第十七話 D-Vision


 ――西郷らの対戦相手、屈折狙撃機D-Visionディヴィジョンの使い手であるルーベルは……退屈していた。


 彼のコックピット内には、機体本体およびドローンのカメラから送られてくる映像が表示されている。

 その中に映し出された敵トラバースは、さきほどから不毛な行為に明け暮れていた。


「そこに俺はいないんだがな」


 西郷の駆るトラバースは手近な建物の内部に入っては出て、また別のビルに入っては出てを繰り返していた。

 囮役のドローンとの逃走劇中、存外しぶとく攻撃を凌ぎ続けた西郷を彼は多少評価していたのだが、今ではその気も失せていた。


「ま、そりゃ俺がどこにいるかなんて分かるはずなし、ヤケになるのも道理かね」


 ルーベルは自分の機体に大きな自信を持っていた。


 防御用の《ビーム反射装甲》を攻撃に利用するという、逆転の発想。

 座して勝つ、というスナイパーの理想を体現したD-Visionは、『インターステラ』のビルド史に一石を投じる傑作機だと信じて疑わなかった。


「悪いがあんたは俺の敵じゃない、ここらで消えな」


 ――ドローン三機の配置は完了した。

 ――今度こそ確実に葬る。


 D-Visionの位置を特定した素振りを西郷は見せない。

 対してルーベルは常に相手の動きを捉えている。

 情報量、機体の相性、そして構築完成度。


 どれをとっても負ける要素はないと、彼は確信していた。


「ん?」


 その時ターゲットの動きが変化した。

 片っ端からビル内にもぐるのを止め、今度はマップ中央の超大型ビルの中へ入っていったのだ。


「なんだこいつ、捨てゲーか?」


 錆の街の中央には、雲を突くような巨大ビルがそびえたっている。

 その巨大ビルは耐久値がゼロになると他の建物の倍近い規模の崩落を起こすのだ。

 威力は甚大で、巻き込まれればそれだけで撃沈する可能性がある。


 その危険性から、多くのプレイヤーは錆の街では中央付近に近寄らない。

 ルーベルの視点だと、わざわざそんな危険物の中に入り込むのはゲームを捨てるに等しい行為であった。


「もう少し骨があると思ったんだがな……もういい」


 念のため、ドローン各機を巨大ビル崩落範囲の少し外側に配置しなおす。

 それが済んだら、次は狙撃だ。

 出力を上げるために大型化したビームスナイパーライフルを構える。

 慎重を期して、照準はドローンへ向ける。

 早とちりして直接狙撃し、位置をさらすような真似を彼はしない。


「潰れな、リザインすらできない負け犬野郎!」


 そして銃口は怒号を上げる。

 荷電粒子の塊は一直線に放たれ、赤い燐光が残光を引きながらほとばしる。

 狙い過たずそれはドローンに命中し、反射機能により屈折する。

 曲げられたビームは軌道上に置かれた二機目のドローンにヒット、さらに屈折する。


 そして最後にビームが行きつくのは巨大ビル。

 熱した棒をバターの山に突き刺したように、それは容易くビルを熱し、溶かす。


 ライフルのクールタイムが明け次第、同じ手順をさらに二度繰り返す。

 計三発の熱線を受け、下部がぐずぐずに溶解した巨大ビルはとうとう耐久値が底をつく。

 自重を支えられなくなったそれは建材をばら撒きながら崩れ始める。


 そして――が起きる。




「――それがあんたの敗着だ!」


 崩壊を始めた巨大ビルの上階から、グレッグが飛び出す。

 ビルから崩れ落ちたがれきをワイヤーアンカーで捉え、それを足場や軸にして空中を渡り歩くという曲芸めいた機動を西郷はとる。

 ブルーズ・グレッグは単独飛行能力を持たない。

 かといって地上を走れば建材に潰される。


 ゆえに、空を駆ける。

 スラスターによる姿勢制御、落下中の建材を利用した立体機動により、危うい場面も見せつつなんとか別の建物へ乗り移ることに成功する。


 だが、まだ終わっていない。

 巨大ビルの崩壊は二段階に分かれている。

 第一波は、巨大ビル自体の倒壊。


 そして第二波は、第一波で発生した落下建材によって誘発される、付近の建物の崩壊だ。

 巨大ビルから降り注いだがれきは付近のビルにも命中、ダメージを与え崩壊ギミックを引き起こす。

 巨大ビルを中心に、次々崩れ落ちていく錆の廃墟群。


 ここまでが本来のステージギミックである。

 しかし、崩壊は止まらない。


 第二波の崩壊が、を引き起こしたのだ。


 これは人為的な連鎖であった。

 もともと、隣り合った建築物は互いに崩壊ギミックによるダメージを受ける。

 ただ建物の耐久値が低いと簡単に連鎖が発生し、あっという間にフィールドが更地と化してしまうため、一回の崩壊では誘発されないよう調整されている。


 だが、あらかじめ連鎖するようダメージを加えていた場合は別だ。

 西郷は巨大ビルの中に入る前に、第三波が起こるよう各所の建築物の基部や支柱にダメージを与えていたのだ。


 その結果、このような大崩壊が発生した。

 西郷がこの奇策を思いつけたのは、とある動画のおかげだった。

 題名は『錆の街でドミノやってみた』。

 錆の街のステージギミックを活用して、ドミノ代わりにビルを崩壊させるというネタ動画だ。

 動画自体は小ヒット程度にしかウケなかったが、西郷はこの手の「遊びを見出す」動画が好きだった。


 どこかの誰かの知恵と遊興が、巡り巡って西郷を救ったのである。


「さぁ、芋掘りの時間だ――!」


 倒壊ビル群を足場にしてグレッグは疾駆する。

 腰部に取り付けられたいつぞやの《ゲーゼルブースター》に吹かれて、グレッグは弾丸のように突き進む。


 目指すはルーベルのD-Vision本体。

 ルーベルのドローンたちは崩壊に巻き込まれ破壊されたか、そうでなくとも西郷を追跡する余裕などないだろう。

 連鎖崩壊の間だけは、彼の屈折狙撃は機能しない。


 この戦いの決勝点はここにある。



「なんだってんだ、とにかくドローンを――!」


 巨大ビルを破壊し、勝利を確信したはずのルーベルは一転、予想外の事態に狼狽えていた。

 起こるはずのない第三波が発生し、ドローンが巻き込まれてしまったのだ。

 手動で操作してなんとか中継役のドローンだけは脱出させられたが、他の二機はがれきの山に埋もれた。


 ビームスナイパーライフルと、ビーム反射ドローンの連携あってこその屈折狙撃だ。

 これでは翼をもがれたに等しい。


「敵も見失った……どうする、移動するか?」


 だが彼は即座に首を振る。


「いいや、敵がこちらの位置を把握してるとは考えにくい、下手に動けばレーダーに引っかかるし、痕跡も残る……」


 ルーベルの言う通り、インターステラではアクティブなトラバースほどレーダーは反応しやすい。

 さらに移動すれば走行痕などの痕跡が残るため、追跡される危険性も出てくるのだ。


「慌てて飛び出す芋砂は二流だ、一流はゲームセットまで動かない! そして俺は一流だ……!」


 たとえ不安に襲われても、じっくり根を張り、勝機を見出す。

 それがルーベルの芋砂道であった。


 この状況下、彼は最善を尽くしていた。

 その判断もおおむね正しかった。


 ただ、誤算があっただけだ。


 ルーベルのレーダーが、急速に接近する敵機を感知する。

 それは一直線に彼のもとへ向かっていた。


「下!?」


 慌てて迎撃行動に移る。

 彼はビルの大穴から機体の上半身を露出させ、下方へ向けてライフルを構える。

 だが、ルーベルが引き金を引くことは叶わなかった。


 身を乗り出した直後、真下からの衝撃が機体を襲う。

 アンカーを使って壁面を登ってきたグレッグが、出会い頭に強烈なアッパーを見舞ったのだ。


 吹き飛ばされ、後方の壁へ叩きつけられたルーベルの目の前には、白い闘士が立ちふさがっていた。

 

 

「――ビンゴ、ようやく捕まえた」


 対戦開始からようやく、両者が相まみえることとなった。


 ルーベルの機体、D-Visionの外見が露になる。

 脚部は四足型、グレーホワイトを基調とした彩色。

 目ぼしい武装は大型スナイパーライフルを除いてなし。

 そしてなにより印象的なのはメインフレームむき出しの胴体だ。

 装甲をドローンとしてパージした影響だろう、機体の骨格が露出したその外見は、見る者に骸骨を連想させる。


 これこそが、屈折狙撃機D-Visionの正体であった。


「ハルの予想通りだ、本体は貧弱――!」


 グレッグが回し蹴りを繰り出す。

 D-Visionはそれを右腕でガードするも、たまらず右腕部が肩口からちぎれ飛ぶ。


 そう、D-Visionは紙装甲なのである。


 高出力ビームスナイパーライフル、ビーム反射装甲、そしてドローン四機。

 これらはどれも使用スロット数が多いパーツで、すべてをローコスト帯の機体に積んだら、残るパーツスロットはわずかである。


 そのためD-Visonは「紙装甲の上に火器もライフル一丁のみ」という、非常に尖った機体構築となっていた。


 グレッグは立て続けに足刀蹴り。

 胸部に命中、敵機は吹き飛び、壁面でバウンドする。

 大きく耐久値が減少したのが見て取れる。


 そして、トドメの三撃目。

 三連続蹴撃連携、その締めの一撃が放たれる。


「チェストォォ!」


 足刀部のブレードはD-Visionのフレームを粉砕、切断。胴体の根元から両断する。

 D-Visionの上半身はビルの下へと弾き飛ばされ、後には下半身部のみが残った。


 D-Visionの残骸は崩れ伏す。


 敵機の機能停止は明らかだった。


「アットくん……!」

「ああ、やったぞ……!」


 そして目の前に表示される「VICORY」の文字。


 西郷と遥音は、激戦の末一回戦を突破したのだった。

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