教えて、理央先生! 思春期症候群は記憶操作で実現を⁉

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実は麻衣さんや翔子さんこそが、この世界を夢見ながら眠っていて⁉

 ──がわ県立みねはら高校の物理実験室には、『魔女』が棲んでいると言う。


 確かに魔女と呼ばれるだけあって、彼女に相談すればどのようなこの世の不思議であろうと、たやすく解き明かしてくれるとのことだったが、今時高校生ともなれば、そのようなことを信じる者はほとんどおらず、そのあまりの胡散臭さに、むしろ彼女のことを敬遠するばかりであった。


 しかし最近になって、そんな状況が一変した。


 それというのも、当校の生徒をも含む、巷の中学高校生たちのうちけして少なくない者たちが、『思春期症候群』と呼ばれる、何とも奇妙なる現象に見舞われていったのだ。


 何でも突然、人の心の声が聞こえてきたり、宇宙からの電波をキャッチしたり、前世に目覚めたり、異世界に転移してチート能力で無双してハーレムを築いたり(したのだと言い張ったり)といった、まあ一言で言ったら『中二病そのままの症状』を訴え始めて、周りの生徒たちから完全に引かれて、当然のごとく村八分の状態となり、挙げ句の果てには学校を中退して引きこもり状態になるといった、とても看過できないゆゆしき問題が頻発していったのだ。


 そのため症状を自覚した者は、けして周囲に知られないように最大限の注意を払いつつ、藁にもすがる思いで、『物理実験室の魔女』へと相談することにしたのである。


『魔女』とか言うくらいだから、どんなオカルト的珍解答をもたらしてくるかと思えば、案に相違して与えられた対処法ときたら、何とそのすべてが現代物理学や心理学に則った、非常に論理的かつ実効性のあるものばかりで、次々と見事に『思春期症候群』を解消していき、それに応じて彼女のことは、『論理の魔女ロジカルウィッチ』とも呼ばれるようになっていったのだ。


   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑


「……いや、どう考えても、無理だろう」


 まさしく話題のみねはら高校の物理実験室において、ここ最近の騒動の数々に思いを馳せながら、僕ことあずさがわさくはいかにも思わずといった感じで、そうつぶやいた。


 それが耳に届いたのか、淹れ立てのコーヒーに満たされたビーカーを片手に、胡乱げな目を向けてくる、この部屋のぬしの少女──つまりは、件の『論理の魔女ロジカルウィッチふた

「どうした、梓川。いいのか、放課後というのにこんなところでくだ巻いていて。一応女である私と二人っきりのところを見られたりしたら、あのヤンデレ下級生殿に刺されてしまうんじゃないのか?」

「──おいっ、それはあくまでもループ中のことで、ある意味『こことは別の世界の話』のようなものでしかなく、今現にここにいる僕とはまったく無関係なんだろうが⁉」

 そうなんです、読者の皆様。いたいけな下級生の女の子を誑かして手込めにした、あの鬼畜な主人公失格男なんて、本当は存在していなかったのですよ?

「へえ、そうなんだ? いやあ、便利だねえ、ループって。何かまずいことがあっても、すべて無かったことにできるんだからね」

「──うぐっ」

「まあ、現実世界とループ中の世界の関係って、言ってみれば小説における、『原作』と『二次創作』の関係のようなものでもあるからね。確かに二次創作だったら、原作なんか度外視して、どんなむちゃくちゃな内容にでもできるけど、逆に言えば、原作にはまったく影響を及ぼすことができないのだからね。──よって同様に、『ループ中の君』が何をしようが、この『現実世界の君』が、いかなる非難も受けることはないってわけか」

 ……またこいつときたら、いかにもメタっぽい例え方をしてからに。

 それにあれは厳密には、ループでは無かったんじゃないのか?

「いやもう、前回の話はいいんだよ! それよりも今回聞きたいのは、おまえは量子論と集合無意識論に則りさえすれば、どんな『思春期症候群』的不思議現象でも、実際に実現できると言っているけど、そんなの無理じゃないかってことなんだよ!」

「おや、これは異なことを。これまで私が『記憶喪失中のみの仮人格』や『ループ』などと言った、本来あり得ないはずの超常現象を、見事に論理的に解決してきたのを、その目で見ていた君の言葉とも思えないんだけど?」

「も、もちろん、おまえの偉業に対しては大したものだと思うけど、うがった見方をすれば、たまたまその二つの状況が論理的に解決するのに適していただけであって、例えば完璧に物理的なタイプの『思春期症候群』には、文字通り『論理の魔女ロジカルウィッチ』であるおまえの口八丁なんか、とても通用しないんじゃないのか?」

「口八丁とは、ずいぶんなお言葉だねえ。──まあいいや。それで、君の言うところの、物理的な『思春期症候群』ってのは、具体的にはどういったのを言うわけなのかい?」

「そりゃあやっぱり、さんが他人から見えなくなってしまうとか、麻衣さんとのどかが入れ替わってしまうとかいったやつだよ」

「……どうでもいいけど、さくらじま先輩のばっかりだな」

「──えっ、いや、ただの偶然だろ?」

「しかし、透明化に入れ替わりとはねえ。何か桜島先輩の『思春期症候群』って、無理筋ばっかりだよな」

「あ、それは僕も、そう思った」

「まあ、どんな症状だろうが、実現不可能なことなんかあり得ないけどね」

 そしていかにも満を持したようにして、これまでにないとんでもない爆弾発言をぶちかます、ドS白衣眼鏡少女。


「何せどんな超常現象であっても、いっそのこと世界そのものを改変してしまえば、未来予測だろうが、読心だろうが、透明化だろうが、他人との人格や肉体の入れ替わりだろうが、実現できないものなぞないんだしね。そして量子論と集合的無意識論とに則れば、何と世界の改変というものは、十分に実現可能となるのだよ」


 はああああああああああああああああああああ⁉

「世界そのものの改変が実現できるって、そんな馬鹿な!」

「ああ、世界の改変と言っても、物理的なものではなく、あくまでも精神的な改変に限られるけどね」

「へ? 精神的な改変って……」

「例えば、戦争が起こったことを無かったことにする場合、物理的改変では死者を甦らせたり壊された建物を元通りにすることができるだろうけど、精神的改変においてはあくまでも、人々の記憶から『戦争があったこと』を抹消するだけで、死者を甦らせたり荒廃した国土を元に戻したりといった、まるで神様みたいなことは不可能ってわけなのさ」

「いやいや、それって本当に世界の改変なわけ? そんなんで戦争がなかったことになるの?」

「だって、戦勝国敗戦国中立国を問わず、世界中の人々の記憶から、戦争があったことが抹消されるんだよ? 確かに交戦国における人的物的損害については説明がつかなくなるだろうけど、それが戦争によるものと覚えている者がただの一人もいなければ、戦争そのものが無かったことになるんじゃないのかい?」

「──っ」

 何その、極論だか暴論だかわけのわからない、ごり押し的な屁理屈は?

「いや、でも、世界中の人々の記憶を消したり改変したりって、どうやって実現するわけなんだよ⁉」


「だからここでこそ、量子論と集合的無意識論のご登場ってわけさ。つまり全人類を強制的に集合的無意識にアクセスさせて、『戦争なんて無かった』という記憶をすり込んでしまうって次第なんだよ」


 ──あ。

「君には何度も申し上げているから、ここでは簡単な説明に止めておくけど、この可能性をけして否定できない限り、我々人間も量子同様に、常に『形ある現実の存在』と『形なき夢の存在』という二重性を持つことになり、その結果本来量子のようなミクロレベルの存在しか適用されなかった『重ね合わせ』という現象が、マクロレベルの存在である我々人類にも適用されるようになって、我々は常に無限に存在し得る『次の瞬間の自分』──もし現在夢の中にいる場合は、目覚めるまでは何者にもなり得る可能性があるゆえに、文字通り無限に存在し得る『目覚めた後の自分』──と、相互に無限にシンクロし得ることになり、この全人類における総体的シンクロ状態こそが、ユング心理学の言うことろの、あらゆる世界のあらゆる時代のあらゆる存在の『記憶』が集まってくる超自我的領域、『集合的無意識』そのものと見なせて、つまり我々現代社会における普通の人間であっても、集合的無意識にアクセスして、自分以外の何者かの『記憶』を自分の脳みそにすり込むことによって、その何者かが現在目の前にいる人物であれば、『読心』や『人格の入れ替わり』を、戦国時代の武将や異世界の勇者なら『前世返り』を、未来人なら『未来からののタイムトラベル』を──等々といったふうに、まさしく『思春期症候群』そのままの、あらゆる超常現象を実現できるようになるって寸法なのよ」

「……ってことは、麻衣さんの場合だと、どうなるわけなんだ?」

「まあ、彼女の場合は、かなり無理があるんだけど、強いて言えば、例えば透明化だったら、すべての瞬間において彼女の周りの人間を強制的に集合的無意識にアクセスさせて、彼女に関する記憶をすべて抹消し続ければ、たとえ彼女が現に目の前にいようと、彼女のことはまったく認識できなくなって、『ちゃんとそこにいるのに目に見えない』という、事実上の透明化現象を実現できるわけ」

 な、何と!

「続いて、のどか君との入れ替わりだけど、何かこれって原作のラストじゃ、肉体そのものが変化する形で入れ替わってしまったように描写されていたけど、いやあ、それはないでしょう。悪いけどここは、『肉体は本人のままで、精神のほうだけが入れ替わった』ということで説明するね」

 ……う〜ん。まあ、それが妥当なところだろう。

 いくら何でも肉体そのものが変身するなんて、質量保存の法則的に絶対あり得ないからな。

「となると、これはまさに『かえで』ちゃんの時の『記憶喪失中の仮の人格なんて、本当にあり得るのか?』のケースとまったく同じで、桜島先輩とのどか君の両人を同時に集合的無意識に強制的にアクセスさせて、桜島先輩にはのどか君の『記憶』を、のどか君には桜島先輩の『記憶』を、常にインストールし続ければ、万事OKってわけなのさ」

 ああ、確かにそれだったら、『かえで』の時とまったく同じだし、十分現実的だわ。

 しかしそうなると、更に根本的な疑問を抱かざるを得なくなるんだよなあ。

「でもさあ、こんなことって、単なる『現象』ではなく、何者かの『作為』が無いと、とても実現できないんじゃないのか?」

「おお、梓川にしては、いい質問だな。その通り、実は『思春期症候群』はすべて、明確な作為によって起こされているんだ」

「──っ。やっぱりそうなのか? 一体何者なんだ、個々の思春期の少年少女の潜在的な願望を読み取り、こんな様々な超常現象を起こせるやつって?」


「もちろん最初にその存在可能性に言及した、この現実世界を始め、無限に存在し得るありとあらゆる世界を夢見ながら眠り続けているという、いわゆる『夢の主体』とでも呼ぶべき輩だよ」


 はあ?

「いやいやいや、それってあくまでも、『概念的存在』に過ぎないって、おまえ自身が言っていただろうが? それとも本当にいるとでも言うのか? この世界そのものを夢として見ている、文字通り神様的存在が!」

「そうだよ? それも案外、君の身近にいるかも知れないよ」

「なっ」

「だってそうだろ? なぜか『思春期症候群』って、決まって君の周辺ばかりで、起こるとは思わないかい?」

「うっ」

「案外この世のすべてが、何らかの原因で寝たきり状態となってしまっている、桜島先輩やしょうさんが見ている夢だったりしてね」

「……馬鹿馬鹿しい。麻衣さんも翔子さんも、ちゃんと覚醒しているじゃないか?」

、ではね」

「この世界、って……」


「まさに量子論で言うところの、無限に存在し得る『別の可能性の世界パラレルワールド』において眠り続けている、桜島先輩や翔子さんが見ている夢の世界こそが、実は我々が現在こうして存在している、この世界そのものだったりしてね」

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