浅瀬で水浴び

 雨は五月雨になっており、さっきより周りも明るくなってきている。

 みんなでクラクを馬車に乗せて、泥だらけの男三人は歩いてついていく。玲奈の見立て(玲奈の得意は情報走査や解析)では、幸いにも内臓にはダメージはないが暫く動かないほうが良さそうだった


 峠に着く頃にはすっかり晴れて日差しも戻って来た。

 峠から見える街道は緑におおわれた斜面を蛇行しながら緩やかに下っている。所々巨石が転がっており、それを迂回うかいするため大回りしているところもある。だがおおむね難所はなさそうに見える。眼下の緑の斜面に黒や灰色のつぶつぶの塊があちこちにある。よく見ると動いているのが分かる、それは羊の群れだった。緑はふもとを越え遥か先まで続いており、さらに遠方に目をやるとカンパスマグニの尖塔がかすんでかすかに見える。峠の高度は高くないためふもとと植生は変わらない。ところどころで塊のように春の花々が咲き乱れさっきまでの戦いの傷をいやしてくれている。


 いま居る辺りでは水音しか聞こえてこないが、かたわらを流れる渓流も合流しつつ流れが太く緩やかになっていく。渓流も遥か先では谷から平原へと続く川となっている。その川ぞいに集落が幾つか目に入る。魔力だまりも幾つかあるようだが影響がありそうなものはなかった。


 だいぶくだってきて、川面かわもまで降りられそうなところで小休止することにした。

 そこは渓流が緩やかになっているため水深も浅く水浴びをするには良さそうだった。馬車を川岸に止め、クラク以外の男どもは走っていき真っ裸になって冷たい水に飛び込み思わず叫び声を上げる。膝上くらいの水深の場所で身体中の泥を洗い流してサッパリしていたら背後から声がかかった。


「気持ち良さそうだね」


 ファーファだった。ファーファも服を脱いで裸になり水に入っている。祐司と耕輔は喫驚し振り向くが慌てて正面に顔を戻し顔を真っ赤にして手で前を隠し水の中にしゃがみこむのだった。耕輔も祐司も瞬間しかファーファの裸を見ていなかったが、それで水の中にしゃがみこむ理由は十分だった。


 ファーファは、全く気にせずに立ったままで日に焼けた腕から思いもつかない白い肌をさらし、前を隠すこともしていなかった。胸は形を語るほどの大きさではなかったが、緩やかな双丘とピンクの登頂は陽の光を浴びて輝いていた。腰は幼さゆえかまだ細くはない。下半身の茂みは薄い金色で局所を隠すには十分な密度を有して風にそよいでいた。とここまでを瞬間で見て取るのだから耕輔も祐司も思春期の男子であった。そういうわけで水中に身を沈めたまま、二人は同時に叫んだ。


「ファーファ!なんで裸隠さないの⁈ 恥ずかしくないの?」

 ファーファは首をかしげている。

「なんで?

 皆んなで水浴びしたほうが気持ちいいよ」

「ファーファ。君、女の子だよね!

 こっちが恥ずかしい」

 耕輔が叫びに近い声を上げる。

「申し訳ないが、ファーファは良くてもこっちが困る」

 祐司も後ろを向かないように首を強く固定して声をあげた。


 その頃になってメイドのライリーが気がついてあわてて大声を上げて走ってきた。彼女は馬車の中のクラクの着替えなどの面倒を見ていて出遅れたのだった。

「きゃー、一体何をして居るのですか‼︎

 ファルデリア様、はしたない。殿方の前で裸になるとは、私の一生の失敗です。ああ私がついていれば。

 すぐ、体を隠して。

 そこのガキども何をしてるの、離れなさい!このとんでもない。

 打ち首よ、打ち首」

 あまりに、慌てたのか支離滅裂なことを叫びファーファの体を隠そうと走っていって、転んだ。びしょ濡れになりながらもファーファに駆け寄っていく。


 当のファーファも耕輔達が何を気にしていて、どうなっているか気がついて(遅すぎる気もするが)

「あ、あ。そうか。ごめん」

 顔を赤くして、慌てて脱いだ服の場所まで戻り体を隠すのだった。

 ファーファには近い年齢の異性の友人がいない。とはいえ、男の子として振舞っていたとはいえ随分と間の抜けた話だった。


 バーデンは離れた場所にいて、その様子を見て大声で笑い転げていた。

 祐司と耕輔はしゃがんだまま、脱ぎ捨てた服の泥を洗い落とし、濡れたままの服を着てやっと立ち上がることができたのだった。


 その後、ライリーのお小言と、厳重な抗議とファーファに失礼なことをしないという誓約を求められた。耕輔はすぐに誓ったが、裕司はがんとして誓約を述べることはなかった。

 本人の名誉のために説明すると、この世界では滅多なことでは誓約をしないと誓っていたからだが、ライリーからは邪推されて以後何かにつけ厳しく監視されることになるのだった。


 玲奈は馬車の上に留まり遠くも良く見える目で一部始終を見て取っていた。二人に罪はないはずなのに『サイテー』とつぶやいていた。どういう理由にせよ女の子の裸を見ることそのものが『サイテー』なことらしい。とはいえ見えないはずのほほを染め、その目にはかすかな羨望の光が浮かんでいたがだれにも見られることはなかった。


 アギーも川の水を飲みにきていたので一部始終を目撃していて、後でからかってやろうと決心していた。

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