第30話「奪う者と奪われる者」


最上と別れた後、優は彩乃との待ち合わせ場所であるセーフティータウン中央広場へ来ていた。

現在、優と彩乃はクリスの家に居候させてもらっていたのだが、優が朝起きると既に彩乃はいなかった。恐らくもう来ているのだろう。


今日もたくさんの人が行き交う中央広場の中を、優は目を凝らして彩乃を探す。


そこで、背中を指でつつかれた。

優が後ろを振り向くと、笑顔でこちらを見る彩乃がいた。

今日はいつもの戦いやすいすらっとした服装から打って変わり、茶色いコートに青いマフラーを纏い、短くて、それでも美しい茶色の髪を靡かせていた。

いつもと違う普通の女の子な彩乃に、優は微かに胸を高鳴らせる。


「優さん、おはようございます!」

「あっ色季さん、おはよう」


クリスや政綺に話し、改めて彩乃への思いを自覚した優は、急に気恥ずかしくなってしまった。

最上の話していた神の力のことが少し頭を過るが、そんなことは気にしないでいた。



「優さん、これ!」

優がそんなことを思う中、彩乃は手元にあった袋から、赤いマフラーを取り出して、優に差し出す。


「少し遅れちゃいましたけど、今のコート、首元寒そうだったので、編んでみました!」


優がこれまでに着ていたコートは、大剣使いとの戦いによりボロボロになってしまったので、クリスに新しいトレンチコートを新調してもらったのだ。

因みに、優がコートを着るのは、父である切夜への憧れでもあった。


優は、自分の為に作ってくれたマフラーを手に取り、舐めるように見入って、笑みを浮かべる。


「あ、ありがとう。色季さんが縫ってくれたんだ。巻いてもいい?」

「はい!」


優はマフラーを首に巻き始めるが、中々上手く巻けない。彩乃は優の首元に手を寄せ、マフラーを綺麗に巻いてくれた。


「優さん、マフラーはこうやって巻くんですよ」


彩乃の顔が近くに迫った為、優の頬は急激に赤くなる。

赤くなった優を見て彩乃は、今の2人の距離に同じように頬を染め、焦燥しながら一歩引く。


そして、再び健気な笑顔を見せた。


「似合ってますね!よかったです!」

「凄い、あったかいよ、ありがとう色季さん」


そこで、彩乃は恥ずかしそうに目線を泳がせる。

「あの、優さん、そろそろ、名前で呼んでほしいです」

「え、えっ、あ、えっと、名前!……あ、あ……あ……」

「あっ、別に、今すぐじゃなくてもいいんですよ!」


顔を真っ赤にして舌を噛む優を、彩乃は両手で制す。恥じらいにより染め上がった顔を左右に振り払って、優は大きく息を吸う。

そして……


「……彩乃」


「は、はいっ!」


微笑んでくれた彩乃を見て優も、彩乃に笑みを向ける。恥ずかしさのあまりか目から僅かに湧き出る涙。


一見すると、まるでカップルのようである。今中央広場を通っている人たちの大半は優と彩乃をカップルだと思っていることだろう。

それを悟った2人は、互いに頬を真っ赤にしたままそっぽを向く。


「って、い、いざ言われると照れますね、これ。あ、じゃ、じゃあゆ、優さん!行きましょう!」

「ど、どこへ!?」


照れ臭さを振り切るようにその場で歩く仕草をしてみせる彩乃。

優の言葉に立ち止まると、ゴホンッと一息置いて話し出す。


「きょ、今日は優さんを励まそうと思って誘ったんです!優さんが行きたいところへ行きましょう!今日だけは、普通の、何でもない15歳の女の子と、男の子です!」

「……」


「優さん?」


覗き込む彩乃を見下ろして、優は笑う。

「ありがとう。彩乃。そうだな……とりあえず、学校に寄ってもいい?その途中で色々考えるよ」

「はい!じゃあ、行きましょう!」


そう言って学校を指差すと、彩乃は優の手を握って歩き出した。

優も引っ張られて後に続いて歩幅を合わせる。

巻いてもらったマフラーを撫で、無邪気な顔を浮かべていた。

それはまるで、現実世界を生きる普通の15歳の男の子だった。



第4次偽界戦争が始まったあの日、まだ知り合ったことすらなかった2人が出会い、今ではこうして名前を呼び合い、笑い合い、肩を並べて歩いている。

偽界という阿鼻叫喚の世界で、皆今日を生きていられるのは、こうして誰かと同じ時間を共有できるからだろう。ようやく、ようやく気付けた。


優は心からそう思った。



しかしふと、あの日。優と彩乃が初めて会ったあの日の彩乃の表情が頭の奥を掠めた。

彩乃はあの時、泣いていた。何かを言おうとしていた。あれは……何だったのだろうか。


そんな疑問を覚えながらも優は、彩乃との微笑ましい時間に、迂闊にも浸ってしまっていた。

これから起こる残酷な現実を、知る由もなく……




「あれ?この時間は体育じゃありませんでしたっけ」


偽界第1特別学校付近まで来た2人。彩乃は、今日の景色に疑問を覚えていた。

普段は体育の時間、崩れ落ちた瓦礫などを見向きもせずにそこら中を子供たちが走り回っているからだ。


「今日は子供大好き友花さん担当だから、気まぐれのプレゼント付きセーフティータウン見学!とかかもね」


そう微笑しながら言う優だったが、次の瞬間言葉を失った。

目の前に血が広がっていたからだ。

真っ赤なその液体は、学校の方へずっと伸びている。

不穏な表情を浮かべ、顔を見合わせた2人は、すぐに学校へ向かって走り出す。


「なんで!ここじゃ戦闘はできないはずじゃ!」

「と、とにかく!急ぎましょう!」


僅かな希望を抱きながらも子供たちの元へ向かう優だったが、その希望を踏み躙るかのように血の色はドス黒くなっていく。


「……そ、そんな……」


学校へと来た優と彩乃の目に映ったのは、血を流して倒れ伏した子供たちだった。

黒板や机には血が飛び散っていて、地面には有り得ないほどの量の血が広がっている。

優は、驚愕しながらも近くに倒れていたミナを抱き抱える。

彩乃も、まだ息のある子供の元へ駆け寄る。


「なにがあった!」


優の大声を聴いたミナは、薄っすらと目を開き、枯れた声を精一杯に出して囁く。


「……ゆ……う、私を……ここに連れてきて、くれて……ありが、とう、ね」

「おい!お父さんの分まで生きるんじゃなかったのか!スポーツ選手になるんじゃなかったのか!戒のお嫁さんになるんじゃなかったのか!向こうの世界に行くんじゃなかったのか!!」


ミナ、そして子供たちへ次々と大声を向ける優。彩乃も、子供たちへ声を上げている。


そこでミナは、震える手をなんとか持ち上げ、1枚の紙を優に手渡す。

ミナを抱えたまま、その紙を読み上げる。優は、表情を歪め、拳を強く握らせた。


「女は預かった。1時間以内にセーフティータウンを抜けて東の森に桐原優1人で来い。アブソルートキル」


「また……俺の所為なのか」


優はそう小さく呟くと、彩乃を振り返って叫んだ。


「色季さん!能力で子供たちを助けてくれ!あと、クリスさんたちにもこのことを伝えてくれ!」

「優さん!1人はダメです!」

「時間がない!頼む!ミナ、みんな、絶対死なないでくれ!」

「優さん!!」


優は彩乃の言葉を聴かず、ミナを寝かせ、東に向かって走り出した。


「これ以上……なにも失ってたまるか!!」




セーフティータウンを抜け、森の中を駆ける優。どこか、あの日、舞友実を死なせてしまった日のことを思い出す優。


「友花さぁぁぁん!!!」


大声を上げる。あの日を繰り返さないために。そこで、遂に友花が優の目の前に映った。

手首を縛られ、アブソルートキル構成員のミサクに拘束された友花が。

更にカリア、龍、一馬が隣にいて、明らかに優の手に負える人数、戦力ではなかった。

龍をよく見てみると、少しだけ以前より真っ黒な黒髪に白髪が混じっているような気がする。何故だろうと疑問を覚える優だったが、そんな些細なことはすぐに頭の中から消えた。


「よう桐原。わりぃね〜、一方的虐殺は戦闘にはならないんだわ〜」


そう優を煽る一馬らを置いて、友花はそこから前かがみになって全力で叫ぶ。


「桐原君!?なんで来たの!!私なんかより子供たちを助けてよ!」


涙を流しながらそう叫ぶ友花を、一馬は無慈悲に蹴り落とす。


「あっ!!」

「はい、テメェの役割はここで終わり!」


「子供たちはし……彩乃たちに任せた。俺は、俺にできることをやる」


優はこちら側まで蹴り飛ばされた友花を庇うように立ち塞がり、刀を引き抜いた。


「ごめん、友花さん、戦わないって約束、破る。破って、あなたを助ける!」


ーENDー

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