第一話 告発会
「ぼくらは敗北した。それも歴史的な大敗だ――なぜかな?」
反省会という名の告発会は、そのセリフから始まった。
二〇三四年、四月。
ギルド
「ぼくだって傷を開くような真似はしたくない。けど、今のぼくらにはこの命題と向き合う必要がある……そうだろう?」
深紫色のスーツをまとった青年が、深く通りの良い声でメンバーに語りかける。
彼の名はスローン。
持ち前の機転と耳障りのいい口調から信頼を集める、ギルドのNo.3に就く男だ。
スローンはさも司会のようにふるまい、議論を導く。
「中型ギルドで唯一機動要塞を持つぼくらにとって、勝利は必然だったはずだ。しかし優勢から一転、あの戦場の『なにか』が戦況を覆した……それはなんだろう?」
スローンがギルドメンバーの一人を指す。
指名されたメンバーはわずかに思案したのち、意見を述べる。
「拠点奪取に向かった占拠隊が無力化されたあたりから、流れが変わった……気がする」
「たしかに。綻びが見え始めたのはそこからだね」
「待ってくれ!」
そこで他のメンバーが挙手し、異を唱えた。
「おれたち占拠隊がやられたのはほんとだ。けれど、拠点には倍近い伏兵が潜んでたんだぞ!」
その主張を受け、スローンは鷹揚にうなずいて応える。
「ふむ、それもまた事実だ。事前に偵察したにも関わらず、敵は伏兵を忍ばせていた。その方法は不明だが、ともかくK.A.S.Pはこちらが戦力分散の愚を犯すことを読んでいたんだ」
ギルドホールはにわかにざわめきだす。
当時の状況の確認や、推測などを交わす声がそこかしこから漏れ聞こえる。
「敵はステルス機だったのか?」
「そもそも占拠隊が持ちこたえてくれれば、本隊は押し切れたんだ」
「それは横暴だって」
不穏な空気が流れだしたところに、パン、という乾いた音が響く。
音の発生源はスローン。
議論を進行させるために一拍、手を打ち合わせたのだ。
「占拠隊に関する議論も結構だが、考えるべき問題はまだ残っているんじゃないか? たとえば『敵はなぜ対艦兵装を用意していたのか』……とかね?」
一瞬の静寂は、スローンの問いかけにより破られた。
再度メンバーたちの間で議論が紛糾する。
「そうだ……なんだって連中は対艦兵装なんて使いにくい武器を用意してたんだ」
「対艦兵装は、機動要塞に対しても特効を発揮する。対策としてはおかしくないんじゃ?」
「違うだろ、ここで問題なのは『どうしてK.A.S.PがBEYOND機動要塞の存在を把握してたか』だ」
「なにそれ、情報が漏れてたってこと……?」
「つまり――この中に、裏切者がいるってことか」
一転、反省会に一触即発の緊張感が漂い始める。
裏切者。
そのたった一言が、彼らに疑心暗鬼の種を植え付けた。
険悪さを帯びた空気を再び、二拍の拍手が沈黙させる。
「やめてくれみんな。仲間同士疑い合うなんて、間違ってる……」
目を伏せ、ゆっくりと首を振りながらスローンが嘆く。
さも心の底から悲しんでいるかのように。
「互いに疑心暗鬼になることはない。こんな時のためにリーダーが存在してるんじゃないか――悲劇を防ぐために」
スローン、そして全メンバーの視線が一か所に集中する。
BEYONDのギルドリーダー、アット。
本名、西郷隆則に。
「……、……………」
視線の圧力を受けて、西郷は硬直してしまう。
黙す西郷をいいことに、スローンは畳みかける。
「今回の戦争において総指揮権および最終決定権を持っていたのは、アットさんでしたね?」
「……はい」
「ならば、責任の所在は――」
しかし、その言葉を裂き、異を唱える少女がいた。
「待って!」
立ち上がったのは、スカイブルーの髪色をした、軍服衣装の女性アバター。
サブリーダーのソラウタだった。
「誰か一人に責任を負わせるようなら、この議論は中止すべき!」
彼女の清廉かつはっきりとした声音がその場に響く。
「集団で一人を吊るしあげて、それでなにか変わるの?」
彼女の言葉を聞いた数人のメンバーは冷静さを取り戻し、頷いてみせる。
「……ええ、ぼくも同感ですね。ソラさんは正しい――ですが」
スローンは繰り返し頷き、ソラに賛同の態度を示す。
そして、彼は口元に薄い笑みを張り付けてこう続けた。
「理想と優しさだけでは生きていけない。時には痛みに耐えることだって必要なんだ――そうでしょう?」
ソラは眉をひそめつつ、渋々うなずく。
「それは、その通りだけど……」
「ええ、人生とは得てしてそういうものです……さて、ここでアットさんの見解を聞きたい!」
優雅な手ぶりで西郷へ手の平を向け、スローンは揚々と問いかける。
「なぜ、ぼくらは機動要塞を失わなければならなかったのか! メンバー総出で六か月かけて建造した、あの機動要塞を!」
慇懃無礼なスローンを見かねて、ソラが手を払い声を上げる。
「そんな聞き方――!」
「ソラさん、アットさんの発言権を奪わないでください。主張と弁解の権利は尊重されるべきです」
「えっ、は……?」
詭弁だった。
あたかもソラが西郷の権利を侵害しているかのような言い回しに、彼女は呆気にとられる。
そして即座に屈辱と嫌悪感から歯噛みする。
だがソラはそこで自制し、ちら、と西郷を見やったあと沈黙する。
反論しない様子のソラに満足したスローンは、西郷を催促する。
「では、どうぞ?」
仮想空間のアバターにも関わらず、西郷は喉の張り付きにあえぐ。
(スローンの指摘は、正しい)
(早期拠点制圧のため戦力を分散させたのも)
(敵が対策してると知らずに、機動要塞を前面に押し出したのも)
(――すべての敗因は、指示を出した俺に帰結する……)
責任感、羞恥心、罪悪感……それらをどうにか押し殺し、西郷は言葉を絞り出す。
「……みんな、ごめん――俺の責任です」
「ほう?」
「ちょっと……!」
「俺が判断を誤りました、機動要塞をロストさせました……勝てる戦いを、落としました……ごめんなさい」
西郷は、自分が責任を負うことを選んだ。
当時十四歳の少年には、責任追及をはねのけるだけの豪胆さは備わっていなかった。
少年は愚直で誠実であった。
それが、一人の悪意によって被せられたとも知らずに。
西郷のそばにソラはかけより、小声で話しかける。
「なんでそうなるんですか、しっかりしてください……!」
その時、どこかから小言が生まれる。
「でもさ、実際指示出してたのリーダーだよな……」
似たような言葉が、ぽつぽつとこぼれだす。
表立って批判する者こそいないが、不満を抱くメンバーがいるのはたしかだった。
西郷は黙して語らず、それを受け止める。
そんな少年の代わりにソラがメンバーに告げる。
「責任というなら私にもある! あの戦争の作戦指揮の一端は、私が担っていたもの! 彼一人を責めるのは筋が通らない……!」
「その通りですね」
機を見計らったように、スローンが全体へ向けて語りだす。
「悪いのはリーダーだけじゃない、ぼくら一人一人間違っていたんだ。そして誰だって間違いを犯すものさ」
「どの口が言うの……」
ソラは小声で毒づく。
そしてスローンは台詞をこの言葉で締めくくる……酷薄な笑みを浮かべて。
「それにこれはゲームだ……楽しまないと損じゃないかい?」
その後、ほどなくして反省会は解散。
ホールには西郷とソラの二人だけが残った。
沈黙が二人を覆う。
落ち込む西郷はソラへ話しかけることもできないまま、力なく椅子に座っている。
ソラは……なにかの感情に打ち震えているのか、手を強く握り、体を震わせたまま黙っている。
西郷にとって永遠のような沈黙が続く。
やがて、その時がくる。
西郷に歩み寄り、正面に立つソラ。
彼女は沈痛な面持ちで、胸を抑えながら、言葉を告げる。
生涯西郷が忘れられない、その言葉を。
「できないなら、しないでくださいよ――」
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