第三章 光の都アウローラ

裕司の大道芸

 四・五時間は歩いただろうか草原の中にアウローラが見えてきた。

 アウローラは思ったより大きな街だった、人口は六千人強くらいなので都市としては少ないが人々が活発に行き来している。周辺に三十を越える五百人以下の町や村が散らばり人の往来が盛んだった。


  さらに、近づいていくと大きな荷物を背負ってアウローラに向かう人々や、品物を仕入れたのかラバに山ほどの荷物を積んで、街道をアウローラと反対の方向へ歩いていく人々とすれ違うことが多くなってきた。


 さらに近づき詳細が見えるようになってくると、中央に高い壁に囲まれた館が見え、周りは平家の白塗りのレンガ造りの街並みが続いている。その白塗りの壁が太陽の光を反射して明るく輝き光の都の名前を恥ずかしくないものとしていた。


 アギーがいうにはアウローラは魔法に守られているのでまっすぐ向かっても辿り着けないとのことだった。四方に門がありぐるりと右回りに回り反対側の門を目指さないと入れないそうだ。左側に回ると永遠に回り続けることになってしまい空を飛ばない限り出られなくなる。ときどき間違える人がいて捜索隊が出るそうだ。


 祐司は、アギーの忠告に従って右回りに回りながら来た方向と反対側の門から街に入った。門をくぐると街の喧騒が聞こえてきた。


 そこは、この街の商業の中心で門から中央の館まで広い通りが続き、両側に商品を並べた掘っ立ての店が並んで大きな声で呼び込みをしている。裕司はなんだか懐かしい気分になった。昔親に連れられてインドに行ったことがあるが、その時に見た市場の雰囲気を思い出したのだった。

 子供の頃だったし、その喧騒と自分の日常との違いがとても強い印象となって記憶に残っている。それが思い出された。

 目的が決まっているのか早足で歩く人、ゆっくり左右を観ながら歩く人、品物を指差しながら店員と交渉中の人、品物を凝視しつつ品定めしている人、人人人、様々な人々がそれぞれの理由で往来を行き来してる。


 思わず交互に左右を見ながら歩いていくといい匂いがしてきた。途端空腹を思い出した。そういえばもうまる一日何も口にしていない、お腹が空いていることが意識されると我慢できなくなった。


 肩に留まるアギーに聞いてみた。

「ここで買い物をするにはどうすればいいんだい?

 お金いるよな」

「そう、お金はいるよ。妖精はお金持ってないから。

 祐司は持ってないの?」

 祐司は腰の物入れを探るがあいにくお金らしいものは入っていなかった。

「この格好させるなら、お金も入れといてくれてくれよ」

 言う相手がわからないので空を見上げて吠える。


「お腹すいたー」

 声を出しても腹はふくれない。さすがの祐司も空腹のあまりブツブツと文句を言っている。その様子を見ていたアギーが思い出したのか、

「お腹すいているの?

 だったらあのお屋敷に行けばいいんじゃない。

 戦士だったら歓待を受けられるわよ」


 祐司の目の前まで飛んできて、にっこりしながら腰に手を当て手のひらを軽く上に向けた指差しで館の方を示す。

「名の知れた戦士なら大歓迎のはずよ」

「よし。名は知られてはいるとは思えないが行ってみるか」


 食物くいものがあるかもと思うと自然足早になる。

 あっという間に館に着いたが、入り口には槍を持った歩哨が立っていて不審なものをみる目でこちらを睨んでいた。


「俺は、神谷祐司、国立魔法学園高校一年、ストラズクを倒した魔法戦士だ。

 歓待をたのむ」


 歩哨はじろりとこちらをにらみ、祐司を頭の上から下まで睨めるように値踏みする。祐司は上背はあるし結構筋肉質でしまった体をしているがムキムキではない。見た目ではとても巨人を倒せるようには見えない、しかもまだ十六歳、いくら歳の割には落ち着いていると言っても顔つきは幼さの残る高校一年生そのものである。


 歩哨はぺっと唾を地面に吐き怒鳴りつける。

「いい加減にしろ、法螺ほらも過ぎると許さんぞ。

 なんでも、そのなりであのバラクのストラズクを倒せるわけもないだろう。

 さあさあ、その細いこまいの連れてさっさとあっちいけ。目障りだ」

 そう言いながら槍の石突きを脅すように地面に叩きつけた。


 ここまで言われ、あまりの怒りで髪の毛が逆立つ思いだったが、ここで歩哨を切り捨てるわけにもいかない、格闘戦になれば体重差で不利だ。

 煮えたぎるような怒りを飲み込みひと言声を張り上げその場を離れた。

「俺は、神谷祐司だ。この名前よく覚えておけよ」


 後ろで馬鹿のような大笑いが聞こえたが、目をつむり我慢する。彼の短い人生でもここまで馬鹿にされたことはなかった。

 法螺ほらだと言われ、あまつさえ目障りだとは。


「なんで我慢したの。あんなやつやっつければよかったのに」

 肩のアギーが強い口調で話しかけてきた。

「本当に巨人に勝ったんだし、祐司なら簡単に倒せたでしょ」

 アギーはなだめるどころかけしかけるようなことを言う。

「あんな侮辱して、他の戦士だったらとっくに戦いになっていたわよ。本当は祐司の優しさはこの世界では勧められないよ」


 アギーにあおられて祐司は逆に冷静になった。片方が過激になるともう一方は冷静になるというやつである。

 アギーに質問してみる。

「俺が切り倒しても問題にならなかったのか?」

「もちろん問題にはなるわよ。でも、そこで自分の正当性と力を示せれば、その力があることを示せれば、尊敬を集めることはあっても罪に問われることはないわ。あいつはあんな大声であなたを侮辱したんだから」

「そうか、俺は捨て台詞を吐いてすごすごと引き下がった弱虫なわけだ。

 でも、いまから戻ってももうダメだよな」

「そうね」

 アギーはあっさりと肯定する。


 仕方なかった。現代の感覚ではあそこで戦いを挑むのは、愚か者としか言えなかった。世界が違えば考え方も変わるんだなと、少しの後悔を覚え、次に同じ目にあった時のことを考え歩きだした。

 その様子を見ていたアギーが優しげな声で話しかけてきた。

「まあ、終わったことは仕方ないわ。もし、誰かにこのことを話題にされた時には、見逃してやったと笑って答えることね」

「なるほど。

 それはいい」


 おかげで、気持ちを切り替えられる。重い足取りが軽くなり気持ちに余裕が生まれ、アギーに心の中で感謝していた。まだ十六歳の祐司は気持ちを表現することは苦手だったので感謝の言葉が口から出ることはなかった。

 

 館から少し離れたところで広場のようなところに出た。ここは館の正面と町の正門——らしい、さっき自分が入ってきた門より大きくて立派だった——の中間にある。真ん中に小ぶりだが噴水がありその周りで人々が幾つかの輪になっている。よく見ると、輪の中心では大道芸人が芸を披露していた。


「ねぇねぇ、あれ見ようよ」

 アギーが祐司をうながす。

 腹が空いて途方に暮れていたが、なにはともあれこの世界の大道芸ってどんなだろうと思い近寄っていく。面白くても申し訳ないことに金がないんだがなと、呟きながら。


 最初に見た大道芸人は剣や玉を次々に放り投げては受け取り、言うならジャグリングの芸を見せていた。周りの観衆には受けて歓声も上がっていたが、現代のエンターテナーを見慣れている目にはそれほどの芸には見えないのが残念だった。


 次に見た大道芸人は身長こそ祐司より低いが無駄のない体つきをしている。上半身は前開きのベストを羽織っているだけなので、日焼けした肌のあちこちに残る傷が良く見える。傷がわかるようにしているのも演出のひとつであったが十分その役を果たしていた。彼は剣技を披露しており、観衆に果物や木の棒などを投げさせて空中で一刀両断にするのだ。


 それを見て祐司には思いつくことがあった。これなら俺にもできそうだとつぶやき前に出る。

「俺にもやらせてくれ」


 声をかけられた芸人は笑顔で答える。

「いらっしゃい、一回一ペニーだよ」といって木の棒を渡そうとする。

「いや、俺も剣を披露する」

 裕司の申し出に、大道芸人は不機嫌な顔になった。胡散臭そうな目つきで横を向き、仕草であっちに行けと追い払おうとした。まだ少年の面影のある祐司に目もくれず邪魔ものにしたのだ。


 祐司はさっきのこともありここは強気に出た。

「あんたには負けないよ。

 うまくできなかったら、金の代わりに今日一日言うことを聞いてやる」

「なんだよ空っ欠か。

 しかし、威勢だけはいい坊主だな。

 いいだろう、やらせてやる。わかってるな、できなかったらなんでも言うこと聞いてもらうぞ」

 芸人はニヤリと下卑た笑いを受かべて十cmほどの布の塊を投げようとする。


「なんでもとはいっていない」

 そう言って、剣を抜き構え口の中で魔法式を唱える。構える剣が光を反射しきらめく。


 大道芸人はチッと舌打ちし布の塊を放ってきた。実は布の塊に見えるが中に油を浸み込ませた木を仕込んでおり簡単には切れない代物だった。腕に覚えのある観客が飛び込みで挑戦してきたときに使う仕込みアイテムである。

 そんな小細工、祐司には関係なかった。軽々と両断する。事情通の観客から歓声が上がる。


 驚いたのは大道芸人だった。側によりしげしげといま祐司が切った布の塊を見ている。断面は鏡のように綺麗に切れている。大道芸人は顔を上げると祐司を睨みつけた。


「おまえ、魔法を使ったな」

 振り返りざまに片手に持った剣を祐司に突きつけようとする。すぐそばで見ていた観衆が慌てて三m以上の距離を開ける。


「おう、使わないとも言わなかったがな」

 そう言って間合いをとり大道芸人に剣を突きつけ相対する。空気が緊張をはらむ。祐司には引く気はなかった。低く落ち着いた声で名乗り要求を述べる。


「俺は、魔法学園高校一年神河祐司。

 さあ、約束を守ってもらおう」

 もともと巻き込まれてこの世界へ来たがここは嫌いじゃない。元の世界では活かしきれない自分の技が、修行中とは言え具体的価値をもつ。なら流儀に従おうと覚悟していた。


 大道芸人は、ガキになめられたと見たのか、名乗り返すことも忘れ日焼けした顔を怒りで熟したすもものように赤黒くして、自分の幅広長大なロングソードを振り上げる。


「このガキが後悔させてやる」

 祐司を見下し脅しも兼ねて思いっきり大きな動作で切り掛かってきた。

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