教えて、理央先生! もしも主人公がいなくなったら、世界はどうなるの?

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八限目、青ブタ魔女っ子シスターズ、見参♡

 ……どういうことなんだ、一体。


 何で現在意識不明の重体であるはずのさんが、放課後のみねはら高校の物理実験室で、ゴスロリチックな魔女っ子の格好なんかをしているんだ?


 ──いやそもそも、どこから見ても小学生としか思えないあのお姿は、一体どういった奇術やからくりによるものだと言うんだ⁉ 


 そのように僕が完全に混乱をきたして、その場で硬直してしまえば、それを見限るかのようにして、ふたのほうへと向き直るJS麻衣さん。


「……まったくあなたも、余計なことをしてくれたものよね」


「ほう、と言うと、お嬢ちゃん──いや、失敬。さくらじま先輩の狙いは、何だったのですか?」

 そのJKの何やら皮肉めいた問いかけに、とてもJSとも思えないさも憎々しげな表情となって、

 ──僕を奈落の底に突き落とすようなことを言い放つ、相思相愛であるはずの彼女。


「決まっているでしょ、そこの『卑怯者の主人公』を、何度も無駄な過去改変の夢を見せ続けて心を折って、現実世界に完全に絶望させた後で、唯一自分の思い通りになる夢の世界の中に閉じ込めて、永遠に私のものにしようとしたのよ」


 ……何……だっ……てえ……。


「それなのに、勝手にあっさりと種明かしをしてしまって。せっかくこれまで散々苦労して手なずけてきたというのに、まさか今更横取りするつもりじゃないでしょうね?」

「おやおや、横取りしようとしているのは、いったいどっちですかねえ? 彼の身の回りで『思春期症候群』絡みの事件が起こるたびに、根気よく助言を与えて、すっかり信頼を得ていたのに、そのように彼の前で『魔女』の本性を現したりしたら、すべてが台無しじゃないですか? 第一あなたはもはや死んだも同然の身の上なんだから、この『主人公争奪レース』から、さっさとリタイアなさってはいかがです?」

「ふんっ、私たち『魔女』にとって、この現実世界の生死なんか関係ないのは、あなたもようくご存じでしょうが?」

「かといって、の肉体を勝手に乗っ取るのは、いかがなものでしょうね」

 ………は? 妹さんって。

「何だよ、梓川、間抜け面をさらして。まさか君、この目の前のいかにも『思春期症候群』ならではの現象を、桜島先輩が退行願望をこじらせて肉体的に若返ったとか、子供時代の彼女がタイムトラベルしてきたとか、いかにもありきたりの原因によるものだと思っていたんじゃないだろうね? これまで散々言ってきたように、この世に『質量保存の法則』がある限り、そんなことなぞ絶対にあり得ないのだから、翔子が大人の翔子になった時のように、これがすべて夢の世界の出来事か、妹さんの脳みそに桜島先輩の『記憶』だけが集合的無意識を介してインストールされたかの、どちらかしかないだろうが?」

「いや、そんなことよりも、麻衣さんにそんなにそっくりの、小学生の妹さんなんていたんですか⁉」

「……ええ、とても不愉快なことにね。私だって最近まで、全然知らなかったわ。あのエロぼけ親父ときたら、私やのどかの母親以外にも女を囲っていて、今回私が危篤状態になったのにかこつけて、いきなり母娘共々連れてきて、なし崩し的に周知の事実にしてしまったってわけよ。──ったく、これだから、男ときたら」

「おお、桜島先輩の『男性不信』も、ここに極まりといった感じですね」

「……男性、不信?」

「はあ? おいおい、梓川、何も不思議はないだろうが? 桜島先輩は、芸能人なんだぞ。それも、子役の頃から。そりゃあ業界の暗部なんて、山ほど知っているだろうよ。──特に、『枕営業』なんてさ♡」

 ──‼

 そ、それって、まさか⁉

 思わず麻衣さんのほうを見やるものの、ただひたすら不機嫌な顔をして、双葉のほうをにらみつけるばかりであった。

「……一応その件については、ノーコメントとさせていただくけれど、私が世の男どもなんて、『下半身だけで物を考えている、脳みそ空っぽの、猿よりも劣るケダモノ』に過ぎないって思っているのは、間違いないわね」

「おー、『経験者は語る』って、やつですかあ? ──さてさて、梓川。かように超絶男性不信の桜島先輩が、間違いなく男の端くれである、君なんかとつき合っていたのは、一体なぜなんだろうねえ?」

 え。

「──決まっているでしょ」

 もはや話について行けず、しどろもどろとなるばかりの僕を尻目に、ついに台詞を言い放つ、本来年上のはずのJS魔女っ子。


「みすみす『主人公』を別の『物語セカイ』に逃がしたりしたら、この『物語セカイ』はただ無残に朽ち果てていくだけだから、別に好きでも何でもなかったけど、『魔女ヒロイン』の義務として手管を尽くして、繋ぎ止めていただけよ」


 なっ⁉

「ま、麻衣さん、一体何なんだよ⁉ 『主人公』とか『物語セカイ』とか『魔女ヒロイン』とか、いかにもメタっぽいことを言い出したり、僕のことを好きでもないのに繋ぎ止めていたとかって、もう何が何だか、わけがわからないよ!」


「──それだけ『主人公』というものが、『物語セカイ』にとってはなくてはならないほど、重要だってことなんだよ」


 今や錯乱状態となり、ただわめき立てるばかりの僕に答えを返してくれたのは、白衣眼鏡毒舌少女のほうであった。

「前に言ったよね、タイムトラベルや異世界転移や並行世界パラレルワールド転移等の、いわゆる『世界間転移』なんてものはけして為し得ず、ただ単に集合的無意識を介しての二つ以上の世界の『記憶』の重ね掛けによって、文字通り『前世の記憶』そのままに、現代人が未来人の記憶を持っている場合は『未来からのタイムトラベル』を、異世界人が現代日本人の記憶を持っている場合は『異世界転移』や『異世界転生』を、現代日本人が並行世界パラレルワールドの記憶を持っている場合は並行世界パラレルワールド転移を──といった感じで、事実上の『世界間転移』を実現することになるんだけど、あくまでも現実的には、間違いなく正真正銘の現代日本人が、『実は私は未来からやって来たんだ』とか『異世界人としての前世があるんだ』とか『この世界は自分にとっては並行世界パラレルワールドに過ぎないんだ』とか言い張っているようなものに過ぎず、妄想癖や中二病だと思われるだけだろうよ。──しかし、その世界モノガタリにおける『主人公』だけは違うんだ。そう、この世界モノガタリにおける、君のようにね」

 なっ、この僕が、この世界の主人公だと⁉

「ある世界でメインヒロインが死んでしまったとする、当然それ以降はストーリーを続けられなくなるので、SFやファンタジー的作品であれば、彼女の恋人でもある主人公に世界の改変等をやらせて、ヒロインの死自体を無かったものとするといった展開となるものが多いが、何度も何度も言うように特定の単独の世界自体を改変することはできず、実質上は主人公の『記憶』だけを集合的無意識を介して、例えば『かつてメインヒロインが交通事故に遭うところを、主人公の勇敢な行動で阻止することを為し得た』とかいった、メインヒロインにはまったく死の危険性が無く、主人公と共にずっと無事息災で生きていける世界に存在している、いわゆる『別の可能性の世界パラレルワールドの主人公』の脳みそに移すことによって、あたかも元の世界そのものを改変することで事なきを得たように、あくまでも表面上だけでっち上げることができるわけなのさ。──つまりね、『主人公の記憶』を移行することによって、読者が知らぬ間に──下手すると、作者自身も無自覚なままに、物語の世界ステージそのものもすり替わってしまっているんだよ。すると、どうなると思う? 新しい世界のほうはそのまま物語が続いていくから構わないだろうけど、元々『主人公』のいたほうに残されたキャラたちは、堪ったもんじゃないよね」

 へ? 残されたキャラたちって……。


「──あなたは、いいでしょうね」


 唐突に耳朶を打つ、ぞっとするような冷たい声音。

 振り向けば、最愛の彼女が、再びこちらを怨嗟の表情で見据えていた。

「たとえ恋人が交通事故で死のうが、『主人公』である己一人だけは、何の憂いもないただただ幸せなばかりの世界へと逃げ出して、恋人の死だろうが何だろうが、すべて『無かったこと』にして、のうのうと生きていけるのですからね。──何が、『無かったこと』よ。私たちもこの世界そのものも、けして物語の都合なんかで消滅したりはせず、これからも『主人公』不在のままで、永遠に存在し続けるんだから! それを何よ、『前の世界は消失した』とか『新しい世界によって上書きされた』とか、三流SF小説の受け売りのような言い訳ばかりほざいて。れっきとした独立した一個の世界が、小説なんかの筋書きストーリーの都合によって、消えたり上書きされたりするものですか!」

 まるでこの世界の創造主に向かって唾棄するようにわめき立てる、見かけ上は幼い小学生の少女。

 ……そうか、これこそが麻衣さんの、『主人公』であるこの僕に対する、『復讐』ということなのか。

 そりゃそうだよな。これじゃまるで、『主人公』以外の人間キャラクターはすべて、存在そのものを否定されたようなものだからな。

「……それで、僕に復讐するって、具体的には、どうするつもりなんだ?」

 僕が恐る恐る、そう尋ねた、その刹那──


「──それは当然、ここにいるみんなで、ちょっぴり超能力絡みの青春ドラマを演じるのはもちろん、異能バトルをやったり、タイムトラベルしたり、異世界転移をしたりして、この世界を大いに盛り上げて遊び尽くすのですよ!」


 何とここに来て新たに響き渡る、第三の少女の声。

 再び咄嗟に振り向けば、そこにいたのは──


「……え、誰?」


「な、何言っているのですか⁉ あなたの『しょうさん』に決まっているでしょう、さく君ったら!」

「ええっ⁉ ──あ、いや。そう言われて、みれば……」


 このように僕が、あの誰よりも大恩人であるはずの翔子さんを見誤ってしまうのも、実のところ無理はなかったのだ。


 外見は間違いなく中学生の翔子なのに、その言動──すなわち『中身』のほうは、高校生の翔子なのは、一応納得済みだから、構いはしない。

 だが問題なのは、その身にまとっている、『衣装ファッション』であった。

「………何その、いかにも『魔法少女』そのものの、アレな格好は?」

 そうなのである、翔子さんたら年甲斐もなく、ピンクのフリフリフリルのワンピースに、ハートの意匠がふんだんに施されたステッキという、まさしくニチアサあたりの幼児向けのアニメに出てくるような、『魔法少女』そのままな格好をしておられたのだ。

「うふっ♡ 似合っているでしょう?」

 ヌケヌケとそんなことを言って、くるっと一回りターンをしてポーズをとる、中身はJKの女の子。


 ふわりとひるがえる、フリルとレースだらけのミニスカート。


 ──もちろん! お似合いですとも!

 中学生といっても長い闘病生活のせいか、年齢よりもかなり子供っぽい雰囲気をかもし出しつつ、大人な『翔子さん』のノリノリのお茶目さが合わさって、いかにもマニア好みの『魔法少女』が顕現しておられたのだ!

 今にもすり寄りかねないほど興奮しきりの僕に対して、翔子さん自身はニコニコと微笑むばかりであったが、その他二名の女性のほうは、あからさまに侮蔑の視線を向けておられたので、さっさと話を進めることにした。

「……ええと、超能力を使って遊び尽くすって、どういうことでしょうか? 皆さんは『主人公』とやらであるらしい僕のことを、『憎んで』いて『復讐』をなさろうとしていたのではないのですか?」

「まさかあ、私たちはあくまでも、同じ『物語セカイ』の同胞じゃないですか? 要は咲太君の『記憶』を、逃がさなければいいのですよ」

「……記憶を、逃がさない、って?」


「今回のように、メインヒロインの麻衣さんが死亡しかねない状態になるといった、これ以上物語を継続できないと思われる危機的状況に陥った場合、世界の意志というか、ぶっちゃけ実のところは小説であるこの世界の創造主である『作者』の手によって、『主人公』のみが過去の改変等のために他の世界に転移させられることになるのですが、理央さんが何度もおっしゃっているように、世界間の転移なぞ物理的に不可能だから、『主人公』のこの世界の『記憶』のみが集合的無意識を介して、他の世界の『主人公』の脳みそにインストールされるといった手法がとられることになるものの、実はだったら、『主人公の記憶』の転移なんて、完全に阻止することができるのですよ」


 ──‼

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