第3話 演劇の端役

 本庄と俺は、星野の次の言葉を待った。



 「実はな、周遊さんとのコラボ演劇で、人が足りなくなってね」

 


 巨漢、星野は、俺たちにビラをみせながら続ける。



 「このたび、エキストラを募集することになったのだ」



 「きゃぴいん」というなにやら不穏な音が隣から聞こえた気がする。

 音が聞こえた方角は疑いようもなく、本庄の方。



 「エキストラ!それって演劇に出れるってことよね?」


 「ご明察。もちろん、エキストラには演劇にでてもらう。しかも、セリフも用意してる」



 一言だけだけどな、と肩をすくめながら星野はいう。



 「でもでも、それってあれよね。周遊さんと同じ演劇にでれるってことよね?控室とかで共演者挨拶とかできちゃうし、打ち上げとかにも一緒に出られるってこよね!」


 「おお、その通りだ。まさに、今回のビラによるエキストラ募集は、その辺の特典が売りなのさ」



 なんと、それは確かにすごい。あの俳優の周遊と一緒の舞台にでれるだけでもなかなかない機会なのに、話すチャンスまで頂けてしまうとは。随分と美味しい。



 「それ、私出演したい!!というか出させてください!いや、出させないと殺す!」



 何やら不穏なワードが出てきたぞ。本田女史、ちょっと落ち着こうか。


 本田女史の前のめり過ぎる申し出に、星野も答える。

 


 「がっはっは。そこまでいわれちゃ仕方ない、エキストラ一号は君に決まりだ」



 おっさんくさい笑い声をあげ、星野は朗らかに言った。


 なんと、早くもエキストラ役が決まってしまった。まさか、こんな簡単に決まってしまうとは。



 「ふむ、そういえば、エキストラで欲しい役には、二人一組の男女カップルがあったんであった。ちょうどよい、夕見寮『一枚岩』の坊主もやってみんか?」


 「…え、俺ですか?」



 突然の申し出に、狼狽える。たしかに少しだけ興味があったのは事実だ。それだけに、突然の出演の依頼に、興味が惹かれる自分がいた。



 「…そうですね。すこし考えさせてもらえ


 「もちろん加持君も出演させていただきますね!ありがとうございます!」



 …え?本庄、お前今なんて。



 「お、そいつはありがたい」



 と頷く星野。


 それに対して張り付かせたような笑顔を向ける本庄。と同時に、俺の脇腹を小突きながらささやく。

 


 (あんたバカじゃないの…? こんな千載一遇のチャンスに、どうして「考えさせてください」みたいな曖昧な返事が言えるわけ)


 (お、おう…)



 本庄の鬼気迫る睨みに、何も言い返せない自分がいた…。なんとも面目ない。



 「それじゃあ連絡先を交換しようではないか。役の詳細や稽古の事、追って連絡することにしよう」


 「ありがとうございます!」



 勢いよく、携帯電話を取り出す本庄女史。


 連絡先を交換しながら、そのまま星野と談笑を始める俺に、それを横目でずっと見ていた白老が、ささやくように俺に話しかけてきた。



 「よかったじゃないか。博光」


 「ん、何がだ?」



 返答に少し窮しながらも俺は答えた。白老は目元を緩め、飄々とした顔で答える。



 「ほら、お前が昨日、富士見寮の連中のストームに巻き込まれなかったとしたら、この三回生に話しかけられもしなかったろ」



 おかげでなかなかな機会に恵まれたじゃないか、白老は付言した。


 確かに、面白い申し出ではある。しかし、早朝から男たちに投げ飛ばされ、散々ストームの後始末の掃除に付き合わされた俺としては、いささか釣り合いが取れていないのでは? と言う気持ちでもあるが…。


 第一、俺は俳優の周遊直人にそこまで興味はない。


 というより、この場合もっとも利益を得ているのは本庄ではないか?奴にしてみれば棚から牡丹餅もいいところじゃないか。



 「何事も巡りあわせって言うだろ。出会いは奇縁でも、振り返ると良縁ともとれる」


 天の与うるを取らざれば反ってその咎めを受くってな。と白老は続けた。



 嫌に達観しているなこの男は…。


 白老を無視して、星野と連絡先を交換する。



「それではな。『一枚岩』君。お嬢さん。また連絡するよ」



 がっはっは。と豪快に笑いながら、巨漢、星野は教室を後にした。


 直後、時計台の鐘楼の音がなる。二限が始まりを告げ、民法の教授の気だるげな声が、拡声器に乗せて講義室に響き渡る。



 雀の鳴き声が窓から流れ込んでくる午前10時。聴講をしている学生たちは、静謐とした教室の中、穏やかな日差しを受け、安寧なまどろみを誘う雰囲気の中、二限の授業をすごすのであった。



◇◇◇



 二限が終わり、食堂に向かう。俺、本庄、白老は、民法の講義の後は、講義棟を出てすぐの西キャンパス生協に向かうのが通例になっていた。


「いやぁ、毎度眠たくなる講義をよくもまぁ提供できるものだな」


「そうね。私の高まった周遊直人熱を冷まして余りあるほどのローテンションな講義だったわ」


 法学部の講義を担当する教授の中には、基本的に教科書に羅列してある文言を読み上げることに熱を上げているのではないか、と疑われるような講義をする人もいる。


 レジュメ(講義プリント)が自らの研究分野にさしかかると饒舌になるが、基本的な法律の概念などを説明する際は、本当にどうでもいいと思っているらしい。途端にテンションを落として講義をする。


 大学の教授の職務は教育というよりも、研究をすることがメインである、とよく聞くが、本学の教授についても例に漏れていないといえよう。


 と、先ほどの講義についての愚痴をもらしながら生協に向かっていると、なにやら生協前の広場に人だかりができているのが見えた。



「決闘ストームだっ!!メンズーアだ!!」


 何者かが叫ぶ。すると、どよめきが広場に広がったのが伺えた。見ると、相対する二人の男が人だかりの中心にいるのが見える。それを囲うようにして、学生たちが野次馬のように見物しているようだ。


 とりまきの中心にたたずむ男二人は、お互いに対し怒りの感情を抱いて対峙しているようだ。その表情から、目の前の相手を打ち負かそうとする気合が見える。


 一人は、細身で、痩身ではあるが、身長がやけに高い。文化系のなりをしているが、怒らせると中々に喧嘩が強そうである。


 相対する男は、小柄であるが、普段から鍛えていると見受けられる風貌をしている。体格がよい。四角い頭をしているのが特徴的だった。


 一人は長身、一人は小柄。この二人の身長差が中々に印象的である。



 「決闘ストーム?なんだそれは」


 「メンズーア?もしかして、あの…」


 「久々にあれがみれるってのか!」



 ざわめきが大きくなる。取り囲む学生たちの間で、困惑と興奮が入り混じった感情が波打った。ある者は何が始まるかと不安になり、ある者は、期待した顔で成り行きを見舞っている。



 「喧嘩がはじまるようだな。いったい何が理由なんだろうか」



 白老は飄々とした笑顔を崩さずにそう言った。すると、俺たちの隣にいた野次馬の一人が答える。



 「おう、君たち一回生かい?これは見ものだよ」


 「え?見もの?」



 白老は疑問符を浮かべながら答える。



 「何って、みたまんまさ。『学生決闘』だ。しかし、なかなか見れるもんじゃない」



 顎がやけに長く、尖った顔たちをしている野次馬の男は続ける。何でも、喧嘩を始める二人の間でいざこざが合ったらしい。



 「あの身長の高い男がいるだろ。あいつがな、小柄の男に、『消費者行動論』の講義の代返をお願いしていたらしいんだが」



 代返とは、講義で出欠を取る際に、欠席をしている人の変わりに、出席している人が返事をすることだ。簡単に言ってしまえば、「俺この講義欠席するんで、申し訳ないけど、俺の変わりに出欠に返事して、俺が出席していたことにしてくんない?」という行為である。代返、それは「代理で出欠に返事をする」の略である。



 「なんと、あの小柄の男、その頼みを無視して、自分も講義を欠席していたらしい」



 さらに始末が悪いことに、自分も欠席していたということを、あの小柄の男は長身の男に伝えていなかったとのこと。



 「それであの背の高い男はカンカンさ。なんたって、自分の出席日数は足りてるもんだと安心しきってサークル活動に精を出していたらしいんだが、久々に講義にでたところ、教授から『君は出席日数が足りてないから単位は上げられないよ』といわれたらしい」


 「なるほどな。確かに、不意打ちで自分が落第を取っていたというのはショックだろうな」



 白老は野次馬の男に返事した。顎の長い野次馬男は、「その通りさ。まぁ精精最後まで見物していけ」と満足そうにいってどこかにいってしまった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夕見寮ストームッ!! ~入ってしまった大学キャンパスで、寮対抗のストーム(馬鹿騒ぎ)に俺は巻き込まれる~ @wednes78

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ