バーデンの助太刀

「これは、まずい」

 裕司は心の中で呟く。もしかしたら魔法が……

「理由などあとだ。とにかく今は体制を立て直さなければ」

 声を掛けて、剣を背中にしまう。


「耕輔。一旦引こう」

 クラクを引きずっている耕輔を加勢してその場を離れようとする。

 魔物は三人に片側の二つの目を向けるとのそりと近寄ってくる。目には余裕の光が浮かんでいた。


「動けない人間を引きずるのがこんなに重いとは」

 呟きながらもクラクを一所懸命引きずっていく。

 耕輔も時々、魔物の鼻面に雷撃のカーテンを作るがちょっとの足止めぐらいにかならなかった。


 魔物は余裕でゆっくりと近づいてくる。クラクも少しは動けるようになっているものの肩を支えながらではとても逃げきれない。あと三mくらいになっていよいよ覚悟を決めようとしたその時、聞き覚えのある叫びと共に魔物の咆哮が上がった。さっきまでと声色が違う。


 肩越しに振り返るとバーデンが、槍を魔物の横っ腹に突き立てていた。バーデンの槍は魔物の鱗に覆われた体に突き刺さっている。


「バーデンの槍は効いている。

 もしかしたら」

 祐司は、耕輔にクラクをたくしてバーデンに駆け寄った。

「バーデン!剣はないか⁈」

「おう!ほらよ」


 祐司はバーデンが投げてきた腰の剣を空中で受け止め、つかを握り絞め着地する。足が滑り転びそうになるが鍛えたバランス感覚で立て直し、振り向きざまに魔物に切りつける。剣は鱗を割いて真っ黒い血が飛び散るが、鱗と粘液のせいで深手にはならない。


 魔物の悲鳴のような咆哮が上がる。尾を振り回し反撃をしてきた。

「ぐわっ」

 バーデンは足元を土砂ごと払われて吹っ飛んでいく。

「おおう」


 祐司は尾の攻撃が届く前に、重力制御魔法で三メートル以上飛び上がり落下の勢いでそのまま切りつける。そこを払った尾の返しの一振りが襲いかかった。かろうじて剣で防ぐがそのまま勢いで弾き飛ばされてしまう。

 重力制御魔法でバランスを取り着地する。と同時に慣性制御魔法で瞬間的に近寄り、慣性を戻すと同時に切り掛かり瞬間的にまた離れる。


 歯を食いしばり、必死の顔でまだまだ習熟しているとはいえない魔法を使う。背中のトリガーの剣に触れたり離したりすることでタイミングを取りギリギリで魔法を行使していた。そんな綱渡りがそうそううまくいくわけもなく、尾の攻撃をかわしきれず、剣で直撃は避けたものの地面に叩きつけられた。


 体をひねって触手をギリギリでかわした瞬間脇の泥が飛び散る。続いて残り二本の触手が襲いかかる。今度こそ逃げる余裕がない。


 そのとき、轟音とともにそばの立木が弾け飛び倒木が魔物に倒れかかる。

「裕司!大丈夫か」

 耕輔の叫びが響く。

 のしかかった倒木に魔物の注意がれ、裕司はかろうじて体勢を立て直した。


 立て続けに立ち木が魔法で弾け、倒れた木に火がつきくすぶり始める。魔物は慌てて尾と胴体で倒木を弾き飛ばすがその隙を裕司が見逃すはずない。

 体術のみ一閃のもと飛び込みざま片側の触手三本を切り落とした。


 魔物は再び悲鳴のような咆哮を上げ後ずさる。表情はわからないものの目に恐怖が浮かんでいた。繊細な触手を切り落とされて苦痛と恐怖を覚えていた。

 祐司は離れて仁王立ちになり目に自信と意志を込め魔物を見据えた。


 右手に持つ剣を軽く揺らす。

 途端、魔物は身をひるがえすと逃げ出した。

 魔物の自己保存本能が、裕司に恐れを覚え逃走したのだった。

 魔物の姿が見えなくなって戻ってくる気配がなくなった途端、祐司は尻餅をついた。


 耕輔を笑顔で振り返り親指を立てて叫んだ。

「サンキュー耕輔、グッドタイミング!助かったよ。

 あー、焦った。全く魔法が効かないとは、危なかった。

 バーデンの助太刀がなかったら本当に危なかった。

 そういえば、バーデン⁈無事か?」


 祐司は座り込んだままバーデンに声をかける。

 だいぶ離れた場所から声が上がる。

「おう、なんとかな。

 吹っ飛ばされた時に打ちつけたとこが痛むが怪我は大丈夫だ」

 バーデンの姿が認められると、祐司は震える膝を抑えなんとか立ち上がり、耕輔とクラクの様子を見に歩み寄った。


「直接魔法攻撃が全く効かなかったんだよ。ショックだよ。

 でも間に合って良かった。

 フクロウ婆やの獣との戦い(の経験)が役に立ったよ」

 耕輔は悔しそうな複雑な笑顔を浮かべている。

「まあな、俺の魔法も効かなかったからな。

 思うに、あいつは魔力を吸収する魔物だったんじゃないか。

 だからバーデンの普通の剣がいたんだと思う。

 しかし、いろんなのがいるね、油断ならない世界だよ」


 祐司はそばまで戻ってきたバーデンに剣を返した。

「ありがとう、助かったよ。

 本当に危なかった。バーデンの助太刀がなかったらやられてた」

「おう、仲間だからな。当たり前のことさ。

 これで借りはチャラだ」

「貸しがあったつもりはないが、わかった。

 貸し借りはなしだな」

 祐司は笑顔で頷く。


「しかし、コウスケの魔法は威力もだが、見た目も派手だな」

 バーデンはクラクの方に歩いていき、通りすがりに耕輔に声をかけた。

「ま、まあな。あれはプラズマビームだ」

 それを聞いて、もっとカッコいい名はないのかと祐司は思ったがもちろん口には出さない。


 祐司は自分の剣を抜いて眺めている。

「どうしたんだ」

 耕輔が不審ふしんげな表情で裕司にたずねる。

「いやな。さっきトカゲの魔物を切りつけた時に魔法が破られただけでじゃなくて、刃が欠けてボロボロになっていたんだ」

「確かにボロボロだな。それまずくないか」

「そうなんだよ。

 でもさっきはもっとひどかった。

 剣の幅半分ぐらい削れていたんだが、いまは、普通にボロボロなんだよな」


 防具の腹の部分の表面も削れていてこれはそのままだった。

「そういえば、その剣いつの間にか持ってたよな。本当に魔法の剣なのかも」

「そうだったらいいんだけどな」

 裕司は剣を背中にしまいクラクの方に向き直る。


「クラク、大丈夫か立てるか?」

 バーデンはクラクのそばでひざまづいて声をかけている。

「いや、さっきよりはマシだが、しばらくは動けそうにない」

 どこか痛むのか顔をしかめて苦しそうにしている。


 馬車の音が近づいてくる。魔物を撃退したのを見て迎えにきたのだった。

「ユウジ、格好よかったよ。さすがだね」

 ファーファが嬉しそうに御者席から声を掛けてきた。

 遠くからではあったが戦いの様子は見えていたらしい。

 昨晩の喧嘩で落ちた評価も回復していた。


「バーデンもお疲れ様、助太刀ちゃんと見てたよ」

 使用人の評価もちゃんとする。もちろん、クラクに労わりの声を掛けるのも忘れていなかった。


 耕輔は声をかけられずに地味に拗ねていた。ライリーの視線は幾分柔らかくなっていたが、こちらは誰も気がついていなかった。

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