何度も、この光景を目にしてきた。

紅葉が舞い散る時も、雪景色に包まれた時も、いつだって同じことを繰り返してきた。だが、それも今日で終わりにしよう。目を開けて、たとえ結果が望むものでなかったとしても。これで最後。

鼓膜に木霊していた蝉時雨が消える。

じっとりと汗ばんだ両手を握りしめ、ゆっくりと、目を開けた。

 _一学期期末試験成績優秀者一覧_

 _一位_榊時雨__952点_

 _二位_天宮哨子_947点_

数秒間、目の前の文字が理解出来なかった。

「勝っ、た……? 」

 身体の奥底から全身に血が駆け巡る。どっと方の力が抜け、壁にもたれた。やった。勝った。そう口の中で呟くたびに安堵が溢れ出し、目頭が熱くなる。

これで深澤に想いを告げられる。

そう思うと先ほどより一層鼓動がうるさくなり、冷や汗が滲んだ。熱くなった額を拭い、立ち直す。

「よし」

 歩きかけた途端、廊下の曲がり角から聞き慣れた声が響いた。

「時雨―!!! 」

「あ、ハル! どうしたんだよそんなに慌てて」

「聞いてくれよ! ビッグニュースだ! 」


 榊は、結城の話を途中までしか聞いていなかった。

否、聞くことが出来なかった。

興奮気味に言葉をまくし立て足早に去ってしまった結城とは裏腹に、榊は呆然と立ち尽くしたまま床を見つめる。

 もう、その足は動かなかった。

「榊」

 聞き慣れた声だ。

「天宮……」

「そんなところに突っ立っていては通行の邪魔よ」

「……」

 榊は答えなかった。天宮は静かに窓枠に腰掛け、続ける。

「10教科合計得点952点で堂々の一位。目標達成ということでいいのかしら。おめでとう」

「……」

「さっきから何なの。もう少し嬉しそうにしたらどう? これでようやく……」

「違う」

「え? 」

「違う。こんなはずじゃ……」

 前髪を乱暴にかき上げ俯く。普段の様子からは想像もつかない彼の姿に、少女は戸惑いを隠しきれない。

「ちょっと、どうしたの? 」

「さっき、ハルに言われたんだ。『俺、深澤と付き合うことになった』って……」

「え、それは」

 ぷつりと、何かが切れる音がした。

「俺が馬鹿だったんだ! くだらないプライド抱え込んで、フラれることを怖がって、お前に勝負を挑んでまで自分の弱さを隠して…だから、だからこんなことになったんだ! 」

「さか」

「たった一言、好きの一言すら、もう言えないんだよ。俺が、臆病だったせいで」

 喉が痛かった。視界がぼやけて、指の隙間から零れ落ちていく。

たった一言、気持ちを伝えるだけで良かった。それさえ出来ればもう満足だった……はずなのに。涙が溢れて止まらなかった。

「……榊」

 伸ばされた手を荒々しく払いのける。

「一人にしてくれ! 俺が……」

「っ、榊! 」

 こんなに張り上げた声を聞いたのは初めてだった。でも、なんでお前がそんなに悲しそうな顔をする?

「話を、聞いて」

「なんのだよ! 」

「私、榊に謝らなきゃならないことがある」

 消え入りそうな声で呟いた少女の声は、蝉時雨に飲み込まれた。

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