第1章 5話 『悲しき現実』

 1


「私をこれからころしてほしい」


 意味が分からない。

 どういうことだ。

 思考しこうが追い付かない。


「私はもう少しで化物ばけものに変わってしまうの。だから殺してほしい。『DEディーイー』の仕事は危険な者を排除はいじょすることが仕事でしょ。だからお願い」


 ついに彼女の顔は泣きくずれた。


解決策かいけつさくを考えましょう。何かあるはずです」

「それは無理よ」


 後ろで黙っていたココロが残酷ざんこくな答えを明かす。


「まさか、生きた人間を『ヌル』にする計画けいかくがもう始まっていたなんて……」

「どういうことだ‼」

あかりさんだっけ? 倒れている時に誰か会わなかった?」

「白い女の人に出会ったわ。その時に何かされたかも」

「そいつが原因げんいんなのか。だったらそいつをたおすことが出来ればそんなことにせずに済むはずだ!」

「例え倒せても、止める手段が無いわ。それを止めるのことの出来る能力のうりょく保持者ほじしゃはどこにもいない」

「つまりもうすべがないということ。コウ君お願いできるかな?」


 そんなの嫌だ。


「そうだ、コウ君。これをあげるわ。私の使っていた『仮想鎧かそうよろい』もしもの時に役立やくだつはずよ」


 灯さんがくろうでを差し出す。

 これは灯さんのお守りだった。

 そして俺を助けてくれた灯さんにとって大切なものだ。


「お願い受け取って! あなたにしかたくせせないの!」


 俺は渋々しぶしぶそれを受け取る。


「そんなもうすぐ死んでしまうみたいな言葉を出さないでください!」

「もう駄目なの。私には分かる。段々だんだんちがうものになっていく気がするの。これが『ヌル』の気持ちなのかな」

「コウ、こっちに来て!」


 ココロが手招きする。


「しっかりしなさい!」


 またビンタが飛んで来た。

 でもこれは怒りのビンタでは無くかつをいれるためのものだ。


「あなたが出来ないなら私がやるわ。どうするの?」

「…………」


 何も答えられない。

 俺の中にあるのは絶望ぜつぼう


さいわいにもまだ時間はあるわ。彼女と話して覚悟かくごを決めなさい。そして『ヌル』と化したらちゃんと殺してあげなさい。それが彼女とあなたのためよ」


 俺は覚悟を決めらないまま灯さんの方に向かった。


「これを乗り越えないと、何も出来ないわよ。まぁ初日しょにちにこんな思いをするなんて、辛いわよね」


 その厳しくも優しい言葉が聞こえてきた。

 何か奇跡きせきが起きればいい。

 ただの灯さんの勘違かんちがいだったらいいのに……

 俺はそんなことばかり考えていた。


 2


 俺は灯さんといつも通りの雑談ざつだんわす。

 また笑顔を見せてくれた。


「そういえば、大男とまた別の敵を撃退げきたいしたみたいね。」

「まぁ大半たいはん相方あいかたのおかげですけど」


 いつもと違うのはこれが最後ということだけだ。


「ねぇコウ君、私はあなたに出会えて楽しかったわ」

「俺もですよ。あなたに出会えて俺の考え方は変わりましたよ。外の世界に少しは希望を持つことが出来ました」


 そうだ俺の考え方が変わったのはのはこの人のおかげだ。

 この人が『ヌル』するとはとても信じられない。

 何でこんな人がそういう目に合わなければならいんだ。


 そんなのは俺の役目やくめだろ。

 この人は、この世界に必要ひつような人だ。

 大勢おおぜいがこの人を頼りにしている。

 それにくらべ俺はちっぽけな存在だ。

 世界の何の役にも立たない。


「また辛い顔をしているよ。しっかりしてよ! 君は世界を守るヒーローになるんだから。」

「ヒーロー……?」

「そうだよ。君は悪い奴らと戦うヒーローになるの。だから初仕事はつしごとが私を倒すこと」

「そんなことはやりたくない」


 なんで恩人おんじんを殺さなきゃいけないんだ。


「じゃやこう考えて、君はこの不条理ふじょうりな世界と戦う。世界と向き合うの。だから私を倒す」


 悪いのはこの世界だということか。


「過去に世界を相手に戦った人間がいたの。その人はこう言っていたわ。『これから生まれてくる子供たちが安心して暮らせる世界を作りたい』ってね」


 でも結果はこの有り様だ。

 俺たちは危険視きけんしされ、誰もが安心して生活を遅れていない。


「コウ君、これからの未来のために戦って。それが私の最後のお願い。最後にあなたと出会えて良かった。あなたと話せて良かった。そしてあなたを助け出せて良かった」


 彼女は黒いモヤに包まれつつある。


「灯さん‼」


 俺は手を伸ばす。

 彼女はその手を振り払う。


「大丈夫。君ならやれる。後は任せたわよ……」


 その一言を言い終えると彼女は黒い怪物かいぶつへと変わていった。

 俺ならやれる。

 彼女の言葉を信じよう!


 ――「解放かいほう


 真白しんぱくの『よろい』の姿へと変える。

 今日で三回目の鎧化よろいかだ。


 でも気にしていられるか。

 これは俺の役目やくめだ。

 誰にも手出しはさせない。

 自分でやらなきゃ駄目なんだ。


『ヌル』とへ変えた灯さんを直視ちょくしする。

 必ず終わらせて見せる。

 決意けついかため、かなしき戦いにいどむ。


 3


 灯って人は『ヌル』へと姿を変えた。

 だが、いつも戦っている『ヌル』とは様子が違う。

 生きている者が『ヌル』へと直接変化するのは初めてみる。


 そしていつも暴れているだけの『ヌル』が冷静に見える。

 これはただの主観しゅかんでしかないが、そう見えてしまう。

 いつもとは違うそんな気がする。

 でもこの戦いは彼に任せよう。


 すると『ヌル』は彼に急速に接近しこぶしたたみにきた。

 彼は思いっ切り吹き飛ばされる。

 何とか受け身をとる。


 そして攻撃にそなえてかまえをとるが、『ヌル』は動かない。

 間違いない。

 あの『ヌル』には持ち主の知性ちせいがある。


 助けに行こうかと迷ったが、自身の理性りせいがそれをめた。

 これは彼の戦いだ。

 この程度の修羅場しゅらばを乗り越えなければ、この先はやっていけない。

 私はそんな彼を信じよう。

 でもアドバイスぐらいはしてやってもいいかな。


「とにかくぶつかってきなさい!」


 新入りに喝をいれる。

 これが唯一ゆいいつ、私に出来ることだ。


 4


 灯さんは『ヌル』になっても強いな。

 さっきの攻撃はまるで彼女そのものだった。

 攻撃を警戒けいかいし、構えをとるが一向いっこうに動かない。


 どっちにしろ、あの攻撃を完璧かんぺきふせぐことは不可能ふかのうだ。

 だったらこっちから攻撃を仕掛しかける。

 この距離なら、出来るかも。


 一気に踏み出し、『ヌル』へと近づく。

 しっかりと助走をつけ、掌底しょうていを打ち込む。

 何度か灯さんに見せつけらたわざだ。

 今の一撃は納得なっとくのいくものであった。


 しかし、その攻撃は受け止められた。

 やっぱり強いなぁ……

 だが対策はしている。

 もう片方かたほうの手で拳を作り、それを叩き込む。

 それは見事みごとに決まった。


 距離なんて取る必要は無い。

 あとは直接ちょくせつなぐり合う。

 お互いに近づき、激しい殴り合いが始まる。

 軽い痛みなど気にしない。

 回避できるものは、最小限さいしょうげんの動きで回避かいひし、できるだけ攻撃を叩き込む。


 実力差のある相手に距離をとっても追い込まれるだけだ。

 ならばリスクを覚悟しそれに立ち向かう。

 どっちが倒れるか勝負だ。

 攻め続けろ。


 激しいインファイトの応酬おうしゅうで先に倒れたのは結局、俺だった。

 だからといってそれで負けたわけでは無い。

 すぐさま体勢たいせいととのえ、起き上がる。

『ヌル』はそのすきを狙い俺に容赦ようしゃない右ストレートを浴びせてくるが、近くで見物けんぶつしていたおかげでそのスピードにはれてきたものだ。


 右の拳を受け流し、体勢を崩してそのまま投げ飛ばす。

 まだだ、そのまま追いかけ飛びりを繰り出す。

 追い打ちは成功しさらに『ヌル』は加速度かそくどを増していく。

 次で終わらせる。


 だが俺の体は動かない。

 次の手立てだてはあるはずだ。


 いつの間にか、俺の頭は『ヌル』を灯さんだと認識にんしきし始めた。

 違うあれは『ヌル』だ。

 だがそれを考えているうちに、体は固まりだす。


「何をやっているの⁉ 早く止めをさしなさい。チャンスは今よ!」


 分かっているでも体が拒絶きょぜつしている。


「あなたが彼女のことを大切に思っているなら楽にしてあげなさい! それがその人に対してできる優しさよ」


 その通りだ。

 俺が何もしない間、彼女は苦しみ続けている。

 早く終わらせてあげたい


 どうして何もできない。

 理由が分かった。

 俺は生きている者を殺したことが無い。

 だから怖くなったのだ。

 命を奪うことに対して。


 そして思い出される灯さんと過ごした記憶。

 彼女の声や笑顔。

 彼女は俺のために戦ってくれた。

 そんな恩人を殺せるわけがないじゃないか‼



 そして考えているうちに『鎧』が解除かいじょされた。

 時間切れだ。

 もうここから逃げ出したい。

 さっきの勢いはどこに消えた?


『本当にお前ははどうしようもないな』


 俺の『鎧』アブソブがなげいていた。


『なぜ終わらせなかった?』

『彼女を殺したくないからだ』

『あれは『ヌル』だ。忘れたのか?』


 分かっている。

 だけどあれは灯さんでもある。


『俺はどうでもいいが、あれはそのままにしておけば他の誰かを傷つけるぞ。それでもいいのか?』


 俺はそのことに気付かされた。

 これ以上、彼女をそのままにしておけはいけない。


「でも俺にはもう力が残っていない、どうすれば……」


 拳を強く握りしめる。

 つめが食い込み、血がにじむ。


『もう忘れたのか? お前はあの女から何をもらった?』


 俺はお守りをもらった。

 俺と灯さんを助けてくれたお守りだ。

 そう、『仮想鎧』だ。


 黒い腕を手にし、右腕にはめる。

 これがあれば終わらせることができる。


 苦しみをここでれ!

 今度は俺に力を貸してくれ。


 ――『装着そうちゃく


 5


 光が身を包み、傷だけの黒い『鎧』が姿を現す。


「ようやくやる気になってくれたわね」


 そして『ヌル』と化した灯さんに目を向ける。

 どうやら立ち上がり、また戦うつもりのようだ。


同調率どうちょうりつ50%。稼働時間かどうじかんは10分。『ビギニング』始動しどう


 頭の中で音声が流れる。

 自身の状態が分かりやすい。


「さぁ、行くぞぁぉぉ‼」


 気合を入れるために声を張り上げる。

 同調したかのように『ヌル』も咆哮ほうこうを初めて上げる。

 そしてほぼ同時に走り出す。


 距離が近づくと、互いに拳を繰り出す。

 拳と拳がすれ違い、それが互いの顔面がんめんに放たれる。


 なんとか俺の方がそれに打ち勝つ。

 ただし、ノーダメージとはいかなかった。

 決して少なくないダメ―ジが残った。


『ヌル』はすぐに体勢を整え、拳を腹部ふくぶに放つ。

 だがそれを無視し、こちらも拳を腹部に叩き込む。


 互いに痛み分けという結果になる。

 だがそんな痛みは無視むししろ。

 殴り続けろ。

 決定打けっていだが訪れるまで。


 再びさっきよりも激しいインファイトが始まった。

 結局はこれが正解だ。

 経験のあさい俺が勝てる方法はこれしかない。

 アドレナリンを出し続け、相手を上回うわまわれ。


 そして勝機しょうきは訪れた。


『同調率60%に上昇。放熱ほうねつモードに移行可能いこうかのう

「実行」


 これを待っていた。

 これなら確実に終わらせることが出来る。

 予定通り放熱モードに移行する。


『放熱モードに移行しました。稼働時間は1分です』


『鎧』の頭部とうぶが開かれ、熱放出の合図となった。

 灯さんである『ヌル』はこれを知っている。


 だから警戒モードに入ったのが分かった。

 このまま打ち込めば外れる。

 だったら確実に打ち込める体勢を作る。

 その途端とたんに相手の攻撃が止んできた。


 俺はただ立ち続けた。

 時間が迫っているにも関わらず。

 そしてついに力強ちからづよい一撃が心臓付近に飛んでくる。


 それをあえて受ける。

 ノーガードで受ける。

 心臓が止まりそうになった。

 痛みというよりも命の危機ききを感じた。

 でも歯を食いしばれ、ここで倒れるな。


 俺にはカウンターなんて器用きよう真似まねは出来ない。

 だったら攻撃を受けて、隙を作るしかない。


「今だぁぁぁ‼」


 熱のこもった拳を叩き込む。

 それが『ヌル』の体を貫いた。


「これで終わりです。灯さん……」


 ようやく終止符しゅうしふを打つことが出来た。

 いは残らない。

 これで良かったのだ。


 俺がやらなければココロがやってくれたのかな?

 でもそんなことはどうでもいい。

 俺はちゃんと役目やくめを果たせた。

 そして『仮想鎧』を解除する。

 これは大切に使わせてもらいます。


 6


 そして黒いモヤが消えていった。


 だが、灯りさんの体がそこにあった。

 本来ほんらいならば消えているはずなのに。


 俺はすぐさまけより、そして体に触れる。

 とても冷たい。

 人間の体温では無い。

 以前のあたたかさが全く感じられない。


「ココロ! 手を貸してくれ!」


 俺は助けを求める。


「どういうこと? なんで肉体にくたいが残っているの? 本当だったら黒いモヤと一緒に消えているはずなのに……」


 ココロが駆け寄り心臓の音を確認する。

 だが首を横に振る。


「大丈夫、その者は生きていますよ」


 俺たちは警戒する。

 戦うのは無理だが、抵抗ていこうは止めない。

 最後まであらがってやる。


「心配しないで。今の私は戦うつもりはありません」


 その女は何もかも真っ白な体であった。

 髪も肌もすべてだ。

 まったく他の色を感じさせない、虚ろな女。


「あなたは誰?」

「私は世界の変革へんかくを望むものです」

「灯さんを『ヌル』に変えたのはお前か⁉」


 俺は怒りをむき出しにする。

 それをココロに手で静止せいしさせらる。


「そうです。この者は人間に収まるうつわではありません。この者は別の何かに生まれ変わる必要があります」

「そんな勝手なことを」

「勝手ではありません。彼女はこの世界に必要です。でも人間ではまっとうすることができません」


 淡々たんたんとした言葉だ。


「そんな権限けんげんは誰にも無い!」

「私たちにはあります。私たちはこの世界の種族しゅぞくを統一する。そして私は『全能者ぜんのうしゃ』です。あなたたち『忌能者いのうしゃ』とは違います」


 なんだよ『全能者』って?


「ではまた会う機会があれば」


 そして消え去った。


 灯さんも一緒に。

 俺たちは何も出来なかった。

 残ったのは大きな謎。

 そして新たな存在と計画。

 そのまま俺たちは呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。

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