第3話 知りたくも無い真実を知るのが人生

 サウザンドという名の死神は甲冑を身に着けていなかった。黄色い長衣を纏っている。裾は靴が隠れる程長く。袖口が大きく開き。黒く長い帽子のような物を被っている。胸には龍と思われる金色の刺繍が施されていた。


 宮廷での礼服に見えるが、タクボには異国の装いに思えた。大柄なウェンデルより更に長身であり、右手には刀身が細い長剣が握られている。

 

 サウザンドは長い眉毛を僅かに動かした。


「ふむ。聞いていた報告より 兵士の数が多いな。不測の事態という事かな」

 

 その声は、宮廷内で同僚に挨拶でもしてるかのような口調だった。

 

 サウザンドが周囲を見渡すと敵兵士達は後ずさる。味方の半数を失ったのだ。しかも全て首を切断されて。完全に戦意喪失している。それはウェンデルに同行して来た兵士も同様だった。 


「その馬車の荷台にある箱が例の物かな」


 サウザンドは更にタクボ達の方へ向かって歩いてくる。魔王軍序列第一位。銅貨級の魔物しか相手にして来なかったタクボには、逆立ちしも敵う相手では無かった。

  

 武器は死神くれてやる。そしてとにかく隙を見てこの場から逃げる。タクボはそう即断する。それしか生き残る道は無かった。


 しかし、この場に居る全員が無事逃げおおせる事が可能かはタクボにはまるで分からなかった。


 責任感が強いタクボ達の司令官は、黒衣の少年との戦闘でこの場から離れてしまっている。一体何処まで戦場を移したのか。

 


 ······幼少の頃から責任感が強いと言われて来た。だがウェンデルとって、それは自然に備わっていた物であり、改めて称賛される事では無かった。

 

 軍隊に入ってからも万事誠実果断に己の正義を貫いて来た。だか、その融通の効かない性格が災いし上官から疎まれた。その結果、この生きて帰る事の叶わない作戦に選ばれた事を彼は知らなかった。


「その若さでこの動き。一体どれ程の修羅場を潜り、数多の人間を手に掛けてきた?」

 

 ウェンデルはそう言いながら黒衣の少年に距離を取らせないよう必死で食らいつく。距離を取られれば先刻の消える暗殺剣で間違いなく殺されるからだ。


「そうでも無いよ。十才でこの仕事を始めたけど、一人だけ仕留め損なった事があるしね」

 

 黒衣の少年はウェンデルの斬撃をかわしながら機を伺っていた。だか、紅茶色の髪をした青年は容易にこちらの準備をさせてくれない。


「その仕留め損なった相手は幸運だな。どうやって君から逃れる事が出来たんだ?」

 

 甲冑の重さがウェンデルの体力を奪って行く。長期戦になれば紅茶色の髪の青年が不利だった。


「とんでもない。命からがら逃げたのは僕の方さ。実際さ。世の中には決して手を出してはいけない相手がいるんだよね」

 

 黒衣の少年は昔の記憶を掘り起こし思い出す。唯一暗殺に失敗した相手。あの真紅の髪の色をした化物の事を。


「同感だ!」

  

 叫んだウェンデルは自身の一番練度がある突きを繰り出した。

 

 だが、それも少年は身体を捻り避ける。紅茶色の髪をした青年は息があがる。


「少年。この甲冑を脱ぎたいんだが。出来たら少しだけ待ってくれないか?」

 

 黒衣の少年は毒気を抜かれたような顔をした。


「殺し合いの最中にそんな事言われたの初めてだよ。まあいいけど」


「恩に切る。少しだけ時間をくれ」

 

 ウェンデルは少年に微笑み。甲冑を脱ぎ始める。その間も少年の動きに注意を払うのを怠らない。


「ところで少年。君達の国は勇者の武器を奪ってどうするつもりなんだ?」


「さあ。美術鑑賞する為じゃないと思うよ」

 

 戦争に使う以外考えられない。ウェンデルは想像しただけで寒気がした。勇者の武器は剣一本で千の兵士に匹敵すると言われている。

 

 今回輸送されている武器は四本。勇者の武器が今まで人間に使用された事は一度も無い。隣国が武器を奪い戦争に使用すれば歴史的な悪行になるだろう。


「待たせたな。少年」

 

 ウェンデルは全ての防具を脱ぎ、剣も鞘に戻し地面に置く。


「剣も置くの? 君どうやって戦うつもり?」

 

 少年が言い終える前に、ウェンデルは猛烈な突進を見せた。ウェンデルの右拳が少年の顎を直撃する。

 

 少年は間一髪両手で右拳を受け止めた。しかし衝撃は防ぎきれず地面に叩きつけられた。

 

 受け身を取り素早く立ち上がった少年は、驚きの表情を隠さなかった。 


「その瞬発力と打撃の早さ。君そっちが本職なの?」


「格闘なんて職業は無いけどな。ここだけの話、俺は剣よりこっちのほうが昔から得意なんだ」

  

 ウェンデルは重りから解き放れたように柔軟体操をする。

 

 少年は右手で顎を擦る。両手で防がなかったら今頃意識を断たれてる所だった。


「君、昔近所のいじめっ子だったでしょ?」


「ガキ大将と言って欲しいな!」

 

 ウェンデルがまた駆け出した。少年はさっきの一撃でウェンデルの早さは覚えていた。あとはタイミングを合わせ、短剣を彼の喉元に叩き込むだけだった。

 

 だかウェンデルは、先程より速力を上げる。


『まだ余力があったのか?』


 そう舌打ちした少年は短剣を投げつける。


 ウェンデルは少年から見て右方向に飛びそれを避ける。ウェンデルは飛んだ先にある大木を両足で蹴り、少年に向かって左拳を繰り出す。

 

 少年は姿勢を低くしそれを避ける。柔軟さを誇るように両足を開脚させ地面に着ける。

 

 その時だった。少年の目に異物が入り視界を奪われた。鼻にも何かが入る。途端にクシャミが止まらなくなる。


「い、一体何を? ハ、ハックシュンッ!」


「我が国自慢の香辛料だ。少年」

 

 ウェンデルは左拳が避けられた時、右手で胡椒を蒔いたのだった。


「君、やっぱりいじめっ子だったでしょ?」

 

 黒衣の少年の咳は落ち着いて来たが涙が止まらなかった。


「失礼な。この手は多勢に無勢の時しか使わなかったぞ」

   

 少年時代の悪さを自慢したウェンデルは、腰に携帯していた木製の水筒を少年に投げた。


「その水で目を洗うといい。心配するな。毒は入ってない」


「君変わってるね。今、敵を倒す好機でじゃないの?」

 

 少年はありがたく水筒の水で、胡椒まみれの目を洗う。


「少年もさっき俺を待ってくれただろう。そのお礼さ」

 

 ウェンデルはそう言ってまた柔軟体操を始める。


「敵相手にお礼も何も無いんじゃない? そんな事してたら長生き出来ないよ?」

 

 ようやく視力を取り戻した少年は、半ば呆れた口調でお人好しの青年に忠告する。


「少年。この戦いが終わらない世の中をどう思う?」

 

 体操をしながらウェンデルは真面目な表情で黒衣の少年に質問する。


「難しい質問だね。まあ人間も魔族も一部の権力者が甘い蜜を吸ってその他大勢は苦しむ。この構造は永遠に変わらないと思うよ」

 

 命のやり取りをしていた相手と何を呑気に会話しているのか。黒衣の少年はこの紅茶色の髪をした青年から不思議な魅力を感じていた。


「少年の言うとおりだな。私は無力で、この世の構造を変える事など出来ん。だからせめて、自分自身の正義だけは貫き通したいんだ。この命が果てるまでな」

 

 ウェンデルは微笑みながら、どこか遠い目をしていた。


「全く今日は面白い人達に出会うな。君の名前を聞いてもいい?」


「ウェンデルだ。少年。君の名は?」


「エルドって言うんだ。どちらかが死ぬまでの間よろしくね」

 

 黒衣の少年が名乗った時、二人に轟音が聞こえて来た。馬車が停車した方角からだった。ウェンデルとエルドは一時休戦し元いた場所へ駆け出した。



「い、今のは一体何の呪文なの?」

 

 マルタナが血の気が失せた表情でタクボに問う。

 

 サウザンドの片手から無数の光の玉が現れた。その光の玉が光線を描き兵士めがけて信じられない速さで向かって行った。その光が兵士の身体に触れた瞬間爆発が起きた。

 

 タクボが殺される予定だったこの小さい森はその姿を変えた。四肢が吹き飛んだ人間と同時に木々もなぎ倒された。黄色い長衣の死神の周囲を遮る物が何も無くなる。

 

「奴の今のは光と爆裂を合わせた呪文。私が唱えたのは魔法障壁の呪文だ」

 

 兵士は全滅した。敵も味方も両方。タクボが唱えた魔法障壁の呪文でマルタナと馬車は辛うじて命を繋げた。


 黄色い長衣を纏った死神は、タクボを静かな目で見据えた。

 

「そなたはかなりの使い手だな。私の呪文を防ぐ障壁を張るとは」

 

「まぐれだ。運が良かっただけだ。それより魔王軍序列第一位が、共も連れず単独行動とはなぜだ?」

 

 とにかく時間を稼ぐ。タクボはこの場から逃げる為、風の呪文を使うつもりだった。その為に魔力を練る時間が必要だった。

 

「私一人で済む事を何も不要な配下を連れて来る必要はあるまい。人的資源の浪費と言うものだ」

 

「なる程。出来る上司は言う事も装いも違うな。所で相談なんだが、勇者の武器は大人しくそちらに渡そう。その代わり我々を見逃してはくれないか?」

 

 サウザンドは自身か纏っている黄色い長衣に手を当てる。

 

「この衣服か? やはりそなた等には物珍しいかな

。この装いは遥か東の果ての人間の国のものでな」

 

「魔族が何故人間の衣服を身に着けるのだ?」

 

「魔族の甲冑は装飾過美の物が多く私の好みで無いのだ。衣服だけでは無いぞ。私は人間の文化に強い興味を持っている」

 

 死神ことサウザンドの話が妙な方向へ変わって行く。


「そうか。ならば人間を滅ぼす事など止めて共存の道を歩まないか?」

 

「ふむ。魔族と人間の共存か。興味深いな。互いの文化を混ぜ合わせれば、我が魔族の乾いた感性に潤いが生まれるやもしれん」

  

 この黄色い長衣を纏った死神は、本気で考えて込んでいるように見えた。

 

「ならば······」


「だが、それは未来の人材に託す事としよう。今そなた等を見逃す訳にはいかん」

 

「それは上司の。魔王の命令だからか?」


「違うな。青と魔の賢人の命令だからだ」


「あ、青と魔の賢人ですって?」

 

 マルタナが信じられないと言う表情を見せる。

  

 青と魔の賢人。それは、安酒場で安酒に酔った冒険者が口にするような与太話だった。


 この世界を支配しているのは各国の国王でも、魔王でも無い。青と魔の賢人と呼ばれる集団だと。

 

「与太話では無い。青と魔の賢人達は実在する」

 

 サウザンドは語り始めた。

 

 その昔、ある勇者とある魔王が幾度と無く死闘を繰り返した。決着は着かず、戦う内に勇者と魔王は心を通い合わせ始めた。


 お互いの種族を尊重し、共存共栄を実現し戦いの歴史を終結させる。

 

 勇者と魔王はそれこそが自分達の使命と信じ、戦いを止めそれぞれの国に帰還した。

 

 だが、夢と希望は絶望に取って代わった。勇者は国王の御前で捕縛された。罪名は魔王軍との内通罪だった。


 家族を人質に取られ、成す術も無く断頭台に連行された。

 

 断頭台の刃が降ろされる瞬間、死刑場で爆発が起こった。煙が収まった時、勇者の姿は消えていた。

 

 勇者を死地から救ったのは宿敵だった魔王だった。

 

 魔王も勇者同様、同族から裏切り者扱いを受け、魔王の称号を剥奪され追われる身だった。

 

 勇者と魔王はこの世界に絶望した。そして、この歪んた世界を正さなければならないと誓った。

 

「それが全ての始まりだ。当時の人間と魔族。その浅慮が招いた結果だな」

 

 サウザンドは目を閉じ、溜め息をついたように見えた。

 

 勇者の卵。魔王の卵。人間と魔族でそう使われている言葉がある。文字通り、将来勇者や魔王になる資質を持った人材を指して言う言葉だ。

 

 人間と魔族に絶望した勇者と魔王は、その卵達の捜索に全てを注いだ。それは、砂浜から一粒の砂金を探すような気の遠くなるような作業だった。

 

 だが、勇者と魔王はそれをやって退けた。卵達を見つけ出し、保護。教育。鍛錬を施した。そして現役の勇者、魔王に遜色無い人材に育て上げた。

 

 彼等は自分達を青と魔の賢人と名乗った。勇者、魔王クラスか複数いる集団に抗う事の出来る者は存在しなかった。人間にも。魔族にも。


「彼等が歴史を操り始めたのはそれからだ」

 

「操る? どう言う事だ?」


 タクボはまるで訳が分からないと言った表情でサウザンドに問いかける。


「そなたは不思議に思った事は無いか? 我が魔族と人間の争いを」

 

 魔王は倒されても数年に一度、必ずまた別の魔王が現れる。それを倒す勇者も同様に。

 

「同時期に魔王や勇者が。言い方を変えれば、その力を持った者達が複数存在してもおかしい事では無いと思わぬか?」

 

「······まさか? 管理されていたとでも言うのか?  その青と何とかと言う集団に?」

 

「その通りだ。人間と魔族、その二つの勢力が拮抗するようにな」

 

 青と魔の賢人の組織は、魔王が人間をある程度追い詰めた所で勇者に反撃させる。その間、他に卵が存在した場合は、世に出る前に自分達の集団に引き入れていた。

 

「なぜ拮抗させる必要がある? どちらかに勝たせれば戦いは終わるのでは無いか?」


「破壊と創造は表裏一体。経済に必要不可欠でな。人間も魔族もそれは同一だ」

 

 人間や魔族。どちらか一方が勝利しても数年に一度は経済活動が停滞し民衆の生活は不安定になる。失業者が増えれば治安の悪化を招き、国の根幹が揺らぐ。それは新たな争いの火種となる。

   

 街が破壊されればそれを立て直すのに雇用が生まれ、経済活動が活発になる。

 

「つまり勇者と魔王の戦いは両種族が不景気にならない為に行われているのか?」

 

 タクボは開いた口が塞がらなかった。人間と魔族の戦いは双方の公共事業だと。一体どこから手を付けて考えればいいか見当もつかなかった。

 

「真実を知らぬ勇者と魔王は己のの種族の生存を賭けて戦っているがな」


 サウザンドは面白くも無さそうに真実を呟く。青と魔の賢人に入会していない勇者と魔王は、とんだ道化を演じさせられていた。

 

「サウザンド。君の主君である魔王は真実を知らずなぜ君が全てを知っている?」

 

「我が君は青と魔の賢人の存在まではご存知だ。決して逆らえない存在としてな。だが真実までは知らされていない」

 

 青と魔の賢人は魔族側の操り人形をサウザンドと決めたのだ。人間側も同様だった。真実を知っている誰かが賢人達に命じられ武器輸送を立案し、サウザンドに知らせた。

 

 この任務に関わった者は全て消す。連中にとってタクボ達の命など鳥の羽より軽いのだろう。

 

「私も含め誰しも生まれた時から配役が決まっている。死ぬその時までな。その役を演じるしか仕様が無い」

 

「その配役を辞める方法があるとしたらどうだ?」

 

 タクボの提案にサウザンドは細い目を見開いた。

 

「これは異な事を言う。辞める方法があると言うのか?」

 

「あるさ。劇自体から降りてしまえばいいい。私は冒険者を嫌々ながらしているが、もうすぐ引退するつもりだ」

 

「引退後は何をするのだ?」

 

「何もしないさ。世界がどうなろうと知った事ではない。穏やかに慎ましく余生を過ごすのさ」

 

「ふむ。やはり人間という生き物は興味深いな。その話もっと拝聴したいが、私にも任務があってな。その勇者の武器が必要なのだ」

 

「別に興味はないが一応聞いておきたい。勇者の武器をどうするつもりだ?」

 

「知れた事。私達が使用する。現在急速に成長しつつある勇者とその仲間達に対し、我々魔族は劣勢に立たされている」

 

 その片寄ったバランスを戻す為に、魔族に強力無比な武器を渡す。それが、青と魔の賢人の決定だった。

 

 サウザンドの左手から矢のような形をした光が浮かび上がる。ウェンデルと黒衣の少年が戻って来たのは、サウザンドから光の矢が放たれた瞬間だった。再び爆発音が森に響き渡る。

 

 


 ······この小さな森の出口に一人の少女が立っていた。年はまだ十代前半に見える。少女の目の前に一人の魔族が倒れていた。


 その過度に装飾が施された甲冑は、身分の高い者のように思われた。息は無い。絶命している。

 

 少女はニ度目の爆発音がした方角へ歩きだした。その頬は、返り血で赤く染まっていた。 

 

 

 

 

 


 

 

 

 


 


 

 

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