最終話 お前以外におるまい!

 トーミ王国の円形闘技場に先ほどまでの活気は無かった。静まり返り、照明も落ち、星明りだけが特設ステージを照らしていた。本格的な片づけは明日にしたらしい。

 つい先ほどまでお笑いで大盛り上がりしたことなど、この光景だけを見ていてはまるで信じられない。


 しかし今その場でたたずんでいるギムコの脳裏にはしっかりと残っていた。

 舞台に立ちシコロモートと2人で、漫才とショートコントを行ったことを。

 他の多くの人族を混ぜて、不安であったが無事に終わらせることのできた『豪傑戦隊』を。

 そして何より、多くの人族を笑わせたことを。



(こんなつもりじゃなかったんだけどな……)



「なるほど、人族との戦争に勝つために余の力をかりたいということか……」

「はい」(シコロモートの力ならば人族など楽勝! 人族全てを滅ぼしてもらい、これで戦争終結、俺の地位も安泰!)


「よかろう、我がお笑い力を存分に振るい、この戦争を終わらせてやろう! 全て余に任せるがよい!」

「はい、ありがとう……はい!?」(おわ……らい……? 何で!?)



 30日前の話。

 人族に不穏の気配ありという情報を聞き、いまだ魔種との戦争から立ち直れていない魔族が生き延びるためにはどうしたらよいか。考えた末にギムコはシコロモートのもとを訪ねて依頼した。

 戦争を終わらせるために協力してほしいと。その時のやり取りを今ギムコは思い出していた。


 隠居させていた元魔王シコロモートにもう一度役割を与えて、戦争に勝利、魔族の繁栄へ結んでいく。

 シコロモートが生き延びるなら、適当に恩賞を渡すなり何なりすればよい。そうでなくても魔族が被るものはそこまで多くない。そして自分の地位も脅かされない。

 そう思っていた。そうしようと思っていた。利用しようと考えていた。


(……なのにどうしてこうなった……何でお笑いなんか見せる羽目になった……どうして俺がツッコミ役をやることになった……)


 いくら自問しても答えは出てこない。頼みに行ったらお前もついてこい。と言われて、ついていったらこうなった。としか言いようがない。

 分からないことだらけで、論理も理屈も何もない。考えても答えも出てこない。

 ただ1つ、確かなこともあった。



(……でも、戦争は避けることはできたんだよな……)



 完全に避け切れたわけではない。しかしその兆しとなることが起きた。

 先程グーヴァンハがここに来て、

「近々特使として魔族領へ訪れる。なのでその時案内を頼む」

 と言ってきたのだ。


 その際に行う会談内容は、これからの魔族と人族が共存していく道の模索、次回開催の漫才予定の流れ、そのときには陛下をトコトン罵倒する奴をやってもよいか。と3つのことが聞かれた。

 それを聞いたときにはギムコも思わず

「こういうときくらい真面目にやれよあんたは」

 と口を挟んだのだが、グーヴァンハはにやりと笑っただけで帰って行った。


 何にせよ、人族と魔族の戦争を避ける希望はつながった。

 終戦という訳ではない。再び緊張感が高まる可能性もある。だが、それでも今現在の情勢は、戦争を避ける方向へ舵を切った。これは疑いようもないことである。

 そういう意味では、結果としては彼の希望はそこそこには叶えられたのだ。あくまで結果として、しかもそこそこではあるのだが。


「ギムコギムコギムコ! できたぞ! 思いついたぞ! 新しいショートコントのネタじゃ! 絶対面白いぞこれは!」


 そんな物思いに耽っていたギムコの元に、シコロモートの叫びが飛んできた。ここは寒いしネタを考えたい、ということでここから少し離れた控室にいたのだ。


「名付けて『英雄戦隊VS豪傑戦隊~山奥に隠された秘湯で巻き起こる愛憎劇! 湯煙の奥に見えた美女は亡霊か本物か? 名探偵シコロモート登場! ゴリラもいるよ!』じゃ! どうじゃ面白そうじゃろ!」

「……」


「もちろんこれだけではないぞ! 今回できなかったパペットコント、シュール系コント、変顔。まだまだやれていないお笑いの種類はたくさんある! それらもこなしてもっともっと笑わせていくつもりじゃ!」

「………………」

 今ギムコにはシコロモートの表情は見えない。だが声だけでギムコには分かった、それが輝いているのであろうことは。


「シコロモート様ー!」

「なんじゃー!」


 呼びかけに応じながら、シコロモートは控室から姿を現す。いつまでも来ないギムコに焦れたのだろう。その顔は少し不満そうであった。


 そんな彼女の気持ちも分からないでもないが、ギムコにはあることが聞きたかったため、それを無視した。

 重要で、大切で、予想できてはいるのだけれども、でも何となくそうなって欲しいような、欲しくないような。これからの彼に関係する重大な事態を、聞いておきたかった。


「一応聞きたいんですけど、それのツッコミ役は誰がやるんですかー?」

「ああ? そんなん決まっておるじゃろう!」


 シコロモートは力強く右手でそのものを指さした。

 これまで傍らにいてくれたもの。

 自分のお笑いを飛躍させてくれた立役者。

 もう欠かすことなど考えられないツッコミ役。

 魔王ギムコを。



「お前以外におるまい!」



(完)

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