第4話 人生は、厄介事が次の出番を順番待ちしている

 冒険者職業安定所には冒険者のレベルを決定する検定員が常駐している。冒険者の職業によって検定員は様々な検定方法でレベルを測り記録する。身分は国に保証され待遇もいい。

 

 時折本来のレベルより高く記録するよう検定員に不正を持ちかける冒険者が存在した。レベルが高ければそれだけ報酬の良い仕事があるからだ。


 国から雇用される可能性も高くなる。その為、検定員を買収した冒険者、買収された検定員が摘発される例が後を絶たない。 

 

 このレベル改ざん不正事件は重要な事実を示唆している。可能なのだ。レベルの数値を変える事が。

 

 黄色い長衣を纏った死神は、この小さな森の姿を二度変容させた。それは、一度目の爆発とは比較にならない威力だった。


 サウザンドと勇者の武器を載せた馬車の周辺は、若木一本すら残らない荒野と化した。


「ふむ。これも防ぐか。そなた、やはり「練達の頂き」に足を踏み入れた者だな」

 

 死神ことサウザンドが静かに呟く。練達の頂き。それは、魔王と互角に戦えるまでに力量を備えた者に与えられる称号だった。

 

「タ、タクボが練達の頂き? そんな筈はないわ。彼のレベルは二十よ」

 

 マルタナがタクボの後方でようやく収まってきた粉塵の中で驚いた様子で両目を開いていた。

 

 タクボは再び魔法障壁でサウザンドの光の矢を防ぎ切った。しかしその代償に、先程から溜めていた魔力を使ってしまい、風の呪文が使えなくなった。

 

 騎士団少佐ウェンデルと黒衣の少年エルドも運良くタクボの張った魔法障壁内に居たお陰で事なきを得た。

 

 ウェンデル側、エルド側それぞれ味方の兵士が全滅している事はこの戦場を見渡せば一目瞭然だった。

 

 紅茶色の髪をした青年と黒衣の少年は、タクボとサウザンドの戦いの凄まじさに絶句している。

 

「今の光の矢は私の呪文の中で最も殺傷力がある。勇者の仲間の一人をも倒した呪文だ。それを防いだのだ。疑いようが無い。」

 

 サウザンドの言葉に、マルタナ、ウェンデル、エルドの三人がタクボを凝視する。この使い古された革の鎧を身に着けてる男が、練達の頂きに到達している実力者なのかと。

 

 タクボは期待と疑心の視線を背中に感じていたがそれ所では無かった。逃走の為に風の呪文が使えなくなったからだ。


 再び魔力を練る時間をあの死神が与えてくれる筈が無かった。ならば、後は口先三寸でこの死地から逃れる他ない。タクボはそう判断した。

 

「勇者の仲間を倒したのか。それは君に取って大きな武功だな」


 タクボは意識して声量を増しサウザンドに話しかける。


「その代償として私が手塩にかけて育てた五人の配下がその者に殺されたがな。次代を担う優秀な者達だった」

 

 死神は苦々しい表情を一瞬見せた。

 

「君が仕留めたその勇者の仲間は、相当な猛者だったのか?」


 タクボはさも興味が有りそうなフリをして死神に問掛ける。

 

「女戦士だった。そして恐ろしい相手だった。あの場で倒して置かなければ、今頃、更に力をつけていただろう」


 サウザンドは過去の壮絶な戦いを思い返すように両目を閉じていた。

 

「ならば勇者にとっては、大きな痛手だったな」


 タクボは大袈裟に両手を広げながら勇者達の戦力低下を口にする。

 

「部下達の情報によるとその女戦士は勇者と恋仲だったらしい。彼女との戦いで消耗した私は、勇者達を前にして撤退するしか術が無かった」

 

 サウザンドは再び目を閉じた。思い出したくも無い記憶を思い出したのか、重苦しい表情を見せた。

 

 タクボは心の中で反芻する。自分が引退生活を望んでいる間にも、世界では陰惨な血の流し合いが繰り返されているらしいと。


 魔王軍序列第一位。サウザンドは立場上色々大変なのだろうと。だがタクボは自分の平穏で慎ましい引退生活を邪魔する事は、魔王だろうと勇者だろうとご遠慮願いたいと思っていた。

 

「認めよう。君が言う通り、私は練達の頂きに到達している」


 タクボが觀念した様子で自分のレベルを認めた。

 

「私が調べた時は間違いなくレベル二十だったわ。どう言う事なのタクボ?」

 

 マルタナが粉塵で汚れた顔を手で拭いながら抗議する。練達の頂きはレベルの数値で言うと四十以上だった。

 

 それは、ある日タクボが冒険者職業安定所を通りかかった時だった。検定員と思われる五十代半ばの恰幅のいい男が、建物の裏で柄の悪い二人組に絡まれていた。


 どうやら検定員の男は、法外な利息を取る金貸しから金を借り取り立てを受けていた。


 返す当ても無く検定員の男は困り果てていた。タクボはそれを見兼ねて、検定員の男の借金を肩代わりしてやった。

 

「と、言う訳だ。いい話だろう?」


 タクボはその出来事を周囲に説明して。

 

「ではタクボ。その見返りに検定員を利用してレベル数値を改ざんしたのか?」

 

 ウェンデルの正義感を刺激したのか、彼は不機嫌そうだ。

 

「呆れた人ね。改ざんは重罪なのよ」

 

 マルタナの言葉にタクボは内心毒づく。人を問答無用で死地に連れ込んだ悪女に説教される筋合いは無いと。

 

「でも分かんないだよね。普通改ざんって本来のレベルより数値を高くするんでしょ? なんで低く改ざんするの?」

 

 黒衣の少年エルドが疑問を口にして首を傾げている。タクボも仲良く首を傾げる。ウェンデルはさっきまで殺し合いをしていた少年と何故仲良く揃って顔を並べているのかと。

 

「レベルが高いと厄介事に巻き込まれるからだ」

 

 タクボはそう言い切った。厄介事など望んでいななのに今日この有様だった。日々の善行が足りないとでも言うのかとタクボはため息をつく。

 

「ふむ。状況が変わって来たな。これは私も命を懸けねばならぬな」

 

 静かにそう言うとサウザンドが長剣を構えた。

 

「待てサウザンド。先程も言ったが、武器は渡す。だから私達を見逃してくれ」

 

 タクボの提案にも死神は構えを崩さない。

 

「言ったであろう。状況が変わったと。練達の頂きであるそなたを見逃す訳にはいかん。わが軍の為にもな」

 

 タクボが勇者達に加わる事を、サウザンドは恐れた。只でさえ魔族に悪い戦況がさらに悪化するからだ。

 

「サウザンド。君の心配している事は分かる。が、それは杞憂だ。私は決して勇者達に加勢などしない」


 タクボは胡散臭さ満載の芝居がかった口調で死神を説得する。


「なぜそんな事が言い切れる?」


 若干低くなったサウザンドの冷たいその声は、聞くものに寒気を感じさせていた。

 

「私にとって一番大切なのは世界の平和では無い。自分の平和な引退生活だからだ」

 

 気のせいかタクボは後ろから冷たい視線を複数感じていた。タクボはどうでもいいと思った。自分に正直なだけだとタクボはそう開き直る。

 

「それにサウザンド。序列第一位の君がもしここで命を落としたら魔王軍はどうなる?」

 

 早晩に魔王軍は瓦解するだろう。タクボの言葉にサウザンドは自分が仕える主君を案じた。

 

「なる程な。そなたの言う通りやもしれん。此度は武器を手に入れる事を優先事項にすべきだな」

 

 死神に話が通じ戦いは回避されそうだった。タクボは心から胸をなでおろした。

 

「交渉成立だな。もう一つだけ頼みがある」

 

 タクボは続ける。この任務遂行の後、関わった者はサウザンドに消される予定だった。タクボ、マルタナ、ウェンデルに類が及ばないよう、裏から手を回して欲しい。それがタクボの頼みだった。

 

 「待ってくれタクボ。この少年エルドにも同様の頼みをしてくれないか?」

 

 ウェンデルが誠実な瞳をタクボに向け、懇願して来た。エルド本人はポカンとしている。

 

 この切迫した状況でタクボにその理由など聞く余裕は無かった。三人も四人も対して変わらないだろうと。

 

 オマケみたいな物だった。この死神はそんな度量が狭い魔族ではない筈だとタクボはそう確信した。

 

「了解した。青と魔の賢人達に此度の命を受けている者にそう伝えよう」

 

 武器さえ魔族の手に渡ればその輸送に関わった人間の生死など賢人達は気にも止めないだろう。タクボとサウザンドの考えは一致していた。

 

 勇者の武器が入った箱を手にし、サウザンドは風の呪文を唱え始めた。この呪文は発動するまで時間を必要とした。

 

「練達の頂きに到達した魔法使いよ。そなたの名は?」


 周囲に巻き起こる風に長髪を乱しながら、サウザンドは静かに問いかける。

 

「タクボだ。人間の立場上、魔族の君を応援出来ないがな。まあ命を大切にな」

 

 サウザンドは一瞬細い目を見開き苦笑した。


「賢者の忠告だ。有り難く賜っておう」

 

 黄色い長衣を纏った死神は風に乗り、遥か上空に消えて行った。

 

 小さな森に生まれた荒野に、四人の男女と一台の馬車が残された。

 

 タクボは緊張から開放される。助かったと安堵する。あのままサウザンドと戦っていたら間違い無く殺されていた。


 タクボはレベルの数値ではサウザンドを凌駕していたかもしれない。


 だが、所詮タクボは銅貨級の魔物しか相手をして来なかった。魔王軍序列第一位とは場数が違い過ぎた。

 

「タクボ。聞きたい事があるわ」


「私もあるぞ。タクボ」


「僕も色々質問があるなあ」

 

 安堵と心的負担からの深いため息をついた所で、タクボを不快にさせる声が後方から聞こえて来た。


『この連中、命が助かった事をもっと喜んだらどうだ。人の気と苦労も知らないで』


 タクボは心の中で抗議した。

 

 聞こえない振りをしてこの場から立ち去る。タクボはそう決めて一人歩き出した。その時、タクボの前に一人の少女が立っていた。

 

 年齢は黒衣の少年より更に若い。否。若いと言うよりまだ子供だった。肩より少し長い銀髪を三つ編みにしている。


 粗末な麻の衣服を身に着けており、その幼い顔には赤い血がついていた。怪我人だろうか。先程の戦闘に巻き込まれたと思われた。

 

 タクボはとにかく怪我の具合を確認しようとした時、少女は口を開いた。

 

「やっとお話する事が叶いました。魔法使い様」 

 

 少女は満面の笑みをタクボに向けた。

 

「はて? 君は私を知っているのか? それより

その怪我は·····」

 

 タクボが言い終える前に、信じられない早さで少女はタクボの前に移動し、タクボ左手を小さい両手で掴んだ。

 

「魔法使い様! お願いです。私を弟子にして下さい!」

 

 厄介事と言うものは、常に順番待ちしているらしい。タクボは内心でそう呟いた。一つ片付けると、次の厄介事が笑顔と共にタクボの前に現れた。

 

 

 

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