魔法の、口紅。

Rain kulprd.

制限のない、魔法。


真っ赤な口紅を塗る瞬間が好きだった。唇に咲く赤と、塗る前とは違う自分の姿が鏡に映るのが好きで、楽しくて、塗り終わる時は鏡を見つめていつもつい、笑ってしまう。はたから見れば気味が悪いのかもしれない。気持ち悪いとさえ言われてしまうかもしれない。それでも、自分が''変われる''という事実は変わらない。だから、真っ赤な口紅を塗る瞬間が、たまらなく好きだった。




クラスの中心で今日も女子グループが化粧を直し、談義している。あのメイク道具はいいとか、このブランドは高いけど発色がいいとか。そんな話が、教室の隅で独り、窓の外を眺める私の耳を掠めていく。

私はあまり化粧品に興味がない。最悪口紅があればいいさえ思う。…なんて事を言えば化粧を直している女子グループに「女を捨ててる。」とか、「損してる。」とか言われてしまいそうだけど。今はメイクブランドのCMで『女の子って本当楽しい!』なんていうぐらいだし。






普段は女子グループの会話に耳を傾ける事も、ましてやこんな事を考えることはあまりないのに傾けてしまった所為だろうか、考えてしまったからだろうか。私はなんとなく教室に居場所がないように感じてその場所を飛び出した。ただ本当に、なんとなく。なんとなくだ。あの女子グループの会話は、何一つ関係ない。…なんてそう自分に言い聞かせている時点で私は''ちゃんと''女の子にはなれない。そんな風に思っていたのかもしれない。





一人になりたくなった私は屋上へ向かう為の階段へ向かった。普通の高校なら屋上へ出れる事はないのだけど、私の高校は違う。…というより、私は屋上に出れる手段を持っているのだ。





少し前に読んだ漫画の中にピッキングをする描写があった。ドラマとかで泥棒が鍵のかかった家に入る際にピンなどで鍵穴をカチャカチャやるあれだ。私はあれを見よう見まねで学校の屋上扉にやってみたのだ。…そしたら見事に開いてしまったというわけ。それから私は一人になりたくなるとピッキングをし、屋上へ出ていた。……でも良い子はどうか、真似をしないように。







ガチャリ。いつものように屋上扉を開けて私は驚いた。「…え。」思わずそんな言葉が落ちる。

私が驚いたのはそこに誰かがいたからじゃない。…いや、いた事にはいたんだけど、その人物がしていた行動に対して私は驚いていた。









細くも骨張った指先には真っ赤な口紅。そして反対の手には小さな可愛らしい鏡。その二つを手にしていたのはクラスで、…ううん。学校で人気者と噂されているクラスメイトの男の子だった。

「…え、あ。うそ…。」

まずいものを見られてしまった。そんな感情が読み取れる言葉と、息を詰まらせたような表情に小さな罪悪感が生まれる。見てしまった、彼を見つけてしまった事に対しての罪悪感が。



でもそれ以上に私の胸の中は、瞳は、彼の唇に釘づけになってしまっていた。白い肌に咲く、真っ赤な口紅に。そして、屋上の扉を開けた瞬間に見た、彼の鏡の中の自分に向けた笑みが頭の中に、瞳の中に強く残る。





「ごめん、こんな、汚いものを見せて。」

手に持っていた口紅と鏡を慌ててしまい去ろうとする彼の表情はヒビの入ったガラスのように割れてしまいそうで、苦しそうで、悲しそうで、私は思わず手を伸ばしていた。

「…ま、待って!!」

普段はそんな事をしないのに今日の私は少し変なのかもしれない。そんな風に頭の隅で思いながら彼に伸ばした手で服を掴んで引き留めた。今止めないと何かが、彼の中の何かが壊れてしまいそうに感じたんだ。







「綺麗、だから……!」



きっとそれは心からの言葉だった。化粧品なんて私は全く興味がない。過去も、今もだ、でもそれでも、私は綺麗だと思った。彼の唇に咲く、赤が。




「真っ赤な口紅も、あなたも、私には綺麗に見えたから。だから、…あの、どうか、そんな風に言わないで。」






…こんな事を自分でいうのは変かもしれないけど、私はあまりクラスに馴染めていないと思う。友達と呼べる人もいないし、教科書を忘れても貸してくれる人、その逆に貸せるような人だっていない。今目の前にいる彼の事だって、学校の人気者という事と、同じクラスということ以外正直あまり良く知らない。…だけど、屋上に来た時の、彼が鏡の中の自分に向ける笑顔を見て思ったんだ。この人には笑顔が似合うって。だから、少しでも入ってしまったヒビを撫でたいと、そこに触れたいと思ってしまうんじゃないかと思う。

それに、どんなものがあってもいいと私は思った。男の人でも自分を綺麗に見せる努力をしているならそれはとても素敵だと思う。化粧をする事で自信が持てたり、嫌いな自分を好きになれるのならたくさんメイクをしても良いと思う。








「……。ありが、とう。」

驚いた表情を浮かべた後、彼は笑って、でもやっぱり少しだけ悲しそうに笑って、風がその頬を撫でていった。




悲しい色はまだ少しあるけれど、彼が人気者な理由がわかった気がする。そう、笑顔を見つめながら思う。






教室の隅で一人過ごすクラスに馴染めない私と、クラスの中心で笑っている彼とではもしかしたら住む世界が違う、…なんていえば大袈裟かもしれないけど、それでも今だけは、この風がどうか彼の唇に咲く赤を、どうか攫いませんように。そう願わせてほしい。

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