第四話 ウォンテッド


 撃破された敵機残骸に、小型のロボットが近寄る。

 これはゲーム内で「ワーカー」と呼ばれるNPCで、彼らは撃墜機体からドロップしたパーツやアイテムを拾得する役目を負っている。

 ワーカーはそれ以外にも資源採掘や機体の修繕など、多岐にわたってプレイヤーをサポートする。


「ハルさーん、そっち出たー?」


 将軍とその随伴機を討伐したあと、二人は戦利品を確認していた。

 直接の討伐機たる西郷はドロップにボーナスが加わるが、残念ながら目当ての品は含まれていなかった。


「一千万ブースターが全然落ちない……」

「お、おお!?」


 ドロップリストを眺めていたハルが素っ頓狂な声を上げる。


「で、ででで!」

「ゲーゼル落ちた!?」

「なんていうか、その、生きててごめんなさい……!」


 勢いよく頭を下げるハル機。

 戦力として貢献したわけでもないのに同じパーティーに属してるだけでレアドロップを獲得してしまったのを、ハルは恥じているようだ。


「私なにもしてないのに……」

「いやいや、持つべき人に渡ったんだよ。ハルさん欲しがってたもんね」

「あのアットさん、必ずお礼します……ので!」

「まあそのうちね。じゃあお目当てもでたし……帰ろっか?」

「はい!」


 最寄りの都市エリアに帰還すべく、二人はエネミースポットを抜け出す。

 フィールドに出て視界に広がるのは、荒れ地に穿たれた数多のクレーターと廃墟群。

 惑星エトラーシは戦乱の星で、フィールドのいたる場所で戦争の熾烈さとその爪痕が見受けられる。


 そんな荒廃した土地に二人が踏み込むと、後方廃墟の隙間から二機のトラバースが現れる。


 一機は深緑色の四足型で、特徴の薄い武骨な外見。

 武装には肩部と両腕部にそれぞれ二門ずつキャノン砲らしき装備。


 もう一方は青色の二足型、頭部から後方へ向けて二本のアンテナが生えているその姿は昆虫を想起させる。

 武装は右手に実体剣、左に小型シールドを確認できる。


 旧キオル軍残党ベースキャンプは人気の狩場だ。

 これから狩りに向かう者、終えて帰る者とすれちがうことはよくある。


 だが、それ以外の者と出くわすこともある。


 背後の二機は砂煙を起こしながら徐々に速度を上げ、西郷・ハル両機との距離を縮めていく。

 ある程度近づいたところで、西郷のインターフェースにとあるシステムメッセージが表示される。


[警告]

 反社会性要員を感知。


「――ハルさん、推進剤の残量は?」

「えっと、メイン四割、予備カートリッジ一本です」

「十分だね、なら全速力で都市カンドラを目指して」

「あの、どうして?」

「識別機能が働いてね……後ろの二人、だ」


 ウォンテッドとは、ゲーム内でPKなどの反社会的な行為を働き、社会評価値SAPがマイナスに突入したプレイヤーを指す。

 彼らは時折人気のスポット周辺に潜伏して、狩りから帰る者を狙って襲ってくることがある。

 今回は不運にも、西郷たちがハズレくじを引いたようだ。


「ハルさんは三・二・一でアクセル全開、離脱して」

「アットさんは……?」

「大丈夫、一瞬囮になったらすぐ逃げるよ」

「…………ごめんなさい、私いつも――」

「そろそろ動くよ、いいね? 三・二・一――!」


 合図と同時に前方へ急速前進するハル機。

 対照的に西郷機はクイックターン、ウォンテッド二機へ突っ込む。


「ご無事で――!」


 別れ際にハルから通信が届く。

 西郷は胸の内で「ありがと」と返事をする。


 西郷機はさきほどの戦闘でほぼすべての弾薬を使い切ってしまった。

 残る武装はシールド裏のビームガン、ファダル式爆雷投射機×一、ビームエッジ×二、そしてパイルバンカーのみだ。


(戦力比は絶望的、でもやるしかない……!)


 唐突な突撃に面食らったウォンテッドに先手を打てないか――そんな西郷の目論見は外れる。

 ウォンテッド二機は既に臨戦態勢で、大した動揺も見せずに行動に移った。


 青色トラバースが疾走し、西郷機を迎え撃つ。

 西郷のビームエッジと青色の実体剣が交差、つばぜり合いに閃光が走る。


 ビームエッジと実体剣で斬り合った場合、常識で考えると前者に軍配が上がりそうだが実態は異なる。

 殺傷力が高い分拡張性の低いビームエッジに対して、実体剣には様々な機能(スキル)を付与することが可能だ。


 たとえば今回の場合――――。


「ダメだ、――!」


 実体剣に触れた途端、ビームエッジの収束率が低下してビームが拡散する。

 青色の実体剣には《ビーム拡散機能》という機能スキルがセットされていた。

 性能は文字通りで、実体剣に接触したビームを拡散させ、威力を減衰させるというものだ。


 このままでは押し切られると判断した西郷はバックステップで距離をとる。

 だが、敵はそれを読んでいた。


 奥の緑色が狙いすませたタイミングで砲火を上げる。

 腕部に装着された実弾砲二門が西郷を襲う。

 敵機の弾丸は二発とも命中し、着弾後西郷機の機体内部で爆発。

 耐実弾装甲が施されているにも関わらず、西郷機の耐久が大きく削られる。


「掘削弾か! 高いの使ってんな!」


 掘削弾とは文字通り、着弾後掘削して内部に侵入してから爆破する弾種である。

 その特性上、装甲による威力減衰の影響を受けにくい。


 今度は背後から青色が斬りかかってくる。

 青色は機動性とフットワークに優れた構築らしく、あっという間に背後に回り込んでいたのだ

 咄嗟に西郷は右手のパイルバンカーで受け止める。

 パイルの耐久値がゴッソリ削られる。

 さらに畳み掛けられる斬撃三連。


 シールドでなんとか凌ぐ西郷に、三時方向からビーム砲の追撃。

 緑色の肩部キャノンはビーム砲だったらしく、ビーム対策ができていない西郷機にとっては痛打だ。


「これは、ダメか――?」


 相手はPKに手慣れている。

 二機の連携が獲物に反撃も逃走も許さない。

 さらにMob狩り用構築なうえに武装も乏しいこの状態では、万に一つも勝ち目はないだろう。


(だからって、あっさり撃墜されるわけにはいかない)


 ウォンテッド二名が西郷を倒したのち、先に離脱したハルを追撃する……その可能性を西郷は危惧していた。

 囮としての任を全うするためには、敵に少なからぬ脅威と執着を抱かせなければならない。

 西郷は自身の経験とセンスを総動員して、状況打開の一手を探る。

 あとは、その「結果」に向けて現状を手繰り寄せればいい。


「わるいけど、付き合ってもらうぞ……!」


 それまでの防戦から一転、袈裟に振りかぶった青色に飛び込む西郷。

 左腕全体で青色の右腕を絡めとってわきに寄せる。

 攻撃を殺しきれず胴体部にダメージが入るが、これで第一条件は満たせた。

 青色は右腕が抑えられた代わりに左手で西郷機の頭部を殴打、部位破壊を狙う。


 だが西郷は次なる一手を打つ。

 腰部からファダル式爆雷投射機を引き抜き、真上に発射する。

 それを確認した緑色が弾頭部を撃ち落とそうとするも、一瞬間に合わない。


「通った!」


 敵機自機もろともに爆雷が降りかかる。

 爆雷投射までの一秒足らずの間にシールドでガードした西郷は、比較的ダメージが抑えられた。


 対して青色はもろに爆撃を受け、機体が大きくよろける。

 そして、青色胴部に押し付けられる杭の先端。


「――パイルはロマンってね」


 装甲穿つパイルバンカー。


 一撃で破壊とはいかないまでも、青色に大きな損傷を与える。

 胸部に穿孔を晒してダウンする、青色のトラバース。


 あと何回か斬りかかれば、撃破できるだろう。


 だが、これが西郷の限界だった。


 背後の緑色が四門による一斉射撃を敢行する。

 相方に痛恨の一撃を加えた獲物を、ようやく「敵」として認識したのだろう。


 武装に乏しい西郷はそれを回避または防御するしかない。

 ガリガリ削られていくシールド耐久値。


 やがてダウンしていた青色が立ち上がり、戦線復帰する。

 身軽な青色による白兵戦とそれを援護する緑色の砲撃に、手も足も出ず打ちのめされる西郷機。


 シールドは破壊され、両腕部は欠損。

 関節を狙い打たれて脚部損壊、自立維持困難。

 連続攻撃により耐久値が底をつく。


「――こんなもんだよなぁ」


 最後は青色の横薙ぎにより一閃。西郷機は胴体を両断される。

 機体は完全沈黙。鉄くずと化した残骸が地面に倒れ伏す。


「脇役にしては、頑張ったかな……うん」


 西郷の胸にわくのは、親しみ慣れた自嘲と失望だった。

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