おまけ 平行

 私には好きな人がいる。

 二年三組の江田先輩だ。

 話したことも部活が同じということもない。ただ廊下ですれ違っただけだ。いわゆる一目惚れというやつをした。


 遠くで見ているだけで幸せだった。


 が、二月十四日が来る。

 チョコを渡したい。高校生になって初めてのバレンタインデーにチョコを渡したい。

 渡したいが、私が渡したところで誰と思われるだけだ。


 悩んでいるうちに十三日になってしまった。

 とりあえず時間がないので、冬仕様でメッセージ欄がある板チョコを買いリボンで飾りを付ける。決心が付かなければこの欄は白いままでいい。

 携帯を通じて江田先輩同じクラスの先輩に靴箱の位置を教えてもらった。上から二段目右から7番目。

 参戦する為の最低限の準備をしてベッドに入る。

 ずっと襲ってくる不安と期待は、布団をすり抜け付いてくる。



 寝坊した。

 名前を書くか、そもそも渡すべきかを夜遅くまで悩んでいたことが原因であることは明白である。

 まだ一限目が始まって間もないので急いで家を出る。一瞬悩んだがチョコを乱雑に手に取る。リボンが少し外れてしまった。


 今日の自転車を漕ぐ足は、遅刻さえしなければ重かったのだろう。


 誰もいない三年三組の靴箱の前に来たがこの後に及んでまだ決心がついていない。


 突然チャイムが鳴った。

 その音ではっとする。

 足音が聞こえ始めた。


 早くせねばならないが何段目かを忘れてしまった。何も出来ずただ多量の靴の前に立ち尽くす。

 まだ上がっている息がさらに苦しくなる。


 もう良いかな。

 半分諦めなんとなく、本当になんとなく携帯を取り出し昨日の先輩との会話を見返す。


「もし数字で分かんなかったら、

 靴が一つだけ空いていると思うから

 その上が江田のとこって覚えておいて

 インフルエンザで明日もいないと思う」


 半分諦めてももう半分が残っいて良かった。

 すぐに確認した。

 確かに一つしか空いていなかった。

 すぐさまその上の空間に差し出し人不明の気持ちを隠すように入れる。

 あんだけ悩んでいたのに入れる時は一瞬で何も考えてはいなかった。


 担任に遅刻の報告をし教室に向かう。


 席に座ると全身から疲労が滲み出る。しかし同時に達成感を出てくる。

 先輩に、あの江田先輩にチョコを渡したんだ。

 先輩からしたら私はただの見知らぬ後輩。でも私からしたら先輩はチョコを渡した先輩。

 これでもう遠くで見ているだけではない。

 そう思うとこの達成感がもっと特別に感じる。



 二時限目の準備をしながら思う。

 完全に諦めなくて良かった。

 忘れた時のことまで教えてもらっといて良かった。

 少しお節介な先輩がいて良かった。

 何より欠席が一人だけで良かった。

 もっと言えば不登校や




 転校した人がいなくて良かった。





「ハックション!」



「どうした息吹、岡田のインフルうっつたか?」

「いや、ただ単に女子が俺にチョコどうやって渡すか話してるだけだと思う」

「それはいったいどこの世界の話だよっ!」

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転校世界 新妻助丸 @niizu212

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