第9話 親子の晩食

 レイがマダムユナの家に着いた頃、日は沈み始め夕焼けが広がっていた……マダムユナの家からは仄かな灯りと、晩食の良い香りが漂っていた。

「ただいま……」

「おかえりなさい、レイ」 マダムユナは大皿に煮物を盛り付けながら答えた。

「貴方の好きな、豚肉とひよこ豆の煮込みもつくっておきました」

 レイは食卓に置かれた皿に、綺麗に盛りつけられた料理を見ながら……

「久しぶりに、お袋の飯が食えるな、旨そうだ……山じゃこんなの食えないからな」と言いい……皿に盛りつけられたジャガイモの一欠片を摘んで、口に放り入れた。

「行儀が悪いわよ……」マダムユナは綺麗な眉を顰めレイを見た。

「……私、前から気になっていたのだけれど……貴方、山小屋では、いつも何を食べてるの?料理しているの?」マダムユナは足の調子が良くなく、レイの山小屋に行った事が無かった、その為久しぶりに帰ってきた息子の山中での生活が気になって仕方なかった様だった。

 レイは暫し、思い出す様に考えて、一言……

「昨日は蛇を食べた……」

 マダムユナは一瞬……動きが止まったが…努めて冷静を装いレイに質問した。

「……へぇ、そうなの……私は食べた事無いけど……しっかり調理したら美味しいのかしらね……」

「皮を剥いで、臓物取って、焼くだけだよ……嗚呼、最後に塩コショウを振ると結構食えるよ……」レイはまた、ジャガイモの一欠片を口に放り込んで、咀嚼しながら答えた。

 ……衝撃的な事実にマダムユナは行儀の事を指摘するのも忘れて……

「そうよね……美味しくなかったら、蛇なんか食べないわよね……」

「まぁ、味はともかくカエルよりは食べ応えあるよね」レイが呑気に答えた。

「……!?……まぁ、確かに、カエルさんよりお肉は多そうよね……」

 マダムユナは彼の山小屋での食生活についてはもう質問するのは止めようと思った……そして彼のヤーンが亡くなってからのレイの二年間の山小屋での生活が……何と無く分かった気がした。

 二人で久しぶりに食卓を挟んで、レイは母親のご馳走に舌鼓を打った。

 食卓に皿の殆どをレイが食べ、マダムユナは摘んだ程度だった……それでも、彼女は息子の食べっぷりに幸せ一杯だった。

 ヤーンもこうだった。

 食べ出すと喋らない……

 美味しいから……喋る暇がない……

 喋らなくても……食べっぷりで美味しいと感じているのが、彼女に伝わってきた。

 レイが、腹一杯とでも言う様に、お腹をさすりながら、コップに入ったレモン水を飲み干した後、マダムユナはヤーンの二周忌について、話し始めた……「レイ、朝の続きですが、今月で農作業も一通り終わります……お父様の二周忌は来月の収穫祭が終わり村の皆が落ち着いた頃、冬が来る前にカイ司祭の教会で行おうと思っているの……レイには、二周忌の喪主を務めてもらう事になります」

「喪主って、何をすればいいんだい?」レイは単刀直入に言った。

「基本的にはカイ司祭の司会進行に従って、他の人と変わらず賛美歌の斉唱とお祈りしていけば良いのです、ただ一点だけ、貴方はお父様へのお気持ちを参列者の前で述べなければいけないの……」

「この内容は、貴方自身で考えなければならない……当日までに考えておきなさいね……」

「それは面倒だな…」喋り下手なレイにとって、皆の前で喋る事なんて一番苦手な事だった。

「堅苦しく考える事は無いわ……貴方のお父様への感謝の気持ちをそのまま言葉にすれば良いの……」マダムユナはテーブル越しにレイの手を取り、柔らかな笑顔で言った。

『お袋……想いをそのまま言葉にで出来ないから、苦労するんだよ……』レイは心の中で呟いたが……レイの口から出た言葉は違った。

「あぁ、分かったよ……どうせ、上品に取り繕ってもボロが出るだけだ……いつも通りやるさ……」レイはボソリと言いマダムユナの手をポンポンと軽く叩き「安心してくれ」と言った。

 レイは内心『ほら見ろ、やっぱり思った通り言えてないじゃないか』と思った。

 マダムユナは、レイの手を繁々と見て

「貴方、お父様の手に似てきたわね……」と言った……

 まるで、剣を握った時のまま、固まった様な手だった……柄を握った際のタコが掌を覆っている……潰れて、また出来て、また潰れてを繰り返し出来てきた掌だった……レイはまだ親父には程遠い掌だと感じていたが……お袋は親父を思い出した様だ。

「まだまだ、親父には程遠いけどね……」レイはそう言うと、「ちょっと外を散歩してくるよ……」と言い立ち上がった。

「今頃から出歩くの??足元気をつけなさいね」マダムユナは心配そうに言った。

「小一時間ほどしたら戻るよ」レイはそう言い家を出た……もう外は家々の仄かな灯りがあるだけだ……村落の道は殆どが暗闇に覆われていた。

 レイは村落の道をゆっくりと歩きながら考えていた……いつもの山中ではないが、定期訓練をしなければならない。

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