愛する人とずっと隣に

大樹

愛する人とずっと隣に

「お、お姉ちゃんは女の子同士の恋愛って、どう、思う……?」


 ……顔がやけどしそう。

 頬の温度が急激に上がっていくのを感じながら、正面に座る自分の姉、一実の目を見ながら尋ねた。

「……ぇ? お、おんにゃ、え? え?」

 お姉ちゃんは笑顔のまま表情をカチコチに固めながら、言葉を返してきた。口元が若干ひきつってる。

 ……やっぱりこういう反応になるよね。予想はできてた。

 でも今日の私はめげない!

 1年間ずっと悩んできた。ずっとずっと自分が抱える気持ちをどうすればいいのか考えてきたんだ。

 こんな気持ちさっさと捨てたほうがいいなんて、何回も、何十回も、何百回も考えた。でも無理だった。

 この気持ちに嘘をつくことなんてできない。

 だから今日、私は


 お姉ちゃんに告白する!




――――――――




 私の名前は佐藤二葉(さとうふたば)。高校2年生。

 そして私の姉は佐藤一実(さとうかずみ)。1つ学年が上で同じ高校に通う3年生。

 私たちは誰もが「仲良しな姉妹」と呼ぶほど仲が良い。私はお姉ちゃんが好きで、お姉ちゃんも私が好き。一言で言ってしまえばシスコン同士だ。1年前から好きの意味は違ってしまったけど……。

 とにかく、お互いのことを大事に思ってる関係だ。


 お姉ちゃんはすごく頼りになるお姉ちゃんで、いつも優しく面倒を見てくれる。イメージとしては、孫を溺愛している祖父母に可愛がられる感じだろうか。

 子供の頃から私と手をつないで歩き、一緒に外で遊んだり家でゲームしたり、一緒の布団で寝たり、常にそばにいてくれた。勉強で躓いたら優しく教えてくれ、膝を擦りむいたらおんぶし、私が泣いてたら優しく頭を撫でてくれる。

 高校生になった今でもそう大きく変わらない。子供らしさが消えただけで、お姉ちゃんのそばにいる時間はとても幸せだし、気分が落ち込むときは甘えることがある。

 私の人生はお姉ちゃんとの人生といっても過言ではなかった。もちろん普通の友達もいて一緒に遊ぶことはあったけど、お姉ちゃんの存在が心の面積の多くを占めていることは事実だ。


 そんなお姉ちゃんを女の子として……というのは少し表現がおかしいかもしれないけど、恋するという意味で好きになったのは約1年前、私が高校1年生になって少し経った頃だった。


 高校に入学した私は、また同じ学校に通えるという事実に浮かれ、登下校や昼休みの時間にお姉ちゃんとよく過ごすようになった。友達からは「お姉ちゃんバカだねぇ」とよくからかわれたが、私にとっては誉め言葉だ。ドヤ顔を思いっきり返してやった。

 ある時、下校の約束をして待ち合わせているとお姉ちゃんが遅れてやってきた。お姉ちゃんは優秀な部類の人間なので私と待ち合わせするときは大体お姉ちゃんが先にいるし、遅れるときも忘れず連絡をくれる。でもその時は連絡もなく15分以上遅れてきた。

 その時だけなら何か頼まれ事でもされて仕方ないのかなって思ったけど、それが2回、3回と続き、毎回訳をぼやかされた。流石にそんな不自然なことが続けば嫌でも気になってくる。

 だからあるとき強めに問い詰めてみたら、お姉ちゃんは渋々恥ずかしそうにしながら「告白されてた」と言葉を漏らした。

 

 …………え? お姉ちゃんに、告白? 知らない男の人が、お姉ちゃんと恋人同士になるってこと?

 ――頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。


 お姉ちゃんの色恋沙汰なんて一切耳にしたことがなかった。

 小さいころから私とお姉ちゃんはいつも一緒にいたから、特定の男の子と仲良くしているお姉ちゃんなんて見たことがなかった。

 ずっと私のそばにいてくれたお姉ちゃんが、今度は知らない男の人の隣で歩んでいく。私もお姉ちゃんもいずれ結婚してそれぞれの道を歩むことは、考えなかったことではない。

 でもそんな将来が間近に迫っているという事実をぶつけられ、逃げることも許されない、ねっとりまとわりつくような恐怖が私を襲った。

 衝撃的な事実に頭の中がパニックになり身体が銅像のようになっていると、そんな私を見てか、慌ててお姉ちゃんが両手で魂の抜けた私の手を包む。

 そして――陽だまりのような優しい笑顔を向けて私に言った。


「でもちゃんと断ったよ! 私は他の誰よりも、二葉ちゃんのそばにずっといたいもの!」


 ――ドクン。

 包まれた手から優しい熱が流れ込み、恐怖に包まれた私の心を解放する。澄んだ瞳は心から相手を慈しんでいる気持ちを映しており、まるで浄化するように私を見つめる。

 ……似たような言葉は何度も聞いたことはある。けど何故かこの時は、この時だけはどうしようもなく心臓の鼓動が全身を揺らした。

 お姉ちゃんが他の誰より、私と一緒にいることを選んでくれた。

 お姉ちゃんが他の誰でもなく、私だけを見てくれる。

 そのことが途方もなく心を浮つかせると同時に、奇妙な感情が心から湧き出し頬を真っ赤に染める。


 この出来事がお姉ちゃんに「恋」をするきっかけだった。


 実際お姉ちゃんは妹贔屓に見なくても、魅力的な人だと思う。

 基本的に物静かだけど、いるだけで周りの空気を明るくさせ、よく人と話し、笑う。周囲に対し常に気を配っていて、困っている人は助けるし、頑張っている人にはちゃんと褒めることを忘れない。運動はちょっと苦手だけど成績はすごく良い。

 見た目もモデルさんって程じゃないけど、癖っ気のない綺麗な黒髪を背中まで伸ばし、身長は女子の平均より少し高いぐらいで無駄な肉付きもない。

 モテる要素が詰まりまくった存在だ。

 私は今更ながらお姉ちゃんの良さを確認し、そして1つ疑問に思った。なんで中学まで一度も告白されなかったんだろう、と。

 うーむ、と悩みながら何気なく小学校から高校まで一緒の友達にその疑問を投げかけたところ、当たり前のように「妹バカすぎてちょっと引くから」と返された。


 お姉ちゃんは私のせいで今まで色恋沙汰に縁がなかったらしい。目から鱗だった。

 お姉ちゃんの行動を思い返してみる。

 私とお姉ちゃんは一緒にいるとき大体手をつないでいる。……まあこれは姉妹なら普通のはず。

 リビングで一緒にソファーに座りテレビを見るときは、私を足の間に腰掛けさせ両手でぎゅっと抱きしめながら見る。まあこれも問題ないだろう。

 運動会や文化祭などイベントがあれば常に一眼レフを抱え、私の姿を収めてる。印刷した写真はアルバムにしまって、時々ふやけた顔をしながら眺めてる。ちょっと恥ずかしいけど、家族だしおかしいことではないだろう。


 ……そんな引くところあっただろうか?

 いや、気付いてないだけでおかしいところがあるのかもしれない。とりあえず置いておこう。

 そんなわけで妹バカを発揮しない高校1年生の時だけ異様にモテたみたいだ。ちなみに通ってた小中学校は隣接しており、ほとんどの人が同じ中学校に進学したので、妹バカは認知されており告白されることはなかった。


 お姉ちゃんから告白されたと聞かされてからしばらくの間は、気持ちの変化に違和感だけを感じていた。

 お姉ちゃんに褒められたり頭を撫でられたりすると、どうしても顔が赤くなり今までになかった「照れ」を感じるようになった。お姉ちゃんがまた誰かに告白されたという話を聞くと、ズキっと心が痛むようになった。……お姉ちゃんが誰かに盗られそうになることに、どうしようもない不安を覚える。

 それらは日に日に程度を増していった。


 私は当時恋という感情を抱いたことがなく、このモヤモヤして自分の中で暴れまわる気持ちをどう収めればよいかわからなかった。

 お姉ちゃんのそばにいると挙動不審になり、そんな自分に戸惑い嫌悪感を抱く日々が続く。

 ついには心の限界が訪れ、熱を出して倒れた。

 いつもは看病してくれるお姉ちゃんに安心感を覚えるけど、この時に限っては自分を締め付ける鎖を強めるだけだった。

「大丈夫? お水持ってこようか?」

 心配そうに私の顔を覗き込むお姉ちゃんに、いつもの甘えたがりな自分が消え、背中を向けてぶっきらぼうに「いらない」と返してしまう。

 お姉ちゃんがそばにいてくれるのは嬉しい。優しい言葉をかけてくれると心が飛び跳ねる。

 けどそれと同時になんて反応すればいいかわからなくなってしまう。いくら平静を装うと、お姉ちゃんの前にいるとすぐ覆った殻は剥がれ、身体が逃げてしまう。

 ……こんなんじゃお姉ちゃんに嫌われる。その気持ちが私をどうしようもなく追い詰めていた。


 熱が下がらず3日も続けて休んでいるとさすがに心配になったのか、友達が看病しに来てくれた。

 こいつは近所に住んでいて、小学校からずっと同じ学校に通う一番気が知れた仲。お姉ちゃんが中学まで告白されなかった理由を答えたのもこいつだ。

 いつもは冗談交じりの他愛ない会話をするところ、その日心身ともに弱りきった私はそんな気分になれなかった。

 友達の問いかけにも「うん」「そう」と簡単な返事をするしか出来ず、余計に心配をかける。

 そんな私に呆れるようにため息をつきながら、しょーがないなぁと前置きをして、

「私に話して気が楽になるならドンっと喋りなさいな。後でジュースおごってもらうけど」

 と優しい声をかけてきた。

 心配してくれつつも、タダでは応じない姿に「なにそれ」と思わず笑みを浮かべた。この時久しぶりに作りものじゃない笑顔になることができた。

 そして不思議と、私の抱える気持ちは友達へと滑るように伝っていった。


 全てを語り終えるとしばらく間を空け、友達がこういった。

「あんた、お姉ちゃんに恋しちゃったんだねえ」

 ――恋。

 その言葉に驚きはなく、むしろ真っ直ぐ私の心に浸透していった。

 ……これが恋なんだ。

 女の子同士、しかも血のつながった姉妹に恋。世間一般から見れば明らかにおかしい。

 でもお姉ちゃんの顔を見るとドキドキして顔が熱くなること、知らない男の人の隣を歩くお姉ちゃんを想像すると身が引き裂かれるような思いをすること、そんな言動をするのはは完全に恋する乙女だ。

 ……私、お姉ちゃんに恋しちゃったんだ。

 自覚したこの時、私はめっちゃテンパった。顔は真っ赤になり、枕に頭を埋め、足をジタバタ。今までのダルさが吹っ飛びベッドの上で暴れまくった。


 気付いたら友達は部屋から去っていた。多分しばらく話をしても反応がないと思ったから帰ったんだろう。

 その場にいない友達に対して手を合わせ感謝の意を示す。悩みの正体を明らかにしてくれてありがとう。

 しかしそれと同時に心の中で再度雲がかかる。

 お姉ちゃんに恋してるのはわかった。でも、その先は……私はどうするのが正解……?


 熱は翌日には治り、私は日常に戻った。でも学校に向かう足は熱を出す前と変わらず重いままだった。

 恋をしたのだから、今度はその相手と付き合いたいというのが普通の感情だ。

 でも私の相手はお姉ちゃん。同性でしかも、姉だ。世間では認められない関係。

 最近は同性愛が寛容になってきた風潮があるけど、全員が許容しているわけじゃないし、いざ自分が同性から想いを打ち明けられたら受け入れる人なんてそうそういない。

 この想いを成就させるのがよいか、それとも奥にしまい込んで普通に姉妹として過ごしていくのが幸せなことなのか……。


 それからの日々はひたすらこの葛藤との戦いだった。

 インターネットで同性愛のことを調べた。小説や漫画でそういう話も読んだ。例の友達に相談したりもした。

 私をどう思っているのか、確認するために家で過剰にスキンシップをとってみることもした。一緒にお風呂に入ったり、同じベッドで寝たり。

 お出かけする機会だって増やして、カップルが行く定番の場所を巡ったりもした。

 でもそれらでわかったことは、私の一助になってくれるものはなかった。

 お姉ちゃんが妹以上の好意を向けてくれる未来が、一向に見えなかった。


 次第にやれることが思いつかなくなり、限界を迎えた。

 これ以上はもう直接聞くしかない。大きな壁が私の進む道を塞ぐ。

 怖い。怖い。怖い――。もし断られて、気持ち悪がられて、お姉ちゃんと二度と口を聞けなくなったら……?

 そんな想像が私の足を震え上がらせ、前に進もうとあがく心を邪魔する。

 ……けど。何もしなければ心の痛みはずっと続く。明日も、来月も、来年も、もっと先も、お姉ちゃんを好きな気持ちはきっと変わらない。私はそんな確信があった。

 気持ちを隠して傷つき続けるのは耐えられない。

 だから、この苦しい痛みと向き合うのはもう終わりにする。


 今日、お姉ちゃんに私の気持ち全部をぶつける――!




――――――――




 私の第一声から時間が凍ったように、部屋から音が止む。

 お姉ちゃんは突然の質問を受け、今だに固まっている。いろんなことが上手に出来て優秀なお姉ちゃんだけど、咄嗟のことには結構弱いところがある。


 私たちがいるのはお姉ちゃんの部屋。6畳のスペースにベッドや勉強机、クローゼット、そして真ん中にはテーブルが置かれたごく普通の部屋であり、今私とお姉ちゃんはテーブルを挟むように座っている。

 緊張のせいで、お尻にひかれたクッションが私の汗で徐々に湿っていくのを感じる。重苦しい空気に「な、なーんてね! 変なこと聞いてごめん! 忘れて!」と逃げたくなる気持ちをグッとこらえ、お姉ちゃんからの言葉を待つ。

 今日は逃げないと、決めたんだ。


「……二葉ちゃんはど、どうしてそんなことを聞くの?」

 目を泳がせながらお姉ちゃんが聞いてくる。まあ当然の質問だ。私が聞かれてもそう返す。

 でも私はそれを押し返す。

「質問を質問で返さないで。……お願いお姉ちゃん、答えて」

 言及されてしまったらいきなり「お姉ちゃんが好きだから」って言う羽目になる。それは流石にまずい。

 今は段階を踏んで進んでいくことが大事だ。申し訳ないと思いつつ強い姿勢で挑むことに決めた。

 いつもは明るい私が、覚悟を決めて真剣に向かってくる様子に冗談ではないと悟ったのだろう。お姉ちゃんが考える素振りをしだす。

「……そうね、その、本人たちが、いいなら、いいんじゃないかしら……?」

「……じゃあ、お姉ちゃんが女の子に好きって言われたら、どうする?」

「えぇ!? 私!??」

 間髪入れずに出した質問に余計あたふたするお姉ちゃん。座った姿勢からビクッと軽く身体が仰け反り、頬をピンク色に染めていく。

 ここまではちゃんと事前に組んだシナリオ通りにいっている。落ち着くんだ、私。

「そ、そんなこと考えたことないよ! いきなりど、どうするって言われても……」

 顔をうつむかせ両手の人差し指を合わせながら、時々くるっと回転する動作をする。お姉ちゃんの熟れた桃のようになっている顔とその動作に、不覚にも見惚れてしまった。

 …………じゃなくて! 今は目の前のことに集中しなくちゃ!

「お、お姉ちゃんの友達とか、仲良くしてる後輩とかから……仮! 仮に告白されたら、どう答える……?」

「え、えぇ? ……う、うーん……そうだねぇ」

 そういってお姉ちゃんは再び考え始めた。


 ゴクッ……。自分の唾液を飲み込む音がはっきりと聞こえた。

 ここが一番重要なポイントだ。これでお姉ちゃんが同性でも付き合える人かどうかわかる。それを意識すると今まで以上に緊張で身体が強張る。

 もし女の子が相手でも恋人同士になれるって答えなら、きっと私でもいけるはず。……いや、実の妹だからわかんないけどたぶん、おそらくいけるはず。

 でももしダメだったら? もし男の人しか受け入れられなかったら? ……ダメ、不吉なことを考えるのはやめよう!

 全ては次の一言で決まる。

 握りしめたこぶしが膝に強く押し込まれ、だんだん感覚がなくなっていく。

 室温は決して高くないのに額から汗が伝い、頬に達する。拭う余裕もない汗は首まで流れ落ち、やがてシャツにしみ込んだ。

 刻一刻と流れる時をどうしようもなく長く感じ、向こう側にあるの閉じた唇がいつ開くか待ち続ける瞳は、瞬きを忘れたせいか乾いていた。

 足の感覚さえ感じなくなってきたその時、ついにお姉ちゃんが口を開いた。


「友達は友達、後輩は後輩だし……多分告白されても、恋人としては意識できないんじゃないかなって思うな」


 ――友達は友達。後輩は後輩。……じゃあ妹は?

 そう考えた瞬間、世界全ての時間が止まった。

 呼吸の音が止まった。何も耳に入ってこない。

 身体の感覚がすべてなくなった。何も感じない。

 目に映る景色が灰色に染まる。何も情報が入ってこない。

 重力が無くなり身体が浮いたような感覚に陥る。どっちが上か下か、認識できない。


 友達じゃお姉ちゃんの恋人になれない。

 後輩じゃお姉ちゃんの恋人になれない。

 妹じゃお姉ちゃんの恋人に……なれない?


「――ゃん! たばちゃん! 大丈夫二葉ちゃん!?」

「ぇ……?」

 あれ? お姉ちゃんの声……?

 強く肩を揺らされ、お姉ちゃんが大声で私の名前を呼んでいることに気付く。

「え、えぇっと、今ハンカチ用意するからね」

 ハンカチ……? なんでハンカチなんて出てくるんだろう?

 ……あれ? 手に何か落ちてきてる?

 私は顔を下に向け自分の手を見つめる。

 しかしそこには何も見当たらない。いやよく見ると透明な液体があった。しかもその液体は上からポタッポタッと落ちてきているようだった。

 その発生源は……

「ぁたし……泣いてるの……?」

 気付かず涙を流していた。


 こうなることは、正直予想はしてた。だって女の子同士なんて普通じゃない。

 でもそんなんで諦めることなんてできなかった。それだけ私の恋する気持ちは膨らんでて、もう無視なんてできる大きさじゃない。

 少しでも可能性があるならそれに賭けるしかなかった。

 ……でもその結果がこれだ。もうどうしたらいいか、考えられない。

 ……………………。


 自分の手を見つめて呆然とする私に、ハンカチを持ったきたお姉ちゃんがそばに腰を掛ける。

「ほら、顔上げて?」

 そう言って私の顔を持ち上げ、覗き込むようにしながらハンカチを目元にあてる。

 ――お姉ちゃんの顔が私の目と鼻の先に現れた。

 私を心配そうに見つめている。訳の分からないことを聞かれてもこうやってそばに寄り添ってくれる。

 いつも私のことを大事に思って、好いてくれるお姉ちゃん。いつも私の隣にいて、優しく包み込んでくれるお姉ちゃん。

 小さいころからずっと、一緒。

 ……私とお姉ちゃんの距離は誰よりも近い。友達とか、そういうのとは比べ物にならない。

 ……比べられるものじゃない!


 気付いたら私の手は、ハンカチを持つお姉ちゃんの腕を掴んで止めていた。

「……二葉ちゃん?」

「……っ、お姉ちゃん、は」

 勝手に声が出る。

「……友達とっ、こうはいがっ、恋人にっ……な"れな"いならっ!」

 嗚咽が漏れる。勝手に暴れだした感情がそのまま――口に出る。

「……妹でも"っ! ……恋人に、な"れませんか……?」

「……………………え?」


「わたし、…………お姉ちゃんのこと、好き」




――――――――




 私の名前は佐藤一実。近くの高校に通う3年生。

 今日は6月9日の土曜日、中間テストが今週で終わり学校も休みなので大抵の人が羽を伸ばすところ、私も例に漏れず部屋でのんびり過ごしていた。

 今年はまだ梅雨入りしていないので、綺麗な晴天が空を覆っている。気温もそれほど高くなく、大変過ごしやすい1日と言えた。

 そんな心が晴れやかに感じる日、突然私の妹である佐藤二葉ちゃんから話したいことがあると言われ、部屋に招くことになった。

 どことなく緊張した面持ちの二葉ちゃん。私はどんな話をされるのだろうとドキドキしていると、なんと! 実の妹から愛の告白をされてしまいました!

 …………今、人生の中で一番パニクっています。


 あれからほんの少し時間が経って、私は今ベッドに顔を埋め脳をフル回転させている。

 衝撃的な展開が続き、さすがに頭が追い付いていかなかった私は、とりあえず持っていたハンカチを二葉ちゃんに渡し「10分時間をください!」といってベッドに逃げた。無理、許容量オーバー!

 今でも私の後ろで鼻水をすする音が少し聞こえる。

 うぅ……慰めてあげたいけど、今行くのは逆効果。状況を整理して言う事をしっかり考えてから向き合おう。


 って言っても……こ、こ、こここ、告白されてしまった! 二葉ちゃんから愛の告白!!

 さすがにあの状況で「好き」の意味が姉妹としてってことじゃないのはわかる。恋するって意味の「好き」のはず。

 ふ、二葉ちゃんは私のことが好き。私のことを……愛してる。

 きゃーーーー!! うれしーーーー!!!!

 頬が緩んでしまう。もうニヤニヤが止まらない!

 後ろに二葉ちゃんがいなければ手足を広げてバタバタしてる。エヘヘ……。


 正直なところ、恋愛視点で二葉ちゃんをみたことはなかった。可愛くて、優しくて、時々甘えん坊で、とても大切な妹。それが私の二葉ちゃんだ。

 だから思ってもみなかった告白にはとても驚いた。でもそれ以上に嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 そりゃ誰だって「好き」と言われたらうれしい。

 「好き」ということは相手から認められている、大切に想われているということだ。

 二葉ちゃんが私のこと「好き」ってことは、それだけ私を大切に想ってくれているということ。大事な大事な二葉ちゃんがそんな強いつながりを求めてくれるなんて嬉しいに決まってる。

 でもそんな気持ちの裏側でどうしても思ってしまう。私は二葉ちゃんのことが「好き」なのだろうか……?


 二葉ちゃんは私の天使だ。もちろん比喩表現だけど、実際そう思えるくらい大事な存在。

 二葉ちゃんの天使たる所以は沢山あり、本気で語れば1時間じゃ足りない。本1冊にまとめるなんて余裕だ。

 例えば小さい頃の話。

 私たち姉妹が仲良くなるきっかけは特になく、物心つく前から私は二葉ちゃんを可愛がり、二葉ちゃんは私にベッタリだった。

 そんな二葉ちゃんが「おねーちゃん!」って言いながら私についてくる様子はほんっっっっとうに可愛くて、今思い出しても頬が緩んで涎が垂れてしまう。

 可愛いだけでなく、私の言うことはよく聞いて理解くれたり、私が落ち込んでいるときはそばに寄り添って頭をナデナデしてくれたり、もうとーーーーってもいい子だった。こんなの天使と言わずなんと言うのか。私には思いつかない。


 そんな愛らしい二葉ちゃんが妹だったら誰だってめちゃくちゃに可愛がる。

 私は学校での勉強や友達と遊ぶ時間を最低限に抑え、空いている時間をすべて二葉ちゃんのための時間にあてた。

 二葉ちゃんから「ありがとう!」って言われるために様々な事に手を貸した。「おねーちゃんすごい!」って褒められるために色んな事を死ぬ気で努力した。

 運動会などのイベントがあれば二葉ちゃんの素敵な姿を記録すべくカメラを持って赴いた。二葉ちゃんが友達と仲良く遊べているか不安になってこっそり見守ることもあった。

 周りから「妹バカすぎてキモい」と引かれることもあったけど、そんなの全く気にならない。二葉ちゃんが私に笑顔を向けてくれるかどうか、それがすべてだった。


 私は二葉ちゃんのことが何よりも大事。失ったら私の人生の9割が無くなるくらい。

 ……でもそこにあるのは姉妹としての感情だけだ。

 私は二葉ちゃんを恋するという意味の「好き」とは、思っていない。

 そもそも恋した経験が私にはない。高校に入って何回か告白されたが、彼氏が出来て二葉ちゃんといる時間が奪われるのは嫌だったのですべて断った。

 学校の授業や友達の話でよく耳にするが、知識として覚えても私のものにはなってくれない。

 好きな人を見るだけで心臓がドキドキする。夜布団に入ってもその人のことばかり考えて眠れなくなってしまう。その人を独り占めにしたい。自分を独り占めにしてほしい。それが私の学んだ恋。

 でも二葉ちゃんにそういう想いを持ってるかと言われれば、否定する。

 二葉ちゃんと会えば嬉しいと思うことはあれどドキドキはしない。夜二葉ちゃんのことをばっかり考えて眠れないこともない。むしろ考えると幸せな気分で眠れる。二葉ちゃんが他人と仲良くしているところを見ると、少し嫉妬することもあるけど、充実した生活を送れていることのほうに嬉しさを感じる。

 だから私は二葉ちゃんに、恋してはいない。

 仮に恋人同士になっても、世間から冷たい目で見られ辛い思いをするだろう。親にもどう説明すればよいのかわからない。子供たちにいきなり「恋人同士になりました」って言われたらきっと悲しまれる。

 二葉ちゃんの今後の人生のことを考えれば、女の子同士で、ましてや姉妹で付き合わず素敵な男性と生涯過ごすほうがよいだろう。


 ――断ろう。


 せっかく勇気を出して告白をしてくれた二葉ちゃんには申し訳ない。自分の部屋に帰って涙を流す二葉ちゃんを想像すると身体が引き裂かれるような思いになるが、私はそう決めた。

 しばらくはちょっと気まずい空気になるかもしれないけど、二葉ちゃんを妹として大事に思ってる気持ちは変わらないし、今までと変わらず接するように心がけよう。

 きっと時間が心の傷を修復してくれると信じて。




――――――――




 伝える言葉を何度も頭の中で繰り返し、覚悟を決めた私は深呼吸する。

 ……よし、いこう!

 ベッドから顔を離し上半身を起こし、そのまま身体を反転させ二葉ちゃんに向き合う。

「二葉ちゃん、その、返事なんだけど……」

 ……あれ? 視線の先に二葉ちゃんがいない。というかさっきまで向かい合っていた円卓も見えず、目に映るのは肌色の凹凸のアップだった。いや、肌色だけじゃなくて細長いピンク色や白と黒に分かれたものが2つ付いてる。なんだかいつも見てるような形……って。

「へ?」

 ……目の前に二葉ちゃんの顔が迫っていた。

 え、え、えぇ?? どどどど、ど、どういう状況!!??

 さっきまでテーブルの前に座っていたのに何で私の目の前にいるの!?

「え、あ、ぇーっと、ふ、二葉ちゃん……?」

 しどろもどろな私の問いかけにも反応を示さず、無表情で私のことをじっと見つめてくる。

 目の前には二葉ちゃん、後ろにはベッド。結果挟まれることになった私は身動きが取れず、ただただ二葉ちゃんの反応を待たされることとなった。

 短いようで長い時間、互いに見つめ合っていると、やがて二葉ちゃんの表情が変化した。


 ――どこか納得したような、諦めたような、口を微かに震わせ悲しげな表情に。


「二葉ちゃん…………?」

 どうしてそんな…………泣きそうな顔をしているの?

 今度は別の意味で困惑していると、再び二葉ちゃんの表情が変化した。

 震える唇をぎゅっと結び、何か強い決意を込めて目を閉じる。そして大きく一度深呼吸をした。

 次々と目の前で変わっていく二葉ちゃんの表情に翻弄される私。状況をただ見つめることしかできない。

 呆然とする私に、二葉ちゃんはもう一度目を開き、私に強い眼差しを向ける。


 一呼吸入れ、二葉ちゃんの身体が動き出した。

 瞼をゆっくりと閉じ、顔を前へ出す。

 二葉ちゃんの目が、鼻が、唇が、私にゆっくり近づいてくる。

 …………?


 ――――私と二葉ちゃんは、唇でつながった。


 ………………………?

「んんぅ!?!?!?!?」

 頭がようやく現状を認識し、くぐもった声を漏らす。

 え!? え!? 私、キスしてる!?!?

 自分の唇から、柔らかくて蕩けてしまいそうな感覚が脳に伝わる。

 ちょっと動かすだけで未知の感触が私を襲い、感じたことのない快感が神経を伝わって全身を痺れさせる。

 これが、キス。物語でしか読んだことのないその行為は、想像したものよりずっとドキドキして気持ちの良いものだった。

 初めて抱く感情の波が私の心を襲い、正常な思考を曇らせる。ずっと、この感触を味わっていたい。そう思ってしまうほどに。

 もっと、もっと…………!


 夢中でキスの感触に溺れていると、お互い呼吸を忘れていたことに気付き、息苦しさから自然と唇が離れる。

「ぷはぁ……はぁ、はぁ……」

「っはぁ…………はぁ…………」

 蕩けたような瞳を浮かべ荒い呼吸が漏れる。心臓の音がひどく私の鼓膜を刺激した。

 苦しい、身体から汗が噴き出る。でも、その苦しさは辛いというより心地よさを感じるものだった。


 お互い大きく呼吸し、息が落ち着いてくると改めて現状について考える余裕が出てきた。

 ……なんで二葉ちゃんはキスをしてきたんだろう。

 順を追って思い出そう。

 まずは二葉ちゃんが私に告白してきた。ビックリした私はとりあえず時間をもらって返事を考えた。

 考え終わっていざ二葉ちゃんに伝えようと振り返ると、目の前に二葉ちゃんがいた。

 そうすると二葉ちゃんは泣きそうな顔して、今度は何かを決意した表情になり、私にキスをしてきた。

 …………さっぱりわからない!!


 二葉ちゃんはまだ余韻に浸っているのか、焦点の合っていない目で呼吸を繰り返している。

 うぅ……二葉ちゃんから何か言ってくれるとありがたいんだけど……この調子じゃ期待できないかも。

 聞きずらいけど話を進めるにはこっちから聞くしかない。……覚悟を決めろ! 私!


 目を閉じ、大きく深呼吸をする。

 ……よし、いこう!

 瞼を勢いよく開き、二葉ちゃんに顔を向け――


「ふたっ、んぅっんんぅーーーー!?!?!?!?」


 ――再びキスをされた。

 二葉ちゃんの右手が私の左頬を包み、私の顔を無理やり引き寄せる。

 え、えぇぇ!?!? な、なんでぇぇ!?!?!?!?

 疑問が解決しないまま、更なる衝撃的な展開が私を再びパニックに落とす。

 もがいて脱出しようにも背中がベッドに当たり逃げられず、顔も相手に抑えられている。八方塞がりだった。

 動揺しすぎて小刻みに動いていたのが、キスから逃れようとしていると思ったのか、二葉ちゃんは空いている左手を私の頭の後ろに回し力を込めて、口付けをより深いものにした。

「んっ……んんぅ!!」

 もうどうやっても逃れることが出来ない。先ほどのキスより強く甘美な感触が伝わり、自然と声が漏れる。

 目を半開きにし、熱のこもった視線が私の瞳を射貫く。煽情的な二葉ちゃんの目が私を異様に昂らせた。

 パニックになっていた私の心が、唇から伝わる快感で塗りつぶされる。


 しかし二葉ちゃんの攻撃はこれで終わりではなかった。

 頬に当てられた右手をゆっくりと下げて私の顎に添え、そっと押す。

 意図していなかった力に私は抵抗できず、二葉ちゃんの言いなりになり自然と口が開く。

 そして出来た隙間から無理やり何かを差し込まれる。

 それは粘膜に覆われたようなぬるっとした感触、それでいて温かく私の口内をねっとりと這う。

 ……ってこれ!

「はむ……ぁ、ちゅっ……れろ……ちゅぅる」

「んん!! ぷはぁ、んん! れろ……ぅぅんん!?!?」

 舌! 舌入って来てる!?!? こ、こここここれって、でぃでででぃディープキスってやつ!?!?

 言葉としても数回程度しか触れたことのない、私にとって現実的でない行為を前に今日何度目かのパニックに陥り、無意識に身体が暴れだす。

 しかし私の頭を押さえつける二葉ちゃんの左手がその動きを強制的に封じ、むしろより一層力を込め深く舌を潜り込ませる。

「れろぉ、ちゅぅ……ちゅぅるる……ぷはぁ、ちゅうぅぅる」

 だ、だめ。これ、何も考えられなくなる……。

 先ほどのキスとは比べ物にならない快感が押し寄せ、脳が麻痺してゆく。

 二葉ちゃんのねっとりとした舌使いが、焦点の合っていないとろんとした瞳が、頭を強引に抑える力強い手が、私を昂らせ夢中にさせていく。

 もう、キスのことしか考えられない。


 気付くと私からも舌を突き出していた。

 私の口内をかき回していた舌に、今度はこっちからいやらしく絡ませる。

「ちゅっれろぉ、ちゅぅぅぅる」

「んふぅ!? ……ちゅぅ、ちゅ……ちゅるぅ」

 私の舌が乱暴に二葉ちゃんの舌をかき回す。

 最初は驚きされるがままだった二葉ちゃんもお返しといわんばかりに、今度は私の舌に吸い付き唾液をすする。

「ちゅぅ、じゅるるぅぅ!」

「んぅっ――――!?!?」

 ひゃ、な、なにこれぇ……。

 神経に直接打ち込まれたような強烈な快感が遅い、全身が跳ねる。

 そんな私の反応が面白かったのか、突き出されたままになった私の舌を二葉ちゃんは再び飛びつきぐちゃぐちゃにかき回して、唾液が溜まると容赦なくすすった。

 こんなの初めて……。気持ちよくて止まらない……。

 もっと……もっとキスして……!


 本来の目的など頭から吹き飛び、私たちは夢中になって唇を重ねた。

 二葉ちゃんが私に吸い付いてくると、今度は私からも仕返しをする。

 いつしか私たちの手はお互い相手の頭の後ろに回り、抱き着くような格好で激しく求め合う。

 この濃厚で淫靡な時間は、お互いの体力が尽きるまで続いた。




――――――――




「っぷはぁ、はぁ……はぁ……はぁ」

「んんぅ……はぁ……はぁ……」

 粘液でたっぷり濡れた唇同士が離れる。今まで行ってた行為がなんなのか、それを証明するように透明な糸が両者をつなぎ、やがて切れた。

 呼吸が荒い。頭がボーっとする。目の前に二葉ちゃんの顔が映っているはずなのに、その姿はぼやけたように脳が認識できずにいた。

 ――キス。それも愛し合った人がするようなより深いキス。さっきまで感じていた甘く蕩けそうになる感触を何度も思い出し、私は余韻から抜け出せないでいた。

 息が整うまで無言で見つめ合う。

 私はキスによる興奮からか呼吸が中々収まらない。全力疾走した後のように心臓が酸素を求め続ける。

 一方私とは異なり二葉ちゃんは呼吸を落ち着かせ、静かな表情に変わる。そしてゆっくりと口を開いた。


「今お姉ちゃんの目の前にいるのは、妹の二葉じゃない。一人の女の子の二葉だよ」

 二葉ちゃんの真剣な言葉に、ふわふわした感情が一瞬にして霧散し私の意識が現実に戻る。

 脈絡なく急に出てきた内容に対し、私は理解できず頭の中で疑問符を浮かべる。

「お姉ちゃん、私の告白を断ろうしてたよね。こっちに顔を向けたときの表情ですぐわかったよ。あぁ、やっぱりなぁって」

 ――ドクン。

 心臓が大きく跳ねあがる。

 ……振り向いた時に見たあの泣きそうな表情は、そういうことだったんだ。

 あの時の疑問が解消すると共に、今度は本来自分から伝えるべき言葉を先に言われてしまい、どう反応すればよいかわからなくなってしまう。

 私が動揺してる間も二葉ちゃんの言葉は続く。

「悲しかった。辛かった。泣いちゃいそうになった。……でもね、それでもまだ諦められなかった。諦められない理由があったの」

 諦められない理由……?

 二葉ちゃんは一呼吸置き、決意を込めて口を開く。

「それはね、お姉ちゃんが妹の二葉しか見てないってわかったからなんだよ。……お姉ちゃんに恋してるのは、一人の女の子の二葉」

 ぶつけられた言葉が、抵抗もなく私の全身に響き心を揺さぶる。

 そうだ。妹が恋人になる、そういう仮定でしか私は考えていなかった。

 小説や漫画でも兄妹が家族ではなく異性と意識して結ばれることがある。それがたとえ同性同士だとしても、妹として見ることと女の子として見ることでは大きな違いがあるだろう。

 二葉ちゃんは女の子として想いを打ち明けてくれたのに、それを無下にしていたことに気付き、大きく心が揺れた。

「それを意識してほしくて、……キスもした」

 ……そういうことだったんだ。

 思わず目線が二葉ちゃんの唇に向く。先ほどまでしていた行為が頭をよぎり、今更ながら顔が熱くなっていく。

 今まで二葉ちゃんの顔が目の前にあっても何ともなかったのに、急に恥ずかしくなってしまい思わず目を逸らす。

「ねぇ、私って魅力的な女の子じゃないかな。顔もそんな悪くないし、身体つきも普段運動してるからすらっとしてるよ。身長はちっちゃくて、む、胸もそんな大きくないけど……キ、キスとかはうまく……出来てると思う。……と、とにかく! お姉ちゃんには女の子の私を……見てほしいの」

 途中恥ずかしくなって声が窄んだが、二葉ちゃんがはっきり気持ちを伝えてくる。


 ……二葉ちゃんを女の子として見たら、どうなんだろう。ちらりと目線だけ正面に向ける。

 二葉ちゃんの見た目は無駄がなく綺麗な身体をしている。

 髪はセミショートの長さでサイドテールにして纏め、顔は小さめ。身長は女子平均と同じくらいで160cmある。二葉ちゃんは学校でバレーボール部に所属しており、運動部で鍛え無駄な脂肪を落とした身体は、スラっとした印象を与える。

 本人の言う通り胸はAカップしかないが、むしろその控えめさが身体のバランスを整えてると私は思っている。キ、キスもすごく気持ちよかったし……。

 と、とにかく! 魅力的な身体をしている。

 見た目だけでなく、中身も申し分ない。

 小さい頃から一緒にいたせいか私と二葉ちゃんは性格が似ており、自分で言うのもなんだが、誰にでも優しくて周りに気遣いができる良い子だ。

 困ってる人がいれば積極的に助け、頑張ってる人がいたら褒めることを忘れない。

 姉妹でここまで似るものなのか、と思ったこともあるが、それはきっと二葉ちゃんの見本がほとんど私だったからだと思う。

 私と二葉ちゃんの違いといえば、普段落ち着いて物静かな様子かどんなことも明るく元気に行動するか、だと思う。


 そういうわけで、二葉ちゃんは実に出来た女の子だ。価値観もすごく合う。

 ……不満なんてあるわけない。むしろ将来これ以上の人と果たして出会うことができるのかと疑問に思うほど。

 あれ? そうなると付き合うのは悪いことじゃない? むしろ最高なんじゃないだろうか?

 ……いやいやいや、待つんだ私。女の子同士だという問題が解消されたわけじゃない。それに実の姉妹だ。色々と問題になる。結婚もできない。

 で、でも大人になっても二葉ちゃんと二人で暮らす未来があるとしたら……ゴクリ。すごくいい。

 大人になったエプロン姿の二葉ちゃんから玄関で「おかえり!」なんて言われるなんて最高すぎる。漫画のように鼻血だって出せそう。

 ど、どうしよう。こんなのすぐに結論なんて出せない。


 私が底なし沼にハマりかけていると、そんな私を説得するように二葉ちゃんが言葉を続けてくる。

「女の子同士なんて、変なのかもしれない。でもそれ以上に私はお姉ちゃんのそばにいたかったの。お姉ちゃんと触れていられるだけで心があったかくなる。お姉ちゃんが他の誰かに盗られるのはすごく嫌な気持ちになる。私の幸せは、お姉ちゃんがそばにいるからこそだって気付いたの。……ずっと私の隣にいて、私を愛してほしい。…………お姉ちゃんを、一実を私だけのものにしたい」

 少女漫画のような情熱的な告白を受け、私の顔の温度が急激に上がっていく。

 や、やばい。嬉しすぎて顔がだらしなくなりそう。「一実を私だけのものにしたい」って……キャーー!! キュンキュンが止まらない……!

 今まで悩んでいたことが、二葉ちゃんの言葉で全て洗い流されそうになる。

 二葉ちゃんの気持ちは私にもわかる。私も二葉ちゃんと触れている時間はすごく愛おしくて、人生において最も大切な時間だ。二葉ちゃんが将来知らない誰かと結婚することを考えると、しょうがないことだと思いつつ、すごく悲しい。避けられるなら避けたい。

 もし恋人になることで二葉ちゃんとずっと一緒にいられるなら……それは私にとって一番幸せなことなんじゃないだろうか?

 そう考えると女の子同士や実の姉妹なんて、些細な問題に思えてくる自分がいた。女の子同士だからって世間の目なんて気にしなくていいじゃないか。血縁関係でも結局女の子同士で子供は生めないから問題ない。親には孫の顔を見せてあげられなくて申し訳ないけど……私と二葉ちゃんの幸せのためだ。頑張って説得しよう。

 考えれば考えるほど、私は二葉ちゃんとの未来を望むようになっていく。

 大人になって2人だけの生活。一緒に起きて、会社に行って、帰ったら二葉ちゃんがいる。休日はカップルがするようなお出かけをしてみたり、遠いところに旅行しにいったり、ロマンチックな場所でキスをしたり。

 私の隣にはいつも二葉ちゃんがいる。毎日私に笑いかけてくれる。そんな生活が送れるなら、私はどんなことだって頑張れる。


 ……うん。私は、二葉ちゃんとずっとずっと一緒に人生を歩んでいきたい。


 気付くと勝手に私の両手は二葉ちゃんの頬を包み込む。二葉ちゃんは突然触れられた感触に驚きビクっと震える。そして不安気な表情を浮かべる。

「二葉ちゃん。私はまだ二葉ちゃんのことが好きかどうかわからない」

「…………」

「でもね、これだけはわかるの。私は二葉ちゃんとの時間が何よりも愛おしい」

「え…………」

 二葉ちゃんが目を見開く。私はそんな反応に対し優しく微笑んで語り掛ける。

「私も二葉ちゃんと同じ。二葉ちゃんと触れていられるだけで心があったかくなる。二葉ちゃんが他の誰かに盗られるのはすごく嫌な気持ちになる。私の幸せは、二葉ちゃんがそばにいるからこそだって、二葉ちゃんの言葉を聞いて気付けた。姉妹同士だから色々障害はあると思う。けど、それでも私は二葉ちゃんの隣に立っていたい」

「……………………」

 二葉ちゃんの揺れる瞳が私を見つめる。

 私の慈愛を込めた瞳が二葉ちゃんを見つめる。

 お互いの瞳が混ざり合い、溶け合った後、私は偽りのない言葉を口にした。


「――――二葉を私だけのものにしたい」


 静寂が場を支配する。

 私は二葉ちゃん……いや、二葉に対し告白をした。

 告白を受けた二葉は信じられないような表情を浮かべる。しかしその顔は長く続かず次第に崩れ、透明な雫が私の手を伝う。

「……ぅ、ぁぁあ……」

 二葉のかわいい顔がぐしゃぐしゃに歪み嗚咽も漏らす。……この顔もさっきぶりだ。

「……ふふ、今日は泣き虫さんの日だね」

「うぅぅ……、ら"っでぇ……だっでぇ!」

 泣きながら私に向かって叫ぶ。

「気味わるがられないで、これがらもいっじょに居られで、ずっと夢みでだことが叶っで、うれじぐでぇ!!」

 ……そっか。二葉はこれだけの想いを抱えて告白してくれたんだ。

 ようやくその決意の重さに気付いた私は、泣いている二葉の頭を胸に抱き寄せ頭を優しくなでる。

「……ありがとね。二葉」

「……ぅあぁぁぁぁぁあぁぁ!」

 二葉に感謝しながら、私は泣き止むまでそのままでいた。




――――――――




 私は今、ハンカチで顔をゴシゴシ拭かれている。

 溢れていた涙は鳴りを収め、気持ちも落ち着いた。

「うん、これで綺麗になったかな。目元はまだ赤いけど」

「あ、ありがとお姉ちゃん……っ、一実……」

 一実が私の目を覗き込みながら言葉をかけ、それに対し私は愛する人の名前を口にして感謝をした。

 ……私たち両想いになったんだ。

 改めてその事実を確認する。そして自然に先ほどまでのことを思い返し顔が熱くなる。

 わ、わわわ私大胆なことしちゃったぁぁあ!

 一実に「自分が告白されたらどうか」と聞いたところまでは冷静だった。けどその返事を聞いてから感情が溢れ出し制御が効かなくなってしまった。

 わんわん泣いて一実を困らせてしまった挙句、今度は何の前ぶりもなくキスをしてしまった。

 う、うぅぅ……さすがにやりすぎだったよね。泣きながら好きって伝えた後、落ち着く間に「断られるんだろうな」って気付いて、でもそれがどうしても嫌で、それならとことんまで攻めようとした結果がアレだった。そのおかげで両想いになれたし結果オーライかもしれないけど、もうちょっと上手いやり方もあったと思う。一実の、おそらくファーストキスも無断で奪ってしまったわけだし、申し訳ない気持ちになってしまう。

 でも、キス、気持ちよかったなぁ……。

 私も初めての経験だったけど、一実の唇の感触を思い出すとふわふわした気持ちになる。舌が絡み合ったときなんて全身が痺れるような快感に襲われて……って。

 ででで、ディープキスはほんとにやりすぎだったぁぁぁぁああぁ!!

 そ、そりゃいずれはしたいと思ってたけど! ……夜ベッドの中で一実とする妄想とかしてたけど!

 あの時は普通のキスをしただけで頭がボーっとしちゃって、もっともっとキスを味わいたいなぁとか思ってたら、勝手に身体が動いてたの!

 はわわわわ。一実にどう言い訳したらいいんだ。

「……顔真っ赤にさせて、どうしたの?」

「ひゃぁっ! ひ、ひぃえ! にゃんでもにゃいです!」

 いきなり耳に入ってきた声に対し、反射的に言葉を返してしまう。一実が目の前にいることすっかり忘れ、考えに耽っていたことに気付く。

「……もしかして、キスのこと、思い出してた?」

「っっっっ!?!?」

 今度は言葉にならない悲鳴を上げる。

 一実が少しサディスティックな笑みを浮かべて顔を近づけてくる。逃げようと身体を動かそうとするが、背中に手を回され抱きしめられるような形となり逃げ場を失ってしまう。

 完全に相手のペースに乗せられてしまった私はどうすることもできず、瞳を泳がせまくった。

 一実はそんな慌てる私を堪能しきったのか、攻撃的な表情から一転、今度は優しい笑みを浮かべる。

「私は二葉にキスしてもらえて嬉しかったよ。ありがとう」

 その言葉は、私の中にある罪悪感をゆっくり溶かし、慌てていた心を落ち着かせ太陽の日差しを私に与えた。

 ……あぁ、ずるいなぁ。

 この姉は、全部わかった上であえて感謝の言葉を送ってきたんだ。私が勢いでキスしたこと。それに対して罪悪感を持っていること。全部。

 こんなこと言われたら、どう謝ればいいか迷ってた私がバカみたいだ。

「……ありがとう」

 今度は私が一実の背中に手を回し、愛しい人を抱きしめながら感謝の言葉を漏らした。

「ふふ、なんで二葉が謝るの」

 そういいながら私の抱擁を受け入れ、お互いに相手の温度を大事に感じ取った。




――――――――




「ねぇ、二葉」

 しばらくして一実が私の名前を呼んできた。

「ん、なぁに? 一実」

 抱擁を解きながら愛しい人へ顔を向け、その人の名前を口にする。

「キス、しようか」

「……………………うん」

 相手を慈しみながらお互いの顔に手を添え、ゆっくりと顔を近づける。

 今度は一方的な不意打ちではなく、心が繋がりあった状態で

 ――――2人の愛を確かめ合うように、唇を重ねた。

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愛する人とずっと隣に 大樹 @daiki_216

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