神は中世風世界に勇者を転生させるようです

こうがしゃ

神は中世風世界に勇者を転生させるようです

 神界の一角で、中世風世界を担当する神が伝令から報告を受けていた。


「報告いたします、かの地に転生させました勇者は、

 窓から降ってきた排泄物をまともに浴び、

 そのせいで発狂いたしまして、現在あてどもなくさまよっているとのことです!」


 その報告を聞いた神は、悟りきったような顔でこう告げた。


「ふむ、衛生概念がこうも違ってくると、

 その違いに戸惑う勇者も出てくるものよの。

 仕方ない、次の勇者に期待するかのう」

「はっ! では次の勇者候補を探してまいります! 

 幸い候補はいくらでもいますので、それほど手間にはなりません! 」

「よろしい、次の勇者を転生させて、この世界を救わせるのじゃ。

 それを望む者も多いのだからな」


 神はそう言って、自らの担当する世界の観察に戻った。



 翌日、神は新たな報告を伝令から受けていた。


「報告いたします、かの地に送られた勇者は、追放された女性に親切にしたところ、

 その身以外何も持たない女性に肉体関係を持ちかけられ、

 現在非常に戸惑っております! 」

「なるほどそう来たか……、貞操概念が強いからのぅ現代人とやらは。

 仕方あるまい、我が神託を送って助けよう」

「お手数をおかけします」

「よいよい、送られた勇者をできるだけ手助けするのも神の務めよ」


 そう言って神は勇者に神託を送った。


『勇者よ聞こえておるか、抱いてしまえばよい。

 かのおなごはその身以外何も持たぬ。

 何? 旅で垢まみれの女性など抱く気にならないからなんとかしろ?

 それもそうよの、よしここは無償の愛を説いて切り抜けるがよい』


 しばらくして、伝令が神に尋ねた。


「今の勇者はどうなりましたか?」


 神はあきれたような顔をしてこう返答した。


「ううむ、無償の愛を説いて抱くのを拒否させようとしたが、

 女性の方が抱くことこそ無償の愛と言ってしまって、

 勇者を押し倒してしまったのじゃ。

 これが傷にならなければよいが……」

「お察しします……」


 神の苦悩は深い、そのことを伝令は今までの報告から察していた。



 翌日、新たに伝令が神に報告にやってきた。その表情はまた暗かった。


「報告いたします神よ。新たな勇者は騎士の家に生まれ、

 すくすくと成長いたしましたが、

 初陣で叛徒に銃撃され、命を落としたとのことです!」


 その報告に神は驚きもせずに返答した。


「おそらくフス戦争辺りのドイツ騎士団のような組織にでも入団したのじゃな、

 そして銃で撃たれたと。

 中世とはいえ銃が無い訳ではないからのう、

 その辺りを誤解している者も多いのじゃろう。

 人間は戦争になれば何だってできるのじゃ」

「まっこと人間というのは恐ろしいものです」

「同じ人間とはいえ、人間の想像力を甘く見積もったツケではあるな。

 次の勇者にはもっと慎重な者を喚ぶべきか」

「ではそのように」


 伝令は新たな勇者候補を探し出しに神のところから下がっていった。



 別の日に、伝令は世のはかなさを悟ったような顔でやってきた。


「報告いたします! 地道に隊商の護衛からやると意気込んだ勇者が、

 騎士のフェーデによる襲撃に巻き込まれ死んでしまいました!」

「騎士すら守るべき民をフェーデという建前を使って襲う時代じゃからのう、

 まっこと度し難い世じゃのう」

「地道に始めようとしてこれ、ですからね」

「うむ、仕方ない、次の勇者を探そうか」


 

 新たな報告を抱え、伝令が神の元へとやってきた。


「報告いたします! 

 かの世界の日本のような地域に送り出した勇者が、

 反逆の疑いで一族ごと幕府に滅ぼされました!」

「鎌倉辺りの史書には族滅という言葉が平気で出てくるからのう。

 血の気の多い世界を望んだのは勇者とは言え、残酷なものじゃ……」

「中世の日本のような地域は危険でございますな」

「うむ、では次はもっと時代の下った世界に送ってやろう、

 さすれば族滅などということはあるまい」

「さっそく手配いたします」



 そして翌日、伝令は苦虫をかみつぶしたような顔で報告にやってきた。


「報告いたします! 

 応仁の乱のような出来事が起こりかけている時代に勇者を送ったところ、

 あまりの複雑さに勇者が世をはかなんで出家いたしました!」


 神はあきれた顔もせずに無表情にこう返した。


「現実の応仁の乱でも筒井も畠山も斯波も分裂しておるからのう、

 しかも乱が始まる前にじゃ。

 あまりの混沌ぶりに現代人が混乱しても仕方ないといったところか」

「やはり中世日本のような地域は難しいですか、

 まだ戦国時代のような時期の方が分かりやすいでしょうか?」

「かといって戦国のような時代でもお家騒動は普通にあるからのう、仕方ない、

 日本のような地域はしばらく離れてまた欧州のような地域に勇者を送るのじゃ」

「承知いたしました」



 翌日、また伝令は苦味走った顔で神へと報告に上がった。


「報告いたします! 

 勇者が村で感染症にかかった村人を焼かれるところから救ったところ、

 村が感染症で全滅して、現在悪魔として追われています! 」

「人道主義も時と場合によるということじゃな。

 感染症にかかってしまった場合、

 有効な対策が取れないとなれば患者を焼いてしまうのも、

 仕方ないにしろ取れる手段ではあるというのにのう」

「まっこと価値観の違いというものは色々問題を発生させてしまうようでして……」

「構わぬ、その位違ってなければ一般人として埋もれてしまうわい、

 勇者というのであれば、

 現地人に埋もれてしまうような者であっては意味がない」

「かしこまりました、では次の勇者を探してまいります」

「頼んだぞ」



 またある日、伝令は残念がった顔で神へと報告した。


「報告いたします、

 今度の勇者は麦角の混入したパンを食べて手足が腐り落ちてしまいました! 」


 神は驚いて返答した。


「ううむ! 麦角が発生しおったか、この地にはしばらく勇者は飛ばせぬな。

 新たな候補地を探さねばならぬ。次の勇者を送るのはしばらく待とうか」

「了解いたしました。ではじっくりと候補を選んでまいります」

「まったく中世のような世界は地獄じゃのう」

「左様でございますね」



 珍しいことに、この日の伝令は笑いを堪えつつ報告を行った。


「報告いたします神よ、

 とても信じられませんが、勇者が雨の日に出歩こうとしたところ、

 滑って転んで後頭部を強く打って死んでしまいました、

 よほどの間抜けでございますな」


 だが神は笑うことなくこう言った。


「仕方あるまい、あの時代にはゴムは無いのじゃ。

 そもそもゴムで出来た靴底なぞ、

 誕生自体が19世紀の話じゃ、

 その上普及はそれこそ20世紀にまでならないと無理じゃ。

 ということで靴底は革か、革に鉄の鋲を打ったとても滑りやすい靴しかない。

 それに慣れぬ勇者が転んでしまってもおかしくはないのじゃ」

「そうでありましたか! 私の不見識を恥じます! 

 では次の勇者はどのようにいたしましょう」

「うむ、しかし勇者となる者は現代日本位しかいないからのう、

 そこで捜す限りは今までと変わらぬ、当たるまで待つしかあるまい」

「そうでありますな。では次の勇者を探してまいります」

「頼んだ。担当世界が救われねば話にならぬからのう」



 次の日、伝令は喜びを満面に浮かべて神へと報告した。


「報告いたします! 勇者が異世界のスルタンに接触し、

 巨砲の作成を提案し、受け入れられました! 

 これでスルタンによる世界統一の第一歩が達成されたかと! 」

「うむ、でかした! これでかの世界の救済が始まる。

 今まで勇者を送ってきた甲斐もあったものじゃ」

「はい、これで今まで死んでいった勇者も浮かばれましょう」

「そうじゃの、次の輪廻転生でもうまく生きられるじゃろう、

 よし、経過を観察する、

 お前はいざという時勇者を助けられるよう、いつでも待機しておけ」

「了解いたしました!」


 また伝令はうきうきとした足取りで報告に上がった。


「報告いたします、今度は勇者が船を陸上で移動させ、

 ガレー船を金角湾に突入させました!

 素晴らしい成果です! 」

「ほう、この度の勇者は一味違うのう、

 これで世界統一が為され、平和が訪れればよいが」

「きっと上手くいくかと思われます! 」

「期待していいじゃろうな」


 後日訪れた伝令はいかにも落ち込んでいた風だった。


「報告いたします、かの勇者の進言により、

 スルタンはかの町を陥落させることに成功いたしました。

 ただその後、宮中の権力争いに敗れて失脚し、処刑されました」

「うむむ、かの国はスルタンと、

 それ以外の奴隷という政治体制であるからのう、

 権力争いに巻き込まれればそうもなるか

 しかし惜しいのぅ、巨砲はかの地の技術で十分作成可能じゃったし、

 船を陸上移動させるのはその15年前に共和国がやっておったことなのにのう

 全く権力争いに負けてしまうとはついておらん……」

「はい、ですが残念です、これで世界が統一されれば、

 かの世界は救済されて、一段高い世界へと昇ることが可能だったんですが」

「そう落ち込むな、世界が一段上がるなどということはそうそう無いしのう。

 我々神が勇者を転生させるなどという迂遠な方法を取っている以上、

 正直宝くじが当たるのを待っているようなものじゃ」

「直接介入は、いえ、失礼いたしました」

「よい。ルールは守らねばならないからのう、済まないが次の勇者を頼むわい」

「はい、では早速」


 伝令は駆け足で、新たな勇者候補へとお告げを告げに走った。

 この無限勇者転生が終わるのは、一体いつになるのかと自問しながら。

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