第十七話 罠

 どういうことだろう。

 さっきのライラさんの台詞から考えると、『ヘルミを裏切った』ということが村に広まっているのだろうか。

 その裏切ったとういうのはマリアポロリ事件のことなのだろうか。

 村の伝達力と結束力が凄すぎて恐ろしい。

 アウェイ感が半端無いです。

 ……ああ、空が青いわ。


 得意技の現実逃避をしてると、マリアが俺の手を引いて歩き出した。

 逆らうのも面倒なのでそのまま流されて着いていく。

 冷やかな村人の視線を浴びながら村を進んでいくと、以前子供達が遊んでいた広場でリクハルトが佇んでいた。

 どうやら俺たちを待っていたようで、目が合うとこちらにトボトボと歩いてきた。


「マリア……」


 リクハルトは悲壮な顔をしていたが、マリアに手を引かれている俺を見ると眉間に皺を寄せて睨んできた。

 お前の顔はそれがデフォルトなのか。


「お前はとっとと出て行けよ」

「……」


 返事するのも面倒なのでスルーだ。

 お前の相手をしている程余裕が無い。

 そんな俺の様子に舌打ちをして、今度はマリアに話し掛けた。


「もう……オレの嫁になるつもりはないんだな?」

「微塵もありませんわ!」

「……村を出て行くのか」

「こんな無礼な村にユリウス様をおいてはおけませんもの!」


 鼻息荒く言い放つと再び俺の手を引いてずんずん歩き始め、リクハルトの横を通り過ぎた。

 すれ違うときリクハルトを盗み見ると、無表情で不気味だった。




 ※※※




「此処を離れるとなると長旅になりますから、色々身支度を致しましょう」


 旅支度をするため商店に寄って行くという。

 あそこか。

 再びヘルミの友達に会う可能性があるので嫌だな。

 まあどこに行っても誰に会っても同じだけど。


 ……というか本当に村を出ていいのだろうか。

 ヘルミの誤解を解かなくても。

 出て行くにしてもお礼を言ってからにしたい。

 もう一度村長宅に行ってこようか。

 それとも手紙を書こうか。

 字は日本語では無かったが最初からなんとなく読めたし、次第に書けるようにもなった。

 でも感謝とお別れを言うならちゃんと面と向かって言いたいし……手紙は無しかな。


 雑貨屋に着くとマリアが買い物をしてくるので、外で待っているように言われた。

 俺の分の日用品や食料も買ってきてくれるのだが、相変わらず俺はお金を持っていない。

 マリアに貸してくれと頼むと「身体で払って頂ければ(性的な意味で)」と言われた。

 「身体で返せばいいんだな(労働で)」と返事して借金した。

 お互い言っていることが噛み合っていないことはスルーだ。

 労働とあわせてお金もいつかは返すつもりだから問題ない。

 だからマリアよ、そんなにニヤニヤしても期待には答えられないぞ?


 いや待て、そもそも村を出ることもまだ考え中なのだが。

 マリアに流されている。

 危ない危ない。

 正直に言えばこんな状況では居辛いし、村の外の世界も見てみたいので良い機会かもしれないが、お世話になったヘルミとは話をしてからにしよう。

 買い物から戻ってきたマリアにそれを話した。


「もうよろしいのではありません? あの女はユリウス様をぶったのよ? 話す必要なんてないと思いますわ」

「いや、ヘルミには世話になったお礼をちゃんと言いたい。じゃないと村を出られない」

「……分かりました。でも、話が終わったら、私と一緒に村を出ましょうね?」

「それもまだ分からないけど……」

「でしたら行かせません。全力でこのままユリウス様を村の外まで連れて行きます!」


 再び俺の手を引いて村を出ようとするマリアを止めて説得するが、村を出ると明言するまで手を離してくれるつもりはないようだ。

 手を繋いで押し問答をしていると、近くにいた人達の冷やかの視線の温度が一層下がった気がした。

 どうやらいちゃついていると思われているようだ。

 違うんだ、誤解だ……誤解なんだって!

 心の中で嗚咽が止まらない。

 居た堪れなくなり、ひとまず退散することにした。

 ヘルミには空が暗くなって、人目を忍べるようになってからこっそりと会いに行くとしよう。


「おい、アンタ」

「?」


 呼び止められて振り返ると、レオの兄であるルーカスが立っていた。

 彼の表情もどこか冷やかである。

 こんな嫌われ者の俺に何の用なのだろう。

 ああ、嫌われていると自分で言って涙が出そうだ。


「……ヘルミから伝言がある」


 ヘルミの名前が出てきてどきりとした。

 伝言?

 「出て行け馬鹿!」とか、お得意の「あれを引きちぎるぞ!」とかだったらどうしよう。


 動悸を起こしながら聞いた伝言の内容は「話がしたい」ということだった。

 願ったり叶ったりである。

 二人で話したいから他の人が立ち入ることの出来ない、毒蜘蛛の森の奥にある祠で待っているということだった。

 ヘルミはもう向かっているそうなので俺もすぐに向かった。

 マリアも来ると言ったが「待て」をさせておいた。




 ※※※




 毒蜘蛛の森は相変わらず赤シソのように紫だった。

 だが俺も抗体が出来たのかチクチクもしなくなった。

 ただ視覚的に気持ちが良くないというだけである。


 ルーカスに言われた方角を目指し、奥へ進むと丘があった。

 その麓に聞いた通りの祠があった。

 いや、祠と言うよりはただの洞窟のような……。


「ヘルミ?」


 ヘルミの姿は見当たらない。

 声を掛けたが反応もない。

 祠はまだ奥が深そうだ。

 中にいるのかもしれないと足を踏み入れた。

 祠の中は軽い下りになっていて、二車線のトンネル程度の空間がずっと奥まで続いていた。

 出口は見えず、どこまで続いているのかは分からない。

 三十メートル程中に進み、外の光が届かなくなってきたところで流石にこれ以上奥で待っていることは無いかと引き返そうとした、その時――。


 ――ゴオオオオオオオオオオオッ!!!


 轟音と共に凄まじい土煙がこちらに向かってきた。

 粉塵に混じって大きな石も混じっていて痛い。

 このハイスペックな体だから「痛い!」で済んでいるが、普通の人なら当たり所が悪いと死んでいそうなくらいのダメージだ。

 一気に視界が真っ暗になり、前が見えなくなった。

 何が起こっているのかさっぱり分からない。


 立ち込めていた土煙が引くのを待ち、魔法で明るく出来ないか模索した。

 なんとか光の珠を作り出すことに成功し、周りを見ることが出来た。

 そして分かった現状に絶句した。


 入り口が塞がれていた。

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