第8話 カイ司祭

 お袋の、親父が亡くなった時の落ち込み様たるや、酷いものだった……全く笑顔が無くなり、放心した様で、涙は既に枯れ果てている様子だった。

 感情が出せる内はまだマシだ……無感情になり、外からの呼びかけを遮断し、彼女は自身の内部で親父との記憶を反芻している様だった。

 その頃いつも彼女の家に向かい、玄関の外で、静かに、癒しの呪文を詠唱しているカイ司祭がいた。

 彼はマダムユナに来訪も伝えずに、ただ玄関外で詠唱し、そして教会に戻って行った。

 そしてカイ司祭が、マダムユナの家に行く事が、村の人々の日常になった頃、彼がいつもの様に彼女の家に行くと、玄関にマダムユナが立っていた……そして、カイ司祭に綺麗なお辞儀をして、一言「……感謝します……」とだけ言い……家の中に招き入れた。

 その日以降、彼が、玄関前で詠唱する事は無くなった。

 レイもカイ司祭が何度か、玄関前で詠唱するのを見ていた。

 静かな詠唱だった……

 室内のマダムユナには多分聞こえていないだろう……それでも、カイ司祭の想いはマダムユナに届いたのだろう……それから、マダムユナは外に出て、少しづつ村の人々と話す様になった……レイは、あの時の感謝を思い出しながら、カイ司祭の居る教会に向かった。


 礼拝が終わった教会は、静かに佇んで少し小さく見えた。

 正面の背の高い扉を開けて中に入る。

「来ると思っていたよ……」礼拝堂にステンドグラスの光が射し込む中、カイ司祭が、立っていた。

「もうじき村を出るのだね…お父様の遺言通りに……」

 どうやら、カイ司祭は全て知っているらしい……

「はい……王都へ行きます、親父の紹介状があります」レイは答えた。

「君は王都に行きヤーンの足跡を辿る事になる……君自身の出生に関わる事柄だ……」カイ司祭は優しく諭す様に言った。

「春先……雪が止んだら行くのだろう……ヨシュアから聞いているかもしれないが、一緒に連れて行きなさい……彼女も大教会で修行するのです……王都までの旅先、君の様な剣匠がいれば心強い」

「俺なんて、またまだ、未熟です……役に立ちませんよ」レイはボソリと言うと、

「やっぱり、司祭も、両親の過去については話してくれないんですね……」と言った。

 ある程度予想していた事だったが……確認しておきたかった……知らないのでは無く、知っていて話さないという事を……

 カイ司祭はレイの質問には答えず……

「レイ、貴方に神のご加護があります様に……」と言い、旅先での幸運を祈った。

 王都へ向かう意味を教えてはくれたが、具体的な情報は何一つ教えてくれなかった。

 自分で見つけろ、という事だろう。

 これ以上の長居は無用だった。

 レイは司祭に今までの感謝と、これから一人になる母親の面倒を見てもらう事をお願いして、教会を辞去した。

 晩飯を食いに、母親の待つ家に戻る最中、ジム爺の鍛冶屋の前を通ると、爺に呼び止められた。

「レイ!ちょっとこっち来い!」

「なんだよ、爺……」ジム爺は、小さい身体に幾重にも重なる筋肉が付き、手は岩石みたいにゴツゴツしていた。

 まるで、昔話に出てくるドワーフみたいな人だった。

 レイは、ダガーやナタといった小型の得物をジム爺から買っていた。

 ジム爺の刃物は村でもよく切れて、丈夫だと評判だった。ヤーンも生前はジム爺の鍛冶場に入り浸り、色々注文をつけた長剣を愛用していた。

 レイは開けっ放しの勝手戸をくぐり、ジム爺の鍛冶場へ行った。

 ジム爺は一振りの長刀を持って立っていた。

 剣匠がよく使う片刃の長刀だった……

「コイツを持ってけ……だが使うな……」

 ジム爺はそう言うと、長剣を鞘に収め、鞘と鍔に空いた穴に南京錠を掛けて鞘から抜けない様にして、レイに渡した。

「時期が来れば南京錠は外せる」ジム爺は言い……

「実戦はいつもの木刀で頑張れ」と続けた。

「ありがとう……っていうか、これじゃ重い荷物が増えただけじゃないか」レイは呆れた。

「まぁ、そう言うな、こりゃワシの最高傑作じゃよ……付与魔法も10式付けれる……今んところ、魔法屋のサリーんトコから、一番安い材質強化の付与を10式付けておる…まぁ、剣匠の長剣としては平凡な付与魔法だがなぁ、魔法はワシの本業では無いからの、我慢しとくれ」ジム爺は立て続けに言うと、「まあ、代金は出世払いで許してやるか……」と一方的に締めくくった。

 レイは「まぁ、取り敢えずありがとう……大事に使うよ」と言い、長剣を肩に背負った……重みが肩にかかる……

 そして南京錠の意味考えながら……

 母親の待つ家に帰った……



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