流星と僕ら

大臣

「流れた!」


と、また誰かが叫ぶ。


僕はカルタ取りさながらに電波時計のライトをつける。


「1時47分55秒!報告どうぞ!」


ここは野辺山駅から徒歩30分ほどにある広場。あたりはご想像の通り真っ暗。でも、星は煌々と輝いといる。


9月、僕ら村野学院地学部のメンバーは、夜間観測と称して星を見に来ている。なお、顧問には内緒の非公式の会。


宿はなく野宿。野っ原にブルーシートを引いて、その上に断熱マット。さらにその上に、寝袋に入った死体眠った部員たち。それと、なぜかこんな時間まで元気な僕ら。


高等学校である村野学院の中でも、今起きている僕を含めた男女四人は、年齢的には一番下。どうして先輩の方が早く寝る……。


「こら、松下!報告の途中で寝るな!」


と、山口 あかりの声がする。元運動部故か、声がでかい。どうやら先ほど流れた報告をしたのは彼女の幼馴染、松下圭吾のようだ。


「だって……眠いんだよ」


「まあ眠いと言いつつ起きてるだけましだよ。私たち以外、もう半分以上寝ちゃったんだしね」


そう言うのは、高城涼といい、一人、断熱マットの上に乗らず、体を動かしている。空手部と兼部をしていて、その型の練習らしい。


高城の発言には同意せざるを得ない。主催者の先輩方はみんな寝てしまった。見習えよ全くと思ってしまう。


しかし、そんなことより。


「松下ぁ!報告しろぉー!」


と、一人大声をだしているのが、今回の観測の記録担当、僕こと、河埜健介である。


記録というのは大変なもので、流星がいつ流れたのか、どこで流れたのか、どれくらい速いのか、などの情報を、記録用紙に記入しなければいけない。さらに、それがスムーズにいかないと、次の流星がまた流れ、仕事がたまる。消化しなければ、自分は流星を見れない。要は経験を求められ、かつ面倒な役職だ。


ではなぜ一年の僕が、記録を担当しているのか、理由は三つあると自己分析する。


一つは、僕が中学校で観測の経験があり、記録を担当できると思われたのだ。確かに記録をしたことはあるので、これはまあいい。


二つ目、先輩方が全員記録を担当する事を拒否した。理由は夏の合宿で記録をしたからと一年に経験を積ませるためとのこと。


うん?一つ目と二つ目は矛盾しているぞ?


ひょっとしてこれが先輩の横暴なのか?


……まあいいけど。


そして三つ目は、一年全員の記録決めのジャンケンで負けた。ただそれだけだ……。


あれ?まともな理由最初だけかなあ?……まあいいけど。


そんなふうに考えている間に、松下がえーと、といいながら、報告を始めた。


「方角は北。等級は二等……かな。速さはラザラピ。こんはなし。位置はカシオペアから地平線」


と、彼は報告した。


等級はもちろん、星の等級だ。位置に関しても、カシオペア座から、地平線に流れたということだ。速さのラザラピは、ベリーラピッド・ラピッド・ラザーラピット・ミディアム・ラザースロー・スロー・ベリースローと、速さ順に速さを並べたときの、上から三番目。ラザーラピットの略。痕に関する情報は、要は尾を引いたかということだ。尾を引けば痕あり。なければ痕なしだ。


そう。これだけだ。たったこれだけのこと。一応、流星群の時期ならば、群流星か、散流星か、つまり流星群の流星か否かも記録するのだが、今はメジャーな流星群の時期ではない。


だから僕がイライラするはずはないのだ。


それなのに、僕はイライラしている。なぜなら……


「なんで流星群でもないのに、HR55ぐらいあるの?事件だろ」


HRとは、一時間あたり何本流星が流れたのかという数値。


55というのは、普通の日では事件だ。


さっき十連続で流れて、ヒステリーを起こしかけたが、こんなのは流星群の日だけだ。


さっきの報告を記入し終えた僕は、みんなに提案した。


「なあ、流星もひと段落したし、そろそろ夜食にしないか?」


「いいんじゃない?」


「さんせー!」


と、二人から返答が来た。


……ん?二人?


「あーあ、松下寝てるよ」


と、断熱マットから起き上がり、隣に横たわる寝袋を確認する山口。僕も見てみると、松下は目を閉じて、寝息をたてている。


「寝かしてやろう。これが初めてなんだからさ」


「……そうね」


初めての夜間観測。普通に考えたら眠くて当然。僕は経験があるからまだしも、他の二人が凄いのだ。


僕は寝落ちしてしまった松下の隣で眠っている、一人の先輩を叩き起こした。


「んごっ……!なんだよ……」


「おはようございます先輩。夜食を食べたいので起きてください」


「お前……先輩に対してなんたる物言いを……」


そう言いながら寝袋から出たがらない先輩に、なんとなくイライラしたので腹にパンチ。ぐおっ!という声がしたが、痛みで呻いただけだろう。


「いいですか?夜間観測において、後輩より先に寝落ちする先輩に拒否権はないです。というわけで、さっさと準備をしでください」


「ちっ……わかったよ」


そう言って先輩はやっと起きた。


山の上に電気なんてない。でも寒いから、温かいものが食べたい。


だから地学部では、キャンプ用のカセットコンロを持って来ている。


先に購入した水を温めて、カップ麺を作るのだ。


かれこれ二十分ほど経ち、今起きている全員にカップ麺が渡った。先輩も起きたついでだと言い、観測に復帰するようだ。


僕が採用しているのは、有名ラーメン店の再現を謳う物で、実際のところうまい。お湯を入れてから五分待たなければいけないが、待つ価値はある。


なお、山口が採用しているのはカップヌードル。高城が採用しているのはコンビニオリジナルの醤油ラーメン。先輩はシーフードヌードルだ。


「はあ……いいなぁ、こういう時間」


独り言のつもりだったが、高城から、


「そうね、普通のカップ麺もより美味しく感じるね」


と、返答が来る。


確かにそうだなと思いつつ、星空を見上げたが、肩を叩かれたので、また目線を下にする。


「なんですか先輩?」


「いや、お湯が余ったからコーヒー作ったんだ。いるか?」


「あ、欲しぃー!」


「いいですね。ミルクありますか?」


肩を叩かれたのは僕なのに、他の二人から先に返事が来る。こんな状況に少し笑いながら、いただきます。と、コーヒーをもらう。


ラーメンとコーヒー。なんともおかしな組み合わせだが、星空の下では格別の味がする。


こんな時間が、人生の中でたくさん過ごせたらいいな。


だって最高じゃないか?友達と一緒に星空を見上げるなんて。


そう思いながら、僕はコーヒーを飲んだ。


「流れた!」


訂正。


少なくともコーヒーを飲み終わるぐらいの余裕は欲しい。


飲みかけのコーヒーを近くにおいて、僕は叫ぶ。



「02時13分25秒!報告どうぞ!」





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