第十八話 怒り

 入り口だった辺りに近づいてみたが、完全に土砂で埋まっていてここから出るのは不可能だった。

 魔法をぶっ放せばなんとかなるかもしれないと思ったが、周りも崩れて生き埋めになったら怖い。

 ひとまず奥に進んで他の出口がないか探すことにした。


 なんだか凄く嫌な予感がする。

 ゲームだと引き返せないダンジョンに入ると、必ずいるよね。

 ボス的なやつがさ……出口の前にさ……。

 フラグを立てたくないからあまり考えないようにしよう。


 というか、ヘルミは?

 出口が無くなったのは自然現象?

 それにしては不自然だ。

 あれ、ひょっとしてこれって……嵌められた?


「…………まじか」


 犯人は村の人くらいしか心当たりないのですが。

 そこまで!?

 そこまで嫌われているの!?

 こんなことをされる程嫌われているの!?

 凹む。

 人生最大の谷だ。

 奈落だ。

 まあ、それだけヘルミが皆に愛されているということ……なのか?

 首謀者は誰か分からないけど。

 伝言を言ってきたルーカス?

 まさか……ヘルミ?

 違うよな?

 ヘルミのことは信じたい。

 違っていて欲しい。


 「……ああ、眩暈がする」


 気分が悪いのか、体調が悪いのか……両方かな。

 兎に角ここを出なければならない。

 一生出られなかったらどうしよう。

 凄く怖いのですが。

 毒蜘蛛の森だから、誰も助けに来てくれないだろうし。


「いや、毒蜘蛛の森じゃなくても、嫌われ者の俺のことなんか誰も助けに来てくれないか、はははははは……はあーあ」


 なんだかマリアが恋しいわ。

 今ならマリアを抱ける気がする。


 魔物が出たら怖いので、気配を消しながら恐る恐る足を進める。

 暗いし息苦しいし、一歩進むのも凄く怖い。

 五分程歩いたがやっぱり奥に進むのは止めようか迷う。

 魔法でなんとか塞がった出口を開けるように挑戦した方がいいかもしれない。

 闇雲に動き回って、出口から遠ざかるよりその方がいい気がしてきた。

 引き返そう。


 結局塞がれた入り口まで戻ってきた。

 やはり土砂や岩に埋もれていて出られる気配は全く無い。

 入る前に見た外観からは自然に崩れる様な気配は無かったから、やはり故意に閉じ込められたのだろう。

 入り口を爆破でもしたのだろうか。

 掘って進んでも上から次々に土砂が落ちてきそうだから、一帯を凍らせて進もうか。

 もしくは転移出来るような魔法や、空間を通り抜けられるような魔法は出来ないか模索する。

 出来なくはない気がするが、コントロールが絶望的なので実際に挑戦するのが怖い。

 転移などは失敗すると怖いので、試しに近くの壁面を五メートルくらい凍らせてみる。


凍結フリーズ


 パキィンという音を響かせて、壁面が凍った。

 ……見える範囲全体が。


「寒い!」


 もう、本当に何がしたいんだ俺は!

 氷の洞窟になってしまったが、上手く元に戻せるだろうか。

 解凍しようとして今度は爆炎を起こしそうだ。

 一度凍っていないところまで行こうと思い、再び洞窟の奥まで足を進めたのだが……。


「嘘だろ」


 見えていないところもしっかりと凍っていた。

 この感じだと更に奥に進んでも同じ、洞窟全体を氷らせてしまったのだろう。

 そうなるとまた出口から出た方がいいのか? と思い、進んだ道のりを戻った。


「右往左往してるだけで疲れた……」


 ハイスペックな体はこの程度歩き回っただけでは疲れるはずがないのに、とても疲れてしまった。


「ああー……駄目だ。どうしていのか分からない、誰か助けて」


 固い地面に座り込む。

 しばらく動けず俯いていたが、助けなんてこないと分かっているのだから自分でなんとかするしかない。

 何とか自分を奮い立たせ、試行錯誤をしてみたが、無駄に徘徊することしか出来なかった。


「まさか、空気がなくなったりしないよな」


 どこまでも続く暗闇の中、自分が作った明かり一つの空間でいると気が滅入ってきた。

 悪いことばかり考えてしまう。


「あ?」


 足も止まり、放心状態で立ち尽くしていると嫌な気配がした。

 その瞬間にサーッと血の気が引いていくのを感じた。


「魔物がいる!」


 奥の方から気配が近寄って来る。

 ほぼ一本道のようなこの洞窟では逃げ場が無い。

 戦うしかないのか?

 焦りと恐怖を感じながら「どうしよう!」と考えているうちにも、どんどん気配との距離は縮まっていく。


「え……この気配、凄く強い上に数が凄くない!?」


 昨日戦ったアラクネと同等の魔物がうじゃうじゃと押し寄せてきている――。

 近づいたことで嫌でも分かってしまった事実に泣きそうになった。


 駄目だ、こういう時はまずは冷静になることが一番だ。

「深呼吸をして酸素を取り込むと落ち着く」とテレビで見たのを思い出したので実践してみた。


 吸って、吐いて……すーはーすーはー……ごっ。

 吸い過ぎて咽たが少し落ち着いた気がする。

 よし、どうするか冷静になって考えよう。

 って反応が直ぐそこまで来ている!!?

 

「アラクネと同等っていうか……アラクネじゃん!」


 更に近づいたことで分かったしまった。

 あの毒々しい大蜘蛛の大群とか……嘘だ……。


「あれ? 一匹だけ特に強いのがいるな」


 どう考えてもアラクネのボスじゃないか!

 一匹だけでもあんなに苦労したのに、大群で押し寄せてくる上にボスまでいる!!


 詰んだ。

 終わったわ。


 ここはアラクネの巣なのだろうか?

 アラクネは夜行性と聞いていたが、巣に入ってきた邪魔者の俺に反応して動いたのだろうか。

 氷らせたから怒った?

 それとも時間が経っていて夜になったのだるか。

 いや、理由なんてどうでもいいか。


「生きて帰れる気が全くしない」


 とうとう視界にアラクネが見えるところまできてしまった。

 地球ではあり得ない巨体、一目で毒だと分かる不気味な体色、無数の光る目。

 それらが群を成し、恐ろしいスピードで押し寄せてくる。

 地獄のような光景だ。


 俺の冷静は旅立った。

 完全にパニックだ。


「うわああああああああああああああ!!!?」


 どうしよう! どうしたらいい!?

 逃げようとした足が絡まり、派手に転んだ。

 ぶつけたところから血が出ているが痛みなど感じない。

 感じている余裕がない。


 気持ち悪い怖い気持ち悪い怖い気持ち悪い怖い!

 誰か助けて!

 這いながら周りを見渡す。

 分かっている。

 助けなんて来ない。

 助けてくれるわけがない。

 誰かに故意にこんな目に遭わされているのだ。

 誰に?


 そもそもなんでこんな目に遭っているのだ?

 私は普通のOLだった。

 『俺』じゃない。

 大体『俺』ってなんだよ。

 私は私だ。

 どうして私がこんな目に遭っているの?

 どうしてこんな怖い思いをしなきゃいけないの?

 何か悪いことした?

 イケメンぶって調子に乗ったから?

 だから蜘蛛の大軍に殺されて死ななきゃいけないの!?


 頭の中に浮かぶのは最悪のイメージばかりだ。

 昨日アラクネと戦った時に見た、食虫植物のように開いた胴体の中にあった酸で溶かされている自分。

 アラクネ達にもみくちゃにされ、取り合われ、引きちぎられて食われている自分。

 糸に巻かれて卵を植えつけられて、孵った蜘蛛に中から食い殺される自分。

 悪趣味な惨い死に方ばかり考えてしまう。


 そのどれかが自分に迫ってきている。

 もう蜘蛛と目が合うところまで――。


「死にたくない……こんなところで……酷い目にあって死にたくない!!!!」


 叫んだ瞬間、意識が飛んだ。

 目の前が真っ白になった。

 自分の中で何かがプツリと切れたような気がした。


 白く霞んだ視界の先で『彼』が、申し訳なさそうにこちらを見ていた。




 ※※※




 ――あれ、私はどうなったのだろう。


 気を失ったと思ったのだが……一瞬だけだったのか。

 途切れていた意識が戻ると、体が燃えるように扱った。

 痛い。

 全身が引き千切られるようだ。

 もしかして、アラクネに食われているのだろうか。

 だが、恐怖は全く感じない。


 今私が感じているのは……怒り。

 激しい怒りだ。

 痛みと共に、抑えきれないような怒りが湧き上がる。

 ああ痛いなあ、痛い。


 ――どうして私がこんな目に遭わなければいけないの?


 そうだ、皆いなくなればいいのだ。

 誰もいなければ恨みを買うこともない。

 煩わしい人間関係もない。


 そうだ。

 そうだ。

 名案じゃ無いか。

 もう全部ぶっ壊そう。

「洞窟が崩れたらどうしよう」などと色々考えていたけど、もうどうでもいい。

 全部壊せば何も問題ない。

 これまで手加減しても凄い威力だったから、本気を出せば山くらいぶっ飛ばせるだろう。

 村の方が近いとか、人がいるかもしれないとか、そういうのもどうでもいいや。

 だって嫌われているし。

 誰にだか知らないけど、こんな目に遭わされているし。


 ――私と同じように、皆痛くなればいい。


 怒り任せに、体の中から……外から……ありったけの魔力をかき集め、破滅を誘う。

 何故かその方法は自然と分かった。

 体が知っていた。


 私は完全にキレた。

 怒りで周りのものを殴り、蹴飛ばし、手当たり次第掴んで投げて暴れた。

 力の限り、全力で燃やしてやった。

 それでも怒りは収まらない。


 ああ、まだ身体が痛い。

 熱い。

 怒りがどんどん増していく。

 私は怒鳴った。

 怒鳴り散らした。

 何を言っているか分からないが、怒鳴りに怒鳴った。

 そしていつの間にか、火を吐いていた。


 火……口から?


 本当に火だ。

 真っ赤な業火だ。

 毒蜘蛛の森が燃えている。

 どうやら怒髪天をつきながら怒鳴ると人間、火が吐けるようになるらしい。


 人間?

 私、人間だったっけ?


 そういえば何時の間に森に出たんだ?

 洞窟はどうなった?

 森といえば、燃えている森が眼下に見える。

 どうやら自分は上空を飛んでいるようだ。

 そんなことも出来たのか。

 まあいい。

 ともかく怒りが収まらない。

 火を、怒りを、吐き出さなければ気がすまない。


『全部ぶっ壊してやるからな!!』

「グオオオオオオオオ!!!」


 自分の怒鳴り声と重なって、何故か恐ろしい生き物の雄たけびが聞こえた。

 何故だ?

 まるで私が雄たけびをあげているようじゃないか。

 辺りを見回すと村が見えた。

 ヘルミのいる村だ。


 そうだ、ヘルミにも一言文句を言ってやろう。

 ヘルミは私を信じてくれなかったのだ。

 少し流された自分も悪いが、一線までは越えていないし誤解だ。

 話をさせてもくれなかったし、その後にこんな目に遭っている。

 考えているうちに更に怒りが増してきた。


 ……でも、ここまで怒ることなのだろうか?


 一瞬疑問が浮かんだ気がしたが、そんなことよりも壊したい。

 燃やしたい。

 何故か怒らずにはいられない。

 怒りを止められない。

 抑えられない。

 いや、抑える必要はないか。


 あっという間に村の上まで着いた。

 大きな翼で飛んできたので一瞬だ。


 翼?

 あれ?

 私、翼生えた?


 六枚の黄金の翼で……綺麗だ。

 身体を覆う鱗も黄金で虹色の光を放っている。


 下を見ると、小さくて良く分からないが村人がわらわら動いていた。

 蟻みたい。

 ヘルミを探すが見つからない。


『ヘルミ!!!』

「グアアアアアアアアアアアッ!!!!」


 ああ、まただ。

 何故か私が喋ると雄たけびが聞こえる。

 だが、そんなことどうでもいい。

 ヘルミを呼ぶが見当たらない。

 と、いうかやはり小さくて良く分からない。

 もう、いいか。

 全部消しちゃえば。

 この中にいるだろう。

 此処ごとぶっ壊してやろう。

 全てが嫌になった。

 そう思い立ち、炎を吐く体制を整えた。


 ――……めろ……やめろ!


 ん?

 どこかで声が聞こえた。

 聞いたことのある声だ。


 ――怒りに囚われるな! 後悔するぞ! 自分を思い出せ!


 何を言っているの?

 って、いうか何?

 偉そうだし、煩いんだけど。

 自分を思い出せって言われても、自分って何?


 私は二十五歳のOLで独身で名前は……。

 あれ、名前なんだっけ。

 私の……私の名前…………?


「ユリウス!!!!」


 下を見ると……ヘルミがいた。

 ……そうだ……この子はヘルミだ。


「ユリウス様!!!!」


 マリアだ。

 マリアもいる。


 良く見えないが、何故か二人とも……多分泣いている。

 なんで?

 二人の周りの人達も泣いていたり、しゃがみこんだりしている。

 ライラさんはリクハルトの頭を押さえつけて、土下座をさせているように見える。

 村長も薄い頭をこすり付けて同じように土下座しているし……更に禿げるぞ。

 皆こちらを見上げて……怯えている?


 どうした皆。

 何かあったの?

 私が、怖いの?

 どうして?


 ん?

 ……あれ、今……私。


 何、しようとした?


 村を……壊そうとした?


 ヘルミを、マリアを、村の人を……消そうと、殺そうとした?


 ふと改めて辺りを見渡すと毒蜘蛛の森は火の海になり、さっき閉じ込められていた洞窟があったであろう場所は、土が抉れて吹き飛んだクレーターのようなものが出来ている。

 見渡す一帯が大惨事だ。


 やったのは……こんなことをしたのは…………多分、私だ。

 私がやったのだ。

 吹っ飛ばして、火を吐いて、怒りに任せて暴れて……。


 頭の中が真っ白になった。


『私……わた、し……』

「グオオオ…オオオオ…」


 私、どうしたの?

 なんで、こんなことを……?

 とんでもないことをしてしまった……。

 自分でも自分に何が起こっているのか分からない。

 でも自分がやったことだけは分かる。

 怖い。

 どうしよう……どうしよう!!


 また、何処からか声が聞こえる。


 ――……すまない。全て俺の責任だ。君は俺の犠牲になっただけだ。後で全て君に話す。だから……今は少し休むと良い。


 頭の中だけじゃなく、視界も真っ白になってきた。

 意識が遠のく。


 ごめんね、ヘルミ。

 ごめんね、マリア、村の人達。


 遠のく意識の中、さっきの怯えた人達の表情を思い出して苦しくなった。

 私が……怖いよね……。

 ごめんなさい……本当にごめんなさい……。


 私、どうしちゃったんだろう。

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