さいわいなことり ~ドキュメント・あの人は今~

佐賀瀬 智

ドキュメント・~あの人は今~

―――では、お聞きしますが、こちらにはどのくらいお住まいですか?


 それはあんた、あれよ、町中を飛び回って運び屋やって、地に落ちてからだから、だいぶになるわよ。考えたくはないわよ、こんな掃き溜めに何年いるかなんて。つか、もうみんなあたしのこと死んだと思ってるからさ。あんたもこんな路地の裏のそのまた裏のゴミ溜めのような小さなバー、よく探して来たわね。物好きよねえー。あんた、どこ? 出身?


―――いや、私のことは、あの、では、なぜ運び屋をやろうと思ったのですか?


 運び屋ってなによ。運び屋って。さっき自分で言ったけど、人に言われると人聞きが悪いわね。ああ、でも運んだ。宝石とかいっぱい。運びました。はい。あたし、こうみえて、情にもろくて、ほろっと来ちゃうところがあるのよね。あんな立派な人がさあ、泣くのよ。大粒の涙をボロボロこぼしてさあ。かわいそうな貧しい人たちがいる。どうにかしてあげたいって。いいじゃん、人のことはほっといて。かかわるとろくなことないよって言ったんだけど、『お願い。君は自由に大空を駆け巡ることができる。だから僕の代わりに届けて。この宝石を。貧しい人たちに。お願い』ってキラキラしたブルーのサファイアの瞳で訴えるのよ。負けたわよ。あたし。だからちょっと手伝ってあげようかなって思ったの。


―――その人はどなたですか?


 どっかの王子らしいわよ。詳しいことは知らないわ。でね、あたしが手伝うとわかったらさ、あの人、人使い荒いのなんのって、あいつは指図するだけじゃん、あそこ行けだのここにいけだの。働くのはあたし。北へ南へ東へ西へ、ホント、こきつかいやがっさてさ。みんな気がついてないかもしんないけど、宝石運んで働いたのはこのあたしだからね。

 


―――その当時の宝石をあげた人に会いましたか?その後。


 そうそう、マッチ売ってた女がいたでしょう、あの女、当時、少女とかいってたけど、けっこうサバよんでててさあ、あの頃すでに25は越えてたって噂だわよ。そのマッチ売りの女が来たのよ。ここに。何年前だったかしら、みすぼらしいなりして『マッチ買ってえ』って。『ええ、あんた、あたしが運んであげたサファイアどうしたのよ。お金にはもう困ってないでしょ?』っていったらさあ、宝石をその日のうちにお金に変えて、ぱーーっとホスト遊びして2週間で使い果たしたってよ。もう、ばっかじゃないのかしら。あきれて声もでなかったわよ。でね、マッチ売りの女が言うにはね、ルビーを持っていったところの親子がいたでしょう、覚えているかしら、病気の息子と疲れきった母親。で、その宝石をお金に変えてね、薬を買ってあの息子は元気になったらしいのだけど、そのあとが大変だったらしいの。あの病弱だった息子がぐれちゃって、金よこせ、金よこせって母親を殴る蹴るのすごいのなんのって、もうちょっとで母親を絞め殺すところだったんだって。警察沙汰よー。やっだー。こーわーいー。やっぱさあ貧乏人が大金持つとろくなことありゃしないのよ。あたしみたいにね、日の当たらないところでささやかに、なんかよくわかんない雑草か苔みたいに暮らしてなきゃねえ。

 そんな話を聞くとさあ、あたしとあの人のやったことはなんだったのって悲しくなるけど、そんなこと言ったって、『じゃあ、宝石くれって頼んだか? あー?』なんて逆ギレされるのがオチじゃない。辛いけど、現実はこうよね。

 あの人はそうとも知らずに...。でも自分がそうしたい思ってやったんだから。幸せよね。あっ、何かお飲みになりますう? なにか作りましょうか?


―――いえ、結構です。その王子という方は今、どちらに?


 あそこ。あのレジ横のガラス箱の中。


――― ...と、申しますと?


 ちょっと待って。今持ってくるわ。...これよ。このガラスの箱に入っているのがそうよ。人の世ってホントになんなのかしらね。この人にルビーもサファイヤも金箔もなくなって身ぐるみ剥がれた姿になったらね、みすぼらしいとか外観が醜いとかなんとかぬかしやがって町の連中がさ、とうとうこの人、撤去されて解体されて溶鉱炉にドボンよ。で、残ったのがこの鉛の塊。テニスボールくらいにちっちゃくなっちゃったわよ。これがあの人のなれの果て。

 あの人、本当にどっかの王子だったんだろうね。それはそれはゴージャスだったから。宝石いっぱいつけててキラキラだったのよ。ジコギセイの精神っていうの? 自分はどうなってもいいから本当に貧しい人たちを助けたいって言ってた。だから本望なのよ。幸せだろうよ。世の中、生きてりゃ辛いこといっぱいあるからね。そんで、なぜか生き延びちゃったあたしは何? みたいな。こんなごみ溜め、ああいやだいやだ。何て言いながら毎日生きてるわよ。ハハハ。


―――あのとき、どこかへ旅立つ予定だったと聞きましたが。


 そうよ。エジプト。あたし、こう見えてツバメなのよ。かわいいことりに見えるかも知んないけど、あら、見えない? やっだー、あんた、こういうときは素直に見えるって言っとくのよ。で、だからあ、冬になったら暖かいところに行かなきゃなんないのよね。さっさと行きゃあよかったよ。したら今ごろあたしはさあ、エジプトのどっかの富豪といい仲になってて超リッチな生活してるかもよ。なんちゃってー。ハハハ。あーあ。笑っちゃうわよねー。


――― 後悔していますか? エジプトに行かなかったことを


 してないわ。あのとき、大粒の涙を見たとき、この人の力になりたいって心から思ったの。さっきも言ったけど最初は、何言ってんのって思ったけど、この人の目となり手となり足となり、この人のために働きたいって思ったの。先のことなんて考えやしなかったわ。その時はわかんなかったけど充実してた。いま、こうやって冗談っぽくぼやいているけど、その頃のこと胸を張って他人様に言えるんだもの。


―――ズバリ、しあわせでしたか?


 ふふふ、しあわせでしたかだって? 変な質問ね。ふふふ。こんなにも心のきれいなこの人のお手伝いができたこと、本当に誇りに思うわ。だからあたし、この人とずうっと一緒にいるの。こんなちっちゃい鉛の塊になっちゃったけど、あたしにとってはルビーよりもサファイアやエメラルド、ゴールドよりも美しいあの人のハートがここに有るのよ。だから、あたしは今でも幸せなの。



―――ありがとうございました。


 あら、やっだー。もう終わりなの。残念。昔のこと思い出して、あたしも楽しかったわ。こちらこそありがとう。


―――お疲れさまでした。これでインタビューは終わりですが、社に帰ってトップに報告をし、また後日連絡します。では、さようなら。


ゴッド・ブレス・ユー。

 




おわり

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