第30話 悪役の疑い

 お、落ち着け。

 目に見える人がみんな状態異常持ちだとわかった今。

 俺がするべきことはなんだ。

 考えろ考えろ。


 このままだといつかはわからないが、ここにいる人達は魔物になる。

 幼女も含めてだ。

 それはとても悲しい。

 まだ頭しか触れてないのに。

 つまり俺が今すべきことは。


 そう、魔物になる前に幼女を堪能することだ。


「ルイン?」


 マルに睨まれる。

 どうやらすべきことはそれではなかったらしい。

 これがパニックと言うやつか。

 俺にやましい考えをさせるとは、恐ろしいぜ。


 とりあえず、俺とサーリィとマルのステータスを確認しておこう。

 ここで状態異常が見つかれば、ちょっと本当に落ち着いてられない。


 鑑定。

 鑑定。

 鑑定。


 よし、俺達のステータスに異常は無い。

 良かった本当に良かった。


「ル、ルイン様……? もしかして何かお気に触るような事でも?」


 サーリィが恐る恐る訪ねてくる。

 立ち上がり無言で辺りを見回す強面悪党。

 不機嫌アピールと取られてもしょうがない。

 よく見れば他の客や幼女達もこちらをチラチラと気にしていた。


「いや、そんなことはない。ただちょっと街に出る用が出来た。一旦部屋に戻るから二人も付いて来てくれ」


 この周りの状況を知って、二人をここに置き去りにする選択肢はない。

 戸惑った表情を浮かべる二人を半ば強引に宿の二階へと。

 そしてその場の勢いを利用して彼女達の部屋へと入れてもらう。

 マルのガードがあって今まで入れてくれなかったからな。

 勢いって大切。


「急に何なのよ! まだ食べてる途中だったのに!」


 もはやスタンダードになりつつあるぷんぷん状態のマル。

 あんまり部屋を見回すと良からぬ方へ話が行きそうなので気をつけよう。


「魔物化の原因がわかったかもしれない」


「そんなことで私の朝食を……って本当に!?」


「す、すごいですルイン様!」


 驚愕の声をあげる少女達。

 ちょっと気持ちがいいかもしれない。

 そんなこと言ってる場合じゃないけど。


「さっき下にいた奴等のステータスを確認したら、全員に『状態異常:魔物化』っていう表記があった」


 ちなみに魔物化の後の数字はばらつきがあった。

 『8』だったり『7』だったり『6』だったり。

 一番多かったのは『6』だった気がする。


「ちょ、ちょっとそれってまずいんじゃないの!? こんなところで話してる場合じゃ」


「落ち着け。今までの魔物化は全部夜に起きていたわけだし、今すぐどうってことはない」


 魔物化する時はゲロゲロ始めるだろうし。

 もし下の人が全部魔物化しても殺すぐらいはわけない。

 そんな思いが伝わった訳ではないだろうが、一先ずマルは話を聞く体勢に戻った。


「まず間違いなく人が魔物になってるのはこの状態異常ってのが原因だろう。俺は状態異常ってのに詳しくないんだが、何か知ってるか?」


 日本にいた頃のゲーム脳で考えるなら、毒やら麻痺やらのバッドステータスがそれに当たるだろう。

 けれど魔物化なんてのは一般的じゃないし、この世界における状態異常の認識がどういうものなのかもわからない。

 もし俺が思ってるのと同じなら、是非とも麻痺の状態異常を付与できる男になりたい。

 特に他意とかはなく。


「残念だけれど聞いたこともないわね。ステータスに表示されるものならどこかで耳にした事があってもおかしくない筈なんだけど」


「すみません、私もわからないです……」


 どうやら状態異常はこの世界において常識として存在するものじゃないらしい。

 ミアにも聞いてみるべきだろうか。

 彼女が何となくこのパーティーの中で一番博識なイメージ。


「でもステータスに表示があるならちょっとは現状もマシになりそうね」


「どうしてですか?」


「神の審判で表示されたものなら、スレイン協会だって対処せざるを得ないでしょ」


「それは、確かにそうですね!」


 マルの言う通り審判とやらで状態異常が見つかれば、人が魔物化するという突拍子もない話の証拠になるだろう。

 けど忘れてはいけない。

 俺のスキルは審判ではなく鑑定なのだ。 

 

「恐らくそう上手くはいかない」


「……何でよ。一人二人の審判ならまだしも、十人を越えればうちのスレインに固執して見て見ぬ振りしてる場合じゃないでしょ?」


「もし状態異常が審判でわかるなら、今までその事が騒ぎになってないのがおかしいと思わないか? 俺達が依頼を受けたタイミングから考えても魔物化事件はもう十日以上経ってるんだ」


 その間にこの街の人が誰も自分のステータスを確認しに行ってないってことはない筈。


「確かにそれはそうだけど……ってそれじゃあなたの言ってることが嘘ってことじゃない!」


 よくも謀ったな、と眉間にシワを寄せてぷんすこぷん。

 今日も彼女のおでこは絶好調だ。

 デコピンして赤くなったところに絆創膏をバッテンで貼りたい。


「嘘じゃない。ただ単に審判で確認できないものも、俺のスキルなら確認できるってだけだ」


「はぁ!? そ、そんなこと前は言ってなかったでしょ!?」


「言う必要がなかったからな」


「うぐぐぐ……サーリィ! これも本当なの!?」


「本当ですよ。え、えーっと……」


 サーリィがこちらをチラチラと気にしている。

 イケメンが故の逃れられぬ罪というやつか。

 全く困ったもんだぜ。

 とりあえずにっこり笑ってファンサービス。


「ひっ……す、すいません。詳しいことは喋れないんですけど……本当です!」


 おかしい何故か悲鳴が聞こえた気がする。

 黄色くないシンプルな悲鳴。

 あとなんかマルに睨まれた。

 ちょっとふざけただけなのに。


「それで、じゃあどうするのよ!」


 若干投げやり気味に声をあげるマル。


「最初にも言ったがとりあえず街に出ていくつか行きたいところがある。スレイン協会の手を借りずとも何とかなるかもしれない」


 何となく怪しい所には検討が付いている。

 それを確認する意味でも少し街を回っておきたい。

 マルを含め反対意見は出ず、俺達は連れ立って街へと繰り出した。

 



■  ◆  ■




 まずはダスラの街を簡単に見て回る。

 街と言うよりは街の人を、だが。

 その結果大半が宿で確認したのと同じように『状態異常:魔物化』を所持していた。

 持っていなかったのはこの街を定住としていないような人達。

 俺達のようにスレイヤーであったり、観光に来てるものであったり。

 そういった人は状態異常になっていない。


 次に双子街のもう片方。

 ナサティラを訪れた。

 宗教が違うとはいえ同じ国で隣同士。

 街並みにこれといって大きな違いは見られない。

 強いて言うなれば街の真ん中に設けられた大きなイーラ神像。

 様々なものを取り込んでいたディルア像とは違い、すっきりとした造形で古代ローマを思わせるような格好のおじさんが佇んでいるだけ。


 そしてこちらの街では状態異常がほぼ見られない。

 定住してるものであっても、外部から訪れたものであっても等しくクリーン。

 魔物化の依頼がダスラの街だけで留められているのも納得だ。


 最後にやって来たのはダスラの街にあるディルア教の教会。

 以前ウェルルックで見た教会、ウェスティ教のものと比べれば随分と質素に見える。

 建物は白をメインとした清廉さのある彩りで、華美な装飾なんかは見当たらない。


「まあ、ここが怪しいわよね」


「ですよね」


 街の散策を経てマルの怒りも収まり、事件解決へと邁進している様子。

 俺の鑑定スキルについてはサーリィに対して口止めしたことで、逆に一定の信憑を得られたようだ。

 『サーリィに甘いあんたが怖い顔してまで止めるんだもの』とはマルの談。

 笑顔って難しいね。

 でもサーリィに甘いって思われるのはちょっと嬉しい。

 これからもどんどん甘やかしていきたいと思う。

 

 教会に来た理由はマルの言う通り怪しいからだ。

 ダスラとナサティラの街を見比べることで状態異常がダスラだけで起きている事がわかった。

 そして二つの街の大きな違いは信仰している宗教。

 とくれば信仰を説き広め、礼拝する場所である教会を怪しむのは道理だろう。

 他にもここに来た理由はあるが、それはまだ二人には話してない。

 自信いっぱいに語って外していたら恥ずかしいもの。


「もしかしたら面倒になるかもしれないから気を抜くなよ」


 人を魔物にするなんて考える輩がここにいる可能性がある。

 犯人が指をさされて逆上するのはどこの世界でもあり得る話だろう。

 心しておくに越したことはない。

 万が一の場合はホームゲートを開いて城まで戻ろう。

 魔物の被害なんて知ったこっちゃない。

 

 二人が俺の言葉に頷いたのを確認して教会の敷地へと入る。

 軽く整備された庭にはいくつもの花や、食べられそうな植物が植えられていた。


 教会の扉自体は開けっぴろげで来るもの拒まずといったスタイル。

 以前入った教会には礼拝者の為の長椅子がずらりと並んでいたが、こちらの教会にはそういったものは見当たらない。

 ステンドグラスなどもなく、代わりに壁にはいくつか絵が掛けられていた。

 奥に神像が飾られている部分だけは同じだ。

 もちろんこちらはディルア像が置かれている。


 見た所、教会内に人影はない。


「誰かいらっしゃいますか?」


 マルの声が教会内に反響する。

 物が少ないせいかよく声が響くようだ。

 そのおかげもあってか神像横の部屋、いわゆる祭具室やサクリスティと呼ばれる場所の扉が開いた。


「すみません少しばかり休憩をしていまして」


 出て来たのは優しそうな細目金髪のイケメン。

 怪しいな。

 もうこいつが犯人でいいだろ。

 ボコボコにしようぜ。

 主に顔を重点的に。


「いえ――」


「いや、こっちこそ休憩中に悪いな」


 マルが対応しようとしたのを制して前に出る。

 俺の方がイケメンだとは思うけれど。

 万が一があってはいけないからな。

 別に顔面で負けてるから焦ってるとかではない。


「教会とはいつでも誰にでも開かれてるものですから。謝罪の必要などありませんよ」


 サーリィと俺の顔を順番に見て笑顔を見せるイケメン。

 誰にでもっていうのが他種族もだと暗に言ってるんだろう。

 この優しさ、怪しい。


 兎にも角にも一度鑑定してみよう。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


ダイン=ジョーンズ 勇者 状態異常:魔物化(30)


才能:{料理}(魔物育成)


スキル:{調理上手、満腹感、多言語理解}


魔法:{下級水魔法、下級火魔法}


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 本当に怪しいなおい。

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