第七話 挨拶

 雑貨屋で一仕事終えた俺達の次の目的地は村長宅だ。

 村長は酒好きということなので雑貨屋で手土産に酒を購入した。

 もちろん俺は無一文なのでヘルミの懐からの出費だ。

 なんというヒモ男……穴に入りたい……。

 いつか必ず返そう。


「ふんふんふ~ん」


 上機嫌なヘルミが鼻歌混じりで前を歩いている。

 足取りは軽く、今にもスキップをしそうだ。

 俺は上手くやれているらしい。良かった。


 村長宅には「これから村でしばらくやっかいになる」ということで挨拶に向かう。

 小さな村なので余所者がうろうろすると要らぬ心配をかけてしまうかもしれないし、一声かけておいた方がいいだろう。


 そしてこれは『余談』だと前置きをされて聞いたのだが、ヘルミを裏切った元恋人というのが村長の息子らしい。

 新たな婚約者となった女性も、今は村長宅で暮らしているそうだ。


 今はまだそいつらの相手はしなくていいとヘルミは言う。

 今日は村長に挨拶をするだけだ、と。


 だがやはり意識してしまうのか、村長宅に近づくにつれてヘルミの足取りが重くなってきた。


「……ちょっと、緊張するわねぇ」


 俺に言ったのか独り言か分からないが、ヘルミがぽつりと呟いた。


「俺もいるし、大丈夫だって。それとも俺じゃ力不足か?」


 顔を覗き込むと目を見開き、ブンブンと勢いよく首を横に振った。


「十分ですぅ! 十分すぎて死にそうですよぉ!」

「じゃあ、気楽にいこうぜ」


 背中をポンと押してやるとにっこりと微笑み、足取りは再び軽くなった。


「そう、だね……うん! 待っていろ! ユリウスのきらきら攻撃をお見舞いしてやるぅ!」

「何だそれ!」


 そんな攻撃身に覚えは……微妙にあるけど、残念なネーミングは簡便してもらいたい。

 そんな俺の願いは届かず「きらきら~!」と口ずさみながらヘルミは勇ましく行進していった。

 緊張なんてしてないじゃないか。


 村長の家は小高い丘の開けた場所にあった。

 木造の建物で少し朽ちているが、村のどの建物よりも大きく唯一の二階建てだった。

 屋根には立派な竜の置物が鎮座している。


 建物の前では中年の女性が野菜か果物のようなものを干していた。

 乾物でも作っているのだろうか。

 ヘルミはその中年女性を見つけると、声を掛けて駆け寄って行った。


「ライラおばさん! こんにちは!」


 呼ばれた女性はヘルミに気づくと、穏やかで人が良さそうな笑顔を見せた。

 村に多い濃い茶色の髪に茶色の瞳で、肝っ玉母さんといった印象を受ける。

 ヘルミも頭を撫でられ、嬉しそうにはにかんでいる。

 二人は少し話をしていたが、俺のことを伝えたのか同時にこちらに顔を向けた。

 ライラさんは俺を見ると、ぽかーんと口を開けていた。

 「まあ!」と言ったのが口の動きで分かった。

 その動きが可愛らしく、思わずくすりと笑いながら会釈をした。


「まあまあまあまあまあまあぁ!」


 硬直が解けたライラさんは鼻息荒く目の前まで突進してきて、俺の顔を覗き込んだ。


「ヘルミちゃん! あんた、とっても素敵な人じゃないの! あたしゃ精霊様かと思ったわよぉ!」

「でしょう!? 私も最初そう思ったのよぅ!」


 二人は目を合わせ、手を握って小さくぴょんと飛び跳ねた。

 微笑ましい光景だ。


「ああ、良かったわよぉ。うちの馬鹿息子が本当に馬鹿で阿呆な糸瓜だから、ヘルミちゃんには申し訳なくてねぇ。心配していたんだけど、こんな精霊様がついているんなら安心だねぇ! 精霊様、見たところ育ちも良さそうだし、ヘルミちゃんの選んだ人だから大丈夫だと思うけど、泣かせるようなことは絶対にしないで頂戴よぉ?」


 良かった。村でヘルミの味方はちゃんといたようだ。

 というか、ヘルミを傷つけた男の親だとは思えない。

 この微笑みの副音声では「泣かせたらただじゃおかないぞ」という脅しの声が聞こえそうだが、ヘルミへの愛情を感じてなんだか嬉しくなってしまった。


「もちろんです。俺がヘルミを守ります。ヘルミを泣かせるならお宅の息子さんでもぶっ飛ばしますよ」


 自信満々にそう伝えるとライラさんは一瞬きょとんと目を丸めたが、次の瞬間大きな口を開けて笑い出した。


「あはは! そりゃ頼もしいわねぇ! 一回、いや百回くらいぶっ飛ばしてもいいわよ、あの阿呆は!」

「ありがとうございます。ああ、俺はユリウスといいます。しばらくこの村で厄介になるので宜しくお願いします」

「どうも、ご丁寧にぃ! あたしはライラ。村長の家内です。うちの人呼んできますから、ヘルミちゃんも中で待ってて頂戴ねぇ。あの馬鹿共はいないから!」


 ライラさんは村長を呼びに、家の裏手の方に消えていった。

 良い人だなあ。


「……あいつらいないんだ」


 ライラさんに和んでいる俺の隣でヘルミがぽつりと呟いた。


「残念?」

「ううん、いなくてちょうど良かったぁ。折角の良い気分が台無しになるもの」

「そうか」


 色々思うところはあるのだろう。

 強がったように笑うヘルミの頭をポンと撫でると、「大丈夫」と微笑みながら踏み出し、村長の家に上がっていった。




※※※




 村長宅は中も広かった。

 ちょっとした寮として使えそうな規模はある。

 廊下も長く、指定された部屋に辿り着くまでに部屋が四つか五つはあった。


 辿り着いた部屋は広々とした居間。

 外装は中華風だが内装は和風の印象だ。

 中心に立派な囲炉裏がある。

 囲炉裏を囲んで座布団が敷かれてあったので、そこに腰を下ろして村長を待った。


「立派な家だな」

「代々村長をしている家だからねぇ」


 ということはヘルミを捨てた馬鹿息子は次期村長で、田舎のボンボンというわけか。

 まだ会ったことはいが、勝手に印象はどんどん悪くなっている。


 待っていると若い頃は男前だったのだろうとは伺えるが、今は酒焼けした赤い顔とメタボな狸腹が残念な中年男性が姿を見せた。

 髪も結構……前からキテいる。

 どうやらこの人物が村長らしい。


「わざわざすまないねぇ。こんな良い酒まで頂いて。いやあ、美味い!」


 村長は席に着くとすぐに手土産の酒を開け、酒盛りを始めた。

 俺も飲めと酌をされたが……飲んでいいのだろうか。

 まだ真っ昼間だぞ、村長。

 仕事に影響とかないのだろうか。

 何をしているか知らないが。


 出された酒は飲むべきかべきか?

 ヘルミに視線で聞くと飲んで良いようなので遠慮無く飲んだ。

 あ、日本酒に近い……美味い……染みる……烏賊食べたい……。

 

「いやあ、ヘルミちゃんには驚かされるよぅ。こんな男前捕まえて! こりゃあ、うちの倅に捨てられて正解だったなあ! アイタアア!?」 


 「捨てられて」なんて言葉を本人の前で使うなんて、なんという無神経親父、許すまじ!

 耳に入った瞬間、目下砂漠拡大中とおぼしき広いおでこに渾身のデコピンをお見舞いしてやった。


「おい男前、何するんだあ!? アダア、オア!?」


 更にライラさんの追撃、怒りの鉄拳が防御力の低い頭部に加わった。

 こちらの方が何倍も痛そうだ……。


「無神経なこと言うからでしょうがぁ! あんたがこんなんだから、倅もあんな阿呆になるのよぉ! ヘルミちゃんに謝りな!」

「す、すまん」

「い、いいんですよぅ」


 村長も形無し、今は叱られているただの中年親父だ。


「ユリウスさん、すまないねぇ」

「ヘルミがいいなら俺はいいです」


 俺とヘルミは顔を強張らせ、頷いた。

 ライラさんの前で下手なことは出来ないな……お母さん怖い。


「本当に良く出来た人だよぅ。ヘルミちゃん、しっかり捕まえてとくんだよ!」

「えぇ、もちろん!」


 しかし……何処にいっても、親父の肩身が狭いのは同じらしい。

 村長は完全にライラさんの尻に敷かれている。


 その後、暫くこの村で世話になることを伝えたがあっさりと了承を得た。

 目的は一瞬で達成出来たが、ライラさんとヘルミの思い出話が始まり話に花が咲いた。


 村長のデリカシーの無い馬鹿発言は許せなかったが、その後は終始和やかだった。

 村長は肩身が狭そうに酒をチビチビ飲んでいたが、酌をして話を振ると機嫌が良くなったようで大声で話し始めた。

 こういうどうしようもない親父がはしゃぐ姿は嫌いじゃない。

 こいつが村長という意識は飛んでいったが、多分村でもこういう扱いの人なのだろうと思う。


「ユリウスさんは『しばらく』って、いつまでここにいるつもりなんだい?」


 雑談が一段落したところでライラさんが聞いてきた。

 酒も入ったし、気が緩んでいたところだったので焦った。


「き、記憶が混乱しているので、様子をみながら……具体的には決めていないんです」

「そうかい。でも、いつかは出て行くんだろ? その時はヘルミちゃんはどうするんだい? 一緒に行くのかい?」

「えっと……まだ分かりません」

「そう。後悔しないように、ゆっくり考えなきゃねぇ」

「そ、そうですねぇ」


 ……なんだかやばい気がする。

 俺達の設定は粗が多く、長く話しているとボロが出そうだ。

 ちらりとヘルミの方を見ると目が合った。

 どうやら同じことを考えているようだ。


「ユリウス、私達はそろそろお暇しましょうか」

「そうだな」


 嘘は少ない方がいい。

 目的も達成したし、ヘマをしないうちに帰ることにした。


「おや、もう帰るのかい? もうそろそろあいつらも帰ってくるのに」

「あんた、何言ってるの。馬鹿がうつるから見なくていいのよぉ。ユリウスさん、ヘルミちゃん、何か困ったことがあったら頼って頂戴ねぇ」

「うん、ありがとうおばさん」


 あいつらというのは馬鹿息子カップルのことだろう。

 一瞬ヘルミの顔が曇った気がした。


 ヘルミとライラさんが軽く抱擁を交わし、ほろ酔いの村長に見送られ、俺達は帰宅の途についた。

 帰る途中ヘルミは何か思うところがあったのか無言だった。

 なんとなく寂しそうな表情をしていたので手を繋ぐとこちらを向いて微笑んでいた。


「ユリウス、ありがとぉ」

「うん」


 乙女心は複雑なんだよな、分かるよ。


 その日の晩。

 食事をしながら今日一日の感想と反省会を行った。

 と言っても、ヘルミの口から出た言葉は「楽しかったぁ!」ばかりで特に反省点は無かったようだ。

 少し表情が曇ったりして心配な場面があったが、概ね問題は無かったようで安心した。


 明日も頑張ろう。


 自分のことも、何か分かればいいのだが……。

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