第3話 カエサルのものはカエサルに

女の首が抜け落ちても、車内の誰一人として気にとめる者はいない。


なんだ、そういうことか。にじみ出る汗を拭い、雄三は気を落ち着かせる。


日本は戦争に負けた。しかしそれは日本に敵対していた連合国側も同じだった。


第二次世界大戦末期、共産主義でも帝国主義でもない全く別の陣営が出現したのである。 


彼らはまず西ヨーロッパ戦線に出現したと言われている。 


彼らの姿を見たものは、悪魔、あるいは破壊神と見なした。人間とはかけ離れた異形の姿に加え、圧倒的な武力を有していたからだ。


赤地に黄金の二本角の描かれた戦旗をなびかせ、彼らは戦地に横やりを入れ始めた。戦火を拡大させるのかと思いきや、各国の軍事力を削いでいくだけで、人命は極力奪わない。そしてカエサルのものはカエサルへと言わんばかりに植民地を解放し、各国の調停を始めた。


面食らったのは連合国各国の首脳たちだ。これでは先勝国のうま味がなくなってしまう。アメリカ、ロシアは元より難色を示し、今でも虎視眈々と手に入るはずだった領土を狙っている。


大国が表だって反発できなかったのは、魔王軍が武力を持ちつつも私欲に全く興味がなかったことが大きい。損得で動くなら御しやすいが、無私の赤子のような者を自在に動かす術を誰が持ち得ているだろう。


従来の生物とは一線を画す生態を持つ彼らはアンノウンと呼ばれ、後に魔王軍という呼称を与えられた。


その魔王軍は、当然の如く日本にも駐在し、しゅくしゅくと戦犯を裁判にかけ、行政にも介入しようとしている。国民は、表向き魔王軍に好意を示すことはなかったが、無益な戦争を終わらせてくれたことに少なからぬ感謝の念を抱く者もいた。


彼らが為そうとする政を知る由もなかったから、致しかたない。人知を超越した者の考えを推し量るにはまだ人間は幼すぎたのである。


「首が落ちましたよ」


雄三は苦労して探し出した女の首を持ち上げた。ずっしりとして肩にまで負荷がかかる。体温をまるで感じない。肌の質感はつきたての餅のようだ。ひょっとして死んでしまったのかもしれない。雄三が昔飼っていたウサギが死んだ時も同じように冷たかった。


首だけの女は片目だけを開け、雄三に愛想を振りまいた。雄三にとっては蛇に睨まれたカエルも同じである。


「あ、ありがとうございまシタ。危うく首をなくすところでだったデス……」


言葉少ない女は列車を降りてから頭を下げた。その時は胴体と頭部は繋がっている。着脱自在の首と頭部を持つ女はデュラハンという種族らしい。青ざめた顔に、重たそうな金髪を垂らしている。見た目は人間と変わらないが、魔王軍の金バッチを襟につけている。


「じゃ、俺はこれで」


軍属とはろくな縁がない。


私心はないので、雄三は人をかき分けるようにしてその場を離れた。ホームには復員兵の帰還を喜ぶ家族の歓声にあふれている。居心地が悪いったらない。


雄三が振り返ると、女は群衆から離れた場所に立っていた。彼女にも帰りを待つ者がいるのだろうか。安易な感情移入は禁物だが、居場所のない雄三は考えてしまうのだった。

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