第20話 相互理解

……


しばらくしてレイの脚力は、彼を村外れまで届けた。

駆け足から、徒歩に変更し村の入り口へ向かう……村の周囲は堀と塀で囲われており、故に毎度の如く、アルテアに向かう道に通じる十字路にたどり着き、そこから村落入り口に入る。

親父に会い来たあのアルテアの騎士は、この道を使い来たのだろう。


……村に入る……


相変わらずの、のんびりした村の夕刻……


入り口から人影が見える、多分ヨシュアだろう。

僧侶魔法の詠唱訓練をしているのがわかる。

人影の手元が白光で明滅を繰り返している。

彼女はいつも、協会のお勤めが終わると外に出て精神力が続く限り魔法を詠唱するのだ。


彼女の詠唱を見ながら村落内を進む。


ヨシュアの姿をはっきりと目視出来る迄近づいた。

彼女は詠唱に集中してレイに気が付かない。

この魔法は、レイの脇腹に掛けてくれた、あの鎮痛魔法だった。

初歩で消費する精神力少ない為、こういった訓練時に適しているのだろう……そしてよく見れば目を瞑っている。

集中する為に外部からの情報を遮断しているのだろう……僧侶がよく使う精神集中の術だ。


レイが、ヨシュアの2m程度まで近づいた頃……彼女の額には玉のような汗が浮かんでいるのが見てとれる……直後、手元の白光の明滅のタイミングがおかしく……なるや否や……彼女は膝から崩れる様に座り込んだ。

地面にペタリと正座しながら、肩で大きく息をしている……顔は地面を見る様に、下を向いている。

レイからは見えないが多分まだ目を閉じているのだろう、そうでなければ、すぐ横に居るレイに気が付かない訳がない。

レイは既に、音も立てず、ヨシュアのすぐ横に居た……ご丁寧に金属鎧の擦過音を出さない様に周到に、手で押さえながら、無音で近づいて、ヨシュアの眼前に自身の顔を近づける。


『……???』


違和感を感じ、ヨシュアは目を開ける……

「ギャーー!!!」ヨシュア叫び……同時に、右拳を眼前の何かに突き出す。

レイは、拳を左掌で受け止める。

「酷いな、一本拳で殴るかよ……」レイは呆れながらも少し笑みを浮かべる……左掌の中の小さな白い拳は中指だけが第二関節を突出して折り畳まれていた……通常の拳の握りとは異なる……そして基本的に急所をその突出した中指で突くのだ。


……急所……

眼球・人中・喉・鳩尾・金的 etc……

容赦の無いことだ。

レイはヨシュアのこの行動に安心する。

こうでなくてはいけない……万が一の際に徹底的に出来ない人間はいつか負ける……レイにとって負けるは『死』だ……或いは、死よりも辛い事が待ち受けているかもしれない……ならば、最初から全力で徹底的に対応すべきだ。

「……えっ、レークライッ……」ヨシュアは眼前の顔を見直す。

「帰ったんじゃないの?……」

「気が変わったから戻って来た……」レイは答える。

「なによそれ……貴方」ヨシュアは呆れ顔を浮かべて続ける……「ちゃんと考えて行動しないから、そんな無駄な行動をするんじゃないの???」ヨシュアはお姉さん風を吹かす。

「ヨシュアこそ、ちゃんと見て行動しないから、友人に一本拳を突き出すんだろ???だが、良いことだ……」レイは返す。

「何が良いことだか知らないけれど……何も言わずに女性の眼前まで近づいてい良いのは、約束された恋人だけよ……王都で恥を掻かない様に良く覚えときなさい!」ヨシュアは左手を差し出す、レイはソレを右手で掴む……彼女を支えて立たせてあげる。

「魔法の詠唱回数が大分増えたようだな」レイは称賛する。

「春には王都に行くんだから、鍛えておかないと……」ヨシュアは疲労困憊ながらそれでも笑顔でウインクする。

「どうして、戻ってきたの?」ヨシュアが尋ねる。

「読書をしようと思って戻って来た……」レイが真顔で言う。

「……えっ、毒……なんて???」ヨシュアは聞き返す

「読書!、本を読むんだ……」レイは更に真顔……

「へぇ、読書……そうなの、読書をね……」ヨシュアはまだレイの言葉を受け止めきれていない……今までのレイには存在しない返事だからだ……ふと思う……お父さん、ヤーンの血筋……

「……もしかして、イヤらしい本なの……そんなの、この村には無いわよ!」ヤーンの女癖の悪さを思い出して言う。

「なんだよそれ……まぁ、そういった事も糧に成るかもな?俺はこの島のあらゆる事を知りたいんだ……ソレが今後の俺の栄養に成るんだよ……」レイは言うが、表現が独特で、ヨシュアには今一ピンと来ない。

「……貴方が何を考えているのか、私には分かりかねるけど、王都でイヤらしい本を探したりしないでよ……私、恥ずかしいから……」ヨシュアは釘を刺す……この男は幼なじみだが不可解なのだ……突拍子も無い事をやりかねない。

ヨシュアは訳の分からない災厄がレイから降って来ない様に王都では注意してレイを指導しないといけないと覚悟した。

……レイはヨシュアの眉間に刻まれたシワを見ながら、コイツは何を思い悩んで要るのだろうと感じ、彼女の悩みを想像する……しかし、しばらく考えても、答えが出ない……そして考えるのを止める……いつもの事……そして結局……

「まぁ、ヨロシク頼む……」レイは相変わらずの全てに対応出来る、いつもの適当な返事を活用する。

それがヨシュアに更なるプレッシャーに成る事にも気付かず……

『何がヨロシク頼むだ!コイツは要注意人物だ……』ヨシュアは再確認して、心の内に、私はなんでこんな朴念仁に興味が在るのか今晩もう一度考えみようと思った。

「もう帰る……読書ならカイ司祭に伝えておいてあげる、書籍は教会にしか無いから……」ヨシュアは言う。

「助かる……」レイは満面の笑み……面倒な作業をヨシュアがやってくれるのだから……


そしてヨシュアは別れ、疲れた体を引き摺りトボトボと自身の家へと帰っていった。


レイは、ヨシュアの力無く歩く後ろ姿を暫し見て、使い果たした精神力を思う。

彼女は、ああ見えて優等生なのだろう……何故なら、前回、彼女の自宅で鎮痛魔法を掛けてくれていた回数よりも今回の詠唱回数の方が多かった。

レイが見つけた時から数えても詠唱回数は二桁に届こうとしていた……負荷の腕輪を着けてこの回数なら、腕輪無しなら、20回は軽く詠唱できるだろう……

……才能に恵まれているのだ……

僧侶の中には30歳を越えても、10回程度の詠唱が限界の人もざらに居る……だから彼女が若くして突出した詠唱回数を誇っているのがレイにも判る。

彼女が日々鍛練しているのが判って、レイは嬉しくなった……今にカイ司祭と並び称される人材になるだろう。


もう自宅は目と鼻の先だ。

落ちる夕日を見ながらレイは自宅への道を歩く。


……ここからも安楽椅子に座る母親が見える……



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