スクラップSt.

東条計

プロローグ 路傍の鉄くず 

 ――ある日、世界のどこにも自分がいないことに気づいた。


 トランス情報にまみれた池袋の街道を歩く少年の視界には、街頭宣伝用のARヴィジョンが映っていた。

 彼が見つめるのは『eスポーツ躍進の歴史』という番組と、もう一つ。

『開催直前! インターステラ第一回世界大会特集!』と銘打たれた特番。

 それは、かつて自分が憧れ目指した大舞台。

 客席から眺めるだけの、遠い舞台。


 ――傍観者であるのが当たり前になったのは、いつからだろう。


 ある時、自分が世界という舞台の端役に過ぎないことを知った。

 それから傍観者に転じ、うずく心を殺しながら生きてきた。


 ――これからずっと、世界に取り残され続けるのだろうか。


「……西郷くん?」


 少年、西郷隆則さいごうたかのりの自問は、隣を歩く少女が声によって中断される。

 眼鏡をかけた、ボブカットの気弱な彼女は、控えめに西郷を見上げる。


「ん、なんでもないよ水紀さん」

「そうですか……?」

「そうですとも」


 西郷は即座に心の暗雲を払い、いつもの快活な笑顔を見せる。


「それより俺の名前って変じゃない? なにせあの西郷隆盛と一字違いだよ?」

「私はかっこいいお名前だと、思います」

「そう? 嬉しいな」


 そうして西郷はいつもの調子で雑談しながら道を行く。

 空虚な問いを胸に抱きながら。


 ――いつからだろう、ゲームを楽しめなくなったのは。

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