そしてアウローラへ

 手探り、足探りでゆっくりと歩いていく、本当の暗闇ではここまで行動の自由がないことを祐司は思い知らされていた。

 油断するとすぐ足を取られて転びそうになる。


 頼りは耳とかすかなアギーから漏れる光だけだった。しかし、慣れると耳で結構ものの気配がわかるようになるものだと祐司は感心していた。目の前に大きなものがあると、自分の立てる音や周りの動物たちの立てる鳴き声などの聞こえ方が明らかに変わり、圧迫感として感じ取れることに気がついた。

 だんだん暗闇の中での移動に慣れてきた。


「なるほど、目の見えない人はこんな風に感じるのか、もっと敏感なんだろうけどな」と独り言ちる。

 とはいえ、すぐ近くしか感じ取れないのでさっきより少しはマシなもののゆっくりしか動けないのは変わりない。


 耕輔の放電音が聞こえてきた方向にゆっくり歩いていく。

 時々放電音が聞こえるので方向は迷わなかった。五十mほど歩いただろうか、あの獣の唸り声が聞こえた。とっさに剣を抜き身構える。すぐにアギーの誘導でそばの木の根を壁にし身を隠した。

 アギーが認識阻害をかけてくれたので見つかることはないが、周りを伺うと何匹もの獣の気配がする。木の陰から覗くと五・六十m位先にちらりと電光が見えた。身を隠し、気が急きながら行動を検討する。


 祐司は常に行動に先立って計画と、計画と違った時の行動指針を持ってから動くことを叩き込まれている。それは、戦いの場でも同じでヤケクソは絶対的にいましめられていた。ヤケクソは自分の身だけでなく周りも危険に晒すからだ。

 無計画の行動が許されるのは目の前でことが起こっている時だけだ。それでも行動しながらリスクとリターンを評価しつつその次の行動を決める。


「アギー、認識阻害は移動しながらかけられるか?」

「無理だわ、これは領域にかけるものだから」

「領域を自分を中心にするとかできないのか」

「そうね、考えたこともなかったけど」

 祐司が何を期待しているか汲み取り、ちょっと考えていたが、

「ダメみたい、領域の定義は目に見えているものをマークにして構成するから自分から一定の距離というのは無理だわ」


 声に落胆の色をにじませて返事をする。

「そうか、じゃあ、移動しながら要所要所で認識阻害をかけてもらうことは頼めるか」

「それは疲れそうだけど、わかったやるわ。

 乗り掛かった船だし、案内すること約束したしね」


 祐司は移動を開始した。獣の気配を感じ取り、いないことを確認して次の木の陰まで移動する。そこでアギーに認識阻害をかけてもらい様子を伺う。獣がかたまって居る時には迂回しながら、ゆっくりとだが確実に近づいていく。あと三十mくらいまで近づいた——その辺りは特に獣の数が多かった——ここまで近づくと耕輔の姿が見え、頭の上のリング状に輝く灯りがあたりを照らしていることもわかった。どのタイミングで参戦するか計っていると周りの気配が変わった、獣たちが移動し始めたのだ。


 様子をうかがうと雷光が遠ざかりながら数度輝く、ややあってまた輝くがだいぶ離れていた。

「しまった、すれ違っちまったようだ」

 心の内が思わず口に出た。


 周りに獣がいなくなると木の陰から出てさっきまで耕輔がいたあたりを睨む。

「連絡を取り合えないんだ、しかたない。

 とはいえおしい」と独り言ちる。

 とはいえ、行動に時間がかかり結果すれ違ってしまったことは悔やまれる。


「アギー、耕輔がいたあたりまで案内頼めるかな」

 アギーから出る光を当てにしてお願いする。

「良いわよ、いきましょ」

 アギーが先に立ち、体から出る光を強めにしあたりを照らす。


 かろうじてないよりましレベルではあるが、暗闇に慣れた眼には周りの雰囲気くらいは分かった。調整できるんだと心の中でつぶやき後についていく。

 あたりには肉の焼ける匂いが充満している。近づくと惨状が目に入った。暗いので詳しくはわからないが、そこここに獣であったらしい残骸が落ちている。手足が焼け落ちて虫の息の獣もいる。


「これはすごいな」

 友人の所業に感嘆を漏らした。

 さっきより周りの様子がわかるようになってきている。上を見上げると空に明かりが戻ってきていた。夜が明けたようだ。いま居るところはヴェガの大木の辺りより葉の密度が薄いのか空の光が葉を通して地表まで少しは届いている。


 かなり太い木まで幹が裂けるように爆ぜてあちこちに倒れている。

 祐司は、薄暗いもののさっきよりずっと見えるようになったので、アギーに声をかけて耕輔の後を追った。

 ときどき落ちている獣の残骸と爆ぜた木をたどり歩いていく。足跡は地面が落ち葉で覆われているのでたどるのは難しそうだった。獣の屍体も見なくなりどちらに行ったものかと思案していると木の幹に黒々とした文字が書いてあることに気がついた。


「アギー、アウローラの方向はわかる?」

 声をかけると、そばに寄ってきて文字をしげしげと見てひと言。

「ねえ、何て書いてあるの?」

 文字は読めないんだとは声に出さず『アウローラに向かう ゲンチで会おう レイナはひろった』耕輔のメッセージを読み上げた。


「ふーん」と言ってから上空に飛び去った。

 しばらくして戻ってきて教えてくれた。

「アウローラの方向はわかるわ。

 少し違う方向に来てしまったけどそんなに遠くないわ」


 耕輔はどうやってアウローラに向かうのだろうと疑問が浮かんだが、悩んでも仕方がないのでアギーの示す方向に祐司は歩き始めた。

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