第26話 悪役への依頼

 一週間の移動を経て、俺たちは国境に着いた。

 そして依頼通行証と『赤白き解放者』のスレイヤー証を見せて無事通過。

 さらに一日歩き続け、やっと目的の双子街ナサティダスに到着した。


「スレイヤーの方々ですか? スレイヤー証をお願いします」


「はいこれ」


 街の入り口でマルがスレイヤー証を取り出して男へと渡す。

 男はカード型のそれを横に置いていた台座に置き、何かを操作。

 マルも使っていたスキル器具というやつだろう。

 何も問題なかったのか、すぐにカードはマルへと返された。


「お連れの方も提示だけお願いできますか?」


「これでいいか?」


 言われるがままにスレイヤー証を取り出して見せる。

 そこには『赤白き解放者』のスレイヤーであることを示す、白地に赤で書かれた少女の紋章が書かれていた。


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 本当に提示だけでいいようだ。

 随分と緩い気がするけれど、街に入る審査としてはこんなものが妥当か。


 ちなみにサーリィはスレイヤー証を持っていない。

 何を隠そう彼女は俺の奴隷なのだ。

 正直ちょっと忘れかけてたけど。

 接し方としてはミアとも全く変わらないし。

 完全に肩書きだけの奴隷。


 なら解放してあげればいいじゃないかと思うかもしれないが、そうはいかない。

 大金を叩いて買ったからとか、色々と秘密を知られたからとか。

 そんな下らない理由で彼女を縛ってるわけじゃなく。

 ただエロいことがしたいから。

 そんな真剣な訳があってのこと。

 

 というわけでサーリィはスレイヤー証がなくとも、俺のお供として入ることができる。

 幻身で見た目を偽ってスレイヤー証を獲得することも考えたが、今回は見送りにしていた。


「ナサティダスに来られるのは初めてですか?」


「ええ初めてよ」


「この入り口を入って右がナサティラ、左がダスラの街になってますのでお間違えなく」


 双子街ナサティダスは元々、ナサティラとダスラという二つの街が隣接しているだけだった。

 それが色々あって今は一つの街になったらしいが、元は別物というだけあって多少と言えない差が存在する。

 一番大きいのは宗教が違うこと。

 ナサティラはイーラ教、ダスラはディルア教を街全体で信仰していた。

 どんな宗教なのか、というところまでは知らない。


「スレイン協会があるのはどっち?」


「どちらにもありますよ。昔の名残ってやつです」


「そう、じゃあとりあえずナサティラに行ってみるわ。ありがとう」


「いえいえ、イーラ様のお導きがありますように」


 男はイーラ教だったのかその祈りを受けつつ別れる。

 マスターという立場があってのことだが、マルが全てのやり取りをこなしてくれるのは楽でいいな。

 このままヒモになりたい。

 伯爵家に婿入りしたい。


 街中に入ってみると確かに街は二分されていた。

 とはいっても壁があるわけではなく、間に一本の道が通っておりそれによって二つの街が分けられているようだ。

 道の両サイドには街灯が一定間隔で並んでおり、何らかのマークが描かれた旗も吊るされていた。


「まさかスレイン協会が一つの街に二つもあるなんてね……これはどっちからの依頼なのかしら」


 依頼書をぐぐっと顔に近づけて顰めっ面のマル。

 眉間に寄ったシワがとってもチャーミング。

 スレイン証をシワにスキャンしてあげたい。


「書いてないのか?」


「さっきも確認したけどやっぱりナサティダスからの依頼、としか書いてないわね」


 マルが依頼書を渡してくる。

 自分でも見てみろってことだろう。

 それを受け取りそのままサーリィへとパス。

 するとマルにキッと睨まれた。

 違うんだ怠ってるわけじゃなくて文字が読めないんだ。

 

「ここに書いてあるマークって、あれじゃないですか?」


 依頼書の隅っこには確かに変わったマークが。

 いくつもの黒丸が惑星のような配置で描かれている。

 そしてサーリィが指をさす先、左側の街灯につけられた旗にも確かに同じマークが。


「確かに同じ、ね。枠内の文字ばっかり見て枠外はちゃんと見てなかったわ……。危うく間違った街に行くところだった、ありがとう!」


「どういたしまして」


「……あなたは何もして無いでしょ。サーリィに言ったのよサーリィに」


 マルになんだコイツという目で見られる。

 サーリィに手渡すという大役を務めたのは俺なのに。

 俺以外が渡していたらサーリィは依頼書をビリビリに破いて、ムシャムシャしていただろう。

 サーリィ怖い。


「じゃあ入り口で言ったのとは逆になるけど、ダスラの方へ向かいましょ」


 同じマークが書かれていたのは左側。

 ディルア教のダスラだ。

 俺たちは途中で道を尋ねつつ、スレイン協会を目指した。


「ルイン、前も言ったけれど絶対余計なことはしないでよ? 何か問題を起こしてこれ以上ランクアップが遠のくわけにはいかないんだから」


 スレイン協会前でマルに釘を刺される。

 この一週間共に行動してわかったが彼女はどうしてもスレインのランクがあげたいらしい。

 まあ上位になれば色々と特典があるらしいし、おかしなことでは無いか。


「わかってるわかってる。別に今までだって何の問題も起こしてないだろ」


「そうですよマルちゃん。ルイン様をもっと信用してください」


「ふんっ、中身を知ってるんだから信用なんてするもんですか」


 吐き捨てるようにそう言うと、マルは協会へと入っていった。

 中身というのはルインフェルトであるということか、それとも内面的なものを指しているのか。

 どっちもという可能性もある。

 

 どうすれば彼女に信用してもらえるのか。

 どうすれば彼女と結婚できるのか。

 そんな難題を考えつつ俺も協会の中へと続く。


 協会内は二つに分けられていた。

 受付エリアと掲示板エリア。

 前者はカウンターの向こう側に受付担当者が並んでおり、依頼の提出、受注、各種相談のためのエリア。

 後者は文字通り掲示板が置いてあって依頼が貼られているエリア。

 少し先に入ったマルがすでに受付エリアに向かっているので、俺もそのお尻を追いかける。


「本日はどう言ったご用件ですか?」


「この依頼を受けて来たの。でこっちがスレイヤー証ね」


 マルが受付嬢に依頼書とスレイヤー証を渡す。

 受付嬢は金色の髪を後ろで一つに纏めた美人のお姉さん。

 俺も何か受け付けてもらいたい。


「……確認しました。では別室で詳しい話をしますね」


 カウンターから出てきた受付嬢に付いて応接室へ。

 マルがソファの中央に座り、そのサイドを固める形で俺とサーリィが着席。

 するとマルがすごく嫌そうな顔でこちらを見た。

 もしや奴隷を隣に座らせるなんて、的なことだろうか。

 残念ながらそれは諦めてほしいサーリィを下手に扱うつもりはないのだ。


「それでは依頼と現状の説明をさせて頂きますね。もし質問があれば都度聞いていただければ」


 そういって金髪レディは依頼の説明を始めた。


 まずは俺たちが受けた依頼の確認。

 街中に突如現れる魔物の対処、及びそれに備えた警備。

 それが今回受けた依頼だ。

 期間としては十日で、途中で原因が判明し解消されたと判断が下ればそこで終了。

 魔物の出没はこちら側の街、つまりダスラのみで起きているらしく警備も片側の街のみ。


 ちなみに魔物とは生物の理に反する物。

 生殖せず、ただどこからか現れ、生き物を殺す物。

 それが魔物だとミアに聞いた。


「ここまではいいですか?」


「警備ってのは他のスレインも参加してたりするのか? 見ての通り俺達は三人しかいないからどう考えても人手が足りてないと思うんだが」


 ダスラの街は小さくない。

 この前までいたウェルルックの街と同じぐらいはある。

 俺達が受けれた依頼としてはどう考えても規模が大きい。

 マルも同じことを思ったのか特に口を挟むこともなく、問いの答えを待っていた。


「スレインとしての参加は『赤白き解放者』様だけですね。ですがもちろん街の衛兵達も巡回を強化してますし、今の所は大きな被害も出ていません」


「街中で突然現れるのに被害が出てないっていうのは……?」

 

 マルが疑問を口にする。


「現れた魔物は皆動きが鈍くて、被害が出る前にすぐ討伐されるんです」


 突然現れるのは厄介だが弱いからそこまで重要視されてないと。

 だからこそ俺達でも依頼を受けれたんだろう。

 衛兵でもなんとかできるけど、形としてスレインにも依頼することでしっかりと対応してますよ、とアピールでもしたいのかもしれない。

 それにしても少し軽視しすぎな気もするが。


「なるほど……」


「続きをお話ししても?」


「ええ、お願いします」


 そこからより具体的な話を聞く。

 まず警備は街全体でなく、一部の区画を担当して欲しいとのこと。

 そのほかは衛兵がカバーするらしい。

 そして魔物が自分の区画に現れた場合はその対処と報告を。

 他の区画に出た場合はそのまま衛兵に任せて自分たちは持ち場に待機。

 もし増援が必要な場合は別途連絡をすると。

 また魔物が出たのは今のところ全て夜で、昼間は多少担当場所から動いてもいいらしい。


 そこまで説明をした後、金髪受付嬢は口籠もる様子を見せた。

 何かを伝えるかどうか迷っているようだ。

 数秒沈黙が続いた後、前かがみになり顔をこちらへと近づけてくる。

 ちらりと見える胸元がエロい。

 マルも同じことを思ったのかバッとこちらへ顔を向ける。

 『今の見た!? まじやばくない!? やばいやばいマジで!』と言ってるようだ。

 はしゃいじゃって、愛い奴め。


「ここから話すのは不確定の情報なんですが」


 その前おきに対して俺が頷き、遅れてマルも首を縦に振った。


「街に出た魔物は元は住人だった、という声がわずかですが上がってるんです」


「なっ!? 人が魔物になるなんてそんなわけ――」


「不確定な情報だって言ってるだろ。落ち着け」


 ソファから立ち上がろうとしたマルの肩を掴んで止める。

 うちのマルちゃんは感情が豊かなもんで。

 すぐぷりぷり怒り出すんです。

 でも悪い子じゃないんで許してあげてください。


「……ふんっ。ごめんなさい続けて」


 不機嫌そうな鼻息は俺に対して、謝罪は受付嬢に対して。


「はい。どうやら今まで出た魔物の数と、最近の失踪者の数が一致していることでそんな噂が流れたようです」


「魔物に食われたとか、そう言う可能性は?」


「何言ってるのよ、魔物は何かを食べたりなんてしないでしょ」


 チラリと奥に見えるサーリィに目をやるとコクコクと物凄く頷いていた。

 どうやら常識を踏み外したらしい。

 適当にごまかそう。


「そう、だったな。俺も話を聞いて動揺してたらしい」


「ふんっ、落ち着いてないのはどっちよ」


 先程の仕返しとばかりにそう口にするでこっぱちの少女。

 やり返せて嬉しいのか少し口元が綻んでいる。

 その生意気な感じ、お兄さん嫌いじゃないぜ。


 受付嬢の話は最後に「そう言う噂もあると頭の片隅に入れておいてください」と言われて終わった。

 俺たちは応接室を出て、そのまま協会も後にする。


 次に向かったのは警備の担当とされる地区。

 そこで周辺状況の確認と宿の確保をする予定だ。

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