第1章

第19話 四方詰


 レイは山小屋に入り、冷暗所に保管した限界まで水分を飛ばした塩漬け肉と母から貰ったチーズとパンを取り出す。

 ナイフで全ての食材を薄くスライスする。

 塩漬け肉とチーズをパンに挟んで出来上がり。

 井戸水をコップに注ぎ一口飲む。

 ガブリとサンドイッチを噛み千切る。


 無言で食べる……5分もかからず食事が終わる……コップに残った井戸水を飲み干し……はてさて、これからの約2ヶ月間親父の二周忌までにどうして自身を鍛練するか。


 訓練内容を考えながらレイは先程のやり取りを反芻する。

 ゴードンは失望したかも知れない……親父の陽気な人柄を観てきた彼からして、自分は余りにも下衆だと彼は思ったかも知れない。

 レイ自身、何がなんでも毒を使ってでも勝てば良い等と考えてはいない。

 毒に対する知識もレイは乏しかった。

 獣への罠へ多少使うことがある程度だ。

 それでも、ゴードンにあの様な言い方をしたのは……レイが使わなくても敵が使う可能がある……それも考慮してレイは動くという意味だった。

 それがヤーンが言っていたことだ「毒、暗器、罠、etc……剣匠が専門的に扱わない殺傷術が世には多くある……使わないから知らなくて良いなんて事はない……ならば、お前の敵としてそれらの使い手と対面した時、如何にして敵に優位に立つ……」ヤーンは少し黙った後に話始めた。

「昔ワシが王都にいた頃、飲み屋でワシの横に座った騎士がいた、彼は飲んだ酒が悪かったのか、自制心を無くし……自慢話に花を咲かせておった。

 そして彼は言う。

『私は毒など卑怯極まりない術など絶対に使わん、何があっても我が剣にて正々堂々打ち倒すのみ』と大声で言い、酒を煽っておった」

 ヤーンは苦笑して続ける。

「彼の話を聞いてワシは『彼は死にたいのだ』と思った……正々堂々戦い、彼の言うところの卑怯な術から逃れる術を知らず、死んでいくのだ……まぁ、勝手に正々堂々死ぬが良いさ……しかしそれは騎士たる彼が守るべき対象も敵の手中に落ちる事も意味する……それは彼の生業が求める目的なのか?」ヤーンは眉を片方を上げてレイを見る。

 ヤーンは過去を思い出して話を再開する。

「貴方の仕事の一番の目的は何ですか?」ワシは彼に尋ねた。

「我が主人を守護する事だ」彼は言った。

 騎士なら当たり前だろう……続けてヤーンが訊く。

「もし敵に主人暗殺を計られた際は、貴方は如何にして主人を守りますか?」と問うた。

 彼は、自身の腰に帯刀した剣を掴んで「何が来ようと我が剣の前では羊皮紙の如く切り捨てるのみ!」彼は小鼻を拡げて大見得を切る。

「ではもし、夜中に何者かが、守護すべき主人の万年筆のペン先に無色の毒を塗っていたとしましょう……貴方は如何にしてそれを知り、守護すべき主人が自身の万年筆のペン先から毒を摂取せぬよう……その自慢の剣で如何にして護りますか?」

「!……」騎士は言葉に詰まる、有り体に言えば、彼の主人を守護するという職務に、ヤーンの言う事例は含まれていないのだろう……そんな特殊な事例は彼自身の職務から逸脱しているのだ。

 そして、彼の発言は論点がズレた。

「そっ!その様な、毒殺などと……我が守護すべき御方は毒殺される様な御方ではない……我が主人を愚弄する発言ぞ!」彼は頭から湯気を出す勢いで大声で叫びヤーンを睨む。

「……いやいや、すまぬ……その様なご主人様を愚弄するつもりは更々有りませぬ……あくまでも貴方が、ご主人様が窮地に立った際に如何にして守護されるのか訊きたかっただけです……」ヤーンは椅子から立ち上がり、騎手に相対してあっさり頭を垂れて謝る。

「いやぁ、そこまでされぬとも、私の方こそ大人げなく……」騎士はヤーンの真摯な謝罪に手で着座を勧める……ヤーンが座ったのを見て話を続ける。

「まぁ、そなたの言う様な毒殺などという下衆な方法を見出だす術は私は持たん」彼はあっさりそう言う。

『……持たんて……それは、主人に「死ね!!!」と言っているに過ぎない』ワシはそう思ったが、口には出さず「騎士たる貴方に下衆な質問をどうか許して欲しい」と再度謝罪し、彼に酒を1杯奢った。

 騎士は満面の笑みで、「かたじけない」と言い早速、ヤーンの奢りの酒に口を付けた「こっ、これは素晴らしく旨い……」騎士は口から酒を溢しながら言う。

 ……

『そいつに毒が入っていたらヌシは死んでおるぞ……』ヤーンは思う。


 そして、暫くしてヤーンの奢りの酒を呑んだ騎士はテーブルに突っ伏して静かになってしまった。

『アルコールも毒だよ……』ヤーンは酒の瓶を人差し指で小突く……瓶に貼られた紙には『雷鳴』の文字が書かれている。

 

 アーカイムで造られる最もキツい酒、それだった……

『それでは主人は護れんな……』ヤーンは彼を観て雷鳴を一気に呷る。

 ヤーンにとってはこの酒は毒では無いようだ。


 騎士が風邪を引かぬ様、彼の隣の椅子に掛けてあった御立派なマントを彼の肩に掛けてあげる。


 ヤーンは過去から戻りレイを見る。


「敵を『知る』事が大事だレイ……知らずで構わぬ術など無い……戦う前から勝負は始まっている……」ヤーンはレイを優しく見て言う。

 そして続ける「お前にとって、護るべき対象が死んでも良いのであれば、話した騎士様に剣の道1本でいくがいい、だが、もし護べき相手を失いたく無いのなら、死に物狂いで学べ……」ヤーンは珍しく真顔でレイに言った。

 いつも笑みを絶やさないヤーンの真顔はレイに事の重大さを理解させる『護りたければ、如何なる事も貪欲に学べ……』ヤーンはそう言っている。

 その時のヤーンの思いはレイの頭の中心に今も腰を据えている。


 2周忌までの1ヶ月半、どの鍛練を行うかヤーンの教訓を思い出して、レイは思い浮かんだ。


「自身を四方詰の様に鍛え上げろ……」又、ヤーンの言葉。


 ……四方詰……


 刀身を作製には、様々な作製方法が在る……


 甲伏せ、まくり、本三枚、その他にも工法により多種多様……


 四方詰はその中でもかなり、面倒な工法だ。

 その工法は刀の断面を観ると、中心に比較的柔らかい鋼材を使用して、その刀身の側面に当たる部分は、中心より硬い鋼材で覆い、刀と背中側、峰(棟)に当たる部分は最も硬い鋼材で覆われている。

 そして、その最も硬い鋼材を使用して刃を造る。

 その刃と峰の鋼材の硬度も刀鍛冶により変わる。

 当然、中心部、側面の鋼材の硬度についても秘伝だ。

 種類の異なる鋼材を複数使用して完成させる。

 これが四方詰だ。

 そしてこれにより硬くて且つ、折れない刀身が出来る。


 因みに、

 甲伏せなどは、U字型に整形した硬い鋼材のU字の凹んだ部分に柔らかい鋼材を入れて、後は刀身を形成する工法だ。

 四方詰に比べて行程が少なく、強度的にも弱いが、量産が容易い点が利点だ。


 親父は俺に『四方詰』に成れと言った……

 工程が多く……

 作製が長期に渡り……

 硬く……

 よく切れ……

 曲がらず……

 折れず……

 相反する要素を兼ね備えた刀……


 難しい……

 斬る為の硬度と、折れない為の柔軟性……

 両立する事……


 そうなるに適した努力と訓練方法……


「あっ、」思わず声が出た……


 相反する要素を兼ね備えた人間……

 いざとなれば斬り……

 いざとなれば護り……

 いざとなれば逃げ……

 いざとなれば話し……


 あらゆる方法にて、自身が優位に立つ……術……

「ありとあらゆるモノを知れ……」


「戦術をしている場合じゃないな……」レイは覚った……今まで散々観てこなかった……

 そして知ってこなかった……

 試してこなかった……

 ソレ……


 今の今まで自身の身体、武力の向上のみに全てを費やして来た……


 ソレを無きモノとして見もしなかった……


 ソレとは『知識を得る』と云うことだ……

 武術の知識だけで無い....其れならば貯えてきた……

 それでは無く、争いに至るまでに行われるありとあらゆる事……世界を操作するモノは判りやすい戦だけでは無い……経済、政事、裏で動く策略、隠謀……それを読み解くには、過去を知る必要があり、歴史を、前回のラナ戦を知らないといけない。


 山を降りる……知識を得るべき資料を観るのだ……

 最短距離で……

 先ずはヨシュアとカイ司祭のいる村の教会だろう……あそこには、図書室があった筈だ。

 昔ヨシュアが言っていた、カイ司祭は本の虫だと……仕事の無い時は大抵部屋に篭って本を読んで、それを自身のノートに書き写して纏めているらしい……カイ司祭も過去から学ぼうとしているのかもしれない。


 レイはもう山小屋を飛び出していた……


 せっかく登った山をもう降り始めている。

 夕方前には村に入れる筈だ。

 そのまま教会に寄り、図書室の閲覧をカイ司祭にお願いしよう。


 レイは駆け足で、山を降る……この程度では汗もかかない。


 この島の歴史……三国が領土を分かち合う、大陸とは言えないが、島と言うには大きすぎるこの北ラナ島の過去を学ぶのだ。


 そんな事を考えながら、ひた走る……

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