞやのトラウマを想起させる。
祖父が自らの腹を貫いた、あの日を。
「あの時、お祖父さんは――」
鮮血が記憶を覆う、その直前。
祖父が孫の心に刻んだ、最後の教訓。
――忘れてはならないぞ。
――お前は痛みを知ると同時に、傷を恐れてもならない。
――傷が増えるほど、人は臆病になってしまう……だが、それではいけない。
――望んだ生き方ができないのは、悲しいことだ。
――いつか、心の底から成し遂げたい望みが芽生えたら、そのためだけに生きなさい。
――自分や他人を傷つけることを恐れず、されどその痛みを労り、敬意を払うことを忘れず……戦い抜きなさい。
「……ああ、そうか」
巳影がワイヤーを振るう。
それらは左右からグレッグを挟撃する。
防御すればその硬直を狙われる。
上に飛べば、巳影はそれを叩き落そうとするだろう。
だから西郷は、これを防がない。
「答えは、とっくに出てたんだ」
鋭利なワイヤーを腕部クローではなく、機体の掌で受け止める。
耐久値が削られるのも構わず、彼はそのままワイヤーを掴む。
そしてそれを、思い切り手前に引き寄せた。
ワイヤーと直接繋がっている柴影参式はそれに引っ張られ、グレッグの方へ機体をつんのめらせる。
「さァッ!」
姿勢を崩し、無防備となった敵機へグレッグが足刀蹴りを食らわす。
その一撃は狂いなく柴影参式の胸部へ命中、装甲を破砕する。
蹴りの衝撃で吹き飛ぶ敵機。
しかしそれを西郷は逃がさない。
ワイヤーを手繰り寄せ、柴影参式を縫いとめる。
そのまま眼前まで引き寄せ、今度は頭突きを見舞う。
それは、彼にしては乱暴な戦い方だった。
リスクを抑え、定石や条理を忠実に守る――それが今までの西郷、いやアットというプレイヤーのスタイルだった。
だが、今の彼はまるで真逆。
リスクを背負い、その身を投げうってでも勝利を求める、貪欲な闘志がそこにはあった。
「どう生きても傷は残る、だったら戦え――!」
離脱できないと覚った巳影は即座に格闘戦を挑んでくる。
二刀がグレッグに迫る。
そのうちの一刀を西郷は見逃す。
袈裟斬りによって肩から胴までの装甲が裂かれる。
だが、もう一刀を西郷は許さない。
逆袈裟に振るわれた忍者刀を、クローで捕まえる。
水平に並ぶクローの隙間で、ちょうどソードブレイカーのように挟み込み、斬撃を殺す。
さらにそのまま捻じり、忍者刀をへし折ってみせる。
「傷を重ねながら、戦え!」
グレッグのクローに武器破壊の機能があると知らなかった巳影は、ここで初めて動揺を見せる。
愛刀の片割れを失った巳影はバックステップし、間合いをとろうとする。
その弱気を西郷は逃がさない。
巳影の挙動を読んでいた彼は迷わず前方へ突撃する。
殴りつけるように突き出された右腕部クローが、柴影参式の右肩を抉る。
その攻撃の衝撃により敵機は後方へ吹き飛ぶも、その軽業をもって姿勢を制御し、危なげなく着地する。
西郷の捨て身の攻勢によりそれまでの劣勢は覆された。
奇襲を前提として柴影参式が構築されている以上、純粋な格闘戦ではグレッグに軍配が上がる。
精神的、技量的に差が開いていた先刻までならいざ知らず、西郷が腹をくくった現状では巳影がやや不利。
そう状況分析したのか、巳影は機体を反転させ道場から立ち去る。
再び奇襲戦に持ち込み、リードをとる算段のようだ。
「見失えば勝利が遠のく、追うぞ!」
「はい!」
そして、勝利への追撃戦が始まる。
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