vs白き淑女エンリーク(後)

 三日目、午前。

 『無人の王城』レジェンド。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♦陣営の『白き淑女エンリーク』とのデュエルが成立しました』


 アナウンスの後、異様な光景が広がる。


「――――あは」


 死体少女を雑に引き摺るエンリークと。


「くく、あはははははは!!!!」


 絶叫とともに血だまりに沈むエシュ。


「屍神といっても所詮そんなもの! なぁにが神だ、格が知れてるわ」


 吐き捨てるエンリークの手には銃身を六つ束ねた散弾銃。弾丸は十字架。

 聖天使の散弾銃『インディペンデント』。不死者に対して非常に高い効果を発揮し、それは不死身の死体も範疇に含む。


「貴方たちのことはカンパニーの一部で話題になっていてね。うまく兵器転用出来ればボロ儲けってわけよ!」


 血で真っ赤に染まった男が立ち上がる。弾丸を受けた左腕が歪に膨れ上がり、脈動している。右手一本でLグリップソードを抜いた。


「そうそう。まだやれなくちゃ困っちゃう! こんな半端な失敗作じゃなくて貴方が欲しいのよ!」


 斬り落とした左腕をエンリークに蹴り飛ばす。ゾン子を振り回して弾くエンリークは翼を広げた。

 飛翔する。エシュは空中まで追って来られない。


「ここまでの戦いは観察させてもらったわ。あのソリティア坊ちゃんの螻蛄がさっさとくたばってとっても助かりぃ――いいっ!?」


 投げつけられたグリップソードが頬を掠める。空中でエンリークは『インディペンデント』の引き金を引いた。


「二度は、喰らわん――」

「ん…………?」


 走り出し、素速さを活かして回避しようとするエシュ。が、その狙いの先は。


(アイダッ!?)


 蹴った床にヒビが入った。音速の踏み込みでエシュが跳んだ。妹分を蹴り飛ばし、その足が激痛に膨らんだ。

 傭兵の絶叫を掻き消す、哄笑。


「あは、あはははははは――!! アホじゃないのぉ!? ア・ホ! こんなのチョロすぎて涙が出ちゃう!!」


 叫ぶだけで動かない傭兵を見て、エンリークは右手を上げた。突撃する直径三メートルほどの円筒形。回る大黒天の顔。

 自走式爆弾、煉獄の大車輪『ロケット・パンジャンドラム』。


「――――っ!」


 逃げれば、直線上のゾン子が轢き潰される。片腕片足。その状態でエシュはグリップソードを投擲した。

 爆発。至近距離からの熱風が傭兵を焼き、突き刺さる破片が肌を開く。噛み締めた唇が千切れた。

 だが、凌いだ。ゾン子には傷はない。


(いつまで寝ているつもりだ――っ!?)

「はい、次撃」


 グリップソードの投擲。今度は少し離れた位置でダメージは小さかった。だが、その爆風で視界が塞がれた。


「なんでこの子が起きないか、不思議なのでしょう?」


 声は後ろから。寝返りを打つように振り返ったエシュには、妹分の髪を掴み上げる天使が見えていた。


(どういうことだ……?)


 ゾン子は、屍神アイダは、不死身である。殺しても再生するし、手傷を加えて気絶させたとしてもそんなに長く保つものではない。

 だが、この口振り。何か理由があるのか、この現状に。


「教えるわけないでしょ、ばーか」


 もう片方の足に十字の散弾が撃ち込まれた。エシュの絶叫が王城に響き、エンリークが煩わしそうに耳を塞いだ。


「自殺でもされたら面倒ですから。自殺が戦略として成り立つって、やはり化け物なのですね……」


 くすり、と嘲笑を落とす。煉獄の大車輪は在庫がダブついている。この大勝負に使い切る算段だったが、そこまで苦戦はしなかった。

 傭兵の隣に降り立ち、天使がその首筋に注射器を打ち込んだ。エシュの絶叫が薄れ、やがてその肉体が痙攣を起こして動かなくなる。


「チョロい♪ やっぱりカンパニー製の筋弛緩剤は良く効くわね」


 薬物投与により肉体の自由を奪う。それがカンパニーの屍神への完成された対抗策。捕獲し、兵器に転用する。不死身の死体、その需要と予想される利益は莫大だ。

 銭ゲバ天使がにたりと笑う。対不死者用の散弾銃、カンパニー製の筋弛緩剤。そこまで用意しておいて、ゾン子がまさかの同陣営という肩すかし。


(それでも、最後に笑うのはこの私――!)


 あとはベルを破壊して持ち帰るだけ。この大男を運ぶための移動用パンジャンドラムも用意してある。

 右手に手を伸ばそうとして、何かを投げつけられる。


(骨……? ああ、頭のか……)


 まだ動く力があったか。そんななけなしの抵抗を、右手で軽く払う。


「ひゃんっ!?」


 が、意外な重量に手首がごきりと鳴った。折れてはいないが、捻挫くらいはしているかもしれない。

 変な悲鳴を上げてしまい、口を押さえて頬を染める。


「え、なにこんな重いの……?」


 下に落ちた骨を見る。投げつけられた骨と、傭兵エシュの頭部。


「――――っ」


 その不気味さに一歩引いたが、それどころではないと思い直す。

 首を飛ばされて、即死だろう。。蠢く死体が完全復活を果たす前に、エンリークはその首筋に注射器を打ち込んだ。慌てて三本も。非殺傷拷問用に調整された一品だからこそ。


「あっっぶな! でも、どうして突然……?」


 エシュの右手には武器なんて握られていなかった。どこかからの攻撃だとしても、凶器が残らないはずはない。エンリークは答えを探す。

 あった。

 血。血は、水だ。例えば、超高圧。人体の切断くらいわけはないだろう。エシュの頭部が骨ごと首なし死体に転がっていく。


(どこ、行った……?)


 ゾン子がいない。絶対に動ける状態じゃなかったはずだ。しかも彼女の性格はレポートを熟読している。この一撃に、この逃げ足。ここまで効果的な一手を放てる頭ではなかった。

 まるで誰かに操られているような。そんな不気味な違和感があった。


「ぐ、おお…………」


 復活したエシュが呻き声を上げる。ゾン子が一発で動けなくなる薬を、三発も。もはや指先一つ動かせないはずだ。血液も全て体内に戻ったはずだが、左手付近に不自然に広がる血だまりはなんだ。

 ガタリ、と十字の手裏剣が左手から落ちた。


「ふふ、無駄なことを…………」


 エンリークは筋肉の不自然な収縮には気付いていない。だが、その動きに何か嫌なものを感じたのだろう。念には念を入れて『インディペンデント』を向ける。

 引き金を引く。その動作に不要なものが目に入った。


(これ、さっきの手裏剣――――)


 二つ目。

 銃口が塞がれて散弾銃が暴発した。元々耐久性も高くないことから、派手に爆散する。短い悲鳴。身の危険。痛む両手を無視して天使が飛翔する。その靴底を砲剣が掠めた。


「どうして……?」

「薬物か。思ったより下らない方法だったな。さっきの銃の方が余程脅威だったぞ」


 十字手裏剣を拾い上げてしまう。タングステン合金で装甲すら貫くと言っていたか。話にだがわぬ耐久力だった。

 巨大な砲剣。

 Lグリップソード三刀。

 十字手裏剣が二つ。

 完全武装の傭兵が二本足でしっかりと立っていた。放たれるのは、強烈な殺気。血だらけの両手をヒステリックに振り回してエンリークは叫んだ。


「なんで!? 薬物投与の効果は完璧だった! もうまともに動けるはずがない!!」

「傷口から吐き出した」


 流血に含めて排出したのか。そのあんまりな一言に天使が絶句した。それでも多少は効果があったのだろう。傭兵は立ち上がったきり動かない。


「こんなもので屍神が止められるとも? 動きを封じる手は最も警戒すべきものだ。我々にそんな小細工が通用するはずがない。甘えたな、カンパニー」

「お前ら両方バッチリ効いてたじゃねーかっ!!?」


 一睨みで黙らされた。エンリークが狼狽する。形勢逆転。薬物投与による捕獲が失敗したのならば、彼女に屍神を生け捕りにする手はない。



「どうした? まだ勝負は終わっていないぞ?」


 彼女の優位性は失われた。




 エンリークが悲鳴とともに最後の剣を放つ。終の棲剣『ヴォーパル』。その出先を観察したエシュが、その姿を見失った。目前。その切っ先が出現した。武器を手離したエシュが、反射的に両手で挟み込む。

 攻撃は防げたが、傭兵が膝を着いた。身体が妙に重たい。


「あっは、ははははは! 寝てな野蛮人!!」


 動きを止めた傭兵を無視してエンリークが飛翔する。そのまま出口目指して一直線。王城の外まで逃げるつもりだった。建物外の上空まで逃げてしまえば傭兵は手を出せない。

 もうすぐ戦争の終了時間だ。引き分けで手を打てる。


「ぐるるううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――――!!!!!!!!」


 獣の咆哮が背中を叩いた。何やら異様な金属音とともに傭兵が追ってくる。天使は泣きながら外を目指す。ちらりと後ろを見ると、数トンにもなる装備を全て背負って、四つ足の獣が疾駆していた。

 というか、傭兵エシュだった。


(ヤバイヤバイヤバイヤバイ追い付かれる――――!)


 こういうときの人質は逃げられてしまった。翼が千切れそうになるまで動かす。とにかく、速度だ。出口が見えてきた。


「エぇンリぃークうう!!」

「ひぃぃい!!?」


 扉を用意していた運搬用パンジャンドラムで粉砕する。獣の腕が足を掠めた。ぞっとする感触を抱いて一層加速する。

 やれば出来る。

 自分もまだまだ捨てたもんじゃない。

 そんな希望を抱いて天使は陽の光の下に出た。準備していたのは、煉獄の大車輪『ロケット・パンジャンドラム』。残った十機を扇状に展開し、出口を狙い打つ布陣。


(生け捕りは不可能! さようなら資金源! 全部まとめて吹き飛んじゃいなさい!!)


 殺人爆弾戦車が殺到する。

 エシュは即座に反応した。二本足に切り替え、加速の勢いを踏み込み、両手で掴んだ砲剣を一閃した。爆風ごと全てが叩き潰された。


「嘘。嘘よ、こんなの…………」


 エンリークは高度を上げながら腕輪をエシュに向かって投げた。もう敗けでいい。アレに追い回されるくらいならば。その腕輪は空中で粉砕され、それは攻撃が迫っていることを意味していた。

 猛烈な勢いで砲剣が通過した。左腕が肩から寸断され、その左翼が中ほどからバッサリ引き裂かれる。







 天使の悲鳴は、エシュの耳にも届いた。同時に勝利アナウンスも。水っぽい音で落下した左腕を見て、それから自分の右手を見る。


「力み過ぎた……」


 砲剣がどこかに飛んでいってしまった。エンリークの生死を確認しなければならないところだったが、そんな余裕はなかった。目の前の光景。エシュはに囲まれていた。


(まだアイダを回収出来ていないが――こいつらを連れていくわけにはいかない、か)


 Lグリップソード三刀。

 十字手裏剣、二つ。

 そして、終の棲剣『ヴォーパル』。

 これだけの装備でも、少し心許ないかもしれない。そう思わされるほどの軍勢。エシュは最終決戦に臨む。

 霧が立ち込めていた。


 

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