天宮哨子は独りだった。

登校も、移動教室も、お弁当を食べる時も。他人を信用せず、ただ本を読んで過ごす日々。故に、その来訪者は彼女にとって予想外に他ならなかった。

「榊のことを教えてほしい? 」

「うん。天宮さんは同じ部活だし、何か知ってることがあれば教えて欲しいの」

 そう語る少女の名は、深澤すみれ。二年生に進級した四月。学校一の美少女がクラスのカーストに当てはまりすらしない自分に話しかけてくるなど誰が予想するものか。

「別に構わないけど、どうして榊なの? もっと華があって貴方に合いそうな男子なら他にもいそうだけど」

「それは……」

「? 」

 深澤は頬を赤らめ口ごもる。

「だ、だって……彼、努力家じゃない。毎回テストものすごく頑張ってるみたいだし、友達も多いし……それに、笑顔が素敵……だし」

 私は、男という生物は皆この子のように大人しくて控えめな女子が好きなのだろうか、なんて事を考えていた。これが深澤すみれのファーストインプレッションである。

 それからというもの、深澤はことあるごとに榊についての質問を繰り返した。好きな食べ物はなにか、どんな女子がタイプなのか、部活ではいつもどんな話をしているのか。それこそ、天宮が答えられないような質問もいくつかあった。

「ねえ、深澤さん」

「何? 」

「貴方どうしてそんなに榊の事を知ろうとするの? 好きな人に告白してそのあとに本人に聞いてみる、じゃだめなのかしら? 」

「もう天宮さん、恋心が全然わかってない! 世間一般の人はみんな、好きな人の事ならなんだって知りたいんだよ。だってその方が相手を気遣ってあげられるじゃない」

 恋心がわかっていない、か。

心に重石を乗せられたような気持ちだった。

「私はこれでもだいぶ質問に答えたつもりなんだけど、告白はまだしないの? 」

「うぅ、そりゃしたいけどまだ勇気が出なくて……なんというか、自分が相手に釣り合うのかな、とか考えちゃって……」

「深澤さんなら釣り合わない人を探す方が難しいと思うのだけれど、恋心とはそういうもの? 」

「そういうものです。わたしなんか……」

「わたしなんか、ねぇ。どうしてそこまでこだわるのか私にはわからない」

 すると彼女は言ったのだ。

「だって、ただ隣にいるだけじゃ彼を幸せにしてあげられないでしょう? 」

「え? 」

「好きな人には、誰よりも幸せでいてほしいもの」


 深澤すみれの話は、天宮には理解できなかった。そのせいだろうか。だから、目の前の彼をも苦しめてしまうのだろうか。

私のせい、なんだろうか。

「ちょ、ちょっと待ってくれ!それじゃ、深澤は、俺の事……」

「好きだったのよ。ずっと。でも自分に自信が持てず、告白を躊躇っていた」

「じゃあなんで、結城の告白を了承したんだ……? 」

「断り切れなかったんでしょうね。話してみればわかるけど、あの子すごく他人思いな人だもの。自分に恋をする人の想いを、拒めなかった。誰かを強く想う気持ちは、自分自身がいちばんよく理解していたから、尚更」

 言葉が喉元にひっかっかる。何かが違う。もっと大事なことがあった気がするのだ。なのに、肝心なことがどうしても言えない。

「……なんだよ、それ。なんで……くそっ! 」

「榊! 」

 突然、榊は走り出した。そして追いかける間もなく廊下の曲がり角へと消えてしまった。

 晴れていた筈の空模様は崩れ始め、しとしとと窓ガラスを打ちつける。

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