1-10 僕はホワイト派

 神殿を出て、先ほど休憩した噴水にレインがいた。


 「あは、おかえりなさい。バ……シンヤさん」

 

 「ちょっと? いま馬車って言おうとしたよね? 全部知ってたんでしょ?」


 「嫌だなあ、バカって言おうとしたんですよお」


 「なお悪いわ!」


 「いいじゃないですか。なんにせよ職に就けたわけですから万万歳です」


 確かに無職よりはマシなのだが、なんだか納得がいかないなあ。


 「さてさて、次は身なりを整えましょう」


 レインはそんな提案をする。

 確かに俺とシャンの見た目は浮浪者のそれで、なんとも近寄りがたいオーラを出している。こんな奴らを丁寧に対応してくれたシスターさんに感謝です。


 「つうか、最初から良い身なりにしてくれよ」


 「だって久保田さんの希望が「娘」意外なかったんですもん。そしたら娘意外を絶望的な環境にさせてみたくなるじゃないですか」


 「何をどうすればそんな思考に行きつくんだか」


 「もう、シンヤさんは夢とロマンが無いですねえ。愛が絶望に打ち勝つ話なんて素敵じゃないですか?」


 「素敵だけど俺は安定した収入で過ごしていきたいです」


 それが俺の希望。渇いたな希望なんです。

 そういえば俺達が会話しているのに、シャンが奇声を発しない。気になり背中に目を向けると、先の一件で疲れてしまったのかぐーぐーと寝ていやがるのです。


 シャンは体を完全に預けてしまっている。たかだか数時間の相手に心を開きすぎである。今度から知らない人への対処法をしっかり教えねばなあ。


 「シャンの寝顔は、私が作ってきた子供たちの中でも一番素敵な表情をするんです」


 レインは唐突に話題を変えてくる。


 「ああ、そうか。シャンだけじゃないのか。お前の子供は」


 「はい、隠し子がたくさんいるんですよ」


 「とんだ悪女だ」


 「私もそう思います」


 からかうつもりが、不思議と空振りで終わってしまう。


 「えーっと……」


 どう対応すればいいかあぐねている俺に、


 「あは、冗談ですよ」


 と静かに微笑み言った。

 そんなものだから、洋服屋までの道のりは酷く腐り果ててしまった。


 ☆


 服屋に着くころにはシャンも目を覚まし、相も変わらずうるさいのだ。

 あれが良い、これが良い、こっちも着たい。そんな風にはしゃいでいる。

 かくいう俺はベーッシクな民装である。俺のお小遣いでは小市民が限界なのだ。

 

 そんな俺を見たレインは援助してやるとか言うのだが、わざわざ高い服を持ってきて、金利がなんたらとか月々の支払額がうんたらと電卓を叩き出すのだ。一体どれだけ俺から搾り取るつもりなのかは知らないが、その件は丁重にお断りした。今後もこいつからお金を頼りにするのはやめようと心に決めたぞ。


 ってな感じで、相変わらずシャンとレインはコーデがこうでー、だなんて盛り上がっている。嗚呼! 面白いギャグだなあ!


 「まだ終わんないの?」


 「もう、これだから男性は……女の子の買い物は夢が詰まっているんですよ? 一生に一度の決断なんですよ? それを邪魔するだなんてひどいです!」


 「いや、気に入らなかったらまた別の買えばいいじゃん」


 「もう! 全然わかってない!」


 「パパわかってあい!」


 えー、なんで俺が批判されてるの? もうかれこれ三時間は待ってるよ? 同じ服何回も見すぎだろ。あと買うつもりない物着るのやめろや。まったく女性の思考はわからん。


 そんなこんなで最終候補まで残ったのが二着ある。


 「パパはこっちとこっちどっちがいーとおもう?」


 白のワンピと黒のゴシックドレスを目の前に掲げてシャンが聞いてきた。


 「白」


 「でもひだりもね! すごくかわいいよ!」


 「じゃあ黒で」


 「でもでもでも!」


 んああああああああ!!! にゃあああああああああ!! 蟲毒かここは!


 「もう、どっちも買っちゃえよ」


 「こらこらシンヤさん。流石に二つも買ったら予算的に厳しいですよ?」


 「そうなの? いくらすんの?」


 気になったので値札を確認すると、ひとつの服だけで俺の給料が吹き飛ぶ値が記されていて、自分が今さっき買った服なんぞ雑巾にしても罰は当たらないでしょうね。


 「……もっと安いの買いなよ」


 「考慮した結果、この二つが残りました☆」


 ペロっと舌をペコさんみたいにチラつかせるレイン。ひっぱたきたい。

 俺が呆然としていると、


 「パパがきめて!」


 とシャンがとんでもないことを言い出す。


 「いやいやいや!? 俺が決めるの? 自分が欲しいほう買いなよ」


 「きめらんあいかあ、パパがきめて!」


 「うーむ……」


 参ったなあ。俺は女児のファッションに精通してないからベストな答えがわからない。そもそも、精通してたらいかんよね。変態だよね。


 選択肢は白と黒の正反対の衣装。


 白のワンピースは、アルプスを連想させるような清廉さで、シャンのようにいつも笑みを浮かべている女児には抜群に似合うだろう。

 けれど、黒のゴシックドレスも捨てがたい。白とは対照的な小悪魔コーデだ。笑顔の裏には本心が隠れていそうな妖艶さを秘めている気がする。

 しばらく悩んで俺は決断した。


 「やっぱり白かな。シャンの笑顔が一番似合うのは白のワンピースだよ」


 俺が判決を下すとレインが、


 「いえ、私は黒のほうが良いと思います」


 と俺の回答に異議を申し立ててきた。


 「おいおいレインさん。シャンが俺に決めて欲しいって言ってるんだよ? なぜに邪魔をするのだね?」


 「あら、邪魔だなんてひどいこと言いますね。私だってこの子のママなんですから、娘のことを思って口を挟んでもいいじゃないですか」


 「ああ、口を挟んでも構わないよ。でもね、俺が気に入らないのはレインの答えだ。シャンが一番似合う服は白のワンピなんだよ。黒のゴシックドレスじゃ、まるでリスカした痕をネットに晒すわんぱく娘じゃないか」


 「そんなの偏見です。女の子はいつだって幻想に憧れるものなんですよ? シャンがこのドレスを着た姿を想像してみてください。古びた洋館に潜む吸血鬼のようで、素敵じゃないですか」


 「レインの言いたいことはわかる。でもね、シャンにはいつまでも無垢でいて欲しいんだ。いつまでも男性の理想であってほしいと俺は思う」


 「なんですかそれ。そういうのは理想じゃなくて幻想って言うんです。やっぱり女の子は一癖二癖あったほうがかわいいですし、欠落した部分を補うのが男性の役目じゃないですか」


 知らんがな。どこのローカルルールだよ。


 「とにかく白だ! 俺ホワイト派だったし!」


 「あは、それなら私はなぎさ派ですから黒で問題ないですよ?」


 お前もふたり〇プリ〇ュア世代かよ!


 「白だ!」


 「黒ですぅ!」


 しろくろしろくろ、えとせとらえとせとら。知らぬ間にヒートアップする俺とレインであったが、その場を中和したのは意外な人物だった。


 「ふたいともけんかしなあい!」


 俺達の果てのない口論を終わらせたのはシャンだった。


 ハッと気づけば、周りのお客さんからも変な目で見られている。


 「い、いや……これは喧嘩じゃなくて……夫婦漫才?」


 「そ、そうです。たまにある夫婦のスキンシップなの」


 「ほんと?」


 「「ほんとほんと!」」


 ガッと腕を組み仲良しアピールをシャンの前でして見せるのだが、お互い力を入れて組んでしまっているためか、まるでアメフト部の集合写真みたいになっている。


 「もしかしえ、シャンのせい?」


 「違うよ。俺達が勝手に熱くなっただけだからシャンは何も悪くないよ」


 「そうですね。むしろシャンがいなかったら、夫婦のスキンシップで町が一つ吹っ飛んでいました」


 え? そこまでする気だったの? シャンは俺の命の恩人なの?


 「じゃあね、ふたりともごめんなさいしよ?」


 とシャンが提案してくる。


 「だそうですシンヤさん。お先にどうぞ」


 「いやいや、ここはレディファーストを重んじて……」


 「ふたりなかよくだよ……?」


 「「はい……すみませんでした」」


 こうして我が家の魔王が誕生したのである。勇者なのにねえ。

 すると、おずおずと店員らしきエルフさんがこちらに来て言う。


 「お客様、お決まりでしょうか?」


 ニコニコと営業スマイル。ああ、これはさっさと決めて帰れの合図のようだ。ま あ、散々滞在した挙句にお店の中で騒いだのだ。この罪をあがなうにはアレしかあるまい。

 レインも察したのか、俺に目線を配らせてくる。


 「「両方買わせていただきます!」」

 

 俺とレインは声を揃えて言う。


 あはは、またしても俺の勇者の道が遠ざかってしまった。

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