第27話 悪役と神像

 俺達の担当場所はどちらかといえば街の中でもあまり華やかでない場所。

 街の中での位置は左上で、店舗や教会等の施設はあまりなく建物は住宅がメイン。

 そんな場所だからこそ宿も少なく、かろうじて担当区域内に一つだけ存在した。


「いらっしゃいませ、何泊される予定ですか?」


「十日でお願いします。部屋は二人部屋が一つと一人部屋が一つで」


 少し頰の痩けたおじさんにマルが要望を伝える。

 二人部屋って言うのは俺とサーリィだろうか。

 大穴で俺とマルという可能性も。


 マルが会計を済ませている時にふと横を見れば机の上に小さな像が。

 中心となっている人の背中から羽やら尻尾やら草やら武器やら鍬やら。

 様々なものが生えてきている。

 これがディルア教とやらの神像なのだろうか、そう思って見ていたら横から声をかけられた。


「これはね! ディルアさまだよ!」


 話しかけてきたのは幼女。

 少し汚れた茶髪のその子は宿の手伝いをしているのか、箒を手に持っていた。


「そうなのか。俺はディルア様についてよく知らないんだが、詳しく教えてもらってもいいか?」


 しゃがんで目線を合わし、その頭に手を載せる。

 すると幼女は嬉しそうにニッコリと笑って話し始めた。


「いいよ! えーっとねぇ、ディルアさまはいっぱいのかみさまなんだ! それでね、いっぱいのディルアさまは見た目がちがうけど、みんな同じでやさしいの!」


「それはすごいな」


 ニコニコと笑う幼女を撫でながらお話しする。

 これが無料だと言うのだからそんなにすごいことはない。

 日本で知らない幼女に同じことをすればどうなるか。

 防犯ブザーからの保護者通報警察到着逮捕の即死コンボ。


「うんすごいんだよ! だからみんなお家にディルアさまをおいてるの!」


 このディルア様とやらの像はみんな持っているらしい。

 幼女が言うんだから間違いない。

 しかし俺は持ってない。

 由々しき事態だ、今すぐ買わねば。

 どこに売ってるんだディルア像。


「ほらルイン、行くわよ」


 鍵を手に持ったマルが階段前から俺を呼ぶ。

 どうやら泊まる場所は二階にあるらしい。

 もう少しこのレディと話をしてから行きたいが、マルの目つきから察するにそれは許されなさそうだ。

 仕方なく立ち上がり、別れを告げる。


「じゃあまたな」


「うん!」


 ぶんぶんと手を降る幼女。

 なんと可愛いことか。

 どこかの悪漢に誘拐されたりしないか心配になる。

 そうなる前にラークアーゲン城へ連れて行くべきでは。


「ルイン様って、子供好きなんですね。意外でした!」


「別にそんなことはないぞ」


 サーリィはさっきの幼女とのやり取りを見て、子供好きだと判断したんだろう。

 しかし彼女を子供だと言うのは失礼にあたる。

 店の清掃に加え接客までこなしているのだから、立派な大人と称してあげるべきだ。

 つまりは結婚だってできる。


「え? でもさっき凄く優しそうな顔をしてましたよ。珍しく!」


「そうかそうか、珍しく、な?」


「な、なな何で角を握るんですか!?」


「安心しろほら、優しそうな顔をしてるだろ?」


「ひ、ひぃいいいい!」


 サーリィにニッコリと笑いかけると青い顔と共に悲鳴をあげた。

 変装のお陰で少しはマシになったはずなんだが。

 俺の作り笑顔はそんなに下手なんだろうか。

 そこのところ、是非ともマルにも聞いてみたい。


「…………」


 しかし彼女は何かを考えているようで、心ここに在らず。

 その証拠に最後の階段に躓き自慢のおでこを地面にドン。


「へぶっ!?」


「マルちゃん!? だ、大丈夫?」


「いったたた……」


「考え事しながら歩いてるからだ」


「っさいわね! 誰のせいだと思って――」


 マルは何かを言いかけて途中で言葉にブレーキをかけた。

 もしかしてコケたのは俺のせいだと言いたいのか。

 流石にそれは暴論すぎる。


「ほら立て」


 やれやれと手を差し伸べるクールな俺。

 心の中では少女の手を握れると大歓喜。


 マルは俺の手と顔をしばらく見比べた後、観念したように手を差し出した。

 手と手が重なり伝わってくるのは冷たくて硬い感触。

 冷たくて硬い?


「それ部屋の鍵ね。じゃ、夕刻に宿屋の前に集合で」


 そう言ってマルは二人部屋の方へと入っていった。

 俺の手には一人部屋の鍵。

 それをそのままサーリィに手渡す。

 そしてマルが入っていった部屋にイン。


「入ってくるな!」


 すかさず言葉とともに枕が飛んできた。

 どうやら一人部屋は俺が使うらしい。


 み、ミアを呼ぶから別に寂しくなんかないんだい。

 



■  ◆  ■




 日が沈み始めた街中を一人で歩く。

 気温は暑くもなく寒くもなく、建物の間をくぐり抜ける風が気持ち良い程度。

 この世界に季節という概念があるのかはわからないが、日本にいた頃の感覚としては春から夏の間ぐらい。

 食後に散歩するにはうってつけの時期ではなかろうか。


 問題をあげるとすれば一人だという事。

 サーリィもマルも別の場所を散歩、もとい警備している。

 俺たちに仕事として与えられた区域は広くもないが、狭くもない。

 手分けして警備しようと言うマルの真っ当な意見に反する言葉を、俺は持っていなかった。

 念の為と互いの位置を知らせるようなスキル器具も渡されたし。


 このまま一人で夜が明けるまで警備。

 中々辛いのではなかろうか。

 一応宿で少し仮眠を取ってきたとはいえ、あくびが頻繁に出るぐらいには眠い。

 なんかもう何にもないけど、スキル器具を使って二人を呼ぼうかな。

 サーリィとマルが慌てて集合したところで『呼んでみただけ☆』と。

 きっとでこっぱちの少女に死ぬほどどやされる。


 頭の中で色々と考えながらとりあえずふらふら歩き回った。

 どこかで止まって気配の察知に集中する警備方法も考えたが、恐らく十分としないうちに夢の中。

 眠らないためには動き回るしかない。

 せめて何か街に変化があればいいんだが。

 日も沈んで辺りを出歩く人もほぼゼロ。

 暇だ。

 突然家から全裸の女性とか飛び出してこないものか。


「……ッかぁ! う、ぐ、アアッ……」


 そんな事を思っていたら酔っ払いを発見した。

 しかもおっさんだ。

 なんでおっさんなんだ。


「オェエエエエッ!」


 元気よく吐瀉物をゲロゲロリ。

 街の床だって掃除する人がいるんだぞ。

 外ならどこだっていつだって吐いて良いわけじゃない。


 注意してやろうと一歩踏み出したところで俺は腰に手をかけた。

 嫌な予感がする。

 今装備しているのは普段ルインフェルトとして使っている短剣ではなく、ルインとして使う予定の直剣。

 素早くそれを抜き去ると、永遠と口から吐き続ける男の首を撥ねる。

 なんの抵抗もなく頭は胴体から離れ、地面の吐瀉物の中へ落下した。


「アガッ……ぐ、オェエエエエエッ!」


 しかし頭は体から離れても尚、吐き続ける。

 どこからそんな質量はやってくるのかと問いたくなる気持ちを抑え、気持ちの悪い頭部を切り刻んだ。

 

「ア……、アァ……」


 最後に小さく声をあげ、頭部だったものが溶けるように消える。

 それと同時に体も吐瀉物の中へ倒れ込み、煙を上げて消え去った。

 

「……チッ」


 だが残念ながら遅かった様子。

 血の混じった汚物がボコボコと沸き立ちながら姿を変えていく。

 まさか警備担当初日でいきなり当たりを引くとは。

 暇だとは言ったけれど、仕事が欲しいとは言ってないのに。

 それに金髪の受付レディが言っていた、人が魔物にっていうのもバッチリ目撃。

 面倒な予感しかしない。


「アァアア、ア、アアァアアアア……」


 少し待って出来上がったのは色んなところから牙?のような物が生えた筋肉ダルマ。

 大きさは三メートルほどで中々に大きい。

 こうなったら魔物がどんなものか様子を見ようとわざわざ待ったんだが、これは結構ヤバいやつなんじゃないか?

 気配からしてもサーリィやマルが勝てるとは思わない。

 ミアと俺なら楽勝という程度ではあるが。


 一度鑑定してみる。


>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>


人工魔物(力) 魔物


才能:


スキル:


魔法:


<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<<

 

 才能もスキルも魔法もなし。

 魔物はそう言うものだとミアからは聞いている。

 そして名前が『人工魔物』。

 すごく嫌いな名前だ。

 特に人工って部分が最高に面倒そうで最高に嫌い。


「ア……アァアア、アァアアアア!」


「煩い」


 再び直剣を振るって首と胴体をおさらばさせる。

 さらにそこから全身をバラバラに。

 力は感じるものの、聞いてた通り動きは鈍い。

 この状態ならばマル達でも倒せるだろう。

 何故動きが鈍いのかは、精神衛生上あまり考えない方が良いな。

 特にマルやサーリィがそれを考えれば彼女達まで動きが鈍りそうだ。


「……アァ……ァ」


 掠れるような声を最後に魔物は塵となって消え去った。

 その塵もすぐ風に巻き上げられ、赤い石だけがその場に残る。

 魔物から取れるこの石は奇石と呼ばれていて様々な用途があると聞いた。

 それを拾うとなんとなく水で洗ってからポッケにしまう。

 

 さて、すぐに殺したとはいえ物音がなかったわけじゃない。

 人が集まってくる前に退散しよう。

 悪いことをしたわけじゃあないけど、この体になってから騒ぎの中心にいて良いことがあった試しがない。


 泊まっている宿の近くまで移動して、そこで渡されたスキル器具を使った。

 流石に今の出来事は共有しておいたほうがいいだろう。

 コンパスみたいな物の中心に赤いランプがついており、使ったことでそのランプがチカチカと点滅している。

 マルはアイテムボックスに代わるような鞄型のスキル器具も持ってたし。

 伯爵令嬢の力と言うやつか。

 俺も伯爵家の力で囲われたい。


 彼女達を待つ間、俺も少し動いて宿まで戻ってきた。

 ここなら二人もわかりやすいだろう。

 そっと明かりの落ちた宿内を見れば受付でおじさんが眠っている。

 横には例のディルア像。

 俺は起こさないように忍び足で近づき、ディルア像を持って再び外に出た。

 盗んだわけではない、無断で借りただけ。


 アイテムボックスから石材を取り出す。

 石材というかただの石だけど。

 白っぽくてそれなりに似た色合い。

 待ってる間の暇つぶしにこれとスキルでディルア像を作るんだ。

 幼女がみんな持ってるって言ってたのに、俺が持ってないなんて許されない。


「その場凌ぎ」


 スキルが発動して手に持っていた石が粘土のように形を変えていく。

 『その場凌ぎ』は最低限の素材で最低限の物を作るスキル。

 ならばと今回は少し使い方を考えて、『最低限』の底上げをしてみる。

 『最低限のディルア像』を作るのではなく、『最低限この石像と同じぐらいのディルア像』を作るように、と。


 似てるようで今言った二つは違う。

 前者だと最低限ディルア像だとわかるような物が出来上がるだろう。

 対して後者はより高みのディルア像を作ると志し、その最低限を目の前にある石像と指定する。

 結果として『最低限』の底上げが為され、マシなものができる、はずだ。


「悪くない出来……だよな?」


 俺の読みは当たったようで、宿にあった物に見劣りしない神像が出来た。

 これで俺も幼女が言うみんなに入れたということ。

 つまりは恋愛対象にインしたと言っても過言ではない。

 なんと嬉しいことか。

 自然と神像を持つ手にも力が入る。

 するとぺキッと音が。

 ヤバい何か折ったかもしれない。

 すかさず宿屋の神像を確認すれば、首が折れて中から赤い液体が。


 ぎゃあああああ呪いの神像ううううう!


 驚きと恐怖で像を地面に叩きつける。

 石で出来た像を石畳に投げればどうなるか。

 結果はもちろん粉々。


 びっくりして咄嗟に投げ捨てたけどこれはまずいな。

 人に見られる前に早く破片を片付けよう。

 そう思っていたところで後ろから声がかかる。

 

「何かありました……か?」


「何かあったの……ってこれ……」


 息を切らした二人がほぼ同時に到着。

 スキル器具を使うのは緊急時だけ、と言っていたので急いで来たのだろう。

 そうして到着した現場には、幼女が大切そうにしてた石像の変わり果てた姿と悪党。

 当然サーリィは悲しそうな、マルは軽蔑するような目でこちらをみる。

 

 ち、違うんだ俺はやってない。


 

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