1-30 全裸勇者

 件の村に到着したのだけれど、どうも様子がおかしい。近くに危機が迫っていると言うのに、村の人々は楽しそうに歌って踊って酒を飲んでいるのである。

 俺の想像では、村中の人がパニックになっていて、皆が裸足で逃げだしどんちゃん騒ぎにおなっていると思っていたのだが、これではまるで祭りのどんちゃん騒ぎである。


 「おや、旅の方ですかな?」


 しわがれた声のオヤジが村人Aのような会話を仕掛けてくる。


 「いえ、ドラゴンを討伐のため近くの町から来ました」

 「おお、わざわざご苦労なことだ。ですが安心してくだせえ。ドラゴンは既に勇者様が退治してくだせえました」


 オヤジは浮かれたような口調でそんなことを言う。

 既に俺達が退治したものだと勘違いしているのだろう。


 「えっと、まだ撃ち落としただけで、息はあります。それにこの近辺に撃墜してしまったので、暴れ出したら村にも被害が及ぶ危険があります。俺達は避難喚起のためにここに来ました」


 「わははは、おもしれえことを言いなさる。さっきも言った通り勇者様が倒しちまったよ。その証拠に村の真ん中にドラゴンの頭を吊るしあげてる。見てきたらどうだい?」


 「レッドドラゴンですよ? その辺のトカゲじゃないですよ?」

 「いくら田舎者だからってそれぐらいの判別はつく。騙されたと思って見てきな」

 「わかりました」


 オヤジの誘いに乗って、俺達は村の真ん中に足を運ぶ。

 宴をしているのか、誰もが浮かれて酒を飲んでいる。そして、オヤジの言う通りドラゴンの頭が村の人々に囲われるように吊るされていて、それは確かに俺達が戦い負傷させたレッドドラゴンの末路だった。


 その首は綺麗に切断されており、固い鱗すら問答無用で切断されているところを見るに、常人の技ではないのだろう。


 「どういうことでしょう? 本当に勇者とやらがドラゴンを倒したのでしょうか」


 いつもは俺以外に関心を持たないフェリちゃんでもこれには心底驚いているようで、真ん丸でプリチーなお目目を見開いている。


 「とにかく、その勇者様に会って話を聞いてみよう」


 どこぞの勇者がドラゴンを倒した事実が本当なのか気になるが、そんなことよりも俺は憤りを感じていた。

 せっかく俺達が汗水たらして追い詰めたと言うのに、よくわからんチート野郎に横からかっ攫われるだなんて腹の立つ話じゃないか。文句のひとつでも言ってやらなきゃ気が収まらん。


 そんなこんなでムカムカしていた俺は、勇者の居場所はどこだ!? と小悪党のようなセリフで村人のひとりに聞いてみたところ、案外あっさり教えてくれた。


 これがまた腹の立つ話で、例の勇者は三人パーティで、男の勇者の側近はどちらもべらぼうに美しく巨乳なのだそうだ。もう一度確認するけれど巨乳なのだそうだ。チート野郎でええ乳のねーちゃんを侍らせているだって? なんじゃそりゃクソッタレ。こっちにも少しぐらい母乳をわけやがれってんだべらぼーめ。


 勇者の大罪はそれだけではない。彼らは旅の疲れを理由に早々に宴を切り上げ、宿屋でお休みをしているらしい。しかも三人同じ部屋なのだそうだ。それは、まさしく俺の夢見た勇者像であるのです。きっと枕なんていらないのだろうなあ。


 結論から言いますと、勇者は敵です。盛りのついたチンパンジーなんです。

 村人Bに教えてもらった通りに「あそこ右でダーッと行け」に従い歩くのです。

 おいおい、そんな説明でたどり着けるのかい? と思っていたのだけれど、案外あっさりたどり着いてしまうのが物語のすすめである。


 宿屋は小さな村では少々大きめの設計がされており、すぐに見つけることが出来た。二階建ての木造づくりは如何にも一泊100Gです。はい。といった作りである。

 クソが! 野郎、血祭りにしてくれるぜ。と勢いよく宿屋に飛び込む。


 「勇者ってのはここにいるのかあ!?」

 「勇者様なら二階だけど……何か用かい?」


 ドアを蹴り破らんばかりに入室した俺を、面倒くさそうにおばちゃんが出迎えてくれる。


 「あんたらも旅人かい? 部屋ならひとつしか空いてないよ?」


 とおばちゃん。


 「むしろ一部屋のほうが好ましいです。あと替えのシーツを頂ければ申し分ないです。アレがアレで汚してしまうので」


 これはフェリちゃん。


 「うちにお風呂はないよ?」

 「ああ、ご主人様の臭いで染め上げられてしまいますぅ……でもでも、今日はいっぱい汗かいちゃったし恥ずかしいです……」


 「こらこら、勝手に二人で盛り上がらんでください。泊まりませんからね。俺達は勇者様とお話がしたくて来たんです! あと俺は汗の臭いで興奮するから安心してね。ええい! そんなことはどうでもいい! 二階ですね? ちょっと覗かせてもらいます! ほら、いくよフェリちゃん!」


 ちょっと自分でも何を言っているのかわからなくなっているが、おばちゃんの客じゃないなら帰んなオーラを弾き返すには、強引さが大事なのです。

 おばちゃんは、両手をあげてもう好きにしてくれとジェスチャーしてくる。

 許可を頂いたので、そそくさ二階に向けて階段を駆け上がる。

 すると、さあ大変。どこの部屋だかわからないのであります。


 「おばちゃんに部屋番号聞いて来ればよかった」


 おのれ、見事に勇者の罠に嵌ってしまった。きっと黒い勇者とかいうやつにに違いない。

 そうであれば合法的にデリート出来るのです。わあ、名案だなあ。 


 「ご主人様。もしかしたらあの部屋かと」

 

 扉に205と書いてある部屋を指さすフェリちゃん。


 「え? 本当に?」

 「はい。あーんゆうしゃさまー、そこがいいですー。やーんわたしにもしてくださいー。ははは、今夜は寝かさんぞー。って部屋から声が聞こえました」

 「白濁の勇者じゃねえか」


 めでたくドラゴンを倒し、村の人から感謝をされ、最後はハッピーエンド。素敵な脚本ですこと。あはは、涙が止まらないや。


 「困ったなあ。話を聞くにしても、この分だと朝まで待たなきゃだな。うーん、朝帰りとかレインにめっちゃ怒られそうだから嫌だなあ」


 コンコン。

 とフェリちゃんが503号室をノックする。


 「……何してるのフェリちゃん?」

 「はい? 勇者様に会うのでは?」

 「今は不味いよ」

 「どうしてですか?」

 「いや、だって……あれがそれだし?」


 なるほど。純粋無垢なフェリちゃんのことだ。きっと彼の中では、部屋の中で仲睦まじくババ抜きかなんかをやっていると思っているのだろう。初々しくてかわいい限りでなによりだ。


 「いまどき男と女のセックスごとき、気にする要素がありません。ただただ薄ら寒いだけですよ。ああ、気持ち悪い」


 全然純粋じゃなかった。むしろ業が深い分たちが悪い。


 コンコンコンコンコンコンコンコン!


 右の拳に怨念をこめているのだろうか。さっきよりも激しいノックの嵐だ。


 「おいおいおいおい! ストップ! フェリちゃんストップ!」


 「引き裂かれろこの世のすべての男女の愛。時代は男の娘です。なのに、どうしてご主人様はボクに振り向いてくれないのですか? そうです。人間の脳味噌に植え付けられている常識っていうばい菌が邪魔をしてるんです。性別なんていうクソくだらない壁のせいでご主人様はボクに手を出すことが出来ないままでいるのが、その証明なんです。それなのに目の前の勇者どもはのうのうとセックスしやがるんだ。ふざけてやがります。ボクがピョンピョン跳ねても届かないものを簡単に手に入れやがって……気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない気に入らない! ボクならもっと純粋な愛情を奏でることが出来ますよ。ご主人様のすべてを愛します。内臓のひとつひとつを宝物のように扱ってやるんだ。それがどんなに汚くても愛します。例え内臓が無くなって、中身が空っぽになっても、ボクがそこに愛を注いでしまえば良い。アハハ、アハ!」



 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン!



 「わかったから! 俺が悪かった! ちゃんとフェリちゃんの愛に目を向けるから、何卒、何卒、コンコンするのをやめてください!」

 「本当ですか?」

 「本当! 本当です!」


 ようやくフェリちゃんのノックが収まる。

 けれど拳はノックのポーズが保たれたままで、彼の濁った瞳だけが俺を捉えている。大変だ。選択肢を間違えればまたコンコンしだすよこの子。


 「ボクは男ですよ?」

 「そんなの関係ないよ。大丈夫、フェリちゃんは男の娘。性別を超えた存在だ。まるで問題がない」


 そう言うと、カーッとフェリちゃんの頬は赤く染まっていく。


 「これから先、どんなことがあっても、ボクをお傍に置いていただけますか?」

 「フェリちゃんが嫌じゃないなら、肯定するよ」

 「ボクのこともっと見ていただけますか?」

 「見る見る! ガン見する!」

 「それでしたら! あの……毎朝、ボクの頭を撫でて欲しいです」


 真っ白なニーソックスとフリルのついたスカートの間から覗かせた、白い太ももをもじもじさせながら、上目遣いの懇願です。

 くそう、かわいいなあ!


 「フェリちゃんがそうして欲しいなら、朝でも夜でも構わないよ」

 「ではでは! いま撫でて欲しいです」


 求められれば受け入れていきます。そんな男に私はなりたい。

 けれども、アメとムチは躾けの上で大切な要素でございます。特にフェリちゃんのような犬種を甘やかしすぎたり、放置ばかりしていると、独占欲が刺激され、結果的にスプラッターな結末を迎えるやもしれません。


 「今日はいったん帰ろう。他人の幸せを邪魔しちゃいけないよ。それにナデナデするのは何もこんな場所じゃなくてもいいでしょ?」

 「お預けだなんて酷いです……でも、興奮します」

 「……それはよかった」


 なんにせよ納得してくれて何よりだ。

 結局、俺達は勇者の部屋を後にして、宿屋の外に出る。


 「とりあえず、明日の朝また来ようか」

 「はい」


 フェリちゃんが再びフェンリルに変身してくれる。

 俺が彼に跨ったところで、事件が起こった。



 「待ちたまえ、君たち!」



 頭上から素知らぬ声が聞こえてくると、声の主は俺達の目の前に着地をして姿を現す。

 その男は金髪のオールバックの似合うアメリカンな出で立ちで、無駄のない筋肉を纏わせたマッチョ体形の美丈夫だった。


 そして、驚くべきは目の前の男の姿で、布切れひとつ装備していないのである。


 「君たちか! さっきからコンコンコンコンと悪戯をして、我々の情交の邪魔をした不埒物は。勇者の名のもとに正義の粛清をしてくれようぞ」


 彼の言葉から推察するに、彼が恐らく例の勇者で、俺達が話をしたかった相手なのだろう。まさか平然と全裸で登場するとは思わなかった。


 直感でわかる、こいつと関わってはいけない。


 「変態だ! 逃げようフェリちゃん!」

 「かしこまりました」


 俺の指示に従い、フェリちゃんは拠点の方向に全力ダッシュを始める。

 コンコンダッシュは申し訳ないが、公然猥褻勇者のほうが明らかに犯罪者だ。

 それにしても流石は聖獣だ。あっという間に村が背景の一部になり、今もなおスピードは上がりつつある。


 もうアレに関わるのはやめよう。明日になろうが村には行きません、帰ります。

 そう心に誓い、ほっと一息しようとしたが、


 「ハハハハハ! なかなか速いじゃないか!」


 右から全裸の男が同じ速度で並んで走っている事実に直面し、俺はむせ返ってしまう。


 「まじかよ。フェリちゃん、もっとスピード出せない!?」

 「すみません。これで限界です」


 くそ、全裸でも勇者であることは変わりないということか。

どうやら実力は本物っぽいな。


 「仕方ない、噛み殺そう」

 「すみませんご主人様。ボク、アレを食べたくないです」

 「ああ、そうだよね……無理行ってゴメン」


 しかし不味いな。このままではこの変態を拠点に連れて来てしまうことになる。それではみんなの目に毒。なによりシャンの目に猛毒だ。なんとしてでも進行を食い止めねば。


 「追いかけっこは終わりかね? そろそろ寒いのだが?」

 「だったら服着て来い!」


 ちくしょう。覚悟決めるしかないか。


 「フェリちゃんは俺に構わず逃げて! 俺が囮になる!」

 「そんな危険です!」

 「ちょっとくらい格好つけさせてよ。それにこいつにはドラゴン討伐の借りもあるんだ。文句のひとつ言ってやらないと!」


 やけくそ気味に身を乗り出し、全裸男に捨て身タックルを繰り出す。

 けれど、全裸男はひらりと俺のタックルを避ける。


 おかげで地面に放り出された俺は、車から捨てられた空き缶のごとくバウンドして、全身を地面に打ち付けゴミクズになる。

 俺の意をくみ取ってくれたのかフェリちゃんは振り向くことなく駆け抜けてくれた。


 「いったあ……残業でステータスアップしてなかったら死んでましたわ」


 「おや、息があるとは驚いた。しかし君の行動は蛮勇だ。仲間を思いやるのも良いが、敵の強さを見極めて行動するべきだ。分をわきまえたまえ」


 「うるせえ、勇者なら助けろってんだ」

 「助けて欲しかったのかい?」

 「まさか」


 なんにせよ俺の挑発で、こいつの足を止めることには成功した。それだけでちょっと勝った気分である。案外負けず嫌いなのかもしれない。

 暗くて顔はハッキリ見えないが、男の汚い肌色はほんのりと見えるから相手の位置はなんとなくわかる。


 「それにしても、不思議なものだ。君とはなにやら運命的なものを感じるよ」


 気持ち悪いことを淀みなく言う全裸男。

 俺には全くそんなもの感じられないし、感じたくもない。

 さて、格好つけて飛び出したのですが、戦う気なんてサラサラありませんのです。


 「じゃ、そいうことで」

 「待ちたまえ」


 瞬間移動でもしたのか、知らぬ間に俺の背後に回って羽交い絞めにされてしまう。


 「やめろ! 離せ気持ち悪い! 当たってるんだよ!」

 「ハハハ、当ててるのさ」


 最低最悪の返答が返ってきた。

 しかも下です。突起物が尻にぐにぐと擦れております。


 「さあ、謝罪したまえ。我々の聖なる儀式を邪魔した大罪を、今ならごめんなさいの一言で許してあげようじゃないか!」


 「うるせえリア充爆発しやがれ! だいたいあんたこそ謝るべきなんだ。俺達が必死に戦ったドラゴンを横から掻っ攫いやがって!」


 「ドラゴン? ああ、上からゴミが降ってきたから払っただけなのだが、君たちの獲物だったとはね。それはすまないことをした。けれど、一撃で仕留めなかった君たちにも問題があると思うのだが?」


 「あんな化け物一撃で仕留められる訳ないだろう」

 「ハハハ、我にしか出来んだろうな!」


 うざい。

 至極うざい。


 それに汗臭いし気持ち悪いし笑い方がアメリカ人みたいでうざい。

 俺は渾身の力を込めて全裸男の拘束を振り払う。


 「ふむ、我の拘束を振りほどくとは見込みがあるではないか」


 全裸の癖に相変わらず上から目線の男は、純粋な笑顔で俺に賞賛の拍手を送ってくるが、正直、煽られているようにしか認識できない。

 もう、さっさと謝ってこいつとは縁を切ろう。


 「儀式の邪魔をしたのは申し訳ありません。それじゃ、俺はこれで」

 「ストーップ!」


 なんだよ今度は暑苦しい。


 「君、まえに我と会っていないかね?」

 「ナンパでも無理があるセリフだな。あんたみたいな異常な人と会ってたら、トラウマになってる。つうかもうトラウマです。夢に出てきたら訴えてやるぞ」

 「そう言わずに、もっとお顔を近くで見せておくれ」


 全裸男は俺の顎をくいっとして顔を覗き込んでくる。近いきもい臭い!

 あらやだ、俺ったら我様系全裸男子に責められちゃってるかしら? うふふ、なんだか心に泥を掛けられた気分ですわ。


 「ハハハ! これは! 数奇な運命!」


 何かを確信したのか、ひとりで御輿を担いで盛り上がっている。


 「久しぶりだな、シンヤくん」

 「なんで俺の名前知ってるんだ。もしかしてステータスでも覗いたの?」

 「ハハハ、確かに他者のステータスを確認することは造作もないが、そうではない。我と君は出会っているのだよ。改めて自己紹介だ。我は勇者モリゾウ、この世界に降臨した希望の光である」


 誰だよモリゾウ存じません。


 「どうやらまだピンと来ていないようだね。それならば我の真名を語ろうぞ。我のファミリーネームは久保田。思い出したかね? 我は勇者クボタモリゾウなり」


 全裸を臆することなくマイケルジャクソンの股間を触ったポーズを取る勇者が俺の目の前でそう名乗った。


 「……久保田……それって……」



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