vs東雲由音

 二日目、昼前。

 『血と毒の沼』ジェノサイド・ライン。


『J陣営の『副業傭兵エシュ』と♠陣営の『東雲由音』とのデュエルが成立しました』


 十六歳、学生。

 ジャージ姿の少年を見て、エシュは息が止まった。学校のある文化圏で育った身ではないが、それが学生であるのは僅かな知識と鋭利な感覚で理解した。


「ベルを渡せ。無傷で見逃すし、必要なら護衛する」

「食べちゃったけど?」


 エシュは骨の下で眉をひそめた。あの巨大ペンギンは考えなしに食べてしまったようだが、目の前の少年はどうだろうか。毒とか爆発物とかの危険は考え無かったのか。

 危機感が、圧倒的に足りていない。


「……その場合、内臓器官を引きずり出す必要がある。理解しているか?」

「だって、無くすなって言われたし」


 その言動は合意とみなされた。不要な殺生は控えるのがエシュの本分だが、必要ならばいくらでも殺す。それこそが彼が見出した生きる道である。

 踏み込み、銀色の一閃。


「うおっ!? いきなり来たなぁ!」


 心臓部を横一文字に両断された少年は、感情豊かな声を上げた。子は宝だ。その価値を対戦相手以上に知りながら、敵であるからには容赦はしない。


(不死身――――!)


 死んだら完全復活。そんな見知ったものとは違う。不死身。あの人類戦士を思い出す能力だった。


「へっ、そこまでやられて手加減なんてしてられねえぜ?」


 痛みを感じさせない鋭い斬り筋。手心を加えられたのをを以て理解した由音が大口を叩く。

 憑依。

 生まれつき、それこそ生まれる前から付き合いの深い悪霊を呼び起こす。呼び起こすのは人外の身体能力。戦うために見出した力。


「食らっとけ!!」


 ただの右ストレート。それが莫大な威力となってエシュの両腕を震わせる。加えてもう一撃。エシュの両手がその拳を包み込むように粉砕した。


「痛えっ!!」


 痛いで済むのか。

 再生した右拳を鋭い蹴りで吹き飛ばし、その胃に貫手を叩き込む。何かを言おうとした東雲の少年が血溜まりを吐き出した。今度は距離を離すために蹴り飛ばす。


「オッサン中々やるなぁ――なら、これはどうだ」


 憑依、最大深度。

 悪霊と魂の芯まで結び付いた最終形態。四足の獣を模した装甲が少年を包む。発される邪気が、エシュを震わせた。


「まるで、獣だな」


 十一聖王の剣を抜く。中断に構えた剣は、凶獣の爪を防いでいた。膝をクッションのように曲げ、勢いを殺す。左手を離し、突き立てる牙を粉砕した。


「ぐ、おおおおう――――!!?」


 獣が転がり落ちた。傷は再生しない。ズタズタに裂けた左手を振るい、エシュは剣を脳天に突き立てた。獣の咆哮が鼓膜を震わせる。


「ソレは、良くないものだ」


 妹分とは違って精霊種との交信には疎い身だったが、ここまで顕在化すれば流石に本質が見えてくる。憑依による肉体の浸食と、不死身の如き再生力とが拮抗している。結果、肉体の再生が追い付かないのだ。

 獣が再び立ち上がる。剣が邪気に弾かれた。飛び掛かる獣の腹部に叩きつける掌底は、右。


「運命の交叉路に至れ」


 掴み、引き寄せ、引き抜く。

 形のない何かが蠢き、骨を被った大男に襲いかかった。が、右手の光が既に握り潰したばかりだった。


「ここが貴様の下り道だ」


 憑依が解け、ズタズタのジャージを纏うだけの少年が戻ってくる。その身体が動く前に、エシュの丸太のような腕が降り下ろされた。

 容赦なしの全力の一撃。腸を含む下腹部が、ベルごとまとめて粉砕された。

 完全再生。それを見届けてエシュは満足そうに頷いた。







「結局何なんだ、この戦争は?」

「さあな」


 沼地の中に乾いた土があった。好都合と穴を掘って調合を行う。緑色の粘り気のある液体に、裂傷の激しい両手を突っ込む。


「うわあ……なんかバッチくないか」

「傷に効く。塞ぎと消毒を最優先に調合した。戦地ではよく使う」


 人間の話し相手というのも珍しい。エシュにとっての会話は、敵との殺し合いか依頼主との事務的なやり取りのみだった。


「俺はいきなり連れてこられただけだけどよ、アンタは何しにここまで来たんだ」

「妹分を探している。この辺りで青いワンピースの女を見なかったか?」


 だからだろうか。余計なことを話してしまった。


「んー、いや。色んな奴を見てきたけど、悪いけど見てない。困ってるみたいなら、一緒に探してやろうか?」


 エシュは黙って首を振った。それにしてもぐいぐい来る少年だ。本当に着いてきかねないので、わざと突き放す。


「その程度の力では足手まといである。それに戦地で戦うべきなのは兵隊や傭兵、ゴロツキだけで十分だ。学生は勉学に励め」


 それを言われると弱い。どこか気まずそうに頭をがしがし掻きながら少年は目を逸らす。


「帰り道は分かるか?」

「俺をここに連れてきた奴が帰してくれるってよ。この異能チカラがあるからこっちは心配すんなって」


 ありがとな、と笑う。そして、何かを思い出したように付け加えた。


「包帯とか持ってないけど、これで良かったらやるよ。縛る布とか欲しいだろ?」


 破れたジャージ。


「…………頂こう」


 あってもなくても良さそうだったが。まあ、善意は受け取っておこう。それはとても貴重なものだ。



「あと全く関係ない話けど、向こうでゾンビどもがスリラーダンスを踊っててスゴかったぜ!」

「ああ全く関係ない話だが、覚えておこう」


 そして、投げやり気味に一番貴重な目撃証言を得られた。

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