第11話 悪役の尋問

 二天通りの場所がわからずうろうろしてしまったがなんとか到着することができた。

 サーリィに聞けばよかったのかもしれないが、『行くぞ』って自分から言い出した手前どこに行くのかを聞くのはためらわれたのだ。

 そんな恥をルインフェルト先輩に着せるわけにもいけないしな。

 あくまでルインフェルト先輩の体裁を気にしてのうろうろだったのだ。


 二天通りは宿屋街のようだった。

 ラブホが立ち並ぶような通りだったら奴隷売りをどうしていたかわからないな。

 きっと抱きついて金貨の一、二枚渡していただろう。

 そういう配慮がないからあいつは出世出来んのだ。


「それなりに安くて評判の良い宿とかわかるか?」


「は、はいぃ!」 


 ただ聞いただけなのにこの世の終わりみたいな顔をしている。

 返事だけはいい。

 けど涙をぽろぽろ落としながら辺りをキョロキョロするのはやめてくれ。

 わからないならわからないって言えば良いのに。

 そんなに必死になって見回しても外観じゃ評判とか値段とか判断できないだろう。


 案の定すれ違う人たちからの視線がやばい。

 いくら奴隷とはいえ、可愛い子が往来で泣いていたら気になるのは当然だろう。

 そしてその横にいる俺への目つきが鋭くなるのもだ。


 美人が泣いている姿というのもぐっとくるものがあるが、万が一にもここで誰かに顔バレでもすればこの街にいられなくなる。

 俺はとりあえず近い宿屋に入ることにした。


「ここにするぞ」


 腕を掴んで泣いている少女を強引に宿へと引っ張っていく。

 字面だけみれば完全にアウトだな。

 ルインフェルト先輩、俺も立派な強姦魔になりました。

 これで目標達成ですね。


「いらっしゃい! 食事かい? 宿泊かい?」


 人の良さそうなおじさんが出迎えてくれた。

 ただし髪の毛はバーコードだ。

 サーリィの泣き顔を見られるとややこしそうなので前に出て隠しておく。


「宿泊だ、二人部屋を頼む」


「二人分ね、そちらのお連れさんは奴隷?」


「それがどうかしたか?」


 奴隷だと何か不都合があるのだろうか。

 『うちのような格式の高いところは奴隷はうけつけない!』とか言い出すんじゃないだろうな。

 人が良さそうなのは見た目だけってか。

 あれ、そういえばサーリィは俺の体で隠れてよく見えないはずだし、見た目も服装も普通の少女だ。

 なのに何で奴隷だってわかったんだ?


「いや、珍しいと思ってね」


「あ?」


 おっさんの言いたいことが見えてこない。

 何が珍しいのか。

 バーコードはげのことだろうか。

 自分の髪型自慢は他所でやって欲しい。


「すまん、なんでもないんだ。二人部屋だね、1泊2000タリルだけど何泊する?」


 出たな『タリル』。

 物価もわからないから高いのか安いのかがわからん。

 サーリィの様子を見てみるか。

 後ろを振り向く。


「ひっ」


 怯えている。

 これは値段が高すぎるということ……?

 じゃないですね。

 彼女の表情は怯え一択すぎて参考にならない。

 しょうがない、とりあえず銀貨を出してみるか。


「これで泊まれるだけ頼む」


 銀貨を1枚置いた。

 これで足りなかったら恥ずかしいことこの上ないな。

 彼女の手前、そんなことにはなってほしくない。


「じゃあ5泊だね。食事はついてないけど、泊まっている間はここの食堂を半額にするから是非食べに来てくれ」


 よし、なんとかなったようだ。

 銀貨1枚で5泊。

 1泊2000タリルってことは銀貨1枚の価値が1万タリルということか。

 これは大きな進歩だな。


「じゃあこれが鍵ね。二階の奥から三番目の部屋だ。失くさないようにだけ頼むよ」


「あいよ」


 鍵を受け取り部屋の方へと歩く。

 廊下には俺とサーリィの足音だけが響いた。

 その音から振り向かなくても彼女が俺から少し離れて歩いていることがわかる。

 いつか手をつないで歩けるような日が来たりするのだろうか。


「ここか」


 鍵に書いてある文字とドアに書いてある文字を見比べて確認する。

 読めはしないけど同じだってことはわかった。

 鍵穴に入れて回すとガチャリと小気味の良い音が耳に届く。


 部屋の内装はシンプルだった。

 ベッドが二つ置いてあるだけ。

 それ以外には机と椅子が二つ。

 もちろんテレビも冷蔵庫もない。

 文明レベル的に存在すらしていないだろう。

 

「ふぅ……疲れた」


 俺はベッドに腰を下ろした。

 よく考えれば久々の休息ではないだろうか。

 森でも気を抜いていたとはいえお世辞にもゆったりできたとは言えない。

 そう思うとベッドにかける体重も増す。


「お前もどこかに座れ」


「ありがっ、とうございます」


 声を詰まらせながらもお礼をいったサーリィは迷うことなく俺の前の床に着席した。

 正座である。

 そんなところに座ったら折角似合ってる服が汚れるんじゃないか?


「床に座ったら服が汚れるだろ」


「そ、そそうですよね! すみませんでしたすぐ脱ぎます!」


 よしグッジョブ俺。

 じゃない、なんでそんな発想になるんだ。

 初め見たときは賢そうな娘に見えたのに実は結構アホの娘なのか?

 涙目で脱ぐ彼女を惜しみながらも止める。


「いや、脱がなくて良いから他のところに座れ」


「他のところ……ですか?」


 あわあわと声が聞こえてきそうなくらい焦りながら、サーリィは他の候補を探して視線を彷徨わせている。

 この世界では椅子に座らない文化でもあるのだろうか。

 そんなわけがない。

 奴隷売りに何を吹き込まれたのか知らないがビビりすぎだろ。


「もういい、これでも下に敷いてろ」


「わぶっ」


 枕を彼女に向かって投げた。

 それを顔面でナイスキャッチする。

 ずるりとすべりおちた枕には涙やら鼻水がたっぷりついていた。

 おい、それ俺の枕なんだけど。

 交換は許さないからな?

 俺の枕だからな?


 腕で枕を抱きしめたサーリィは小さな声で「死ぬかと思ったぁ……」とつぶやいていた。

 お前の頭は豆腐か何かでできてるの?

 枕ごときで死んでたまるか。

 

 その後も渋る彼女を何とか説得して枕を座布団にさせる。

 説得と脅迫の違いってよくわからないよね。

 とりあえずこれで本題には入れる。

 この世界について色々と質問していこう。


「お前に聞きたいことがたくさんある。この世界における常識なんかも聞くが何も考えずに答えろ」


「はい! ……死にたくないから死ぬ気で答える死にたくないから死ぬ気で答える……」


 後半のつぶやき全部聞こえてるんですけど。

 別にそんな無理難題を聞くつもりなんかない。

 適当にエロいことでも考えながらリラックスしてていいのに。


「わからないことにはわからないで構わない。ただ適当なことを答えるのだけはやめろ」


 口からでまかせを掴まされも困る。

 俺はこの世界では赤子も同然。

 教えられたことをなんでも信じてしまうのだ。

 この世界の人は服を着ないと言われたら素っ裸で外を歩くし、勇者は包茎だと言われたら大声でそのことをふれ回ってしまう。

 それぐらいに純粋無垢なのである。


 サーリィは俯いて何かを唱えながら震えていたが特に気にせず質問を始めた。


「まずこの世界の名前は?」


「ダリルネスです」


「この街の名前はウェルルックであってるか?」


「はいっ」


「この世界にはどんな種族がいる?」


「大まかに分けては人族、獣族、魔族、長耳族の四種ですがその中でも色々と別れています」


「それぞれの種族の関係は?」


「獣族と長耳族は昔から友好関係にあります。魔族と長耳族は近年融和しようと歩み寄っていますがまだ溝が深く仲が悪いです」


「ほう、人族は?」


「ひ、人族はその……」


 案外すらすらと欲しい情報を話してくれていた彼女の口が止まった。

 白い肌の中にある赤い唇がエロい。

 彼女の唇がエロいことと言葉につまったことに何か関係があるのだろうか。

 

 ないな。


「良いから事実だけを話せ」


「は、はい! えっと人族は他の三種族すべてから嫌われています」


 おおふ。

 だめじゃないか人族。

 何をやらかしたんだよ。

 まさかルインフェルト先輩が人族だからとかいうオチはないだろうな。


「なぜそんな状況になってるんだ?」


「それは、その。人族だけが……奴隷という制度を持っているからですっ」


「……なるほどな」


 まさに今の現状がその原因だった。

 他種族を奴隷として売っぱらってる。

 そりゃあ種族間の仲も悪くなるだろう。

 ということはこの街にいた他種族は全て奴隷ってことか。

 なら先ほど宿屋のおっさんがサーリィを一目見て奴隷だとわかった理由にもなる。

 人族じゃなければ皆奴隷なのだから。


「で、ですが! 私はルインフェルト様に買っていただき本当に嬉しく思っていてっ!」


 そうかそうか、嬉しいか。

 でもそういうことはもう少し感情が隠せるようになってから言って欲しい。

 そんな死んだ目で言っても騙せないからな?

 嘘というのは事実以上に心をえぐるものだ。


「はぁ、次の質問だ。ステータス画面って知ってるよな?」


「はい、神の像がある前でお願いすれば見ることができる自分の情報が書かれたものです」


 神の像の前で?

 普通はステータス画面って開けないのか。

 じゃあなんで俺は開けるんだ。

 目利きあたりの才能のおかげだろうか。

 もしくは勇者の特典とか。


「ステータス画面に表示されるのは名前と種族、才能にスキル、そして魔法であってるか?」


「はいっ」


 表記の内容は俺が普段見てるものとかわらないようだ。

 ならわざわざ神の像とやらを探す必要もないな。

 質問を続けよう。


「才能っていうのはなんだ?」


「さ、才能は神から与えられる適性です。十歳になった時に神の像の前で祈ることで開花させることができます」


「は? 十歳以降に才能が開花することはないのか?」


「ひっ、ごめんなさい! 伝説ではあるそうですが普通ではありえません!」


 驚きで少し声に凄みが出てたようだ。

 なるほど、才能にそんなルールがあったとは。

 だから幼女に才能をもってるものが少なかったんだな。

 逆に持っていた娘たちも皆、開花前だった気がする。


「開花する才能の数は個人によって違うのか?」


「いえ、才能は一人につき最大で一つまでです」


「……それ以外の前例は?」


「き、聞いたことがないですごめんなさいすみません殺さないでください!」


 この程度で殺してたら俺もう人とお話しできないんですけど。

 それともルインフェルト先輩はそこまでだったのか?

 もっと自重してほしかった。


 しかし才能は普通一つまで、か。

 もともと俺とルインフェルトが合わさって今があるのだからそれぞれの才能で二つ。

 さらにスキルによって開花させて四つ。

 うむ、この辺は隠しておいたほうがよさそうだな。


 その後魔法についても聞いてみたが、残念ながら土属性の魔法しかわからないらしい。

 まあ常に戦闘に身を置いているものならともかく、使えない属性の魔法の名前なんて普通覚えてないよな。

 ちなみに聖属性と魔属性の魔法については推測通り才能がないと使えないらしい。

 さらに人族はそのどちらの才能を得ることもできないようだ。

 彼女を選んで良かった。


 次はルインフェルト自身のことや勇者について聞いてみよう。

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