1-29 ドラゴンを討伐しちゃいました! 3

 「うむ、よくやったぞお前たち。一応、撃退は出来たな」


 ララファのもとに戻ると、開口一番に彼女は言う。


 「いや、シャンが撃ち落としてなかったら、どうするつもりだったのさ?」

 「どうすることも出来ないだろうな。なんにせよ済んだ話だ。それよりも、ドラゴンの追撃部隊を編成し直すぞ」


 ドラゴンの撃退に成功したわけだが、だからといって町が完全に安全になったわけではない。何よりこの地域の動物や植物にも影響が出る可能性もある。やはり完全に息の根を止める必要があるようだ。


 俺達は円陣を組むように座り、それぞれの状態をチェックする。幸いなことに死者はなく、軽傷で済んでいるものがほとんどだ。最初の頃よりも明らかに人数は減っているが、大半が町に逃げたのだろうからそんなに心配はいらないだろう。


 そんなことよりも、誰もかれもがシャンを褒めたたえているのが面白おかしくて仕方がない。こげ茶色の巨漢も腹黒い神官さん、美丈夫のエルフも誰もが小さな体のシャンを勇者様万歳と楽しそうにしている。

 当の本人は首をかしげているのがまた面白い。


 「自分が勇者じゃなくて悔しいですか?」


 いつの間にかレインが隣にいて、そんなことを聞いてくる。


 「いや、むしろ鼻が高いね。勇者の親ってRPGとかだと死んじゃうけれど、生きてたら俺みたいに鼻を伸ばして威張ってたろうな。レインもそういう気持ちにならない?」


 「まあ、少しは誇らしいですかね。なんたって私の子ですから」

 「いやいや、俺の教育のたまものだね」

 「シンヤさんの教育なんてこれっぽっちしか影響ないですよ」

 「酷いなあ」


 なんにせよ、ドラゴンを倒せばあの子は真の英雄だ。誇らしいけれど、やっぱり寂しいものもある。娘を送り出す親の心境もこんな感じなのかしら?

 しばらく休憩していると、探索に出ていたエルフが帰ってくる。


 「ドラゴンの墜落位置は特定できたか?」


 ララファがエルフに問うと答えが返ってくる。

 情報によると、どうやら南西の方角に落ちたようで、歩いて行っても数十分程度の距離で、難なく追いつける範囲に倒れているらしい。ドラゴンも相当弱っているようだ。


 鱗も十分に剥がれた状態の今なら、剣や弓といった物理的な攻撃が通用する。本来であれば時間をかけて取り囲み、畳みかけたいとこなのだが、問題なのはドラゴンが落ちた位置の近くに農村があることだ。


 小さな村だが、子供も老人もいる、恐らくさっきの戦闘で騒ぎになっているに違いない。

 時間をかけての作業は村への危険が及ぶ可能性が高くなるだろう。だとすれば近場での戦闘も厳しいものになる。


 「ふむ、まずは村人の避難を優先させるべきか」

 「それなら、ボクが先行して村の人をこちらに誘導します」


 フェリちゃんが申し出る。この子一人に行かせるのもなんだか心配だ。フェリちゃんはどこか抜けているところがあるから、もしかしたらフェンリルの姿のまま村に入って、余計に騒ぎを大きくさせるかもしれない。


 「俺も行くよ。人手は多いほうがいいでしょ?」

 「ご主人様、僕のこと心配してくれてるんですか? 感激です」


 よくわからないが、フェリちゃんは俺に熱い視線を送りつつ、一人で勝手に盛り上がっている。心配のベクトルは違うが、面倒くさいので肯定しておく。

 今日はここを拠点とし、待機。討伐は日の出前に奇襲とのことだ。俺も早く休みたいところだが、もう一仕事がんばろう。


 そうして俺とフェリちゃんは先行して村人をこの拠点まで避難誘導することになった。

 大体の位置を把握し終えて、村へ行く準備をしているとレインが話しかけてきた。


 「シャンったら、疲れて寝ちゃいました」

 「疲れたんだね。当然か」


 すでに日も沈んでしまっていて辺りは薄暗く、一部の冒険者がランタンに明かりを灯し始めている。本来なら夕飯時ではしゃいでいる頃合いだけれど、大暴れしたせいかぐっすりのご様子だ。


 「悪いけど面倒は任せた」

 「悪いと思うなら、早く帰ってきてくださいね」

 「へいへい。遅くなっやらグチグチ言われそうだし、そうします」


 前に夜遊びした際に大目玉を食らってしまったことを思い出す。別に今回はお遊びどころか大事なお仕事なのだけど、早いに越したことは無いだろう。


 「なんか最近あいつらイチャつきすぎじゃないか? このわたしを放置プレイするなんて、なかなかできることじゃないぞ。まったく気に食わんな」

 「ボクは興奮します。やり捨てられた気分です」

 「はい、そこうるさい。さっさと救助にいくよ!」


 だいたい俺は俺のためのハーレム帝国を建国するのが夢なのだ。レインみたいな関東平野よろしくスカスカちっぱいお化けはハーレム作品的には一番目には来ないでしょう?


 あーあ、それにしても俺の周りには発育のいい子がいないなあ悲しいなあ。ギルド嬢のサララさんみたいな母性溢れる素敵な女性はいないかなあ。俺に必要なのは母性だ母性なのだ。くそう、帰ったら粉ミルク買って哺乳瓶持ってサララさんの前ででちゅぱちゅぱするぞう!


 そうこう意味不明なことを考えていると、フェリちゃんは準備万端の模様。


 「それじゃあ行きますか」

 「はい、ご主人様ひとつになりましょう」


 無視。とにかく無視。

 俺はフェリちゃんに跨り、馬乗りだとか騎乗位だとかそんな体勢になる。

 いよいよ出発となると、いろいろな人からエールをもらった。

 なんだかちょっぴり勇者気分である。

 悪くない気分だったので、俺はみんなに向けて大きく手を振った。

 そしたらバランスを崩して振り落とされそうになった。



 ☆



 日は完全に姿を消してしまうと、明かりは星空のみで、雑木林のなかではその唯一の光源すら遮断してしまう。つまり真っ暗だ。俺の人生みたいに黒で塗りつぶされている。


 そんな中でもフェリちゃんは躊躇なく突き進んでいく。鼓膜を揺さぶるほどのスピードで、木と衝突しないかヒヤヒヤするが、最小限の動きで避けてくれている。狼は夜目が利くからだろうな、フェリちゃんもその例外ではないようだ。


 それにしても不気味なほど静かだ。虫の音ひとつもなく、まるで宇宙空間に放り出されたような感覚。生命体の反応がまるでない。


 こんな場所に一人で放置されたら耐えられる自信がない。年甲斐もなくおうおうと泣いてしまうかもしれない。

 だからか、目の前のフェリちゃんの存在が心強く、いつもより頼もしく見えてしまう。


 正直、フェリちゃんと二人きりになったら問答無用で襲われ孕されるかと思っていたが、彼はいたって従順で紳士的だ。


 「ご主人様と二人きりご主人様と二人きりごごごごごご主人様と二人きりご主人様と二人きりご主人様と二人きりあああ……」


 と、出発してからこの調子である。なんて紳士でピースフルなのだろう。

 そんな紳士であるフェリちゃんがこの切迫した状況で、発情しているだなんてあるわけがない。さっきからハアハアと息を切らしているのも、走っているからだ。そうですそうなのです。それでは彼の心境を聞いてみましょう。


 「さっきからどうしたの? 興奮しているみたいだけど」

 「ああ、申し訳ございません。ご主人様のお股とボクの背中がキスしてると思うと、つい……二度と背中は洗いませんのでご安心ください」

 「なるほど。嬉しいのはわかるけれど、少し落ち着こう。あと背中は洗った方がいいと思うよ」


 ああ、やっぱり発情しているのだ。聞き間違えじゃなかったのです。

 テンションが上がるにつれてスピーディになるのはいいのだけれど、身の危険を感じて仕方がない。俺は別に身をゆだねても構わないのだ。だけどね、世間がね、許さないの。こんな息苦しい世界での正しい生き方はノーホモセックスだ。清く正しい恋愛こそが世間の正しい指標なのである。


 「だってだってだって、ご主人様と二人きりになるシチュエーションなんてなかなかないじゃないですか! 朝起こすときとかトイレに行く時とかお散歩いくときとかお風呂入る時とかしかないじゃないですか!」


 「うーん。思い返してみると結構二人きりになるね」


 「でもでもでも! こうして夜に逢引だなんて、またとないチャンスです。いいですかご主人様。フェンリルにも穴はあるんですよ? ボクの言ってることわかりますか?」


 「俺は穴の有無で愛を語る性癖はないよ。そもそも俺に何を求めているのさ?」

 「ご主人様との子供を宿したいのです。つまるとことろ子づくり中出しセックスです」


 直球デットボールであります大尉殿。ぎゃあ。


 「ダメだよ。確かにセックスをしたいかと聞かれればイエスと答えるけれど、それだとまるで野獣だ。テニスサークルじゃないか。ロマンチストの俺は何も求めない愛が好きなの」

 「うう……ボクには魅力がないのですね……」


 彼のテンションが下がる。すると速度も下がる。

 ファンリルって感情が原動力なの? ロックンローラーなの?


 いち早く村に行かねばならんのになあ。まったく手のかかる子である。

 そういう子は嫌いじゃないけどね。


 「いやいや、フェリちゃんは魅力的だよ。男の娘かわいいよ! フェンリルかっこいいよ! すげーやフェリちゃん。かっこいいとかわいいを兼ね備えてるんだ。かこかわだよ!」


 俺が褒め称えると、フェリちゃんは大地を抉らんばかりに足を蹴り上げ速度を上げてくれる。現金な子です。耳なんかピンと張って、尻尾はブンブンと振り回す。


 「も、もしかして今のプロポーズですか!?」

 「いや、違うよ」


 フェリちゃんの速度が下がる。


 「ではでは、子供は何人作りましょう?」

 「たぶん作れないと思うけれど」


 フェリちゃんの速度がまた下がる。


 「そんな……ご主人様インポテンツだったんですね」

 「いやいや、これでも立派だよ? いろんな人から太いですねって、褒められる夢を見るぐらいには自信があるの」


 フェリちゃんの速度が上がった。なんでやねん。


 「とにかく下ネタ禁止ね。それ以外だったら何でも聞いてあげちゃう」

 「それでしたら、新婚旅行などいかがでしょうか?」

 「旅行かあ。いいね。ドラゴン退治が終わったらみんなでどこか行きたいかも。せっかく冒険者として町を出ることが出来るわけだし。どこかいい観光地とかないかな?」


 「うう……ボクはご主人様と二人きりがいいんです」


 テンションが奈落の底に落ちたのか、フェリちゃんの足が止まってしまう。

 嗚呼! なんて面倒がかかる子なのでしょう! 感情が行動に変換されるだなんて、フェンリルは情緒が不安定な動物である。


 しかし、ペットというのは本来こうあるべきなのかもしれない。俺の飼っていた犬も、俺の姿を見た瞬間に狂ったように飛び跳ねて脱臼したり、サヨナラバイバイと部屋にこもれば寂しそうな泣き声でクンクン鳴きはじめたりするのである。


 つまるところこの子は犬そのものなのだ。狼はイヌ科だし。ならば、ご褒美を提示すればソレに目掛けて全力で突っ走ってくれるに違いない。


 「それなら、今度カップル限定のデラックスパフェを一緒に食べに行こうか」

 「それは僕とデートしてくれるってことですか?」


 なんだか解釈が飛躍しているけれど、構いやしない。レインとも約束しているけれど、知ったことか。俺は目の前の幸せを追う馬車馬だ。


 「うん。だから村まで全力ダッシュだ!」

 「あいあいまんです!」


 了解してくれると、大地を抉らんばかりに蹴り上げて猛ダッシュ。0から100のスピードの変化に吹き飛ばされまいと、俺は全身を使ってフェリちゃんにしがみつく。


 「うふふ……ご主人様とひとつになりました」


 彼は実に嬉しそうに言った。

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