第31話 悪役と呪い

 イケメン神父を鑑定した結果、より疑惑が大きくなった。


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ダイン=ジョーンズ 勇者 状態異常:魔物化(30)


才能:{料理}(魔物育成)


スキル:{調理上手、満腹感、多言語理解}


魔法:{下級水魔法、下級火魔法}


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 明らかに他の人に比べて状態異常のところに書かれている数値が大きい。

 今まで見た中で最も大きかったのは幼女親子の『8』。

 それがこの神父は『30』。

 これが魔物化のレベルだとしたら超危険人物予備軍。


 そして才能は開花済みが『料理』で未開花が『魔物育成』。

 怪しすぎる。

 イケメンで料理の才能があるってだけで十分怪しいのに、さらには『魔物育成』とか。

 未開花とは言え少し現状にマッチしすぎてやしないか。


 何より怪しいのは種族名が勇者になっていること。

 なんで勇者がこんなところで神父なんてやってるんだ。

 もっと国を守ったり悪党を退治したりやることがあるだろ。

 俺が言うのもなんだけど。


「それで、本日はどう言ったご用件ですか? 御審判でしょうか?」


「いやそうじゃないんだが、ここでも審判はできるのか?」


「もちろんです。小さいとは言え国に認められた教会ですから。もちろん他種族の方でも大丈夫ですよ」

 

「他種族でも大丈夫、か。ディルア教は人族以外を蔑視してないんだな」


「ええ、ディルア様は全てを見守ってくださる御方です。そのために様々なものへと御姿を変えられたのですから」


 以前にサーリィが審判を受けたウェスティ教は明らかに他種族を下に見ていた。

 だがディルア教はそういう訳でもないらしい。

 街中で他種族をあまり見かけなかったのもこの宗教が普及しているからか。


「素晴らしい。やっぱりここに来て正解だったな」


 サーリィに問いかける。

 角っ娘の性質上、よくわからないことを聞かれた場合の返答はとりあえず『イエス』。


「え? あ、はい! そ、そうですね!」


「というと?」


「実は友人にディルア教を勧められてな。この子も一緒に入れる宗教だからって」


 友人とはもちろん幼女、シャシャちゃん推定8歳のこと。

 彼女によればディルア様は『いっぱいでやさしくてすっごいの』らしい。

 お兄さんの下腹部だってすっごいんだぞ。

 毎日磨いて欲しい。


「ちょ、ちょっとルイン? 魔物化の話をむぐっ!?」


 会話に入ろうとしたマルの口を手で塞ぐ。

 これだけ怪しいヤツへ馬鹿正直に話をしたって意味ないだろう。

 なるべく警戒させず事を運びたい。

 

「なるほど! それはこちらにとっても喜ばしく素晴らしい事です。ディルア教の教義はお聞きになられましたか?」


「簡単には、だな。もし可能であればここで詳しいところについて聞きたいんだが」


「わかりました。では私からお話しさせていただきます」


 そこからイケメン神父のディルア教談が始まった。

 曰く、ディルア様は元はただ一つの生物だったとか、そして世界も今よりずっと小さかったとか。

 曰く、世界が広がるにつれてディルア様は自分の目の届かないところがあるのを憂い、様々なものへと形を変えて散らばったとか。

 そんな話をマルの口を手で塞いだまま聞く。

 正直手に当たる吐息に意識を集中しすぎてあんまり話は入ってこなかった。


「というようなことからディルア教では全ての物にディルア様は宿っているので万物に敬意を払いましょう、という教えになったのです」


「万物に敬意を払う、いい言葉だな」


「そう思っていただけたのなら幸いです」


 話を聞いてなかったときは、とりあえずまとめの部分を復唱して褒めておけばいいと。

 どっかの偉い人が言ったとか言ってなかったとか。


「ん〜〜! ん〜!」


「ああ悪い、忘れてた」


 マルが騒ぎ出したので口から手を離す。

 ちゃんと話が終わってから騒ぐあたり、でこっぱちの人の良さが出てるな。


「今の話を聞いた上で改めて俺達もディルア教徒を名乗りたいんだが、何か手続きが必要だったりするのか?」


「いえ、これと言った手続きはありませんが……少し待っていて下さい」


 イケメンが金髪を揺らして祭具室の方へと走っていく。

 そして扉を開けて中へ向かって一言二言。

 どうやらこの教会にいたのは彼一人ではないらしい。

 しばらく待っていると小さな神像をもったシスターが出てきた。

 遠目から見ても可愛らしいこれまた金髪の修道女。


 最初ここに来た時、休憩していたと奥から出てきたが。

 中に金髪美女がいたとなれば休憩の意味合いが変わってくる。

 『君のここにもディルア様が宿っているのかい?』的な。

 『やめてそこは私の禁忌教典よ』的な。

 許せない。

 俺も神父になりたい。


「お待たせしました。こちらディルア様の像なんですが、差し上げます」


「……幾らだ?」


「いえいえ、言葉通り差し上げるという意味ですよ。どうぞ持って帰って下さい」


 幸せになる壺、的な商法ではないらしい。


「いいのか? 安価な物には見えないが」


「ええ、実は最近沢山の寄付を頂きまして。教徒の方皆に配ってるんです。なので遠慮せず受け取って下さい」


「そういうことなら」


 イケメンが持ってきたのは幼女の宿にもあった物と同じサイズ。

 見た目ももちろん変わらない。

 それを俺は下から支えるように受け取る。


 ――ふりをしてそのまま地面へと落とした。


 ガシャンと音を立てて無残にも像が壊れる。

 

「ちょ、ちょっと!? 何してるのよルイン!!」


「ルイン様!?」


「手が滑った」


「手が滑ったじゃないでしょ!? せっかく厚意で頂いたのに、なんてことを!!」


「さっきマルの口を塞いでたから涎がついてたのかもな」


 本当は像に触れてすらないけど。

 手についてるかもしれない涎は後でしっかりと採取させて頂きます。


 それにしてもマルが思った以上に怒ってるな。

 他種族にも寛容、というところが彼女の理想とマッチしていて刺さったのかも。

 ここに怪しんで来たことを忘れてるんじゃなかろうか。


「人のせいにしないでくれる!? 神父様に謝りなさいよ!」


「い、いいんですよ。手が滑ってしまったものは仕方ありません。こちらは危ないので片付けますね」


 腰を折って壊れたディルア像に手を伸ばすイケメン。

 けれどそうはさせない。

 その手が向かう先に、俺は足を落とした。


「おっと。今度は足が滑った」


 体重をかけていくと足裏にミシミシとした感覚が。

 そして確かな手応えと共に足が一段階沈む。

 これでよりしっかりと割れたかな。


「……どういう、おつもりでしょうか?」


 潰された神像を見て、顔も上げずに神父が尋ねてくる。

 表情は見えないが、先ほどまでの朗らかな声ではなく感情を殺した低い声。

 さらに後ろではマルがギャアギャアと騒ぎ立てており、それをサーリィが抑えていた。


「どういうつもり、ってのはこっちのセリフだ。ディルア教ってのは神の像にこんなものを混ぜてるのか?」


 足を上げる。

 下敷きになっていたディルア像は原型もわからないほど粉々に。

 そして欠片の隙間隙間からは赤い液体が漏れ出していた。


「これ……は? 一体……?」


 足の下から出てきた赤と白の混ざった石欠片。

 それを見てイケメン神父が細目を見開く。

 この反応を見る限りは神像の中身を知らなかった、のか?


「ル、ルイン……それってもしかして?」


 マルが潰れた石像を目にして声を上げる。

 彼女にもわかったんだろう、この神像が一体何か。

 問いかけに対して俺はこくりと頷いた。


「てことはその神像は……!」


「ああ、のろ――」


「スキル器具だったってこと!?」


 ……ん?

 スキル器具?

 呪いの神像じゃなくて?


「奇石を砕いて作ったこの赤い液体……間違いないわ」


「欠片の裏にもスキル器具のための文様が刻んでありますね」


 足元で神像の検分を進める二人。

 座り込んだままのイケメン。

 立ち尽くす俺。


 いやだってスキル器具の作り方とか知らないし。

 中に砕かれた奇石が液体みたいに入ってるとかも聞いてないし。

 受け取る前に鑑定もしたけどスキル器具とは書いてなかったし。


 像から赤い液体が出てきたらなんか呪われてると思うじゃん? 

 異世界だからその呪いで人が魔物化したりするのかなって考えるじゃん?


 堂々とサーリィとマルに推理を披露しなくてよかった。

 ルインフェルト先輩の顔に泥を塗るところだったぜ。

 ひとまずなんか勘違いしてくれてるようだし、セーフ。


「ということはこの神像が原因で街の人に状態異常が?」


「ああ、そのスキル器具が原因だスキル器具が。神像を模したスキル器具がな」


「や、やたらスキル器具を強調するわね……?」


 時代はやっぱりスキル器具だからな。

 呪いとか非科学的なものを信じる日々は終わったんだ。

 流れる赤い奇石に幾何学的な文様。

 レッツ、スキル器具。


「で、だ。神父様、もう一回繰り返すが一体どういうつもりだ?」


 危うく恥をかくところだっただろこの野郎。


「わ、私は知りません! ただ沢山の寄付が――」


「金をもらったからこのスキル器具配布を手伝ったと」


「ち、違います! 寄付されたのはディルア様の像そのものです! 金品など全く!!」


 後退り違う違うと手を振るイケメン。

 寄付は金じゃなかったのか。

 となると懐柔でもなく本当に何も知らない可能性も。

 一番怪しいのはその寄付をしたとか言うやつ。

 

「いいか、お前が配ってたのは人を魔物にするスキル器具だ」


「そ、そんな!? わ、私はなんてことを……」


「泣き言は後にしてくれ。お前にはこれからやることが二つある。一つは俺達にその像を寄付したとか言う輩の話をすること」


「も、もちろんお話しします!」


「もう一つは街を回って神像を回収することだ」


 俺たちがそれはスキル器具です、と言っても証明する手立てがない。

 叩き割っても構わないなら別だが、毎回そんなことをしていればどう考えても面倒になるし時間がかかる。

 配った本人でかつ神父のこいつがいれば回収も捗るだろう。


 イケメン神父は二つ目も快諾し、裏にあった神像も全て処分すると。


 その一つを見せてもらいもう一度鑑定してみる。


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ディルア像


祈りに反応して『状態異常:魔物化』を付与する

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 やっぱりスキル器具なんて書いてない。

 さすが対物に関しては微妙な鑑定さんだぜ。

 

「それで寄付の相手なのですが……」


 像を渡してきた相手に関するイケメン神父の話はあまり参考にならなかった。

 匿名での寄付で、受け取りの際に「陰ながらこの宗教を応援している御方がいます」と言われ、勝手にどこかの貴族とかだと思ってたらしい。

 実際に持ってきた奴も以前の俺のようにフードで顔を隠しており、男だと言うことしかわからないと。


 よくそんな怪しい寄付を受け付けたなと思うが、本人曰く「あまり普及しておらずお金もないのでありがたかった」と。

 

 正直なところまだこの神父の疑いも晴れたわけではない。

 明日から本格的に神像の回収に動くらしいのでその様子も見届けて判断しよう。


 ひとまず今日はそろそろ戻るか。

 衛兵達からの連絡も来てるかもしれない。

 

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