残る、夏。

Rain kulprd.

暑さの残る、秋はじめ。

煩い程に耳に触れる蝉の声も、冷蔵庫でキンキンに冷えた麦茶も、少し濃いめのカルピスも、夏の終わりと共に徐々に消えていってしまう。それが私はちょっとだけ、寂しかった。暑い夏自体はあまり得意ではないけど、''夏''の少し明るい空気や上がる気持ちはなんとなく好きで、好きだからこそ終わってしまう事に寂しさを感じるのだと思う。



学校の三階。遠く、遠くの方で蝉の声が聞こえる秋の始まり。私は生徒会室で書類と向き合っていた。この学校の会長である私は基本毎日放課後はここに籠り、書類作業を淡々とこなしている。あまり大きい学校ではない為、生徒数も多くなく、生徒会役員は二人。私と、後輩の男の子のみだった。仕事内容は書類の閲覧や仕分けなどの作業が殆どで、二人でもやってはいけるのだが、淡々とこなす作業が多いせいだろうか。外で鳴く蝉の声や風の吹き方、空の移り変わりに意識が向く瞬間が何度かあり、その度に季節の移り変わりを感じていた。

「…夏も、もう終わるんだ。」

私の零した言葉が生徒会室に静かに響き、落ちた。言葉にすると余計に終わりを感じてしまい、何だか物悲しくなる。

だがその空気を壊すように、遠くから足音が聞こえた。それは次第に大きくなっていき、生徒会室の前で止まる。


ガラララッ!

勢いに任せて開けたのだろう。一度は開いたドアが反動で閉まってしまい、開けた本人は慌てつつも悲しそうな顔を覗かせ入って来た。

「先輩、遅くなっちゃってすみません!…今日のHRやけに長くて、そのくせ内容はあんまりなくて、先輩に早く会いたくて日直の仕事も昼休みには終わらせたのに、あの担任め…。」

急いで来てくれたのだろう。声の主の額には少しだけ汗が滲んでいた。彼が、私と共に生徒会に所属している後輩の男の子だ。そして、後輩である彼は、何故か私に懐いている。その真意は全くわからない上に懐いてもらえるような事をした記憶もないのだが、その想い自体に嫌な気持ちになった事はなく、私はその事実を素直に受け止めていた。

「担任の先生の文句を言わないの。先生はきっと、あなたたちとコミュニケーションを取りたかったんだと思うよ。」

彼に向けていた視線を書類に戻しながら告げれば、「…俺は先生とよりも、早く先輩とコミュニケーションがとりたかったです。」そう返された。

…最近の子はなんというか、凄いと思う。私も一応最近の子ではあるが、ここまで素直に言われてしまうとなんだかくすぐったい。自身の胸の中にある想いを恐れる事無く告げる彼の姿を見る度、今時の若い子って感じだなぁ。そんな風に思うのだった。

「そうだ。今日は何をすればいいですか?書類の閲覧?それとも書類のサイン書き?あ、先輩の肩でも揉みますか?」

「…最後のやつ、生徒会のお仕事に全く関係ないでしょ、もう。書類のサイン書きは私がするから、そっちのファイルに挟んである資料のまとめをやっておいてくれる?」

悪戯っ子のような笑みを浮かべながら問う彼に気恥ずかしさを覚え、それを隠すように書類に視線を落としたまま告げれば、「ちぇ…。先輩の肩揉んであげたかったのになぁ。」なんて拗ねたように返された。こんな風に''後輩らしさ''全開で接してくれるものだから、なんだか憎めない。悔しい。と私はいつも思ってしまう。後輩という存在は、なんだか罪だ。







遠くで、蝉の声に代わり、鈴虫の声が聞こえる。段々と日は沈んで行き、気付けば生徒会室を包んでいた温かな夕日色は消えてなくなり、夜という暗い色にぽっかり、電気に照らせれた生徒会室が浮かんでいた。そろそろ仕事を切り上げて帰らなくちゃ。そんな風に考えていると、ふと、向けられていた視線に気づく。その視線の主は向かいに座っていた後輩の彼のものだった。…というか、この部屋には私の彼の二人しかいないのだけれど。

「なあに、そんなに見て。資料のまとめが終わったのなら先に帰っててもいいよ?もう外も暗いし。」

区切りのいいところまでやろう。そう決めつつ、視線の主に言う。すると、

「…先輩ってさ、睫毛長いよね。そうやって下を向いてると尚更、そう思う。」

彼はそう突拍子もない言葉を言った。思わず私も、「え…?」と声が漏れてしまう。

「くりくりした目に被さる長い睫毛も綺麗で、ペンを握る手も頼りがいがあるのに重ねると、ほら。俺のより全然小さくて可愛くて。先輩の全部が好きだなぁって思うよ、俺。」

熱を持った視線が、伏せられた私の瞳を射抜いたかと思えば、ペンを優しく奪うようにして彼のものと重ねられ、突然の事に鼓動が跳ねてしまう。そして当然の事のように心拍数は上がっていった。いつも素直に想いを告げてくれる彼だけど、ここまで甘いものは初めてで、混乱してしまった私は何が起きているのか上手く状況が読み込めず、反射的に彼の瞳と視線を絡ませてしまった。

…でも、それが間違いだった。だって、そこにいたのは''後輩の彼''ではなく、愛おしいものをただただ見詰める''男の人''だったのだから。

「…あれ、先輩暑いの?汗が伝ってる。それにちょっと、顔赤いよ。」

重なっていない方の手が私の頬に触れ、指先で伝う汗を拭われた。その瞬間そこに熱が集まるのを感じて、私は思わず立ち上がる。

「暑い、から、涼みながら職員室に書類出してくる…!!」

上ずってしまった声を残し、私はただその場を去る事しか出来なかった。







彼の指先が、視線が触れた場所すべてが熱い。暑い。でも違う。熱いのは、暑いのは、きっと、この残ってしまった夏の所為だ。せめて生徒会室に戻るまでにはこの熱さが、夏が去ってくれますように。そう、心の中で願う。

…だって、そうじゃないと、自分の胸の中にある想いに、気付いてしまうから。











遠く、遠くの方で、未だ残る夏を報せるように、蝉が小さく鳴いていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

残る、夏。 Rain kulprd. @Rain_kulprd

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ