第3話 新しい日常



人生最大のトラウマを克服した俺は、羽奏と共にスケートをする事になった。あの後母さんに確実にスケート復帰すると伝えたら、母さんは感極まって泣いてしまった。 父さんや他の家族には落ち着いたら報告しようと思う。部屋に戻ってベットへダイブする。今日は感情を酷使しすぎて、もう何も考えたく無い。とりあえず今日はもう寝よう。今日得た最高の記憶を頭に刻み込んで、俺は泥のように寝た。


次の日、いつも通り学校に行こうと玄関を出たら、そこにはいるはずではない人がいた。

「え」

「おぉ、おはよー」

お向かいに新しく人が来たというのは知っていたが、まさか...

「まさか、ウチの目の前に引っ越してきたのって、羽奏だったの?」

「あれ?昨日一緒に帰った時に言ったじゃん。ウチここだよーって。」

曖昧になっている昨日の帰りの記憶を、急いで掘り起こす。確か観月スケートリンクから出た後、一向に帰り道が別れなくて「おかしーなー」とか思ってたら家が目の前だったって言うのを思い出した。自分の記憶力のなさに、絶望する。

「スミマセン...言ってましたね...」

「んもー覚えといてよ!ま、いっか。ほら、学校行こ!」

羽奏は忘れていた事を特に気にしなかったようだ。そういうところは素直に羨ましいなと思う。俺は自転車の鍵を開けてサドルに座り、ペダルに足を置く。羽奏の方を見ると、なぜか羽奏は軽いストレッチを始めていた。よく見たら、着ているのは制服ではなく、ランニングジャージだ。髪も後ろで結わえている。何をするのかわからず、気になって聞いてしまった。

「もしかして...こっから学校まで走るの?」

ここから学校まではかなりの距離がある。俺は毎日自転車で15分かけて登校している。まさか羽奏はその距離を走るのか?

「うん、走るよ?だってすぐそこじゃん。」

なんという底なしの体力。恐ろしい。これが女子なのか?羽奏に戦慄していると、待ちきれない様子で俺を急かしてきた。

「ねぇ、そろそろ出ないと遅れるんだけど...早く行こ?」

「あ、うん...ごめん。」

慌てて自転車をこぎだす。すると、羽奏は驚きのスピードで走り始めた。なんと俺の自転車についてきていたのだ。

「大丈夫?...もうちょっと速度落とす?」」

「んーん。こんくらいがいい。」

いや余裕ですがな。鞄を背負っているから相当走りにくいと思うんだが...。羽奏は体力があるのか、ちっとも息を乱さない。フォームも安定していて、日頃から走っていることがよくわかる。

「(ボソッ)...俺も明日から走ってみようかな。」

「やめたほうがいいかも。見た感じ現役から結構体力落ちてそうだし。」

一刀両断されてしまった。それもそうだ。一度引退してから毎日学校へ自転車で通っているが、それでも現役の頃に比べたら運動量が違う。落ちているのも当たり前だ。やっぱりてっぺん目指すんだったら持久力はあげなければ。これからどうトレーニングをしていこうかと考えていたら、あっという間に学校に着いた。流石に完走し終わったら羽奏でも息は上がっていた。ちょっと安心しているのはなぜだろう。

「じゃあ...アタシ着替えてくるから...一回、お別れだね...」

それだけ告げて、羽奏は体育館の方へ向かっていった。凹凸の少ない体に(別に悪口ではない)小さい顔。目鼻立もハッキリしていて普通に可愛いし、昨日のストレッチを見る限り、体も柔らかく、持久力は人一倍ある。なのに、羽奏が転校してくるまで俺は羽奏の名前を一度も聞いたことがなかった。こんなにもスケートに適しているというのに。羽奏の何がダメなんだろう。羽奏が上にいない事が不思議でたまらなかった。


教室に入ると、そこには羽奏がいた。あれ、さっき別れたばっかりだよね。着替え早くね。

「翔遅くない?どこで暇つぶしてたのー?」

「いや...羽奏が早すぎるんでしょ。」

イヤホンを外して席に着こうとする。よく見ると、羽奏の周りに2、3人女子がいた。この短期間で仲良くなったのか。コミュニケーション能力高いな。小さく挨拶をして、その人達を避けながら席へ向かう。け、決してコミュ症ってわけじゃないんだからね!勘違いしないでくれる?!再びイヤホンを付けて、小さめの音で次の大会で滑る曲の候補を聴いていく。音が小さいおかげで隣の会話が聞こえてきた。

「そういえば羽奏ちゃんスケートやってるんだっけ。」

「うん!小学校からやってるよー。」

「へぇ〜長いね。てことは体とか柔らかいの?」

「もっちろん!足180度開くよ!」

やっぱり柔らかいんだ。俺も開くけど、結構きつい。昔のコーチにも体の硬さを指摘されていた。足首とか手首は柔らかいのだが、体全体の柔軟性はスケーターの中では低めだ。隣では羽奏の柔軟披露会が行われている。視線を向けると、俺は驚くべきことに気づいてしまった。

(パンツ見えそう...!!)

羽奏はスカートを何回か折って履いてるので普通より短い。今は立ちながら前屈をしているのでお尻の部分の裾が地味に上がっている。しかもラッキーなことに、羽奏は尻をこちらへ向けている。これは見えちゃても仕方ないよね。神様ありがとう。

「このまま肘つけれるよ!見てて〜。」

そう言って羽奏は更に体を前へ折り曲げた。それと共にスカートも上がる。俺の目も開く。結果は黒。いや、パンツの色が黒ってわけではなくて、俗に言う「見せパン」を履いていた。Oh...残念だぜ...。好きであろうが好きでなかろうが、可愛い子のパンツは見たいものだ。でも、得たものはある。羽奏の見せパンは少しめくれていた。そこから黄色のレースが覗いていたのを、俺は見逃さなかった。ふっ...似合ってるぜ、黄色のパンツ。

「ねぇ羽奏ちゃんパンツ見えるよ?だいじょぶ?」

「へーきへーき!見せパン履いてるもん!」

「いや、履いてても見えちゃうじゃん。羽奏ちゃんおっとこらし〜」

神様ありがとう(二回目)。あなたのおかげで俺は無事ラッキースケベに成功しました。なんだか今日の授業は頑張れそうな気がしてきた。


「えー、この文は仮定法と言ってだなー」

1時間目から眠たい授業が始まる。眠気に耐えられず、あくびを漏らす。やっぱりレースだけだとパンツパワーが足りないな...。パンツで思い出して、羽奏の方を見る。羽奏は思いっきり船を漕いでいた。英語の鬼瓦の授業で寝るとか、勇者だな。鬼瓦は不真面目な生徒に容赦ない。授業後に大量の難しいプリントを渡され、後日までにやってこないと雷が落ちる。あくび程度なら許してくれるが、居眠りはアウト。かわいそうなので、肘で突いて起こす。でも羽奏は起きない。完全に夢の中だ。でも、このままだと大量のプリントをやることになってしまう。そうなると、夜スケートできるかわからない。何が何でも起きてもらわないと困る。肩を叩いたり、再び肘でつつくも、一向に起きる気配がない。こっちも意地になって起こそうとする。すると、

「い"っ!!」

急に頭を叩かれた痛みが走った。

嫌な予感がして後ろを振り返る。そこにはまさに鬼の様な顔をした鬼瓦が青筋を浮かべて立っていた。ははは...今日はなんだか寒気がするなぁ...。風邪かな?

「何度も読んだはずなんだがなぁ...、先生悲しいぞ?そんなに授業を受けたくないのなら、貴様にだけ俺の特製プリントを10枚やろう。喜んでいいんだぞ?どうやら貴様は英語が得意な様だから、残りの授業時間で全て終わらせろ。いいな?」

「はは...先生、冗談きついですよぉ〜...。」

「いやいや、先生はお前の事を信じている。」

そういう言葉はもう少し違う時に聞きたかった。

「流石に授業を受けないのはちょっと...」

「御門。この時間内に終わらせれるよな?」

その時の先生の顔が般若の面のように見えたのは、気のせいではない気がした。


学校が終わった。ついでに俺も終わった。あの後時間内に終わらず、結局プリントを持ち帰ることになってしまった。学校からスケートリンクへ行く途中でプリントを眺める。解けなくはないけど、めんどくさい。どれもこれも全部羽奏のせいだ。隣を歩く羽奏を見る。夕焼けに照らされた瞳がキラキラ輝いていて、綺麗だった。かなり見つめていたのか、羽奏もこっちを見てきた。びっくりして声が上ずってしまった。

「えっ...な、なに」

「いやそれこっちのセリフだしー。さっきから見られてたら恥ずいんだけど。」

そんなに見ていただろうか。あまり意識していなかった。どっちかというと、見ているというよりは眺めていたに近い。まあ、どっちも大差ないか。

「あー、いや。今日の鬼瓦の授業よく寝れたな。怖くなかったのか?」

「まぁね。アタシ寝るのうまいからバレないんだよね。てか翔起きてたんじゃないの?」

「お前のせいなんだよなぁ...。」

まあ人を起こそうとして叱られたのは仕方がない。別にプリントも量があるだけなので、気にはならない。とりあえず解ける問題だけ解こうと思い、再びプリントに目を通す。ていうかいつの間にかスケートリンクについていた。でも、今日は何かが違って見えた。羽奏もそう感じたらしく、困惑の二文字を浮かべていた。気になって観察してみると、鍵が開いていることに気づいた。

「ねぇ...中に誰かいる...」

よく見ると、奥に人影が見えた。激しく動いているので、スケート中だというのがわかった。気になったので、二人で急いで奥へと進む。

「え、...だれ」

氷の上には俺らと同い年くらいの金髪の少女がスケートリンクに花を咲かせるように滑っていた。

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High Five @sakura399

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