vsゼルダ・アルゴル(前)

 三日目、昼前。

 『無人の王城』レジェンド。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♥陣営の『ゼルダ・アルゴル』とのデュエルが成立しました』


 ゼルダ・アルゴル。

 その巨体をエシュは見上げていた。そのあまりの迫力に冷静に返る。十メートル近い、ロボ。今まで相手した中で文句なしの最大サイズだった。


「いや、こんなの成り立たないだろ――――……」


 抗議の声など小さなものだ。鋼鉄人形オレンジネクサスが剣を振り下ろす。その攻撃は鈍く、エシュの機敏な動きならば回避は容易い。だが、その攻撃の余波は凄まじい。捲り上がる地面に足を取られながらも、エシュは何とかして距離を取る。

 距離を取ったとして、攻撃手段に乏しいが。


「ほう」


 エシュが二刀を抜いた。傭兵二刀流。ペラペラの鋼鉄を刃で受ける。小さなパペット人形が複数。リボン状の鋼鉄を両手の刀で捌き、高く跳躍してオレンジネクサスの剣をかわす。


(デュエルは一騎討ちだったはず……いや、これは、あれか。アイダから聞いたことがる)


 頼れる妹分を胸中で誇る。彼女はエシュが知らないことを知っている。


「今週のビックリドッキリメ「チガウ」


 ベルから声が。

 しばし間があって、ベルが不規則に振動する。毒矢を体捌きで回避しながら、エシュは小さく頷いた。直後、巨大な剣が霧を引き裂いて降り注ぐ。Lグリップソード越しに傭兵の怪力が受け止めた。


「ぐぐぬ――っ!」


 一振りを犠牲に弾き返す。続く毒矢と鋼鉄を足技で弾く。


(急に霧が濃く、なんだ……?)


 あまりにも不自然。だが、ベルからの情報で納得がいった。もうどうしようもない。敵はルールを守る気など端から無かったのだ。エシュも責めはしない。これは戦争だ。勝った方がルールを作る。


「いい――――まとめて来い」


 そう宣言した直後。霧を裂いて巨大な土人形ゴーレムが拳を降り下ろした。宣言しておいてなんだが、これはないと思う。十メートル級のゴーレムが、十体。


(これは、どういうことだ……!?)


 上にだけ意識を向けていられない。鋼鉄のパペット人形がわざわざ足元を狙って攻撃を繰り返す。先に仕留めようと意識を割いた隙、鋼鉄人形の剣がエシュを狙う。


「なんて連携だ。


 敵の猛攻がピタリと思った。ベルの振動が警戒を促す。エシュは無視した。


「何故それを?」

(本体はそっちか)


 オレンジネクサスから声が発せられた。エシュは右手に括りつけたベルを揺らす。


「こいつが教えてくれたよ!」

「オマエ、ナンノツモリデ」


 エシュは冷徹に突きつける。


「俺にオペレーターがいないのは多分出回っている。そこに付け入って俺をコントロールする奴がいるとすれば、それは他の陣営の誰かだ。しかも他陣営にはバレたくないときている。エンリークは♦、アルゴルは♥、ならば♠か♣!」


 エシュはわざと声を張り上げる。人前ではベルから音声を発しない。モールス信号でエシュのみと情報のやり取りをする。それは敵に知られないためかと思っていたが、違う。他の陣営にバレないためだ。

 だって、オペレーター全員が。わざわざこんな回りくどいことをするのは、理由がある。


「さあ、バレたぞ。損だけしたくなければもっと必死になれ」


 焚き付ける。ベルからの反応は無かった。

 再びアルゴル勢力の攻撃が始まる。


(アルゴルが操っているのは、でっかいロボか。小さい人形はあのロボが間接的に操っている。じゃあ、あの土人形はなんだ?)


 説明がつかない。エシュは防戦に徹しながらその攻撃体系について観察していた。鋼鉄人形と土人形は明らかに別の指揮系統で動いている。


(とにかく、片方を潰す)


 土人形の群れに飛び込む。その手に握るのはLグリップソードではない。

 終の棲剣『ヴォーパル』。エシュが攻勢に出たのは、ベルにハッキングを仕掛けた奴から情報を聞き出したから。有効打を知らされて、情報の小出しにこれ以上の利用を危険視した。都合よく行動を操るためだろう。どちらにせよ、もう用済みだ。

 好きに利用しようとしてきたのだ。こっちも散々利用して捨てる。


「喰らえよ、『ヴォーパル』」


 囲まれた土人形の隙間から、エシュは終の棲剣を投げた。

 狙いは土人形の向こう側で布陣を整えようとしている一団。その指揮官、鋼鉄人形オレンジネクサス。ヴォーパルが一瞬で掻き消え、鋼鉄人形の前に出現する。回避不能。だが、その切っ先は装甲を貫けない。


「潰れろ」


 ゴーレムの群れを踏み台にし、エシュが躍り出た。

 終の棲剣『ヴォーパル』の効果は、こと。エシュも一度食らってその効果は実感している。自重を増やす。エシュ程度の重量では動きが少し鈍るだけだった。

 だが、あの巨大な鋼鉄人形では。

 鋼鉄が奇怪な音を上げてひしゃげていく。エシュはその効果を待たない。指揮系統が乱れた暗殺人形の一体を蹴り飛ばす。まるでサッカーのドリブルみたいに鋼鉄パペットをと駆けていく。


「追え!!」


 鋼鉄人形の声に、暗殺人形たちは走った。マリオネッテもその後を追う。だが、暗殺人形とゴーレムたちでは速度に差があった。マリオネッテの集団を引き離したエシュは、蹴り続ける暗殺人形を踏み潰した。

 傭兵二刀流。

 そこからは一方的な破壊が展開する。暗殺用自動人形キャトル。マリオネッテが追いついた時には既に彼らは全滅していた。傭兵が霧の中に姿を眩ます。


(どんどん霧が濃くなっているな……何かあるのか)


 明らかに不自然な霧。人為的なものだと判断するのが妥当か。エシュが二歩後ろにズレる。目の前を鉄球が通過し、尾を引く鎖を掴んで引き寄せる。


「あれ、お前は……?」


 それは、『帝王の見えざる私兵たち』ユンラン。❤陣営の代表ビンインの私兵の一人。朱色の鎧を纏う吸血鬼。疑問を抱く前に蹴り潰したが、腹がひしゃげても立ち上がった。返す刀で首を刎ねる。

 気配は感じない。しかし、エシュの危機感は伝えていた。囲まれている。


「お前ら、まさか死体なのか…………?」


 それ以上に、死体の同調感覚シンパシー。ただでさえ生命力の高い吸血鬼の、死体の群れ。立ち上がった首なし死体を今度は細切れにする。


「違う。アルゴルじゃない」


 どさくさに紛れて、余計な勢力が紛れ込んでいるのは感じていた。

 ベルの声。エンリーク戦での暗躍。複数の指揮系統。死体の群れ、吸血鬼たち。


「お前か」


 二刀を竜巻のように振り回した。霧が一時的に晴れ、全容が垣間見える。

 屍兵化した吸血鬼多数。土人形マリオネッテ十体。そして、見覚えのある青いワンピース。飛来するウォーターカッターをLグリップソードで弾く。その剣筋は神業の域に達していたが、刃が耐え切れずに砕け散った。


「どういうつもりだ」

「よお、レグパ。これだけの戦力が揃えば、いくらお前でも厳しいんじゃないか?」


 霧が、展開する。霧は、水だ。ユンランが発生させたものを、彼女の頭蓋が操る。エシュは左手に最後のLグリップソードを握った。見据えるのは霧の向こう側。


「何のつもりだと聞いている――――アイダ!!」

「てめえをここでぶったおせる算段がついたってことだよ、レグパ!!」


 霧の向こうで屍神ゾン子が笑う。屍神エシュはその全身から殺意を放った。

 屍兵統べる屍肉の女王が、静かに両手を広げた。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る